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おれが聖女で、あいつが勇者で。〜不本意ジョブチェンジで詰んでる魔王退治〜

作者: 荒瀬ヤヒロ





 かつて、勇者と聖女によって魔王が封印された。

 しかし、封印はいずれ解け、千年後には魔王が復活する。

 そのため、勇者は太陽の剣を振るうための「光の力」を、聖女はすべての汚れを祓う「浄化の力」を、女神アルテミジアに預けた。

 千年後に生まれる新たな勇者と聖女に、この力を受け継いでもらえるように。


 そして千年が経ち、ついに魔王ギルレオンが復活した。


「太陽の剣を受け継ぐ勇者の子孫サガ・ハルミヤ。

 今代の聖女に選ばれたルーシー・ホロウスター。

 そなた達にこの力を渡す日が来ました……」


 大神殿では今まさに、女神アルテミジアによる力の継承が行われんとしていた。


 まばゆい光に包まれた女神アルテミジアは、金色の髪を波打たせ夏の海のような美しい青の瞳で勇者と聖女を見下ろした。


「さあ、受け取りなさい。勇者よ、聖女よ——」


 ぱああっ、と、柔らかな光がサガとルーシーを包む。二人は体中に満ちてゆく温かな力を確かに感じ取った。


「おお……」

「ああ……」


 その瞬間を目にした者はあまりに神々しい光景に涙を流した。


「これが、光の力……」

「女神よ、感謝します」


 新たに勇者と聖女となった二人も、自らが受け継いだ聖なる力と女神への感謝に目を潤ませた。


 サガには「光の力」、ルーシーには「浄化の力」が与えられた。


 サガの一族が代々受け継いできた太陽の剣は、光の力の持ち主でなければ鞘が抜けない伝説の武器だ。

 光の力を受け継いだ今ならば、太陽の剣を抜くことが出来る。


「さあ、勇者サガよ。太陽の剣を抜いてみせるのじゃ」


 大神官に命じられ、言われるままにサガは太陽の剣を手にした。

 千年間、誰にも使われることのなかった伝説の剣が、その姿を現す。サガは太陽の剣を掲げ、誇らしく胸を張った。


「太陽の剣よ! 光の力の継承者であるこの俺と共に、魔王と戦ってくれ!」


 サガはその声と共に、剣を鞘から引き抜こうとした。


「……」

「……」

「……」


 ぐっ ぐっ ぐいっ


「……ぐっ……ぬう……」

「……」

「……」


 剣が抜けない。鞘がびくともしない。


「ふぐぐぐぐっ」

「……」

「……ルーシーよ。浄化の火を灯すのじゃ」

「あ、はい」


 鞘と格闘する勇者のことはいったん置いておいて、大神官はルーシーに命じた。

 浄化の力を持った者が祈ると、あらゆる魔を焼き尽くす聖なる火が呼び出せるのだ。


 ルーシーは胸の前で手を合わせ、呪文を唱えた。


「清らかなる灯よ 我の前にて我が道を照らしたまえ」


「……」

「ぐぅ〜っ、ふんぐっ、こなくそっ!」


 聖なる火が現れない。


 ルーシーは焦った。呪文は間違っていないはず。どうして何も現れないのか。


「どりゃあああくそがぁぁぁっ!!」

「はっ! そ、そうです! すぐ隣でこんなに呻かれては気が散って集中できなかったのです!」

「な、なるほど」


 鞘と格闘するサガを指さし、ルーシーは集中できなかったせいだと訴えた。


