エロ漫画で恋愛知識を履修した後輩ちゃん。アプローチの仕方が特殊過ぎる件
清正学院高等学校、図書室。
「先輩…… 二人きりですね……」
一年生の、井上 咲希が小さな声で話しかけてくる。
ちょっぴり内気な性格の、俺の後輩だ。目が少し隠れるくらいの前髪のせいか、暗い雰囲気がある。けど、前髪を上げたら、実はめちゃくちゃ可愛い。
「そうだな」
俺は返事をしながら、作業を進めていく。
俺たちは今、返却された本を本棚に戻す作業を行なっている最中だ。そもそも利用者が少ないから、戻す本は十冊くらいだけ。
「…… 本当に二人きりですよ? ちゃんと確認しました。図書室には、他に誰もいません」
なんか少ししつこい。
「ああ、勉強しに来るやつも全然いないな。まあ、うち進学校とかじゃないしな」
「…… あっ、もっと人目につかない所の方がいいですか? あっちの隅っことか? それとも、人がいる中であえて……っていう感じですか?」
「んんんん?」
井上の方を見ると、なぜか彼女は頬を赤らめている。
彼女には、こういうちょっぴり変わった面があるのだ。可愛いといえば可愛いが。たまに、その面が手に負えないほど過激になることがある。
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「ん〜〜!」
井上はつま先立ちになり、本を持った手を高く伸ばしていた。どうやら、上の本棚に手が届かないらしい。
俺は小走りで、井上の方へ近づく。
「届かないか? ちょっと待ってろ、俺がーー」
「いえ、大丈夫です!」
なぜか井上はそそくさとその場を離れていく。
そして、再び戻ってきた彼女は、脚立を担いできていた。
「いや、わざわざ脚立なんて使わなくても、俺なら届いたんだが…… ていうか、そんなデカいのいるか?」
「いるんです!」
脚立を広げると、井上はわざわざその一番上まで登る。二、三段目で余裕で手が届く高さだったのに。
そして、中々降りてこない。
「どうした?」
聞いてみても、井上は答えてくれない。
「あのっ、先輩! 下からスカートの中とか、覗いちゃダメですからね!」
「え、いやーー」
「今日、結構派手なの着てるから、絶対覗いちゃダメですよ!」
そういうことか……
「安心しろ。俺の身長的に、しゃがまないとスカートの中見えない」
井上は急にその場で固まる。
俺は結構身長が高いのだ。あと、何か嫌な予感がして、予め距離をとっていたから角度的にも見えない。
彼女が無言のまま降りてくる。目を合わせてくれない。
「次行きましょう、先輩」
「お、おう…… ?」
何か声暗っ。気に障ることでもしてしまったか。
作業を終えて、俺たちはカウンターまで戻った。
それから数分。
「にしても、本当に誰も来ないな」
「うぅ……」
なぜか酷く落ち込んでいる井上。
そんな突っ伏すほど嫌なことでもあったのか。まだ彼女と出会ってから一ヶ月程度だから、彼女の気持ちがよくわからない。
ただ、先輩として、この事態は見過ごせない。
「井上」
「なんですか…… ?」
俺は手にした箱を、井上の前に突き出す。
「これは?」
「箱の中身はなんでしょうゲームだ!」
ルールは簡単。
箱の左右には穴が空いていて、挑戦者はそこから手を入れ中身を触る。そして、中に入ってる物が何かを当てたら勝ち。
単純だが、これが意外と盛り上がる。昨日頑張って作ってきたのだ。
「さあ、手を入れてくれ」
井上はなぜか口をポカンと開け、箱と俺の顔を交互に見つめる。そして、急に顔を赤らめ、俯きながらこう言った。
「そ、そういうことでしたら…… ちょっと待ってください……」
井上は近くに置いてあったリュックの中を探り始める。
何をしているのか。
しばらくすると、彼女はこちらに振り向いた。
「さあ、始めましょうーー」
「待て!」
「どうしました?」
キョトンとした表情をする井上。
「いや、手のそれはなんだ!」
井上が握っていたのは、筒状の容器。中には、透明な液体が入っているようだが。
「これですか? ローションです」
「いや、なんで!?」
「あっ、すみません! 香り付きのやつは嫌いでしたか…… ? それとも、温感の方が…… ?」
「そんなこだわりねえよ! そもそも、なんでローションなんだ!? しかも、それ大人用のアレだろ…… ? なんでそんなの持ってるんだ!?」
「念のためです」
きっぱり。
「何を想定したら、ローションが必要になるんだよ!」
「女の子は大体こういうの持ち歩いてるものなんですよ?」
「いや、そんなわけーー」
否定したいが、俺自身女子が普段何を持ち歩いているかなんて知らない。もしかしたら、本当なのか。
いやでも、ローションだぞ? しかも、結構大容量。
そう悩んでいる間にも、井上は手際よくローションを手に垂らしていく。
「それでは…… いかせていただきます」
井上は上目でこちらの様子をうかがいながら、箱の中に手を入れる。何の躊躇いもなく。
ぬちゃっ、にゅるっ。と、いかがわしい音が、箱の中で鳴っている。
「お、おい……」
なんなんだこの状況。
「す、すごいです…… 先輩の……」
やめろ、その色っぽい声!
