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if ~畏怖~  作者: 升宇田
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第1話 足音

〈キキーッ、ドン。〉


 その日、私は交通事故に合いました。


 バイクに乗っていた私が交差点を右折しようとしたとき、どうやら信号を無視してきた車と接触したらしいのですが、よく覚えておりません。


 ただバイクから放り出され、ぐったりとした私が、冬場の冷たいコンクリートに顔をべったりとくっつけて、倒れていた事だけは鮮明に覚えています。


「誰か、救急車」


「え、何。事故?」


「うわっ、人倒れてるじゃん」


 事故に駆けつけた男性とおぼしき声と、後は野次馬らしき人だかりの声。


 それに交えて追突した車からブザー音のようなものも鳴り響き、辺りは事故時の衝突音なんか比較にもならないくらいに騒然となりました。


 大丈夫ですか、大丈夫ですかと何度も声をかけてくれる見知らぬ男性。


 遠くからスマホのカメラで写真を撮る高校生。


 どこからか駆けつけた警察、パトカーのサイレンの音。


「うるさいなぁ、何でもいいから静かにしてくれよ」


 全身が脱力し、体温が下がりつつあった私は一刻も早くこの場から離れたいと思っていました。


「もう死んじゃった方が楽だな」


 そう、思ったときでした。


〈カツーン、カツーン〉


 どこからともなく足音が聞こえるのです。


「え?」


 そう思うのも無理はありませんでした。


 何故なら、辺りは野次馬の声やら、行き交う人々の足音やらで大騒ぎで、人ひとりの足音が明確に聞こえるなんてあり得ませんでしたから。


 近くで私に呼びかけてくれている男性の声もハッキリとは聞こえていません。


 それなのに。


〈カツーン、カツーン〉


 何でこんなにもハッキリと靴の足音が聞こえるのか。


 それも、遠い場所から段々と私の方へと近づいてくるのです。


〈カツーン、カツーン〉


「これは、やばい」


 さっきまで死を覚悟していた私でしたが、考えを改めるくらいには身の危険を感じました。


〈カツーン、カツーン〉


 一歩、また一歩と足音が迫ってくる。


 私は近くで救急車の手配をしてくれていた男性達に助けを求めました。


「あ、た、たす」


 早く助けて、そう言いたかったんだと思います。


 ですが衰弱して上手く声が出せませんでした。


「なんですか?苦しいんですか?」


「大丈夫ですよ。もうすぐ救急車、来ますからね」


 優しく声を掛けてくれるのですが、違う、そうじゃないんだ。足音が―。


 その時、ふと野次馬の方に目をやると、野次馬のジャングルのように入り乱れた足下の間から、二足の黒いハイヒールを履いた女性の足のようなものが、じっと私を見るように、ぴったりとこちらを向いて立っていました。


「―あ―」


 声を出そうとした、その時。


〈カツーン、カツーン〉


“それ”は、私に狙いを定めたように、ゆっくり、ゆっくりとこちらへ向かって歩き始めました。


〈カツーン、カツーン〉


 一歩ずつ、歩く速さも一定に、どんどんこちらへ迫ってくる足。


 堂々と現場へ入り込む“それ”に、周りの人が何か反応を示すことはありません。


 私にしか見えていないのです。


「やばい、やばい」


 そう思っていても身体は言うことを聞きません。


 恐怖と緊張で身体中から冷や汗が流れだし、呼吸もどんどん荒くなっていきました。


〈カツーン、カツーン〉


 更に音が近くなる。


〈カツーン、カツーン〉


 周りの雑音をかき消す程、次第にその足音は大きくなる。


〈カツーン、カツーン〉


「来るな、来るな」


 そう心の中で唱えても無慈悲に鳴り止まない“それ”は、鮮明に見えるほど目の前に迫り―。


〈カツーン、カツーン―〉


「死にたくない」


 そう思った瞬間。


 身体がぐっと上に持ち上げられるような感覚が私を襲いました。


「大丈夫ですか」


 白いメットにマスク。どうやら救急隊の方が到着したようでした。


 私は担架から救急車に乗せられ、そのまま病院へ運ばれました。


 そしてその間、安堵したように眠りにつき、気が付いたら病院のベッドの上で横になっていました。


 幸いなことに命に別状はなく、私は全治三ヶ月の怪我で済みました。


 医師が言うには、私は非常にギリギリの状態で、あと数分処置が遅れていれば手遅れになっていたかもしれない、とのことでした。


「じゃあ、あの足は―」


 あれ以来、私はバイクには乗っていません。

この作品はフィクションです。

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