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16.ようこそ竜の谷へ


 ところかわって、エリシオン王国の上空である。エリシオンは小さな島々が集まってできた国だ。

 栄えている島はごく一部で、多くの島は素朴な田舎だ。各島には魔獣が住み、それらを使役することに長けていた。


 真っ青な海に、転々と連なる島々。

 白い壁に青い屋根が特徴的だ。まるでイディオスのように美しいとティアは思う。


 向かったのは、イディオスが住むドラコーン島である。

 ドラコーン島はエリシオンの中でも最北端に位置し、寂れた島だった。

 島の上空を旋回し、竜の谷を眺める。

 岸壁には横穴が掘られ、そこには一本のツノが生えたドラゴンたちが眠っている。竜の谷はドラゴンの巣だった。

 小さなドラゴンも、傷つき年老いたドラゴンもいた。


「わぁぁ! すごい!」


 ティアはキラキラとした瞳で竜の谷を見おろした。

 限られた世界で生きてきた彼女にとっては、なにもかもが目新しかった。


 竜騎士たちがドラゴンに跨がり訓練をしている。


「あれ? みんなツノがあるの?」


 ティアは思わずキュアノスに尋ねる。キュアノスはティアと主従契約を結んだせいでツノがない。しかし、竜騎士たちが乗るドラゴンにはツノが生えていた。


「竜騎士になったからと言って、ドラゴンと主従関係になれるわけではないからな。主従関係を結べるのは特別な人間だけだ」


 イディオスが答えた。


「きゅう!」


 キュアノスがティアに頬ずりをする。


 竜の谷は岩がむき出しとなった荒涼とした土地である。

 谷の入り口付近には、寂れた集落があった。畑は少なく、あっても作物は弱々しい。ドラゴンの毒のせいで、土地が荒れているのだ。 

 ここは竜使いたちが暮らす辺境の地だった。


 イディオスはエリシオンの王子でありながら、その美貌と魔女の呪いのせいで王宮からは距離を置いていた。ドラコーン島を統べる辺境伯のもとで、竜騎士として暮らしている。


 イディオスがティアを抱え、竜の谷の上空に現れたとき、人々はザワついた。

 なにしろ、イディオスは人に興味がないのだ。

 仲間の竜騎士が怪我をしたところで、振り返ることすらない。

 しかも、女に対しては毛嫌いをしている節もある。そんな男がびしょれの少女を抱きかかえてきたのだ。


 イディオスが城の中庭に降り立つと、竜騎士たちが駆け寄ってきた。


「ヒュウ! 突然慌てて出ていったと思ったら! やるじゃねーか、王子さま!」


 冷やかすような口笛を吹いたのは、竜の谷を統べる辺境伯ラドンである。竜騎士団の団長であり、イディオスの後見人でもあった。

 筋骨隆々とした日に焼けた体に、短髪のごま塩頭。ヒゲを蓄えた顔に、歴戦の跡が残る。左目は傷で開かなくなっていた。


「なんだ? 本物のイディオス殿下か? 女を攫ってくるなんて!」

「イディオス殿下って面食いだったんすねー」


 竜騎士たちは興味津々でティアを見る。


 男慣れしてないティアは、ぶしつけな男たちに怯え、イディオスの背にサッと隠れた。

 男と言うだけでも怖いのに、生前にはこの竜騎士たちに取り囲まれ弓を向けられたのだ。

 小動物の子供のような姿に、ワッと竜騎士たちが興奮する。


「うわ! かわいい! なんだ、あれ!」

「ちょ、女の子って、あんなだったっけ? うちのねーちゃんとはぜんぜん違う」


 ティアは恐怖でイディオスの背をキュッと掴んだ。指先がフルフルと震えている。

 その様子に、イディオスの胸がキュンと高鳴る。


 なんだ……この、可愛い生き物は……。まるで生まれたてのドラゴンみたいだ。


 ドラゴンに例えるのは、イディオスにとって最大の賛辞だ。

 人を愛せぬイディオスだが、ドラゴンは愛すことができるからだ。


「こわくないよ、おいで、おいで。そっちの男は危ないでちゅよ? ほら、お菓子をあげよう、お嬢ちゃん」


 ラドンがふざけて、ティアを餌付けしようとする。

 ティアは恐る恐るイディオスの背から顔を覗かせた。

 イディオスはそれを見て、焦る。ティアを取られるのは嫌だと思ったのだ。


「ふざけるな。凍らせるぞ」


 イディオスが冷たく言い放つ。青い瞳が剣呑けんのんに輝いた。

 ホワイトドラゴンが大きく口を開く。キュアノスもそろって大きく口を開けた。

 

 ラドンは笑って両手を挙げた。


「悪い悪い。そう怒るな」

「彼女は先日話した女神だ。キュアノスの相棒、ティア」


 イディオスはつっけんどんに説明した。


「女神ではないです。ドロメナ教から除籍された悪女です……」


 イディオスの背中越しからオズオズと訂正するティアに、ラドンは微笑んだ。


「ティア殿、ようこそ竜の谷へ。ここでは女神も悪女も大歓迎だ!」


 ティアはぎこちなく微笑み返す。

 ラドンは豪快に笑う。


「ティア殿を丁重にもてなしてくれ。まずは着替えを」


 ラドンの命に、城の者たちが慌てて動き出した。


「風呂には入れるか」


 イディオスが問えば、執事が頷く。

 イディオスはティアを抱きかかえたまま浴場へ向かった。


「あの! 歩けます! おろしてください!」

「ここは荒くれ者が多いから危険だ」


 イディオスがすまして答えると、周囲の竜騎士たちは「殿下が一番怖いのに」と肩をすくめる。


 ティアがイディオスの腕の中で、ジタバタしているうちに浴場に着く。

 キュアノスはパタパタと飛びながらついていく。


「この城には女がいないから不便をかけると思うが、とりあえず寛いでください。湯は温泉だ」


 イディオスはそう言うと、ティアを降ろした。


「ありがとうございます……」


 急な展開に呆気にとられていたティアはオズオズと礼を言った。

 イディオスは少しはにかんでティアに背を向け、出ていった。


 ティアは広々とした浴場に目を見張った。機能的で無骨な浴場だ。竜騎士たちが使っているのだろう。余計な装飾はない。

 そして、お湯は熱くてヒリヒリとする。


「お水もドラゴンの毒で少し汚染されてるのね」


 ティアはお湯を浄化する。温泉の優良成分だけ残り、まったりとした柔らかく良い湯になった。プツプツと気泡が体に張り付つく炭酸温泉である。

 体を洗って、キュアノスと一緒に湯に浸かる。雨で冷えたからだが温まってくる。

 すると、凍えていた胸の氷が溶け出して、せり上がってきた。


 石を投げられた額が、今になって熱く疼く。追い出されたいとは思っていたが、それにしてもあまりにもひどい仕打ちが悲しかった。


 化け物なんて言わなくても良いじゃない……。


 零れそうな涙を隠すように、乱暴に顔を洗う。


「キュウ?」


 キュアノスが慰めるようにティアを舐めた。


「慰めてくれるの?」

「キュア」

「そうよね。落ち込んでもしかたがないわ。せっかく自由になれたんだもの! キュアノスと一緒に幸せになるの!」

 

 ティアはキュアノスをギュッと抱きしめた。


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