「ちょっと、少し静かにしてもらえます?」

「ああ? こっちは伝説の剣を抜こうとしてるんだ! もうちょっとなんだ、邪魔するな!」

「いや、さっきから全然抜けてませんよね? どの辺がもう少しなんですか?」

「俺にはわかる! 鞘はちょっと強情に頑張っているが、俺の引き抜きテクで「もうらめぇっ……」ってなってる!」


 そんな馬鹿な。


「いいから、少し静かにしていてください」

「あっ、何をする!」


 サガの手から太陽の剣を奪い取ったルーシーは、何気なく鞘に手をかけた。


「千年も抜いていないから、きっと錆び……」


 錆びているんだろうから油でも差せ、と言いかけたルーシーは、何気なく鞘を引っ張った。


 すぽんっ


 抵抗もなくあっさりと剣が抜けた。

 現れた刃はまさに太陽の剣にふさわしく、白金に輝いている。


「……」

「……」

「……」


 しばしの沈黙の後、サガはぼそっと呟いてみた。


「清らかなる灯よ……」


 ぼっ、と、何もない空間に白い炎が生まれて燃え上がった。


「……」

「……」

「……」



 サガとルーシーと大神官は、無言で女神アルテミジアを見た。


 女神は言った。


「間違えちゃった! てへっ」






***




「女神への虐待は犯罪です。今すぐ悔い改めなさい。いじめ、かっこわるい!」


 大神殿の天井に逆さ吊りにされてぷらぷら揺れている女神アルテミジアが言う。


 その女神の前で勇者と聖女と大神官が額を突きあわせて話し合っていた。


「つまり、本来なら俺が受け取るはずの「光の力」がルーシーに」

「私が受け取るべきだった「浄化の力」がサガに」

「「間違えて与えられてしまったということ」」

「そうなるのう……」


 一拍の間をおいて、サガが叫んだ。


「ふざけんなっ! 俺は太陽の剣で魔王を倒すために修行してきたんだぞ!」

「落ち着いて、サガ!」

「落ち着いていられるかよ!」

「確かに、光の力がないと太陽の剣は抜けない……だったら、私が鞘から抜いて剣だけをサガに渡せばいいんじゃない?」


 ルーシーが述べた解決方法に、サガと大神官は「その手があったか」と手を打った。

 とりあえず、鞘から抜いてしまえば剣として使えるだろうと思ったのだが、試しにルーシーが鞘から抜いた剣をサガに渡すと、白金に輝いていた刃が輝きを失い、硬度も失って力なくへにょんと折れ曲がった。


『電池残量ガ不足シテイマス。充電ヲ行ッテクダサイ』


「喋った!? いや、ちょっと待て「光の力」って「電力」のことだったのかよ!?」


 サガはへにょへにょになった剣を手に叫んだ。光の力の正体についても訊きたいことはあるが、それ以上に音声機能が付いていたことに衝撃を受けてしまった。伝説の中ではそんなこと語られていなかった。


「おい、クソ女神!」

「無礼な! 誰がクソ女神ですか!!」

「太陽の剣って千年前も喋ってたのか!?」


 今さらどうでもいいかもしれないが、サガとしては確認しておきたい。先祖代々伝わっている魔王退治の伝説の中に出てくる台詞は勇者と聖女の言葉だとばかり思っていたのに、二人の会話に第三者が混じっていた可能性がにわかに浮上した。


