44話
『あまい、あまいぞカイル。人生とは何か一つしか手に入れられないように出来ているのだ』
賢神の石の声だ。
つまり、ルッカさんを助けようとすれば俺の命も失う。それはつまりルッカさんの想いも潰すと聞こえてしまう。
賢神の石がダストさんに何を言ったのかまで分からない、けれどこれは賢神の石の警告と捉えるしかないのかッ
ダストさんが魔法を作っている。
胸元に魔力を集めていて、その魔力が禍々しい黒色で球体になっている。
何の属性だろうか? 安直に考えるならば闇属性だろう。
どんな性能だろうか? 地水火風と言った基礎属性よりも厄介なのだろう。
賢神の石の力が乗っているのだろう、つまりは今の俺の高まった魔法防御力ですらどうなるのか分からないんだ。
でも、ダストさんは俺を狙っている、このままルッカさんと同じ位置で掛ける事と俺が1人になる事、何が違うのか。
分からない、けれど、賢神の石の警告に逆らう事は許されない。
自分の覚悟を、ルッカさんの想いを貫く為には。
「覚悟しな! ザナッツ・レヴィンの子孫とやらっ」
ダストさんが漆黒の色を帯びる魔法を放った。
放たれた魔法は、空中で8つに分離しそれぞれがスピアみたく鋭利な棒状になっている。
それぞれがまるで意思を持つかの様に上下左右バラバラの位置から、タイミングを僅かにずらしながら俺に目掛けて向かって来る。
受けるしかない、俺が放たれた魔法に向き振り返ろうとすると、
「カイル!」
俺が少し減速したタイミングで、隣で駆けて居るルッカさんが、俺に向かって飛び込む。
つまりそれはどういう事かと言うと、ルッカさんに飛び込まれた俺はその勢いで2歩分程吹き飛ばされ、俺が本来居るハズの場所にルッカさんが居る事になる。
だからそれは、俺が本来受けるハズであったダストさんの魔法をルッカさんが受ける事になる。
そう、キース・クレッセントを手放し魔法防御力が低下したルッカさんの身体に、今までよりも強力な気配がする魔法を。
「ルッカさん!」
俺は、ダストさんの魔法を、8つに別れたスピアの様に鋭利な魔法を、1つ1つがバラバラにルッカさんを背中から貫いたその魔法を見、自分の中に流れていた時が、止まる。
「にげ……て」
口から血を零しながら、ルッカさんが言葉を紡ぎ出す。
治療術を! 俺は反射的に治療術の詠唱を始めようとする。
「おね……が、い」
ルッカさんがもう一度言葉を紡ぎ出す。
自分が生き残る事、それがルッカさんの想いだとしても! けれど、だけど! 自分が生き延びたって、もう、一緒に競い合う事も出来ない、俺の為に朝ご飯を作ってくれる事も無くなってしまう! 何処か素直さの無いでも、だからこそ可愛らしく魅力的な何処か素っ気無い態度も見られない!
『ふはははは、その魔法を受けたモノに治療術など無意味よ』
ああ、そうなんだ、ははは、ならもう、せめて逃げるしかないんだろう。
いいや、その言葉が真実なら、俺も助からない、か。
賢神の石の言葉を受け、俺は絶望する。
けれど、ルッカさんの想いに応えなければならない以上諦める訳にはいかない! 今の俺の魔法防御力なら耐えられるかもしれない!
『カイル。その娘はじきに死ぬ。しかしそれは一般論での死に過ぎぬ』
「分かっている! 分かっている、そんな事!!!!」
『そう、あくまで一般論、一般論では心臓の鼓動を止めているその娘は死んでいるとしか判断出来ぬ。だが、我が論上ではその娘が一般論上迎えた死より解放されるだろう』
「何が、何が言いたいんだ! ルッカさんの命を奪ったのはお前じゃないかッ!」
既に瞳に一切の光は無くぐったりとするルッカさん。
もう、その命は……。
『そうだ、我が目的を果たす為その娘の命を預かったのだ』
「人の、人の命を奪って何が預かった、だ!」
『カイル。お前は取引と言う言葉を知らぬか? 我が目的を果たす為にお前のチカラが必要なのだよ。そう、この娘を蘇らせる代わりに私に力を貸せば良いのだ』
俺はダストさんをチラリと見る。
ダストさんは角を生やし、翼を生やし、魔族の様な風貌をしている。それはつまり、人間である事を売り払い、魔族になれと言われているように思える。
『そうだ。人間と言う下等な生き物を捨て魔族が支配をする世界を作るのだ』
「そんな事! 人間を捨てるなんて出来る訳が無い!」
『そうか、残念な事だ。だがお前は若い。考えが変わる事に期待し待ってやろう』
「何が言いたい!」
だが、賢神の石は何も言わない。
しかし、代わりにダストさんが口を開く。
「チッ、エリクの野郎が来やがるのか! あの野郎、転移魔法を使いやがるからな、時間を掛け過ぎちまったか!」
賢神の石がダストさんに何かを言ったらしい。




