アイカVSエレイン
もう1人の私が喧しいので、さらっと状況を説明した。またなの? みたいな感じにため息をつかれたけれど、私のせいじゃないし。
ちなみにまたなのと言われた理由は、500年前の過去に飛ばされた事もあるからよ。
さて、そんな経緯は置いとくとして、一度ミラクルと話し合おう。私を召喚した幸運の持ち主は護ってあげなくちゃね。
「ただいま~」
「あ、あの、あの、あなあのあの……」
ん?
「そ、その……すみませんでしたーーーーーーっ!」
「ちょ、急になに?」
コアルームに戻ると、ミラクルがジャンピング土下座を開始した。
理由を訪ねてみると……
「あたしったら偉大なるアイリ様とは知らずに失礼な事を口走ってしまい、この罪は万事に値すると思います! こうなったら今すぐ首を捧げて――」
ゴツン!
「痛いです……」
「バカな事は止めなさい。だいたい首を差し出されても嬉しくなんかないわ」
「で、ですが……」
「そんなに畏まらずに普通でいいのよ普通で」
「じ、じゃあアイリちゃん――って呼んでもいいんですか!?」
「……様付けで呼ばれるよりはいいわ」
「やった~! あの偉大なダンマスとお近づきになれた~! これからも宜しくね、アイリちゃん!」
「う、うん……」
なんというか、喜怒哀楽が激しい子ね……。
「水を差すようですがマスター、あまりこの小娘に気を許さない方がよろしいかと」
「へ? どうして?」
「いかに偉大であろうと他人は他人。いつか裏切られて殺されるかもしれませんよ?」
外敵の前にコイツを何とかした方がよさそうね。
「あのね、エレイン。殺すつもりならとっくに殺してるし、侵入者を倒したりもしないわ」
「それはどうでしょう。親しくなってから裏切るという鬼畜じみた輩もいると聞きますし、貴女がそうじゃないとも言い切れません」
ああ言えばこう言う……。
これだと私が何を言っても聞き入れたりはしないわね。
「……確かにそうね。ならミラクルに決めてもらいましょ。彼女が信用してくれるなら、アンタは余計な事を言わない。信用できないのであれば、私は黙って立ち去るから」
「いいでしょう。ではマスター、ご決断を」
「え……ええ!?」
困ってるわね。
だけどここはミラクルのダンジョンだし、私が好き勝手にはできない。
彼女の意思をハッキリさせないと。
「あたしはアイリちゃんを信じる! だってアイリちゃんがいなかったら、あのお城で死んでたもの。だからエレイン。貴女もアイリちゃんを信じてあげて?」
「…………」
さて、エレインの反応は……
「はぁ……。マスター、どうやら貴女は冷静さを失っているようですね。まともな判断ができないのであれば、しばしの休養をおすすめします。あ~そうそう、先ほどの話ですが、今回は無効とさせていただきますのでご了承を」
イラッ!
「……ちょっとエレイン。アンタ最初から私との約束を守るつもりはなかったわね?」
「何をもって約束とするのでしょう? そもそも、どこの馬の骨とも分からない輩と約束ができるとでも? 脳内に花畑○場でも湧いているのでは?」
イライラッ!
「なるほどなるほど。そういう態度をとるんだ……」
「わたくしの態度を部外者である貴方に指摘される筋合いはありません。分かったらとっととお帰りください――」
「クソガキ」
プチン!
言ってくれたわねコイツ……。
そのフレーズは私にとって禁句なのよ。それを堂々と……。
「いかがいたしました? そのように鬼の形相を見せて。やはりダンジョンコアを狙っておいでで?」
「フッ、そんなわけないじゃない。ちょっと良いことを思い付いただけよ」
「ほほぅ。是非ともお聞かせ願いたいですね。いかにしてマスターの寝首を掻くつもりなのかを」
「ああああ、あのあの、どうか2人とも落ち着いて」
私とエレインが一触即発だと思ったのか、ミラクルが慌てて止めに入る。
でも大丈夫。ダンジョンコアを傷つけたりはしないから。
「ちょっとゲストを喚ぶけど驚かないでね」
「ゲ、ゲスト……ですか?」
「うん。ちょっと手伝ってもらいたくてね」
っと言いつつ取り出したのはなんとスマホ。
本来ダンマスはダンジョンコアを通さないと魔物や眷族の召喚は行えない。
けれど私のスマホはそれを省いて召喚できちゃう優れものよ。
「来なさい――アイカ!」
見慣れた魔法陣に見慣れたシルエットが浮かび上がる。
出てきたのは当然……
シューーーン!
