9話
「出来ない事は無いが、結界を破られない保証は無いぞ?」
「またまた、そんな事言っちゃってー? 見習いオーク程度の魔物の侵入を防ぐなんて君なら楽勝でしょー? 君は警戒し過ぎだよ」
確かにルッカさんの言う通り9分9厘大丈夫だろう。
しかし、1厘位は上手くいかない可能性だってあるが。
「野営の時に使う結界魔法でしたら私も使えますから、大丈夫だと思います」
俺の不安を汲み取り、それをフォローするかの様にルミリナさんが言う。
確かに、ルミリナさんの結界魔法も重ねれば見習いオークを寄せ付けない程度ならば問題無さそうだ。
ルミリナさんの実力はまだ分からないが、プリーストって神聖魔法の専門家である以上俺よりも強力な神聖魔法を扱える可能性は高い。
幾ら何でも俺が心配し過ぎなだけか。
「分かった。準備を整えてから目的の場所へ向かおう」
見習いオーク討伐に対する大まかな方向性を決めた俺達は、セザールタウン内の雑貨店へ向かい、見習いオーク討伐の際必要な物資の調達行った。
準備を整えた俺達は、セザールタウンの外へ出て見習いオークが出没する森林エリアへ向かって歩き出した。
セザールタウンから目的の森までは歩くと結構な距離があるのだが俺が『機動増加』の魔法を掛ける事で歩行速度が上げる事で移動に掛かる時間を短縮する事が出来る。
俺が皆に『機動増加』を掛けた所で、ルミリナさんが「私も使えます」と同じく『機動増加』を皆に掛けてくれた。
一応は俺単独でも『機動増加』等補助魔法の重ね掛けも出来るが、消耗する魔力をパーティ内で分散すると考えればルミリナさんがこの魔法を掛けてくれる事は有難い事だろう。
自分の『機動増加』を2回掛けた時と比べ、歩行速度の上昇量は高かった。
あくまで俺の体感だが、気持ち、では無く明確に自覚出来る位だった。
やはり、神聖魔法の専門家である事に加え、聖者の血を引いている事が神聖魔法の性能を引き上げているのかもしれない。
「ルッカさん? 無駄に体力を消耗するのは良くないって」
俺とルミリナさんの『機動増加』を受け、随分と身軽になったせいか、ルッカさんは歩く事を止め、目的地に向かって軽快に走り出した。
魔法の力で歩行速度が上がったからって消耗する体力が減る訳じゃないんだけど、まぁ、ルッカさんは今に始まった事じゃないか。
学生の時から『機動増加』を掛ける度に走り出してたかと思ったら体力切れを起こしたのかその場にへばりついて大きな呼吸を始めてたっけ。
まっ、見習いオークが出没する森林エリアに到達する前ならどれだけ息を切らして地面にへばりついても特に問題無いか、このままルッカさんを放っておこう。
「はぁ、はぁ、ね、ねぇ? カイル? ちょっと休憩しない?」
10分程経った所で、思った通り体力を使い果たしたのかルッカさんが地面に座り込んで、肩で大きく息をしていた。
「いや、俺は別に疲れて無いな」
「そ、そんな事言わないで、ほら、クッキー焼いて来たの、皆で食べよ?」
ちょっとばかり猫を撫でている様な声を出しながらびみょーに上目で俺を見つめながら言う。
まぁなんだ、ルッカさん、結構可愛いじゃないか、うん。
ルッカさんが作ったクッキーが食べられるなら休憩しても良いな。
そう、ルッカさんが作るクッキーと言うかお菓子と言うか料理全般物凄く美味しいのだ。
幾ら女性に無関心な俺とは言え、美味しいモノが嫌いかと言われたらそんな訳は無くってだな。
「しかたないな、ルッカさんがそこまで頼み込むなら休憩して行こうじゃないか」
俺はルッカさんが座り込んでいる場所の近くまで歩き、腰を降ろす。
「わっ、ルッカさん、クッキー作れちゃうんですか!? す、凄いですね!」
ルミリナさんが、瞳をキラキラと輝かせながら俺の隣に座る。
「た、大した事無いわ」
ルミリナさんから褒められたルッカさんはなんとか言葉を紡ぎ出している。
苦しそうにしながらもやはり嬉しそうな空気を感じ取られる。
「そうですか? 私もクッキー作った事あるんですけど、真っ黒な物しか出来ませんでした。で、でもお姉ちゃんは食べてくれましたから、大丈夫だったのかな?」
多分ルミリナさんのお姉さんは無理して食べてくれたのだと思うけど、随分と優しいお姉さんで。
「そうだね、料理は愛情が大事だし」
多分、ルミリナさんが作った真っ黒なクッキーはヤバい奴と思うが、正直に言って空気を悪くしても良くないのでテキトーにフォローを試みる。
「えへへ? やっぱりそうですよね? 今度カイルさんにも作ってあげますね」
にっこりとはにかみながら可憐な笑顔を見せるルミリナさんだ。
そんな笑顔を見せられるとやっぱり可愛いと思ってしまうのだが、しかし真っ黒なクッキーを自分に御馳走すると言われた場合、どう反応すれば良いのか少々困る。
「そうね、愛情は大事ね」
ルッカさんが妙にトゲがある様な言い方をし、2回程大きな呼吸を経て息を整えた所で、
「ルミリナちゃんが作ったクッキー、是非ともカイルに食べて欲しいわねぇ?」
ルッカさんが、なんだかねっとりとした視線で俺を睨みつけながら、心に堕天使でも飼っているかのような論調で言う。
まるで、数の暴力を使い俺を逃げられ無くしその後の状況を楽しみたいかの様に。
「は、ははは、た、楽しみにしてるよ」
ルッカさんの手により逃げ道を塞がれた俺はこう返事をするしか無かった。
「良かったね、ルミリナちゃん」
「はい!」
何だか邪悪な笑みを浮かべるルッカさんと、明るく元気な声で返事をするルミリナさんだった。