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2.生贄にはちょうど良い


 魔法陣の中で意識を集中させていると、司教たちの話し声が聞こえてきた。


 国教ドロメナは、ひとりの大司教と十二人の司教でまとめられている。そして司教を手伝う者として、多くの司祭と聖女がいる。

 ルタロス王国は十二の教区で出来ており、それぞれの教区にひとりずつ司教が派遣されているのだ。


(無事に、神の花嫁が決まり良かったですね)

(おや、クレス殿は少し顔色が悪いようですが……)

(私の教区から選ばれましたので少し淋しく……)


 クレスの声が聞こえてきて、ティアはハッとする。


 クレス様は私が選ばれて淋しいと思ってくれたのね!


 ティアは嬉しくなり、もっと話を聞きたいと全神経を集中させた。

 

(それは、残念ですね)

(だから言ったのですよ。『乙女の楽園』の聖女になさけをかけてはいけないと)


 すると別の司教も笑う。


(そうです。なにかあれば『神の花嫁』は、あそこから選ぶ決まりになっているんですから)

(あそこの連中は、悲しむ親もいない捨てられた子ですからね)


 ティアは息を呑んだ。


 捨てられた子だなんて酷い! 違う! 孤児院の先生たちは言ってた。「捨てられたのではなく神に選ばれたのだ」って! 私たちは捨てられたんじゃなく、選ばれた子供なの!


(生贄にはちょうど良い)


 次の言葉に、ドンと頭を殴られた気がした。


(本当は生贄なんて罪人でない処女であれば誰でもいい。それを、『神の花嫁』といえば喜んで湖に身を投げるんですから、聖女なんて馬鹿なもんです)

(だからこそ、ティアを選ぶことを反対したのです。彼女は大聖女です。これからも教団の役に立つはずです。それなのになぜ大司教様は……)


 クレスの声だった。


(だからですよ。あの女、大司教様さえ体得していない予知までおこないはじめたではないですか。そのうち精霊とも交信しはじめては困ります)

(そうです。最近では聖女のくせに大司教様より人気がある。教団のトップは大司教様ひとりで良い。しかも今では他国の王族すらも、王女よりティアと婚姻したがる。王家の面目丸つぶれだ)

(しかし、ティアがいなくなるとポーションの製造など滞ります)

(大丈夫です。それを見越して充分に働かせましたから)

(そもそも、エリシオン国の停戦の条件がティアと竜騎士との結婚です。聖女の力をエリシオンに奪われるくらいなら、いっそ生贄にしたほうが良い)

(……ほかの選択肢はない、と言うことですか)

(今さらいい人ぶっても無駄ですよ、クレス様。あなただって、同意したんですから。「神の花嫁」は我ら十二の司教が認証して成立することをお忘れなく)

(私は、エリシオンの竜騎士との結婚を反対しただけです。冷徹で残忍な男だと聞いていたので。それが、こんなことになるなんて)


 クレスの慌てる声が聞こえる。


(その竜騎士は人を愛せない呪いがかかっていると言うではありませんか。きっとエリシオンで慰み者にされます。だったら、神の花嫁として綺麗に死んだほうが良い。ティアのためでもあるんですよ)


 司教のひとりが諭すように言う。

 クレスはもうなにも答えなかった。


(大聖女は馬鹿ですよね。一生懸命働いたところで、金は自分で使えない。聖遺物『紅蓮の希望』も死んだら教会で没収です。邪魔者は消して、金は手に入り、神へ生贄を捧げることで国の平和は保たれる。一石三鳥です)


 笑いあう司教たちの声を聞き、ティアは床に倒れ込んだ。


 どういうこと……? 私ずっと騙されてたの? 神の花嫁になれば、神の世界で幸せに生きられるのだと教えられてきた。誰よりも幸せに暮らせるのだと。それなのに、生贄として死ぬの?

 私は選ばれて聖女になったのだと、神の花嫁に選ばれるために頑張ってきたのに。本当は誰でもいいなんて。


 信じてきたものに裏切られ、ティアの頬に涙が伝う。


 国民のために、みんなのために、よりよい聖女になるために。そう言われて身を粉にして働いてきた。

 神聖力を使えば、その反動は術者の体力を奪うのに、倒れるギリギリまで分け与えてきた。神聖力が尽きれば、神聖力が回復するまでは、ポーションを作れと酷使された。

 大聖女様でなければ駄目なのだと、大聖女の力が必要なのだ、そう言われて信じてきた。


 でもみんな、私を利用するためだったなんて……。両親にも捨てられて、信じてた神様にも殺される。こんなこと知りたくなかった。盗み聞きなんて、聖女にあるまじき行動をしたからバチが当たったんだ……。


