お土産
中に入って数分が経過した。
あちこちがヒビ割れた石造りの通路を進んでいくと、少し先の十字路を起点として複数の気配を感じ取る。
姿を見せた途端、一気に襲いかかるつもりでしょうね。
『主よ、いかがいたす?』
『実力差を見せつけるために敢えて掛かってやりましょ。力ずくで破ってやれば戦意を失うだろうし』
『了解した』
念話でザードと確認しあうと、素知らぬ顔して十字路へと差し掛かる。
さぁ、どこからでも掛かってきなさい!
パカッ!
「……え?」
ヒュゥゥゥ~~~!
「なんで落とし穴なのよーーーっ!」
「ヒッヒッヒッ! バカめ、闇ギルドのアジトに罠がないとでも思ったか。そのまま串刺しになるがいい!」
見上げれば、太った中年男が小馬鹿にしたように私たちを見下ろしている。
ソイツの言葉通り下は剣山になっていて、並の連中なら助からないのは明白。
そう、並の連中ならね。だから――
バキボキバキベキ!
「――からの~」
シュバッ!
剣山を破壊しつつ着地すると、一気に元の位置まで飛び上がる。
まさか瞬時に戻るとは思わなかったであろう構成員どもは、ギョッとした顔をして驚きを露にした。
「――っと、無事生還。あんなショッボイ罠で死ねるわけないじゃない」
「そ、そんな! かつてベテランの傭兵どもを壊滅させた手が効かないもでも言うのか!」
……それ、本当にベテランなの?
簡単に罠に掛かるようじゃベテランとは言えな――いや、掛かった私が言うのもアレか。
「私たちをそこらの傭兵と一緒にしないでほしいわね」
「左様。剣山ごときではこの身体に傷を負わせるのは不可能と心得よ!」
「チッ……お前達、ソイツらを奥に進ませるな! ボスに知れたら粛清ものだぞ!?」
リーダー格らしい太っちょが指示を出しつつ逃走を開始した。
偉そうにしときながらそれ? 昔の闇ギルドなら相手の力量を見て最適な行動をとってくるはずよ。
それが無防備に背中を向けて走る事だなんて、考えた結果がこれなら――
「ファイヤーボール」
ボフッ!
「ギャッ!」
期待外れもいいところね。
「アドンが一撃で――グフッ!」
「コイツら只者じゃ――ゲハッ!」
及び腰で叫んでいた2人を即座に斬り捨ててやった。
というかね、叫んでる隙があったら掛かってきなさいっての。
「面倒だからさっさと終わらせるわ――ファイヤーストーム!」
「「「グワァァァ……」」」
一人を残して消し炭へと変えてやった。
気絶した太っちょは辛うじていきているので、ボスのところまで案内してもらおう。
「ほい――っと」
バシュ!
「…………」ムクリ
気絶していた太っちょが立ち上がり、白目を向いたまま奥へと歩いていく。
なぜ白目を向いた状態かというと気絶しているからであって、ボスのところへ向かうという暗示魔法をかけたから。
「コヤツはゾンビでは御座らぬか?」
「いや、生きてるから」
でも端から見ればゾンビっぽいわね。間違って殺されなきゃいいけれど、そうなっても責任はとらない。
トスッ!
「ガッ……」
「あ……」
さっそく罠の矢で倒れ込む。
多分毒が仕込んであるだろうし、確実に死んだわね。
「仕方ない、生命反応で探るか――」
これは集中力を高めなきゃならないから面倒なのよねぇ……ん~~~ん? 更に下にあるフロアで10人くらいで固まってるわね?
「ザード、真下に斬撃を放って」
「承知!」
ガズゥゥゥン!
真下に空いた穴に飛び込むと、同じような地下通路に出た。
ここを真っ直ぐ進んだ突き当たりに大きな部屋がある。そこにいる10人の中にギルマスが含まれてると思うわ。
バタン!
突き当たりの扉を開け放ち、周囲をグルリと一望する。
まるで貴族が住む邸にある一室のような場所に、比較的若い男女9人と、豪華な椅子に腰を下ろした厳ついオッサンが目につく。
「ここのギルマスは誰?」
十中八九厳ついオッサンがギルマスなので、そのオッサンを凝視しながら尋ねてみた。
案の定、そのオッサンが口を開く。
「俺がここのギルマスだが……テメェ、ここがヘルハウンドの拠点だと知ってやがるな?」
「ええ。スラムにいた親切なチンピラが教えてくれたわ」
「チッ、まだしつけが足りねぇか……。まぁいい。ここに来たからには無事に帰すわけにはいかねぇ。ガキだからって手心を加えるつもりはねぇぜ?」
あれ? もしかして他の連中が全滅したのを知らない?
「おおかたアドンがドシ踏んでる隙にここへ駆け込んだんだろうが、俺はアドンのように甘くはねぇ。祈りが済んだらこの世からご退場させてやるぜ!」
チャキ!
構成員が一斉に得物を抜くが、仕掛けてくる様子はない。まさか執行猶予をくれるとは思わなかったわ。
そんな舐めた真似をする連中には――あ、そうだ! いいこと思い付いちゃった♪
「エレクトバインド!」
ビギギギギギッ!