勇「この戦いで……決めてみせるっ」

聖「私は最期まで貴方の傍にいます」

勇「聖女……君は逃げろ、生きてくれ」

聖「何を言うのです。そんなことをおっしゃらないで」

聖「私は貴方を強く強く信じています。鍛えられた刃のように強く」

勇「ありがとう……」


 だと思っていた会話が、


勇「この戦いで……決めてみせるっ」

剣「私ハ最期マデ貴方ノ傍ニイマス」

勇「聖女……君は逃げろ、生きてくれ」

聖「何を言うのです。そんなことをおっしゃらないで」

剣「私ハ貴方ヲ強ク強ク信ジテイマス。鍛エラレタ刃ノヨウニ強ク」

勇「ありがとう……」


 だった可能性が出てくる。ご先祖様達が草葉の陰で泣いてしまうだろう。


「千年前は喋っていませんでしたが……東洋では百年経った道具にツクモガミが宿るといいますから、千年経てば太陽の剣も喋るぐらいできるようになるのでは」

『マヂ無理……』

「伝説の武器が弱気なんだが!?」


 へにょんへにょんな太陽の剣をルーシーに渡す。すると、剣はぴしっとまっすぐになり、ぱああっと輝きだした。

 これが光(充電)の力か。


「太陽の剣を失った今、俺などただの剣が使えるだけの脳筋……帰っていいか?」

「駄目に決まってるでしょう!」


 にわかに荷物をまとめだした勇者に、ルーシーが突っ込みを入れる。


「だって、俺ここにいても役に立たないし……勇者になれないなら早めに就職活動しないと……」

「だからって、私と剣だけ残されても困るのよっ!! 千年もの間先祖代々受け継いできた伝説の剣にもうちょっと執着しなさいよ! 切り替えが速すぎるわよ!」


 あまりにも潔いサガに、ルーシーは太陽の剣をぶんぶん振りながら訴えた。


「勇者よ! 逆境に背を向けてはなりません!」

「「お前が言うなあっ!!」」


 逆さ吊りのまま諭してくる女神に、勇者と聖女は怒りの声を上げた。






***



 聖女ルーシー・ホロウスターは難しい顔つきで腕を組んだ。

 艶やかな銀髪と夜明けの空のような紫の瞳が美しい彼女は、幼い頃より聖女となるための修行をこなし、己の身を律してきた。

 故に、何時いかなる時も冷静に、決して心を乱してはならない。常に静かな微笑みを湛え、民衆に安心を与えなければならない。それが聖女の役目だ。


「いい加減におろしなさい。女神を逆さにするとあの、あれだ、爆発しますよ!」


 女神に適当な嘘をつかれようと。


「あの、そろそろお暇しても……?」


 勇者が帰宅したがっていても。


「私は聖女……私は聖女……そもそも、聖女に与えられる浄化の力を貴方が持っているのだから、帰られては困るわよ!!」

「ああ、そうか」


 勇者サガは我に返ったような顔をした。そう、現在、勇者の鍛え抜かれた鋼の肉体には、すべてのものに慈愛と癒しを与える浄化の力が宿っているのである。

 サガは自分の手のひらをじっと見つめた。剣だこだらけの硬い手だ。

 この手に癒しの力が……


「こんな傷だらけの手で何が癒せるっていうんだっ!!」

「どうしたの突然!?」


 急に拳を握り締めて苦しげに叫びだしたサガに、ルーシーが驚く。


「だって、体育会系十九歳男子にごつごつの手のひらかざされたら癒しより恐怖が先に来ないか? 病気の幼女に「今、楽にしてあげよう……」って手のひらかざして近寄ったら通報されるだろ! 事案だ事案!」

「た、確かに……っ」


 サガの懸念に、思わずルーシーも納得した。

 病気で苦しむ幼子に、手のひらをかざしてじりじり近寄る屈強な男の姿を想像して、ご両親の気持ちになって通報致し方なしという結論になる。


「愚かな人の子よ。見た目で判断してはなりません。魚介類だってグロい姿してる深海魚の方が美味しいでしょ?」

「うるせークソ女神!! 人は見た目が九割なんだよ!!」


 そもそも女神が深海魚などという生臭を口にしていいのか否か。


「落ち着いてサガ。誰も貴方に人々を癒せだなんて言っていないわ。それは私の役目よ」


 ルーシーは荒ぶる勇者を優しく落ち着かせる。これも聖女の役目、と自分に言い聞かせながら。

 ちなみに大神官は空気に徹している。出世する男は空気を読む力に秀でているのだ。


「ちょっと混乱していたけど、よく考えたら「光の力」と「浄化の力」を交換すればいい話じゃない? いったん力を抜いて、もう一度女神に今度は正しく与えてもらえばいいのよ」