 ティアはポロポロと涙をこぼした。司教の言葉を信じ、十二回も目指した神の花嫁。それが実は誰にでもなれるものだった。


 結界の張られた教会内で暮らし、外にでるのは病院や孤児院。聖女として呼ばれた公式行事の場だけだった。

 情報は司教から与えられたものだけ。本も教会に置かれているものだけ。

 ティアの世界は閉ざされていたのだ。世間のことをなにも知らずに、純粋無垢むくにここまで来た。


 聖女でいることは幸せだった。しかし、たまに見かける令嬢たちの眩しかったこと。

 年頃の女の子のするようにお洒落しゃれだってしてみたかった。でも、聖女だからと諦めた。

 けがれてはいけないと、教団以外の異性とは目を合わすことも許されなかった。でもそれは、聖女の処女を守るためだったのだ。


 司教たちは、聖女たちに言って聞かせた。「そんなことをすれば聖女になれなくなりますよ、悪女になりますよ」と。

 花を踏めば「悪女になる」、異性を見れば「悪女になる」、お洒落をしたいと言えば「悪女になる」と。


 ティアはその言葉を信じて、ずっと自分を律してきた。

 しかし、それになんの意味があったのだろうか。

 すべてを信じ、すべてを守り、大聖女にまでになったのに、今度はそのせいで生贄として殺されるのだ。


 すべてを捧げて馬鹿みたい……。私、なんのために生まれてきたの?


 しかし、すべてを知ったからといって逃げ出すことはできない。部屋には結界が張られ、窓には鉄の柵がはめられている。扉の向こうには、護衛という名の監視者がいる。


 ティアは顔を上げキュッと涙を拭いた。


 だからって諦めない! もう聖女でいる必要なんかない!


 魔法陣から立ち上がり、乙女の楽園へ財産を残す契約書をビリビリと破った。


 そもそも本当の私って、大聖女なんて言われるほど良い子じゃなかった。ただ捨てられたくなくて、聖女でいれば捨てられないと思って、良い子の振りをしてきただけだ。


 ティアは最初の人生を思い出していた。

 人とは違う力を持った子供を両親は持て余したのだろう。ある日、ティアは「お父さんの知り合い」という男に連れられて、馬車に乗せられた。そして、気がついたら知らない小屋に連れて行かれた。

 柄の悪い男たちに囲まれ泣くティアに、大人たちは笑った。「もう誰も迎えに来ないよ」と。

 ショックでティアの力が暴走した。そんなティアを見て男たちは「化け物」と言って逃げ出した。そこでティアは自分が「化け物」だから捨てられたのだと知ったのだ。


 それから、町を彷徨さまよっていたティアを拾ってくれたのは青い楽園の司祭だった。

 持て余していた力に「神聖力」と名前を付けてくれた。

 ティアが捨てられたのはドロメナ神に出会うためだったと、神に選ばれた試練だったと言ってくれた。

 きっと、ティアなら立派な聖女になれるよと。


 ティアはその言葉を信じて、聖女になるため頑張った。

 もう二度と捨てられたくなかったからだ。

 そうして、十二回のループを経て、ティアは大聖女と呼ばれるまでになったのだ。


 でも、結局、捨てられるんだ。血の滲む努力をして、大聖女になったって無駄だった。だからもう、いい!

 ギリギリで逃げだそう。段取りは知っているし、『紅蓮の希望』を持っている今回なら、空に飛ぶことができる!

 そうだ! 聖女のいない国で普通の人として自由に生きよう。


 ティアは壁に貼ってあった世界地図を見た。現代のものではない古地図である。


 ドラゴンが住むと言われる山脈に魔法陣を描く。そこへ時空魔法を展開し、今まで得た金目のものや、ポーションのレシピ、様々な資料や魔道具などを封印する。

 時空を超えた過去の場所にティアの財産を移転したのだ。


 この国で時空魔法が使えるのはティアだけである。しかも、その事実は誰も知らない。

 みんなティアを侮っていたのだ。

 そしてその地図を焼いてしまう。仮に誰かが魔法に気がついても、もう教団に奪われることはない。


 よし! 無事に逃げ出せたら、この宝を回収して、今度こそ誰にも縛られずに自由に生きるんだ!


 もう、儀式の通りにはしない。十二日間のお祈りもしない。土壇場で逃げ出すわよ。聖婚式がどうなるかなんてもうしらない!


 ティアはそう決意し、神の花嫁となる聖婚式に臨んだ。






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