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24.夜這い……とは、どういう意味の言葉ですか?


 ティアとキュアノス、イディオスはドラコーンの村へ来ていた。


 ティアに与えられたのはこじんまりとした家だった。白い壁に青い屋根はエリシオンの特徴だ。玄関も、窓についた扉も青い。

 小さな庭には井戸も畑もある。イディオスとふたりで暮らすにはちょうど良い素朴な家だった。

 しかし、家は住める状態ではない。全体的な修理は終わっていたが、家財道具が揃っていないのだ。これから揃えていく必要がある。


 三人は家の中に入ってみる。


「ここがリビング、ここがキッチン」


 ティアは弾むようにスキップしながら、家の中を歩き回る。

 リビングの奥の壁にはふたつの青いドアがある。ドアを開けてみれば壁を挟んで対称的な部屋だった。

 

「イディオスはどちらの部屋が良いですか?」

「俺はどちらでも良い。ティアが選んでください」

「キュアノスは?」

「キュ!」


 キュアノスは東側のドアを選ぶ。


「じゃ、私たちはこっち!」


 ティアとキュアノスは、東側の部屋にワーッと入っていく。

 イディオスはドアノブを見た。


「鍵が必要だな。鍵職人を呼んでこよう」


 その言葉にティアはキョトンとした。

 今まで住んでいた場所は、個室だったことはなく部屋に鍵をかける概念がなかったのだ。


「鍵……ですか?」

「ああ、危険だろう?」

「家の中なのに、危険なんですか?」


 問われて、イディオスは言葉を詰まらせた。


「すまない。俺は今まで、夜這いに来る女たちから身を守るために鍵を使っていたから……」


 イディオスの言葉にティアは首をかしげる。

 

「夜這い……とは、どういう意味の言葉ですか?」


 純粋無垢な目で問われて、イディオスは目を逸らした。


「……無断で恋人ではない人のベッドに入り込むことだ。……その……」


 意味を理解して、ティアはバッと顔を赤らめた。


「私! そんな!」

「もちろん、あなたを疑っているわけじゃない! ただ、習慣で、だから、鍵がないと落ち着かないだけで……」


 イディオスが申し訳なさそうに言う。

 ティアはそんな様子が気の毒に思った。


「鍵が必要だと思うほど、嫌な思いをしてきたんですね」


 ティアの言葉に、イディオスはホッとして頷いた。


「一緒に暮らすのだから、ティアには話しておいたほうが良いな」

「?」

「俺の呪いのことだ」

「イディオスの呪いですか?」

「俺は十三歳のときに、魔女から『人を愛せない呪い』を飲まされた」

「呪いを飲ます?」

「ああ、今思い出してもゾッとする」


 イディオスはそう言って身震いし、自分自身を両手で抱きしめた。


 思い出される魔女の禍々しい黒い瞳。絡みつくような長い髪。伸びた爪が、イディオスの肌を傷付けた。

 ベットリと塗りたくられたルージュ。キツイ香水の香り。どうやって入ったのか、魔女はイディオスのベッドの中にいた。


 イディオスは震える唇を噛む。


「あの、無理はしなくても……」

「いや、知っていてほしい」


 そう言って、フウと大きく息を吐いた。


「魔女は知らぬ間に俺のベッドの中にいた。前の日に思いを告げられ、断った女だった。魔女はおもむろに俺の顎を掴み、自分の唇を俺の唇に押しつけたんだ。そして、そこから『人を愛せない呪い』を吹き込み消えた」


 イディオスは喉元をさすった。


「魔女は見つからず、呪いの解き方もわからないままだ。二度と同じことが起こらないようにと、ドアに鍵をかけた。それでも安心できずに王宮から逃げ、ここへ来たんだ。……だが、いまだに熟睡できたことはない」


 イディオスの過去を教えられティアはショックを受けた。十三歳というまだ子供ともいえる年で、これほど酷い体験をしたのだ。


「……それから俺は女が恐ろしくなった。恋するような目で見られるのが嫌だ。愛してると言われても俺は愛せない。愛は簡単に狂気に変わると知ったからだ」


 イディオスに言われて、ティアの胸は痛んだ。


「それなら無理して護衛をしていただかなくても」

「そんなことない! 無理してはいない!!」


 ティアの言葉にかぶせるようにしてイディオスが答える。


「もし良かったら、呪いを少し見せてくれませんか?」


 ティアはそう申し出た。


 イディオスの両親も、今まで呪いを解こうと手を尽くしてくれていた。それこそ王家の力を使い、できる限りのことをしてくれた。

 しかし、解決策はいまだわからない。

 そもそも、人嫌いのイディオスは特に困っていなかったため、呪いを解くことに無関心だったのだ。


 でも、ティアになら、見てもらってもいいな。


 そう思い頷く。


「すこし、口を開いてください。……あの、触っても良いですか?」


 イディオスは言いなりになり、瞼を閉じた。

 今までは女の前で目を閉じることすらできなかったのに、ティアの前では素直になれる自分が不思議だった。


 ティアがそっとイディオスの顎に触れる。

 鼻先にティアの吐息がかかる。

 首筋にサラリと髪が落ちた。甘い空気が揺れる。


 嫌悪感はない。それどころか、ムズムズと心がくすぐったい。油断したら笑ってしまいそうだ。


 そんなイディオスとは裏腹に、ティアは真剣そのものだった。


「……なにか……喉の奥に魔力の固まりがあります。魔力が凝華ぎょうかしている?」


 気体だった魔法が、なんらかの条件でイディオスの体内で固体化し、喉を塞いでいる。


「いにしえの魔法ね。これを解くには聖遺物の力が必要だって、読んだことがある……」


 大聖女だったころ、大聖堂の図書室で見たことがあった。聖遺物を持つ者だけが入室を許された、閲覧室の本だ。

 

「わかったのか?」


 イディオスは瞼をあげた。

 ティアは頷いた。


「この呪いを解くには聖遺物の力が必要なんです。でも、聖遺物の力が使えるのは、聖遺物に選ばれた人間だけです。エリシオンには聖遺物に選ばれた方はいますか?」

「聞いたことはない」


 イディオスの答えにティアはションボリとする。


 もしも、ループ前に『紅蓮の希望』を飲み込んでいなければ、イディオスの呪いを解くことができたかもしれないと思ったのだ。


「気にするな。そもそも呪われていてもそれほど困っていないしな。それに、今までは手がかりすらなかったんだ。手がかりがつかめれば、ほかの方法も探しようがある。……ありがとう。ティア。あなたに見せて良かった」


 イディオスが微笑んでティアは安心した。

 失望されると思っていたのだ。失敗すれば「役立たず」と言われてきたティアは、感謝されるとは思わなかった。


「ではせめて、安心できるように鍵をつけましょう。そうだ! 女性が入れなくなる結界も張りましょう!!」

「できるのか?」


 ティアは悪戯っぽく笑い頷いた。


 イディオスの部屋の中央に魔法陣を描き、ドアの外から発動させる。

 ティアは出来上がった結界を確認するように触れてみる。


 ボウンと空気膜が震え、中には入れない。


「こんな感じです。もちろん、私は結界を解くことができちゃいますが……これしか方法を知らなくて」


 イディオスは尊敬するような目でティアを見る。


「いや、充分だ。あなたはすごいんだな」

「そんなことないです」


 ティアは照れたように笑う。


「一緒に生活するんです。我慢はしないでくださいね?」

「ああ、我慢はしない。あなたも俺に遠慮はしないでください」

「はい!」

「では、必要なものを書き出して、村へ買いに行こうか」


 イディオスが言って、ティアはピョンと飛び跳ねた。






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