ていうか、これ俺の知ってる箱の中身はなんでしょうじゃない……
もっと中身を警戒して、「きゃー、動いてる〜」とか。そういう反応を見たかったのに。こいつ、実はプロか?
「すごく長くて…… それで、つるつるしてて、ちょっと柔らかいような……」
しっかりと言い当てている。
ーー やはり、プロだ。
その時、箱の中でポキッという乾いた音がした。井上の目が見開かれる。
「あぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
突然、井上が飛び上がり、悲鳴を上げる。
「ど、どうした井上!?!?」
「先輩のアレが真っ二つにぃぃぃぃ!!!」
と、箱の穴から、井上の手が抜ける。彼女の片手には、円柱の白い何かがしっかり握られていた。
彼女はそれをじっと見つめる。
「あれ、何これ…… ?」
「発泡スチロールだ。中に入れる物思いつかなくて、そこに落ちてた物を入れた」
井上の手から、ローション塗れの白い塊が落ちていく。
「え…… だって、今のシチュエーション的に、中身は先輩のアレじゃ……」
「さっきから、俺のアレってどれだよ!」
「ち○ち○ですよ!」
「え!?」
今、井上が下ネタを発した。あの井上が。
「実は箱の下には穴が空いていて、そこから自分のち○ち○を入れて、女の子に触らせるって! テッパンの恋愛シチュエーションじゃないですか!」
「え!?」
なんだそのシチュエーション!?
初めて聞いた。いや、俺が恋愛にうといだけで、本当は今時そういうのが流行っていてーー なわけあるか。
「お前…… そんな知識、一体誰に教えられたんだ?」
「本とかで知りました」
「本とかって…… どんな?」
「えっと…… 快○天とか、Twitte○の恋愛漫画とか……」
いや、前者エロ漫画だよ! 俺親父が隠してたやつ読んだことある! しまい忘れて、母さんにバレた時はごめん!
てことは、後者もエロよりの画像か。
改めて、井上の表情を見る。めっちゃ真面目そうな顔をしていることから、冗談を言っている訳ではなさそう。
これは真実を話した方がいい。井上の将来のためにも。
「いいか? お前が参考にしてたのは、恋愛漫画じゃない。全部エロ漫画だ」
「え!?」
「素早く自然にエッチなシーンに入るために用意された、ぶっ飛んだ導入部分。現実ではまず起こらない。さっきのシチュエーションも、普通に犯罪だ」
「え!?」
すっかり目を丸くしてしまった井上。そして、今顔を赤くしているのは、恥ずかしさからだろう。
しばらくすると、彼女はポツリポツリと今に至った経緯を話し始めた。
「す、すみません…… 私、昔から一人でいることが多くて、そういう知識が全くないんです……」
「そうだったのか」
「それで、たまたま見つけた、お父さんの本で……」
お前ん家の親父もか!
なんだ? 快○天は聖典か何かなのか? 一家に一冊置いてあるのか?
「ちなみにだが、その本はちゃんと元の場所に戻したか?」
「はい」
よかった。井上の親父は救われたんだな。
「でも、食事の時、そのことでお母さんに相談したら、すごい形相でお父さんを叱り始めて」
何やってるんだ井上ッ!
まあ、彼女は純粋な疑問をぶつけただけなのだろうが。その時の修羅場が目に浮かぶ。自業自得ではあるが、少し可哀想。
「あ、でも…… お父さん俯いてたけど、顔をよく見たら、すごいニヤついてて。そういえば、今の状況、あの本の付箋が貼られてたシーンに似てると思ってーー」
「そ、その話はもうやめよう……」
井上の親父の名誉のためにも。
「というわけで、もうそのエロ漫画で覚えた知識は忘れろ」
「わかりました……」
井上はだいぶ意気消沈の体。
今まで正しいと信じていたものが、悪だと知ったんだから当然か。だが、今からでも遅くはない。
俺は小さくため息を吐いた。
「その代わりに、俺がちゃんとした恋愛知識を教えてやるから」
「先輩…… !」
俺を慕っているような、キラキラした瞳を井上が向ける。
そうだ。これが俺が求めていた反応。ちょっと方向性は違うが、贅沢は言っていられない。
「これからバシバシ教えていくつもりだから、そのつもりでいろよ?」
「バシバシって…… これって、弱みを握られて、色々お願い事されちゃうパターンのやつですよね?」
「……」
井上の恋愛知識の矯正には、まだまだ時間がかかりそうだ。