「おお! それもそうだ!」


 あっさりと解決策が浮かんで、サガも安堵した。

 サガに与えられた「浄化の力」をルーシーに、ルーシーに与えられた「光の力」をサガに移動させればいいだけだ。簡単な話だ。

 しかし、


「無理ですよ」


 逆さ吊りの女神はあっさり否定した。


「人間の体でこれほど大きな力を受け取れるのは人生で一回こっきりです。二度目は肉体が力に耐えきれず爆発して飛び散りますよ」

「爆発して飛び散る!?」

「片づける方の身にもなってください」

「お前が片づけるわけじゃねーだろっ!!」


 大神殿で勇者と聖女が爆発して飛び散ったら、清掃する人間のみならず聖職者達もトラウマになると思うので出来れば余所でやってほしいと大神官は思った。






***



 サガ・ハルミヤは絶望していた。

 お前が光の力を受け継いで魔王を倒すのだと言われ、幼い頃から懸命に剣の修行に打ち込んできた。

 いつの日か、光の力で太陽の剣を抜くことを夢見て。

 それなのに、太陽の剣を抜くことが出来たのは、剣など握ったこともなさそうな細腕の聖女。

 サガに残されたのは、事案扱いされるしかない呪われた力。


「ご先祖に顔向けが出来ない……っ! 俺はこの呪われた力を抱えて旅に出る。探さないでくれ……」

「呪われた力って「浄化の力」のこと!? 旅立ってどうするのよ! 私だってこんなごつい剣が抜けるだけの役に立たない力を与えられて途方に暮れてるんだから!」

「そなた達っ、神聖なる「光の力」と「浄化の力」に対して何という言いぐさです! 罰当たりな! 悔い改めなさい! そして私を下ろしなさい!」

「「元凶は黙ってろ!!」」


 その時、機を窺っていた男が動いた。


「ちょっと良いか。相談があるのじゃが」


 大神官である。サガとルーシーと女神にやりとりを一部始終目にしていた彼は、彼らに重大な話をしなければならなかった。


「この後の儀式はどうする?」

「「「あ」」」


 この後の儀式、とは、勇者と聖女が無事に力の継承を果たしたことを祝うセレモニーだ。

 王宮前の広場に集まった国民の前で、勇者が太陽の剣を抜きその勇姿を皆に示し、聖女が浄化の火を生み出して人々の心に安堵と安らぎを与えるのだ。

 そして勇者と聖女は国王の前に進み出て、魔王を倒す誓いを立てて旅立つという流れになっている。

 王宮には朝から人がつめかけ、勇者と聖女が現れるのを今か今かと待っている。今更ドタキャンは出来ない。


「万が一、継承に失敗したことが民にバレたら、国中に絶望が広まり、人々の心は荒廃し世は乱れるじゃろう。このことは決して誰にも知られてはならぬ」


 大神官はサガとルーシーにそう言い聞かせる。

 大神官の地位に登り詰めた男は、今さら偽装工作ぐらいで動じることはない。秘密を守れる者が組織では上に立つものだ。


 どうやってこの苦境を乗り切るか。

 三人と一匹(女神)は頭を悩ませた。





***



 ユーランジア王国では人々の熱狂が最高潮に高まっていた。

 今日この日、千年の時を超えて勇者と聖女が誕生するのだ。


「きゃ〜勇者様〜!」

「聖女様の美しいお姿を一目でも……っ」


 皆、太陽の剣を携えた勇者と、麗しの聖女の姿を一目見たいと集まってきている。


「勇者様は黒髪の凛々しい青年だそうよ」

「聖女様は銀色の髪のたおやかな方だそうだ」


 噂で聞いた勇者と聖女の姿を想像して、実物への期待が高まる一方だ。

 しかし、予定していた時間を過ぎても勇者と聖女は現れない。

 継承に手間取っているのだろうかと、群衆はだんだん不安になっていった。

 ざわざわという声が大きくなり、聖職者達の間にも動揺が広がっていく。

 誰か様子を見てきた方が良いのではないか、という意見が出始めた頃、ようやく一台の馬車が到着し、大神官が姿を現した。


「大神官様!」

「継承は……?」


 聖職者達が固唾を飲んで見守る中、大神官は深く頷いて見せた。


「では、成功したのですね!」

「千年の時を超えて、「光の力」と「浄化の力」が受け継がれた!」

「皆の者ー! 勇者様と聖女様は御無事に継承を終えられた!」


 群衆がわああっと歓声を上げる。広場は歓喜に包まれた。


「して、勇者様と聖女様は……?」

「うむ。直に出てくるので、お前達は少し離れなさい。五メートルぐらい」


 大神官は周りを囲む聖職者達に距離を取るように指示した。