「おや? ここはいったい……」
「急に呼び出してゴメンね。どうしてもやってほしい事があって。実はね――――」
これまでの経緯を簡単に説明する。
5000年後のイグリーシアというのはもう1人の私から聞いてるため、特に問題とならなかった。
そして今のアイカと同じようにすると言ったら……
「――――ほほぅ、なるほどなるほど。それは面白い試みです、是非やってみましょう」
アイカは快く――というより意地悪な笑みを浮かべ、私の考えに同意してくれた。
「あ、あのぉ……アイリちゃんそっくりなこの女の子はいったい……」
「説明は後よ。まずはここに用意したダミーコアを埋め込んだ自動人形と、エレインをリンクさせてちょうだい」
「あ、わ、分かりました!」
私がアイテムボックスから取り出したのは、ダンジョンコアそっくりな形をしたダミーコア。
それを自動人形に埋め込んでいる状態で、これとエレインがリンクしたら、アイカと同じように遠隔操作で動けるってわけ。
但し一つだけ欠点があるのよねぇ。
シュピーーーン!
「ほぅ……ほぅほぅ……これはこれは……」
リンクに成功したエレインが自動人形を動かし始める。
手を握ったり開いたり、鏡に写る自分にうっとりしてるのを見るに、凄く興味が引かれてるのが分かるわ。
「自動人形が美少女に!? しかもエレインの声じゃないですか! これってまさかエレインの魂が乗り移ったんですか!?」
ピンクと白のフリフリなワンピースを着たエレイン。それを見たミラクルが物凄い驚きようを見せる。
魂が乗り移るって、何気に的を得た表現ね。
「正確には遠隔操作よ。それよりミラクルとは容姿が違うわね? てっきりダンマスと同じ姿になるものだと思っていたけれど」
なぜなら私とアイカは髪の色こそ違うものの、見た目は殆ど変わらないのよ。
だからエレインもミラクルみたいにショートカットの似合う可愛い見た目になると思いきや、頭に青いリボンをつけた金髪ロングのお嬢様っぽくなったから軽く驚いたわ。
「気に入りました。自分で自由に動けるのは大変面白い。この功績を評価し、クソガキからメスガキに昇格させてあげましょう」
「…………」
はい、粛正決定。
ま、予想通りの反応だったわ。
「じゃあアイカ、私はミラクルと情報交換してるから、教育はお願いね?」
「お任せください」
こうしてクソ生意気なエレインの教育が始まった。
まずはこの曲がりくねった性格を正してやる必要があるから。
「教育……ですか?」
「気になるなら見ててもいいわよ?」
不安と期待が混じった顔のミラクルが、アイカとエレインを注視する。
「さてエレイン。あなたは――」
「気安く呼ばないでくれません? わたくしはどこの馬の骨とも分からぬ輩と関わりたくはありませ――」
ボフッ!
「ふぐっ!?」
「口の利き方が悪いですね。明確な敵ならいざ知らず、そうではない相手に対しては失礼極まりない」
エレインの顔を掴んだアイカが地面に押し付ける。
それを振りほどくいたエレインは、キッとアイカを睨み付けた。
「こ、このわたくしに対してなんと無礼な!」
「そうは言いますが、貴女もわたくしも立場は変わりません。いい加減身の程を知るべきだと思いますね」
「貴女がわたくしに? フッ、ではどのようにして教えてくださると?」
「それはもちろん――」
バシッ!
「はぅっ!?」
鼻で笑ってたエレインの頬をおもいっきりブッた。
初めて感じる物理的な痛みに、顔を歪ませ立ち上がる。
「どうです? 初めて感じる痛みは?」
「これが……痛み……」
「ダンジョンコアに痛覚はありません。ですので本来は感じることのないものですが、自動人形とリンクした今は別で、痛覚が発生するのです」
アイカの言うように、自動人形とリンクすると痛覚が発生するのが欠点で、ダンジョンコア本体を傷つけずにエレインを屈服させる方法としてコレを思い付いたのよ。
「フ、フフ……それは良いことを聞きました」
「良いこと――ですか?」
「ええ。何故ならわたくしも同じく実力行使を行えるのですから――ね!」
ガシッ!
