31話
「カイル、貴方に感謝する。私一人の力では厳しい所だった」
アリアさんが、額に浮かぶ汗をぬぐいながら礼の言葉を述べる。
魔法陣が消え、台座に安置されている賢神の石がその姿を露わにしている。
漆黒の、禍々しいとも言える黒きオーラを纏うその石。邪悪な空気を纏っている姿とは裏腹に形は綺麗な球体をしている。真球と言う奴だろうか? 恐ろしい程に綺麗な球だ。
「ははは、はーっはっはっは! これが賢神の石! 賢神の石に選ばれた俺様に与えられる真の力!」
ダストさんが高笑いをし、賢神の石の方へと駆け寄る。
そうはさせまい! 俺は賢神の石に手を伸ばす。
『良いのか? 貴様、我に触れれば貴様の意思は我のモノになるぞ?』
賢神の石が俺に脅しをかける。
さっきの言動がブラフだった以上、この言葉もブラフかもしれない。
だが……。魔法陣の時と違い、直接触れてしまった(・・・・・・・・・)場合、本当に俺の精神が乗っ取られる可能性は高い。
伸びた手が止まる。
「貴方の好きにさせない!」
賢神の石の言葉に迷い、手を止めてしまった俺の代わりにアリアさんが賢神の石に触れる。
これでダストさんの手に賢神の石が渡らずに済む、と思ったが、
「つっ!?」
賢神の石にアリアさんの手が触れた瞬間、アリアさんは大きく吹っ飛ばされてしまう。
幸な事に上手い事地面に着地を出来た為、壁に叩きつけられると言う事はなかったが、賢神の石の場所からは大きく離れてしまう。
『ふはははは、聖者の魔力、中々いいモノでは無いか! さぁ、ダストよ我を手にするが良い。我が野望と相反する使えぬ子孫とは違い、貴様は我が野望を叶える素質がある』
「ダメです! 賢神の石はダストさんを選んでいます!」
嫌な予感しかしない。俺は皆に賢神の石の意思を伝えると皆の元へ向かって駆ける。
俺の声に合わせ、同じくアリアさんも皆の所に向け駆けた。
「はーっはっはっは、よくやった。エリザ、カミラ、セリカを連れて帰れ!」
ダストさんの指示を受けたエリザさんとカミラさんは、いまだに意識を失っているセリカさんを二人掛りで担ぎ、転移魔法を使いこの場から消え去った。
お前、彼女達の命を差し出そうとしたくせによく言う!
俺がそんな事を考えても何の意味も無い。
「カイルさん。貴方の言葉を信じましょう。カイルさんの仰る通り賢神の石がダストさんを選んだのならば私が触れようとしたところでアリアさんと同じ目に遭うでしょう。いえ、最悪の場合私の命の保証もありません。ギルドマスターとして命令します。総員退避、エリクさん転移魔法を使い我々の転移をお願いします!」
「分かりました!」
ルッセルさんの命令を受けたエリクさんが転移魔法を使い、俺達を転移させた。
これは後から聞いた話だけども、俺達がこの部屋から転移した後、ダストさんが賢神の石を手にした。
ダストさんが賢神の石を手にすると、ダストさんの身体から黒い光が溢れ出しその姿をまるで魔族かえた。
背中にはコウモリの様な翼が生え、額からは角を生やし手の先には鋼鉄をも斬り避けそうな鋭い爪が生えていた。
ダストさんが賢神の石の力を試しに使った所、彼の右手を中心に凄まじい爆発が発生しこの神殿を一瞬で破壊したみたいだった。
しかしながら、賢神の石を使いこなせている訳では無く、その力を使ったダストさんの魔力は急激に消耗し、暫くの間魔法を使う事すら出来なかったとの事だった。
―ヴァイス・リッター―
エリクさんの転移魔法によりヴァイス・リッターに帰還した俺達。
ルッセルさんは今回の件を上層部に報告を上げ、上層部からの判断を仰ぐとの事だった。
「あのっ、カイルさん、大丈夫ですか?」
ルッセルさんの話が終わった所で、ルミリナさんが心配そうな声を上げ近寄り俺に対して治療術をかけた。
今回の件で肉体に傷を受けた訳では無いが、ルミリナさんからの厚意は有難く受け取る事にした。
ルミリナさんがかける治療術は少しばかり優しい気がした。
「いや、俺の方は大丈夫。それよりもアリアさん」
先の魔法陣内で消耗しているのは俺よりもアリアさんの方では? と思った俺はアリアさんを気遣うが、
「聖者の血をなめないで頂戴。それ位自分でどうにか出来る」
冷たく切り捨てられた。
アリアさんは他人に貸しを作る事が嫌いな印象を受けたが、気のせいだろうか?
「ははは、そうですよね。俺ですら最低限の神聖魔法を扱える訳ですから」
「神聖魔法はそんなに甘いものではない。貴方が少し特別とは言っておく」
「そんなもんですか?」
「そう。断言出来ないけども、貴方の身体に流れるザナッツ・レヴィンの血が神聖魔法の会得を加速している」
「イマイチ実感出来ないですね」
「比較対象が無いならば仕方が無い。貴方の年齢のシスターならば神聖魔法に専念したとして治療術、照明、防御障壁この3つの魔法が使えるだけでも優秀よ」
淡々と説明するアリアさん。
改めて言われると自分の身体に流れるザナッツ・レヴィンの血は偉大なものだと痛感させられる。




