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都市伝説シリーズ

今夜は不思議な集い。

作者: 紅蓮グレン

「よっこいしょ、っと。」


 狭苦しい場所から脱出した私は、大きく伸びをする。毎日毎日あんな狭いところで動かずにいるのは正直キツイ。たまには息抜きでもしないとやっていられないね。


「さて、では今日も楽しませてもらおうか。」


 私は部屋の端に置かれた黒光りするグランドピアノの前に座ると、感情の赴くままに思い切り弾いた。曲目はベートーヴェン交響曲第5番、通称『運命』。これを弾いているとなんだか楽しくなってくる。調子に乗ってガンガン弾きまくっていると、突然部屋のドアが開いた。私は一瞬ビクッとしたが、入って来たのは何の変哲もない女の子。変に怯える必要はなかったな。そう思って私が『運命』を弾き続けていると、女の子は私に近寄って来て、


「あの、もうちょっと音量を抑えようって気はないのですか?」


 と聞いてきた。


「まあ、いいじゃないか。折角出てきたんだし、先輩方も後輩たちも私の演奏を聞くのは楽しいって言ってくれているんだ。」


 私は弾くのを止めないまま、壁に並ぶ先輩方と後輩たちの肖像画を見る。ヴィヴァルディにハイドン、バッハにモーツァルト、シューベルトにチャイコフスキーに滝廉太郎。皆目を瞑りながらこちらの演奏を聞いて頷いている。今日の演奏も好評なようだ。


「音楽室の担当はベートーヴェンさんだからあんまり強く言えないのですが……音が大きいと私たちの存在が外の方たちにバレるかもしれませんよ?」

「バレたならバレたで別にいいんじゃないか? そもそも、知らしめることこそ我々の本分なのだし。バレたくないのなら君はトイレに閉じこもっていればいい。そもそも何で来たんだい?」

「こんな時間にわざわざ3階のトイレの3番目の個室に入ろうとする人なんていないから、私がいたって意味ありません。だから来たんです。それに、今日はみんな集まるんですよね?」


 首をかしげて聞いてくる女の子。確かに今日は久々に集まる日だ。


「トイレの役回りって意外と大変なんですよ。そもそも私は赤も青も好きじゃないんです。」

「愚痴は私個人にいうよりみんなが集まってから言った方が同情してもらえるぞ。そろそろ来るだろ。ほら、耳を澄ませてごらん。」


 私の声に話すのをやめ、聞き耳を立てる女の子。ドアの外から微かにひた、ひた、と何かが裸足で歩くような音が聞こえる。その足音の主はドアの前に辿り着くと……


「ウェーイ、ヴェンさん花子ちゃんおひさー!」


 とハイテンションな声と共に部屋に入って来た。


「……相変わらず大きい声ですね。バレますよ?」

「ん? 花子ちゃんはバレるの嫌?」

「バレること自体はどうでもいいんです。さっきベートーヴェンさんも言ってましたけど、知らしめることが本分ですから。でも、私は力を使うのが大変なのであまり広まって欲しくないんですよ。いちいち血の雨を降らせるのも、美味しいわけでもない人間の血を吸うのも……」


 女の子……花子は吐き捨てるように言った。


「それより、人体模型さんは学校を徘徊しなくていいんですか? まだ私とベートーヴェンさんしかいませんから時間ならありますよ?」

「いやー、今日くらいは別にいいかなって。毎日学校中徘徊するだけってのも退屈なんだよね。代り映えしないしさ。」

「まさか、それでこの間女子トイレに……誰もいないとはいえ、退屈だからって女子トイレに入ってこないでください。あの時はめちゃくちゃびっくりしたんですよ。他の学校の友達を呼んでポーカーしていたのに……しかもあの時、スペードでロイヤルストレートフラッシュだったから人体模型さんが入ってこなければ有耶無耶にならずにあの晩の負けの分全部取り返していたのに……人体模型さんの考えなしな侵入のせいで全部パーに……」

「花子、君は賭博をしていたのか?」

「トイレに引きこもりっぱなしである私の娯楽はそのくらいしかないんです。人体模型さんは反省してください。」

「ハハ、めんごめんご。」


 全く反省していない人体模型。花子から怒りのオーラが噴出しているが、人体模型は気にも留めない。


 ――ガラガラッ


 またドアが開く。そこにいたのは男とも女ともつかない中性的な、それでいて特徴のない顔立ちをした人物。


「お、鏡さんじゃん。元気してた?」

「生きてるか死んでるかも分からないような格好のあなたに『元気してた?』って聞かれると何だか複雑な気持ちになりますね……まあ、元気ですよ。特に変わりありません。毎日昇降口で会ってますしね。」