「――え?」
実力行使と言って蹴りを入れてきたエレインだったけど、アイカは難なく受け止める。
「素人のくせに回し蹴りを繰り出してくるとは恐れ入りました。ですが貴女とわたくしとでは、ステータスに格差がありすぎるのです」
そう、アイカと私は同じステータスだから、そこらの雑魚じゃ相手にならない。
反面エレインはというと、一般人と同等であるミラクルのステータスと同じため、到底アイカの相手にはならないってわけ。
どうでもいいけど2人とも声が同じだし、一人二役で遊んでるように見えるわね。
「理解しましたか?」
「ぐ、くぅ……」
「どうやら分かったみたいですね。では夜までにダンジョンコアとしての在り方を徹底的にお教えしましょう」
これでもかというくらいに悔しげな顔を見せるエレイン。
ミラクルの性格を考えると、今まで相当甘やかされてたに違いないわ。
「フ、フン。野蛮にも力ずくですか? 弱者をいたぶりたいのならご自由にどうぞ」
「いえいえ、力ずくだなんてとんでもない。わたくしはただ――――よっと。スイーツの素晴らしさを教えたいだけです」
アイテムボックスに収納されていた、アイカ特選スイーツセットを取り出した――って、なんでスイーツ!?
そこは力ずくで屈服させるところじゃ……
「んん~、運動後のスイーツはやめられません! このひんやりしたゼリーが喉を通過する瞬間がなんとも!」
「…………」
「さて、次はシフォンケーキにしましょう。そのままでもいけますし紅茶に浸すのもよいでしょうが、ズバリおすすめは、バターを乗せて溶かすという手法です。この相性はまさに――んんん~~~ん♪ これぞスイーツの神秘! もはやフォークが止まりません!」
「あ、あの……」
目の前でスイーツを貪るアイカに対し、そわそわし出すエレイン。
嗅覚も身に付いた今、スイーツの香りが刺激しているに違いない。
「さてさて、次はサクッとした食感を楽しむためにもマァムクッキーにしてみましょう。サクリと噛んだ後に出てくるチョコクリームがまるで【私も見て♪】――と言ってるかのように感じます。なんと愛らしいのでょう!」
「ちょ、ちょっと――」
「さてさてさてさて、次は――」
「わ、わたくしにも……」
「……はい?」
「わたくしにもください!」
我慢の限界を迎えたエレインが、ついにアイカに頭を下げた。
「わたくしの負けです。この香ばしい匂いには勝てません」
「フフン、どうやらスイーツの前に屈したようですね。ですが恥ずかしい事ではありません。誰しもがスイーツに夢中になる――それは自然の摂理なのですから」
――等と宣うアイカの発言から数時間後。
「あ、う、お……ほぁ~~~、おいすぃ~~~♪ こんなに美味しい物がこの世にあるなんて!」
「と言っても異世界のスイーツですがね」
「ああ、なんて上品な味わいなのかしら。もうスイーツ無しでは生きていけません!」
「心がけ次第では好きなだけ用意しますよ?」
「何でもします! 犬とお呼びください――キャンキャン♪」
紅茶が用意されたテーブルを囲み、スイーツに舌鼓を打っている2人。
エレインのキャラが壊れてる気もするし、間違った教育を施してない? それに犬の真似が妙に可愛いのが複雑にさせられる。
「凄いです。あの高飛車だったエレインが、進んで犬になるなんて……」
犬はやり過ぎだけどね。
「これでキチンと言うことを――」
ピカッピカッ
「あ、ダンジョン通信の通知ですね。ちょっと失礼します」
コアが点滅したのを見て、ミラクルがコアに触れた。
ダンジョン通知とは、他のダンマスと情報交換ができる、いわゆるチャットみたいなものよ。
匿名掲示板とは違いハンドルネームがダンマス本人の名前が明記されるから、成り済まし等は不可能になっているわ。
『……あれ? ミ、ミラクルは……生きてるわね?』
モニターに映されたのは、銀髪の可愛らしい女の子だった。
「うん、生きてるよ? でも急にどうしたのレミットさん?」
『え……あ、あ~うん、ちょっとミラクルの様子が気になってね、うん。元気ならいいのよ、うんうん。じゃあね』
プツン
「あ、切られちゃった。でもわざわざ気に掛けてくれるなんて、やっぱりレミットさんは親切だな~」
――等とミラクルは言っているけれど、どう考えても挙動不審よねぇ。
これは探りを入れた方がよさそうね。