「勇者様も聖女様も継承を終えられたばかり。聖なる力に慣れるためには、なるべく人が近寄らないほうが良いのだ。集中できるからのう」

「な、なるほど……」


 聖職者達は納得して下がった。


「それから、顔を下げなさい。目線は下に、決して顔を上げないように」

「何故ですか?」

「勇者様と聖女様のご尊顔を排するなど恐れ多い」

「しかし、勇者様と聖女様のお姿を皆に披露するのが、この舞台の役割で……」

「ええい、うるさい! 頭が高い!!」

「ええ!?」


 突然キレ出す大神官に、聖職者達は戸惑った。突然怒りっぽくなる。痴呆の症状か。


「ご家族と主治医に連絡を……」

「いや、待て」


 その時、大神官の背後の馬車の扉が開き、ついに勇者と聖女が姿を現した。


「おお……お、お?」


 聖職者達は戸惑った。

 太陽の剣を掲げた勇者。なのだが、顔が見えない。フルアーマーを被って「コフーッ コフーッ」と苦しげに息を吐いている。着込んだ甲冑が重そうだ。


 勇者の後に、聖女が続く。美しい銀色の髪をなびかせて、真っ白な法衣に身を包み、白い布で口元を隠した奥ゆかしい……肩幅が広くて法衣が、ぱっつんぱっつんなのだが。


「あのう、大神官様……」

「頭が高いっ!」

「いえ、あの……聖女様、ごつくないですか? あんな感じでしたか?」

「あんな感じじゃったぞ」

「いえ、どう見ても勇者様より大きく見えるんですけど、聖女様……」

「遠近法に決まっておろう!」

「ええ……だって、聖女様……」

「切捨御免!!」

「ぐわああっ」


 食い下がる聖職者を杖で倒して、大神官は勇者と聖女に駆け寄った。


「な、何故……」


 倒れた聖職者の問いに答えることなく、大神官は群衆に呼びかけた。






***



「継承は成功した! 勇者サガ・ハルミヤと聖女ルーシー・ホロウスターは魔王退治のために旅立つ! 女神アルテミジアの加護のあらんことを!」


 ポンコツ女神の加護にどれほど期待できるかは置いておいて、勇者と聖女を見た群衆はざわめいていた。


「あれが勇者様……?」

「聖女様、ごつくないか……?」

「ていうか、勇者様、小さいな」

「いや、あれは聖女様がでかいのでは?」


「コフーッ コフーッ」と息の荒い勇者と、今にも胸元の布がはちきれそう(筋肉による)な聖女へ、大神官が声をかける。


「勇者よ! 太陽の剣を抜くのじゃ!」


 声に答えて、「コフーッ コフーッ フゴッ」と息をしながら勇者が太陽の剣を鞘から引き抜いた。


「聖女よ! 浄化の炎を!」


 聖女がリンゴ丸ごと握りつぶせそうな分厚い手を空中にかざすと、そこに白い炎が現れ空へ燃え上がった。


「おお、太陽の剣を抜いたってことは、本物の勇者様だ……」

「聖女様も、浄化の炎を出したということは、本物だ……」


 群衆がざわめく。「光の力」と「浄化の力」を使えるのは何よりの証拠だ。では、彼らは正真正銘の勇者と聖女なのだ。

 たとえ、勇者が酸欠でふらふらしていようとも。聖女の法衣の裾から見える足のサイズが28センチぐらいありそうでも。


「では、国王陛下よりお言葉を!」


 貴賓席に座っていた国王が戸惑いつつも立ち上がる。


「ゆ、勇者サガ・ハルミヤよ。鎧が重そうだが大丈夫か?」

「コフーッ」

「聖女ルーシーよ。その……健康的でいいと思う」

「……(喋るとバレるので大きく頷く)」


「で、では、二人が魔王を倒してくれることを祈って……二人に女神アルテミジアの加護のあらんことを!」

「「おおおおお!」」


 国王の声に応えて、群衆から喝采が上がる。


「では、勇者と聖女は退場します」

「大神官よ。前に見た時、聖女は勇者より小さかった気が……」

「遠近法です!!」


 大神官は勇者と聖女を連れて馬車へ戻り、扉を固く閉めた。

 時には強引に相手を丸め込むぐらいの話術と大胆さがなければ、この世界では生き抜けない。それがビジネスの基本だ。

 デキる男、大神官にはこれぐらい朝飯前なのだ。


「はあはあ……よ、鎧が重い、暑い……」

「あっ……」


 馬車の中ではルーシーが息も絶え絶えで座席に沈み込み、サガの来ていた法衣の胸元がぱつーんと弾けた。





***



「では、サガとルーシー。達者でのう」

「待って」

「達者に出来る訳ないだろ」