「鏡さん、お久しぶりです。」

「あ、花子ちゃん。久しぶりだね。」

「最近面白い人になりました?」

「んー……なってないかな。そもそも夜に学校に入ってくる人があんまりいないし。折角こんな能力持ってるんだから、もっと楽しみたいんだけど……最近はもう暇で暇で。」


 中性的な人物……鏡さんは苦笑した。鏡さんは昇降口の脇に夜だけ出現する大きな姿見の中にいる怪異で、鏡に映った人物の姿に化けると体の主導権を奪い取って入れ替わろうとするという特徴を持つ。昔は夜警と入れ替わったりして楽しんでいたらしいが、今この学校には生憎と夜の警備員はいないから、最近は暇を持て余しているようだ。


「ベートーヴェンさんもお久しぶり。リクエストしたいんだけど、良い?」

「いきなりだな、鏡さん。まあ、私の作曲したものなら構わないぞ。」

「うん、それは大丈夫。私が聞きたいのはベートーヴェン交響曲第3番、『英雄』だから。」

「チッ、ボナパルトのあれか。嫌なことを思い出させるな、君は。」

「いいじゃない。私がいるところ、基本的に音楽室のピアノの音があんまり聞こえないんだから、たまにこうして来た時くらいさ。」

「あ、じゃあ私もリクエストしたいです。『英雄』の後でいいのでベートーヴェンピアノソナタ第8番、『悲愴』を。」

「じゃあ俺も。『悲愴』の後でいいからベートーヴェン交響曲第6番、『田園』をお願い。」


 好き勝手に言い始める奴ら。私の曲をリクエストしてくれているのだから聞く気はあると見ていい。即ち、花子も人体模型も鏡さんも観客だ。演奏家として観客を退屈させるのは忍びないし、ここは引き受けてやるとするか。そう思って私が鏡さんリクエストの『英雄』を弾こうと鍵盤に手をかけた時、タッタッタッと駆けるような音が聞こえてきた。その足音の主はどんどん近付いてくると、音楽室のドアをガラッと空ける。その正体は……


「おや、ピクトさんじゃないか。相変わらずの色彩だな。」


 単純な図形を組み合わせたような姿の全身緑色の人物。非常口のマークなどに描画されている人間型のピクトグラム、ピクトさんだ。彼……いや、彼女かもしれないが兎に角ピクトさんは私に向かって一つ頷くと、チョークを手に取って黒板に挨拶文を書き始めた。


【ベートーヴェン氏、花子氏、人体模型氏、鏡さん氏、お久しぶり。m(_ _)m

 ピクトさんは会えたことを嬉しく思う。(^-^)】


 ピクトさんは顔のパーツが無いので喋ることができない。故にいつも筆談で、文末の顔文字で自らの感情を表現する。ついでに、一人称は『俺』でも『僕』でも『私』でもなく『ピクトさん』だ。


「相変わらず可愛い顔文字ですね。姿に似合わず。」

【鏡さん氏、ピクトさんの姿についてはピクトさんに言われても困る。ピクトさんを作った者に言ってくれたまえ。自由自在に姿を変えられる貴殿には分からない悩みだろうが(^^;)】


 ピクトさんは苦笑いしている(らしい)。その顔文字を見て鏡さんも苦笑い。まあ、私の演奏にはさしたる関係がない会話だ。鏡さんのリクエストの曲『英雄』を弾こう。


「はあ……はあ……」


 そう思い、改めて鍵盤に手をかけた時、荒い息遣いが聞こえてきた。花子がビクッと震えて人体模型の後ろに隠れる。


「どしたの、花子ちゃん。」

「あんな荒い息遣いする人、知らないですよ……私たちの中にあんな息をする人はいないはずです。」


 花子は尋常ではないくらいビビっている。トイレでは赤か青かという強制的な二択を迫った挙句その両方とも不正解で、引っかかった者の命を残虐なる行為で容赦なく強奪しているというのに。


「うーん、でもあの息遣いの主は多分ここにいない最後の1人だよ。最近あの人スタイル変わったから、久しぶりに通常のポーズになって疲れてる可能性はあると思うんだけど。」


 鏡さんがそう考えを述べると同時、


 ――ガラガラッ


 ドアが開き、


「はあ……はあ……疲れた……すみません、皆さん、遅れまして……」


 背中に木の束を背負って教科書を持った銅像が入って来た。


「ウェーイ、ニノキンじゃん。ほら、花子ちゃん。ニノキンだよ。怖がる必要ないって。」

「本当に金次郎さんですか? 雨の日も風の日も雪の日も夏の暑い日も木の束背負って立ち続けている金次郎さんが、3階に上るだけで息切れする程疲れます?」

「花子ちゃんは知らないよね。金次郎さん、最近体勢変わったんだよ。」

【うむ。木の束を背負って教科書を読みながら歩いているあのスタイルが歩きスマホなどを含む歩き○○の走りなどと呼ばれ、最近の二宮金次郎氏は背負っていた木の束を降ろし、座って教科書を読んでいる(><)】

