19話 俺の女は渡さねぇ④
俺が戦う理由。
それはナオミチにスティアを渡さないため。このことを完全に忘れてたぜ。
「俺には守らなきゃならねぇ大事なモンがあるんだ。悪いが勝たせてもらうぜ」
「まったくやれやれ。キミみたいなザコが圧倒的な強さを持つ僕に勝てるはずないだろ!」
……アホなやつだ。男っていうのは女を守るためならいくらでも強くなれんだよ。こいつは自分が最強だっていう誇りを守りてぇみたいだが、そんなゴミを守ろうとするやつに俺が負けるわけねぇんだよ!
俺はファイティングポーズをとり、ナオミチの出方をうかがった。
「なっ、なにを企んでるのか分かんないけど、そっちが動かないなら僕から行くよ! ーーサンダーストーム!!」
……もう目も慣れてきた。
体を少しだけひねり、雷の魔法をひらりとかわす。へッ、なにしてくるか分かればこんなの余裕で避けられるじゃねーか。
俺はナオミチを煽るようにニヤッと微笑む。
「なっ!?」
俺が余裕そうにしているからか、ナオミチにも多少の焦りが見え始めた。……これはまたとないチャンスだ。一気に勝負つけてやる!
猛ダッシュでナオミチに近づく。
「こ、こっちに来るな! ーーサンダーストーム、サンダーストーム、サンダーストーム!!」
へへッ、やみくもに打っても当たんねぇーよ!
雷の魔法をよけながらナオミチとの距離を詰める。あとちょっとで射程圏内だ。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ! ふぁ、ファイアーストーム」
ゲッ、炎の渦がこっちに向かって飛んできやがった!
こんな近距離じゃよけることはできない。とっさに俺はさっきと同じよう腕をクロスして炎の渦の中に突っ込む。
「グッ、……アッツ!!」
炎のせいで目も開けられねぇ。
腕にはもうほとんど痛みを感じねぇし。おそらくもう皮膚が溶けて肉が見えちまってんじゃねーのか? これはマジでやべぇかも……
いや、こんなこと考えても意味ねぇ! 考えるな! この炎の渦をぬけた先にナオミチがすぐ近くにいるんだ。だったら止まるわけにはいかねぇよな!!
ナオミチのやろう。炎の渦を抜けたら覚悟しておけよ。
考えるのをやめ、息を止めてひたすら前に直進する。
「う、うわっ!?」
熱さを感じなくなったと同時にナオミチのうろたえた声が聞こえてきた。
……ようやく炎の渦を抜けられたか。
顔を上げてナオミチの顔を見る。その顔はひどく怯えていた。
「へへッ、随分慌ててんじゃねーかよ。ナオミチィ!!!」
射程圏内。この一撃で決めてやる!
上半身をこれでもかというくらいひねり、右肩を脱臼する覚悟で思いっきり腕を振りぬく。
「む、無駄だ! ぼ、僕には『オート防御』が……」
俺は今までいろんな奴をこの拳でブチのめしてきた。中には手練れもいたし、今でも勝てるかわかんねぇレベルのやべぇ奴とも戦った。この経験が俺に自信を与えてくれる。
こんなわけ分かんねぇ『オート防御』なんかで止まる拳じゃねーんだよ!!
