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19.ティアの治療を受けてくれ


 ドラコーン島での生活が始まった。

 イディオスが着替えにと用意してくれたのは、町娘たちがよく着ているワンピースだった。

 イディオスの瞳と同じサファイヤブルーのワンピースに、白いブラウス、腰には乙女の楽園で身についていたエプロンバッグをつけた。

 ルビーレッドの髪はポニーテールに縛る。聖女のころは髪を結い上げたことすらなかったので新鮮だった。

 

 イディオスはティアをまぶしそうに見た。


「紅蓮のドラゴンのように美しい……」


 ボソリと呟くが、ティアは意味がわからず首をかしげるばかりだ。

 イディオスにとっては最大の賛辞だが、ドラゴンにたとえられ喜ぶ女性は多くない。


「キュ!」


 キュアノスがウキウキとティアの肩に乗った。



 今日はイディオスとキュアノスとともに竜の谷に来ている。

 イディオスの側には白いドラゴンが佇んでいる。

 竜の谷では、竜騎士たちがドラゴン操縦の訓練をしていた。ほとんどのドラゴンにはツノが残っている。主従契約を結んでいないドラゴンである。


 ティアはイディオスの白いドラゴンに乗って、岸壁の洞穴を目指した。

 長いこと怪我に苦しんでいるドラゴンがいるのだ。

 ドラゴンの体は頑丈だ。大抵の物理攻撃はものともしない。

 しかし、神聖力の込められた武器による攻撃は別だった。そして、一旦傷を負うと治るまでに十年単位の時間がかかるのだ。

 

「このドラゴンは傷ついてからもう三百年も経っている」


 イディオスが説明する。緑の古竜だった。

 当たり前のように巣に入っているが、本当はとても危険だ。しかも、手負いの獣は普通凶暴である。

 しかし、イディオスとドラゴンには信頼関係が結ばれているらしく、緑のドラゴンは大人しい。


 キュアノスは興味がなさそうに「キュア」とあくびをした。


 イディオスは魔力の玉を作ってやると、ドラゴンに食べさせてやる。

 そして、愛おしそうに撫でながらティアを紹介した。


「ドラゴンよ。彼女はティア。お前を癒やしてくれる者だ」


 ドラゴンはグルグルと鳴く。


「もう諦めただって? たしかに今までどんな治療も効かなかったが、もう一度だけ試してみてくれ」


 人には冷たいイディオスだが、ドラゴンに関しては一生懸命である。


「イディオスはドラゴンの言葉がわかるんですね」

「ああ、ドラゴンと自由に会話ができるのは、ここ竜の谷でも俺しかいない。人を愛する心と引き換えに、ドラゴンと心を通い合わせる力を手に入れたといわれている」


 イディオスはなんでもないことのようにサラリと答えた。

 逆に、ティアの胸がチクリと痛む。


「そんな顔をしないでください。俺は満足だ。ドラゴンは人より気高く強く美しい。そしてなにより、人は嘘をつくがドラゴンは嘘をつかない」


 イディオスはそういうと、愛おしそうにグリーンドラゴンを撫でた。


「ドラゴンよ。お願いだ。ティアの治療を受けてくれ」


 嫌々と頭を振るドラゴンに、ティアは一歩歩み出た。

 そして、手のひらに神聖力の固まりを作って、緑のドラゴンに差し出した。

 それを見てキュアノスが、キュアキュアと欲しがる。


「キュアノスにはあとでね」


 ティアが言えば、キュアノスは「うきゅう」とよだれを垂らして、恨めしそうにグリーンドラゴンを見た。


「はい、どうぞ」


 グリーンドラゴンはマジマジとイディオスを見た。

 イディオスは安心させるように頷く。

 キュアノスは、バタバタと羽をばたつかせ、いらないなら寄越せと抗議をしている。


 グリーンドラゴンは値踏みするようにティアを見つめた。

 ティアはニッコリと微笑んで、神聖力の玉を差し出す。

 グリーンドラゴンは小さくため息をつくと、渋々といったようにティアの神聖力を飲み込んだ。


 その瞬間、グリーンドラゴンのたてがみがぼわりと膨らむ。驚いたように目を見開き、そしてゆっくりと舌なめずりをして、満足げに瞼を閉じた。

 そして、ホウとため息を吐き出して、心地よさそうにグルグルと喉を鳴らす。


「美味しかったのね」


 ティアはホッとする。

 キュアノスが、次は自分だとティアを甘噛みして主張する。


「はい、キュアノスも」

「キュアァァァン」


 キュアノスは神聖力の乗った手のひらごと飲み込んで、味わうようにしゃぶる。


「くすぐったいよ」


 ティアが笑えば、グリーンドラゴンは物欲しそうにゴクリと喉を鳴らした。


「もっと欲しいのか?」


 イディオスはなぜか不機嫌そうにグリーンドラゴンを見上げた。

 

「あの子の魔力は特別? そんなことは俺が一番知っている。彼女なら治してくれるかもだって? だから俺はそういっただろう? 都合のいいやつだな」


 口げんかを繰り広げるドラゴンとイディオスを見て、ティアはクスリと笑った。

 本当に心が通じ合っていると思ったのだ。


 人を愛せないなんて可哀想だと思っていたけれど、そんなことないわ。イディオスは幸せそうだもん。





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