「そういうことです……最近背負ってなかったもので……久々に背負ったら腰に結構来るもんだって気付きました……寄る年波には勝てませんね……ふう……」


 二宮金次郎は腰を降ろすと大きく息を吐いた。疲れているというのは本当らしいが、少年の姿の金次郎が寄る年波には勝てないなどと言うと違和感が凄まじい。まあ、ここにいるメンバーの中で一番の古株は金次郎なのだが。


「ベートーヴェンさん、僕で最後ですよね?」

「ああ、そうだ。かれこれ1年以上ぶりだな、我々『学校の七不思議』が一堂に会するのは。」


 第一の不思議:音楽室にある肖像画のベートーヴェンが毎晩抜け出す

 第二の不思議:音楽室のグランドピアノが夜中に勝手に曲を弾く

 第三の不思議:3階のトイレの3番目の個室には花子さんが出る

 第四の不思議:理科室の人体模型が毎晩学校内を徘徊する

 第五の不思議:昇降口横に夜だけ謎の姿見が出現する

 第六の不思議:非常口のマークに描画されているピクトさんが消える

 第七の不思議:二宮金次郎像が校庭を動き回る


 この7つが我々『学校の七不思議』だ。


「今日の招集者はベートーヴェンさんなんですよね? 何か議題でも?」

「いや、招集者は私だが特に議題などはない。だが、狭い場所に毎日閉じこもっていたり注目されなかったり雨ざらしだったりそもそも存在の認識すらされていなかったりで皆暇だろうと思ってな。どうせ夜することもないし、久々に集まれば少しは面白いのではないかと思ったのだよ。」

「ヴェンさんは観客を増やしたいだけじゃねえの?」

「まあ、それはある。この偉大なる世界的大音楽家、ルートヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェンの演奏会に招かれているのだから光栄だと思って欲しいものだね。」

「ベートーヴェンさんって目立ちたがり屋だよね。私やピクトさんとは大違い。」

【ピクトさんは目立ちたいとは思わないが、目立つことは責務でもある。最近は正式名称すら覚えてもらえず、ピクトさんは悲しい(;ω;)】

「すみません、僕、少し休憩しますね……」

「まあ、皆私の音楽を聞きつつ、思い思いに過ごしてくれたまえ。」


 私は『英雄』を弾き始めた。荘厳なメロディーが音楽室内に響く。


「……ということで、私はスペードのロイヤルストレートフラッシュで大勝ちするチャンスをフイにしたんです。酷いと思いません?」

「んー、まあ確かに人体模型さんが何の前触れもなく女子トイレに侵入したのが全面的に悪いとは思うよ。けど、そもそも賭け事しなければよかったんじゃない?」

「私には賭け事しか憩いが無いんですよ……あ、そうだ。久しぶりに会ったことだし、ブラックジャックでもしませんか? これだけの人数がいれば楽しめるはずです。トランプなら持って来てますよ。」

「花子ちゃん、トランプゲーム好きだね……賭けるの?」

「ブラックジャックはカジノの花形ですよ! 賭けるに決まってるじゃないですか!」

【花子氏、申し訳ないがピクトさんはブラックジャックの遊び方を知らないから、一緒には遊べない(゜O ゜lll)】

「大丈夫です! 知らないなら教えて差し上げます! それでも分からなかったら、ポーカーでも、テキサスポーカーでも、何なら大富豪でも!」

【いや、ピクトさんは抜きで楽しめばいい。見ているだけでピクトさんは楽しめるから、こちらは気にせずに(^^)】

「では、ポーカーにします。ポーカーなら分かりますよね? ピクトさんがブラックジャックができないというのならば、ブラックジャックは後にして、まずポーカーをしましょう。さあ、皆さん賭けてください!」

「鏡さん、花子ちゃんの目、マジだよ……こりゃ、付き合うまで帰れそうにないね。」

「ま、たまにはいいんじゃない? 私たちは人間の法律の範疇には収まらないから、賭け事をしたところで罰せられたりもしないしさ。それに、明日は日曜日だから。」

「zzz……」


 倫理観もへったくれもなくなった音楽室で花子が生き生きとカードを配り始める。賭け事を推奨したくはないが、まあ、末っ子キャラの花子の唯一の娯楽なのだから容認してやるべきだろうな。


 ……言い忘れていたが、学校の七不思議を全て知った者には不幸が訪れる。もう手遅れかもしれないが、くれぐれも7つ全て知らないように気をつけたまえ、とだけ忠告させてもらうよ。

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