―ーパリンッッッ
ガラスが割れるような音で確信した。俺はナオミチの『オート防御』を破ったのだと。
「ブッハッッッッ!?」
やわらかいほっぺたが吸い付くのと同時に、頬骨が砕け散る感覚が拳から伝わってきた。
「……ようやく当たったな」
ナオミチは体勢を崩し、ドサッドサッと地面に転がりながら倒れこんだ。そしてピクリとも動かなくなってしまった。
会場が一瞬静寂に包まれる。
「な、ナオミチ様ぁぁぁああああああ!!!」
が、ナオミチの女たちによってすぐにまた騒がしくなった。女どもは一斉にナオミチのもとに駆け寄りだした。
「……スティア。さっさと判定しろ」
「う、うん。今回の勝負。リュウトの勝利……ってリュウト!?」
――バタッッ
勝利が確定した瞬間、体中に激しい痛みが走り、俺は思わず膝をついて座りこんでしまった。
「勝った勝った! リュートおめでとう!」
「リュウトさん……勝ってよかった!!」
シアナとアリア。
へへッ、二人とも鼻水たらして泣きながらこっちにダッシュしてきて……
って、ちょっとまて!? これ俺に飛びついてくる流れじゃねーか!? 今飛びつかれたりなんかしたら……
「グゥアアアアアアアアアアアアアァアアアアア!! いっっっってぇぇぇぇ!!」
「あっ!ご、ごめんね」
「……ごめんじゃ済まねぇよ。後でぶっ飛ばす」
俺たちがいつもみたいにアホな話をしているときだった。
「ま、まだ僕は負けてない」
チッ、ナオミチのやろう。意識取り戻しやがったか。
ナオミチは怒り狂っており、俺たちに向かって何かを仕掛けようとしていた。
「おい、お前は負けたんだよ。だからもう俺は戦わ……」
「うるさい!! 僕はさっきまで手加減してたんだ。僕が本気出したら君なんかあっという間に……」
ホントこいついかれてんな……
「だったら最初から本気出しとけよ。あとからごちゃごちゃ言いやがって。見苦しいぞ」
「ッ!? ……ば、バカにするな!!! 今からお前を始末してやる!!」
やべぇ、こいつマジで俺を殺す気だ。
もう体は限界だ。絶対避けらんねぇ。クソッ、せめてクソガキたちだけでも守って……
「……大丈夫。あとは私に任せて」
スティアが俺の耳元でボソッとつぶやいた。
その後、鬼みてぇに怖い顔してズンズンとナオミチに近寄りだした。
「ちょ、スティアさん!? 危ないんでそこどいて……」
――ドカッッ
「ヴォハッッッッッ!?」
うわっ!? スティアのやつ、容赦なくグーパンで顔殴りやがった。やべぇ女……
「な、なにするんですか……」
「あなたは敗北しました。本来それで決着のはずがあなたは負けを認めず、あろうことかリュウトを殺そうとした。……処刑されてもおかしくない罪をあなたは犯しました」
「いや、僕は負けてなんか……」
―ーシュッッッ
スティアが鞘から刀を抜いたのは見えたが、何をしたのかよくわからなかった。ただ、いつの間にかナオミチの顔に大きな切り傷が出来ていて、そこから大量の血があふれ出ていた。
(……こいつ、あのナオミチを一瞬で切り裂いたのか!? 俺があんだけ苦労してぶちのめしたっていうのに。もしかしてスティアってめちゃくちゃ強ぇのか?)
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「うるさい! 騒いでる暇があったらさっさと私たちの前から消えろ!! ……それと、二度と私たちの前に姿見せんな!!!」
「ひっ……わ、わかりました」
スティアの圧に屈したナオミチは、いそいそと闘技場から出て行ってしまった。
(ってかこいつ怖すぎだろ! 関係ねぇ俺でさえちょっとビビっちまったじゃねーか)
「……さて、私たちも家に帰りましょうか」
スティアはクルっとまわって俺たちの方に話しかけてきた。
さっきとは真逆で、満面の笑みを浮かべながら。
「いや、お前なんでそんな何事もなかったみたいに話しかけられんだよ? ……ガキどもを見てみろ。お前のブチぎれた姿見てビビり散らかしてんじゃねーか!」
2人とも普段はもっと大人ぶってるが、今は俺の背中に隠れてビクビクしている。まあ、そうなるのも無理はねぇけど。
「ご、ごめんね…… お詫びに今晩はなんでも好きなもの作ってあげるからそれで勘弁してね」
「おっ、マジでか!? だったら俺はステーキを……」
――ボワンッッ
……あれ? なんか3人ともデカく見える。
「も、もしかしておりぇ……」
やっぱり。赤ちゃんに戻っちまってる……
そ、そんな。せっかく元の姿で飯を食おうと楽しみにしてたとこだったのに!
「フフフッ、リュウトには特別なミルクを用意してあげるから楽しみに待っててね」
「ミ、ミルクだと……そ、そんなの嫌だぁぁぁああああああ!!!」
こうして、俺とナオミチのバトルは幕を閉じた。
※次は10月27日の18時20分ごろに第20話を投稿します。