痺れ効果のある輪っかを放ち、10人の構成員を拘束する。
脱け出そうと思えばできるけど、私よりも魔力が高い事が条件になるわ。
「クソッ、魔法士の拘束魔法か!」
「で、でもこの部屋は魔法が発動しないように施されてるはずじゃ!」
あ~確かにマジックアイテムで魔力を弱める効果が発動してるわね。
けれど弱めるのと封印するのとじゃ全く違うわけで、この部屋のやつは前者のパターンよ。
「いや、施ししてるのは魔力拡散で、並の魔法士なら発動しないはずだ、並の魔法士ならな。つまり……」
「その通り並の存在じゃないって事。じゃあアンタたち、そこにある魔法陣の上に集まってちょうだい」
「「「…………」」」
抵抗しても無駄だと分かったらしく、足だけは自由な彼らが指示通りに移動していく。
全員が移動し終えると、透かさず転移魔法を発動させた。
転移先はもちろん、ミラクルのダンジョンよ。
「ここは……洞窟か?」
「でも灯りが灯されてるって事は、誰かが住み着いてるって事じゃ……」
「おいテメェ、俺たちこんなところに連れ込んで何させようってんだ?」
別に何かをさせるつもりはない。
言い換えればコイツらが何かをする必要はないのよ。
何故なら――
「そのままそこに立ってればいいわ。ダンジョンに吸収させるだけだし」
「「「……は?」」」
おっと、意味が通じてないっぽい。
「ダンジョンに吸収させるっていったのよ。ダンジョンマスターなら当然よね?」
「「「な!?」」」
ダンジョンマスターというフレーズで、途端に顔が青ざめていく。
吸収させるって事は殺すって事だからね。
「クソッ、逃げるぞ!」
「ま、待ってくれ! 足が取られてて上手く動けな――がはっ!」
「バカ、こけるんじゃねぇ!」
「よ、よせ、無理に引っ張るな!」
「ちょっ、そっちはダメ――ブフッ!」
胴体を拘束してるため、二人三脚ならぬ十人二十脚での逃走を試みる彼ら。
しかし、一人がこけると他も巻き添えで連帯責任を負う羽目に。
残念ながら、逃走は失敗しましたっと。
「恨むならアイリーンに手を出したカゲマルを恨みなさい」
「ア、アイリーンだと!? まさかここがアイリーンだとでも言うのか!?」
「その通りだけど?」
「バカな……魔女の森にいる魔物は脅威的だが、ダンマスは弱小揃いのはず。これほどの魔力を持っているはずは――」
「あるのよ、見ての通りね。つまりアンタらは戦う相手を間違えたってわけ」
「そんな……」
ガクリと肩を落とすギルマスの男。もう助からないと分かったらしい。
その潔さに免じて、苦しまずに死なせてあげるわ。
ズバッ!
★★★★★
「おはようアイリちゃん!」
「おはようございます、アイリ様」
「2人ともおはよう」
朝を迎え、元気よく挨拶をするミラクルと、丁寧にお辞儀をするエレイン。
エレインの変わりようが怖いんだけど、何か企んでるんじゃないでしょうね?
「アイリ様、わたくしの顔に何か?」
「ううん、何でもない。妙にアイカに似てきたなと思っただけよ」
「左様ですか。まぁ声が同じですし、別段不思議な事でもないかと。それよりアイリ様、先日はDPの援助をありがとうございます」
エレインが言う援助というのは、昨日の深夜に吸収させた闇ギルドの連中の事ね。
さすがにダンジョンコアなだけあって、エレインは気付いていたらしい。
「情報収集のついでよ。――ミラクル、貯まったDPでダンジョンを強化しときなさい」
「うん、分かった! まずは入口をキレイに整えて、歩きやすい通路に変更して――」
「はいストップ」
入口をキレイに? 汚いよりはマシでしょうけど、今すぐ優先するほどじゃない。
それに歩きやすい通路とか、侵入者を歓迎してどうすんの……。
まずはしっかりと自衛する事を教えなきゃならないか。
「そういうのは後回し。まずは身の安全を確保しないと」
「あ、そうか。キチンとした寝室を作って健全な生活を――」
「そうじゃない!」
そりゃ健全な方がいいけれど、多少の私生活の乱れとかはこの際保留!
深夜に出歩く私は強く言えないのが悔しい!
「ミラクル、まずは罠を仕掛けましょ。目視できない罠とかは、侵入者にとっては脅威となるの。危険だと察したら引き返す可能性もあるし、まずはコアルームへの侵入を阻む――これが優先よ」
「アイリ様の言う通りです。侵入者は片っ端から始末するべきで――」
「そこまでは言ってないからね?」
ダンジョンマスターたるもの、戦う相手はよく見極める必要がある。
敵意がなく偶然入り込んでしまった人たちの場合は、丁重にお帰り願うのがベストよ。
そうしないと余計な恨みを買う可能性もあるし、下手したら近隣の国から討伐隊が送り込まれたりもする。
こちらが理性的であると知ってもらえば、良好関係を築く事だってあり得なくはない。
「最初のうちは罠を多用して、奥に進ませないようにするのよ。これなら偶然入り込んだ人たちも、ダンジョンだと気付いて引き返すわ」
「更に奥へと侵入された場合は……」
「ダンジョンだと知りながら宝箱などを狙っているか、最初からダンジョンコアが目的だと思っていいわ。そういう連中にはそれとなく警告して、無視するならジェノサイドよ」
「こ、殺すんですね?」
無言だけれどしっかりと頷く。
特にダンジョンコアは裏オークションとかだと高値で取引されてるし、それを狙う輩も昔からいる。
ダンジョンコアはダンマスの心臓とも言われてて、壊されたら確実に死んでしまう。
なのでコアの保護は生きてく上で絶対条件なのよ。
「分かりました。まずは罠を――」
「マスター、侵入者です」
話がまとまったところで、エレインが告げてきた。
モニターに視線を移せば、身形がバラバラな連中が20人ほど入り込んだところだった。
「アイリさん……」
「泣きそうな顔しないの。手伝ってあげるから、撃退しましょ」
昨日の今日でとなると、カゲマルが関わってる可能性大か。
まずは情報を吐かせてみよう。