 継承の間に戻ってきた大神官は、魔王退治に旅立つ二人を見送って二人の身を心の隅でいつも案じながらも自身は何気ない日常に戻ろうとした。

 だが、その大神官をサガとルーシーが引き留める。


「この状態で魔王退治の旅に出てどうしろってんだ!?」

「私は剣なんて使えないし、サガは事案なんですよ!?」


 ルーシーは剣術など習ったことがないし、サガは癒しの力を行使するには手のひらが分厚すぎる。


「うむ。それなんじゃが……二人で助け合って困難を乗り越えるのじゃ!」

「乗り越えられるタイプの困難じゃねえだろうが!!」


 丸投げしてこようとする大神官に、太陽の剣を突きつける。


「ほら、お前もなんとか言ってみろ!」

『モウ駄目ポ……』


 充電切れの伝説の武器もこう言っている。無理なのだ。

「光の力」で太陽の剣が抜けるだけの剣術未経験の聖女と、「浄化の力」をその屈強な肉体に宿しても絵面が事案にしかならない勇者では、魔王を退治できるわけがない。


「うむ。では、こうしよう」


 大神官は声を低めた。


「そもそも、こんな事態になったのは全てそこな女神の仕業じゃ」


 儀式の間、逃げないように柱に縛り付けて猿ぐつわを噛ませ、少しでも動いたら頭上の風船が割れて賞味期限一ヶ月切れの牛乳が降り注ぐように罠を仕掛けておいたおかげで大人しくしている女神アルテミジアを指して言う。


「つまり、悪いのは女神。それが紛れもない事実じゃ」

「じゃあ、国民に真実を話して女神を八つ裂きにしよう」

「いいえ。神に普通の武器は効かないわ。それよりも汗っかきの熱血体育会系大学生とアニオタゲーマー38歳無職男とパチンカス56歳日雇い労働者とアパートの一室で暮らして貰いましょう。期間は全員が正社員になるまで」

「むー!!」


 聖女の考えた刑罰がなかなかにえぐい。


「確かにそれもまた一興……しかし、女神には他に使い途がある」


 大神官がニヤリと笑う。


「そなた達二人は女神を連れて旅に出るのじゃ。そして、そこそこ強い魔王の部下をみつけたら、女神を餌にして逃げてこい。命からがら逃げ帰ってきた勇者と聖女はやっとの思いで故国へ辿り着き、こう説明するのじゃ。「女神アルテミジアが裏切った。奴は魔王と通じており、勇者と聖女に力を与えた振りをしていたのだ」と」


「おお!」

「なるほど!」

「むー!!」


 この方法なら、民衆の怒りは女神アルテミジアに集まる。

 裏切り者の女神を倒すため、と鼓舞して兵を鍛え、聖職者達の法力を強化する。そして、皆で魔王を倒すのだ。


「わかった。その作戦で行こう」

「ええ。異論はないわ」

「むむー!!」


 今この場で女神に発言権はないし、神には人権もない。


 今後の方針が決定し、勇者と聖女は魔王退治の旅に旅立った。

 ぐるぐる巻きした女神を引きずりながら。




***




「今すぐ私を解放しなさい、愚かな人間共よ! 神にこんな真似をして天罰が……っ、痛っ、ちょ、ちょっと、擦れてる擦れてる! 女神が擦れてるよ! 女神虐待反対! 女神愛護団体に通報して!!」


 縄でぐるぐる巻きにした女神を引きずる勇者サガ・ハルミヤは、傍らの少女に声をかけた。


「そろそろ休憩しようか」

「休憩して女神を解放しなさい! 女神がこれ以上傷だらけになる前に!」


 話しかけられた聖女ルーシー・ホロウスターは笑顔で応えた。


「大丈夫よ、もう少し進みましょう。なるべく早く国から離れないと」


 勇者と聖女はアハハ、ウフフ、と笑い合い、街道を進んでいく。

 

「後ろ暗いことをしているから人目などが気になるのですよ! 今すぐ女神を解放すればもう悩む必要はなくなります! 女神に自由を!」


 こうして始まった勇者と聖女とポンコツ女神の珍道中。

 果たして勇者と聖女は秘密を守ったまま魔王を倒すことが出来るのか。

 そして、女神の発言権が復活する日は来るのか。


 今はまだ、誰も知らない。




終 




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― 新着の感想 ―
[一言] 別々に儀式しないからw
[良い点]  久しぶりに、なろうで笑える作品に出会いました(⌒▽⌒) [気になる点]  ……人類は大丈夫かなぁ? [一言]  俺達の戦い(女神を引きずり)はこれからだ!
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