県の代表者
「あなたは代表に選ばれました。」
目の前にいる自称・女神様から突然そんなことを聞かされた。
俺の名前は轟 剣斗。
兵庫県神戸市在住のどこにでもいる平凡なオタクの大学生……だったはずなのだが……。
「俺、階段から落ちませんでした?」
JR神戸線三ノ宮駅、帰宅ラッシュの時間に巻き込まれた俺は、階段を降りている時に背後から誰かにぶつかられた。わざとぶつかったのか急いでいたのか、理由は分からないが俺は足を踏み外して階段から……。
「ええ、それはもう見事に。周りの方を巻き込んで落ちていかれました。」
そこから先の記憶はない。
「俺、死んだんじゃないの?」
「お亡くなりになりましたよ。」
即答された。
「やっぱり……。」
あの時、死んだと思ったのは間違っていなかったようだ。
「つまり、ここは天国か地獄なわけね。」
自覚はないが、死んでしまったのならどうしようもない。短い人生だった。
「いいえ、轟剣斗さん、あなたは代表に選ばれましたので、生き返ることが可能です。」
自称・女神が意味の分からないことを言っている。
「自称ではありません。それに私は女神ではなく天女。征夷大将軍・坂上田村麻呂が妻、鈴鹿御前。三明の剣の所有者にして、あなたを導く者です。」
言われてみれば、赤い袴に白い道着、袴の腰の部分には戦国大名のような鎧を付けている。女神なら背中に羽根が生えていたり、頭に金色の輪っかを乗せているイメージがあるが、どちらかと言えば日本神話に出てきそうな雰囲気をしている。
「鈴鹿御前……坂上……って、歴史上の人物じゃん。」
日本史の授業で習ったような記憶がある。
「よろしいですか?あなたは、私によって、剣の代表に選ばれたのです。」
「さっきから代表、代表って。俺、死んでるんだよね?」
鈴鹿御前は、俺がやっていたスマートフォンのゲームに出てくるキャラクターだから名前くらいは知っている。実物は、変な制服のコスプレをしているわけではないらしい。
「たしかに、あなたは階段から落ちて大勢の人間の下敷きとなり、命を落としました。しかし、轟剣斗さん、あなたは素質がある。だから、ここに呼びました。あなたは代表になるのです。この『兵庫県』の代表者に。」
「兵庫県の代表?」
言葉の意味がほとんど理解できない。
「分からないことばかりで混乱しているかもしれませんが、あまり時間もありません。あなたは兵庫県の代表になる運命にあります。」
「待って待って、いきなり死んで、ついでに代表とか言われても何がなんだか。」
俺の頭の中は、整理できない情報量で混乱を極めている。
「物分かりが良くない方ですね。あなたは生き返って、兵庫県の代表として戦うことになる、そう言っています。」
兵庫県の代表という言葉の意味が分からないということは、この自称・女神……いや、天女には伝わらないのだろうか。
「だから鈴鹿御前だと名乗ったではないですか。」
心の声と会話するな。
「それでは、轟剣斗さん、あなたはこの日本の都道府県の力関係をどう思われますか?」
突然の質問だ。都道府県の力関係……。俺が住んでいる兵庫県神戸市は、ここ最近、駅前の再開発に力を入れている。新しいバスターミナルや駅直結のホテルなどをつくる計画があるらしいが、その背景には人口の減少を食い止めたいという狙いがあると聞いたことがある。しかし、どれだけ人口が増えたとしても、関東地方、東京都付近の人口を超えることはできない。人口がそのまま力の強さではないだろうが。
「力関係で言うなら、東京都が強い……と思う。」
「その通りです。現在、東京都、そして近隣の県が力をつけ、それ以外の県の力があまりにも弱ってきています。その原因は、東京都の代表者の暴走によるものです。」
代表者の暴走。
「なんだよ、それ。」
「ほとんど知られていませんが、あなた方の住む都道府県にはそれぞれ代表者と呼ばれる者たちがいます。彼らは自分の都道府県を守護し、これまでにも各地の繁栄のためにその力を奮って来ました。しかし、ここ数年、東京都が急速にその力を強め、それ以外の県から突出してしまったのです。」
「どうしてそんな……。」
「元々、首都である東京都の持つ力は他の県よりも強いのです。ですが、強すぎる力を抑えるのは容易ではありません。」
たしかに、東京都と他の県を比較すればその差は歴然だろう。
「数年前、東京オリンピックが誘致された時を境に東京都の力は強化され、次第に暴走を始めました。東京都の代表者はその力を抑えるべく、周囲の県の代表者とも協力して対策を講じていたのですが……。」
鈴鹿御前が言い淀んだ。
「力に飲み込まれた?」
少しずつ理解が追いついてきた気がする。
「その通りです。現在、東京都の力の暴走は他の関東地方の県にまで広がっています。あなたは兵庫県の代表として、他の都道府県の代表者と協力し、東京都を……いえ、関東地方そして日本を救ってください。」
力の暴走……そんなものを俺が止めなきゃならないのか。
「でも、俺みたいな大学生にそんなこと……。」
名前に剣が入っているのを見ても分かる通り、父親は昔から剣道をずっとやっていた。その影響から俺も幼い頃から剣道を習ってきた。でも、中学を卒業した頃、父親への反発から剣道から離れ、違うスポーツに打ち込んだ。大学に入学しても、友人が入ると言った適当なサークルに入って遊んでいるくらいのものだ。
「大丈夫、あなたは私が選んだのではありません。あなたが県に選ばれたのです。だから、県が力を貸してくれます。」
「それはどういう……。」
「先導者である鈴鹿御前の名において、兵庫県よ、新たな代表者である轟 剣斗に力を貸したまえ。」
鈴鹿御前の言葉に呼応するかのように、俺の足下が光り始めた。光の形は……よく見れば兵庫県の形をしている。
次第に光が集まり、俺の手の中で何かの形を創り出す。これは……。
「それは『兵庫剣』、県の力を集めた代表者のみが使うことのできる剣です。」
俺の手の中には、一本の剣が握られていた。