歓迎! 騎士団御一行様
「ここが例のダンジョンか」
背後に控える騎士団を率いてきた男――フィロデンが、樹木で遮られたダンジョンを訝しげに眺める。
まるで子供騙しのようなソレをどうしようかと思考しているところへ、二人の団員が歩み寄ってきた。
「どうする? 我らの団長殿」
「いつものように頼むぜリーダー」
「ああ、予定通り突っ込もうと思ってたところさ。――おいお前ら、小隊を組んで偵察してこい。もちろん攻略しちまっても構わんぞ」
「「「ハッ!」」」
いくつかのグループに分かれた団員たちがダンジョンへと突入する。
それを眺めていた団長が残った二人に向き直り、顔を綻ばせつつ口を開いた。
「ふぅ……どうも団長ってのは堅苦しくていけねぇや。お前ら代わってくんね?」
「イヤだね。そういうのはリーダーが責任を持つべきだぜ」
「そうそう。それにダンジョンなんて久しぶりじゃねぇか。魔女の森は魔物が厄介だがダンジョンマスターは弱小揃いだって話だろ? 現役の時に果たせなかったダンジョン攻略、今こそやってやろうじゃねぇか!」
「ハッ、そりゃいい! 冒険者パーティ【アサルト】再び――ってな!」
この3人は元冒険者であり、プレイモアという街の領主による口添えで、めでたく騎士団入りを果たしたのだ。
もちろんコレには裏があり、団員として迎える代わりにとある依頼を引き受けたのである。
その依頼とは……
「そういや1ヶ月くらい前だったか? プレイモアの領主から依頼されてレジェンダ商会を潰したのは。まさか連中も冒険者に裏切られるとは思わなかったろうなぁ」
「ああ、あれは傑作だったなぁ。特にあの夫婦は完全に俺たちを信用しきってたからよ、わざわざ支援魔法まで掛けてくれたんだぜ?」
「おまけに武器の手入れまでしてくれちゃってよ、その見返りが剣でのブスリじゃ成仏できねぇかもな! アッハッハッハッ!」
――ってな具合に、護衛をしていた商隊を裏切り、背後から襲ったのである。
この襲われた商隊こそがルト少年の両親が率いていたもので、彼らこそルトの探していた犯人に違いないのだ。
「積み荷も貰っちまったし、ターゲットもチョロくていい儲け話だったな」
「しかも最後にゃ命乞いだぜ? 崖っぷちのヤツを助けて何の得があるんだっての」
「息子がいるって話だったしな。今頃は路頭に迷ってるところか? ま、俺たちにゃ関係ねぇか」
「「だな」」
ご覧の通り、彼らにとっては儲け話の一つでしかなかったのだ。
これでは殺された側もさぞ無念であろう。
「ところで団長殿、偵察はまだ戻らねぇのか? もう1時間は経ったはずだが」
「ん? そういや妙だな。まさか全員が罠に掛かったんじゃ――いや、考えすぎか」
そう言ってダンジョンを覗き込む3人。
しかし、今ここは彼らの知る弱小ダンジョンとは大きく異なり、まさに人跡未踏の地へと化している事をまだ知らない。
つまりは……
ブン――――ズシャ!
「ギャッ! く、くそ、後ろから斬られた!」
「後ろだと!?」
「チッ、周囲を警戒しろ!」
想定外の事が起こってもなんら不思議ではなく、突然背後から襲われる事もあり得なくはないのだ。
更には……
「「「…………」」」
「……お、おいどうなってやがる? コイツら団員じゃねぇか!?」
「お前ら、いったい何考えて――」
「ま、待て、どうも様子がおかしい。まるで意識が飛んじまってるかのように白目を向いてやがる!」
なぜか入口の外から現れた団員たちが、無言で3人へとにじり寄る。
そう、仲間だったはずの団員たちに裏切られる事だって、ダンジョンでは起こりえるのだ。
「クソが! 一時的に奥へ逃げるぞ!」
「「おう!」」
団長である元リーダーを先頭に、奥へとひた走る3人。彼らの背後からは、白目を向きつつも追いかけいく不気味な団員たち。
しばし走ったところで十字路へと差し掛かり互いに顔を見合わせると、阿吽の呼吸で別方向へと走り出す。
それを物影で監視していた少女が「フッ」と不適な笑みを浮かべたのを、3人が気付く事はなかった。
★★★★★
「ハァ……ハァ……(あいつら、いったいどうしちまったんだ? 特別恨みを買うような真似はしてねぇはずだが……)」
十字路を左に逸れた男が、これまでの流れを振り返った。
騎士団ではなぁなぁに済ませているため、妬まれる理由はこれっぽっちもない。
団長と親しいとはいえ威張り散らす事もなく、命を狙われるなど有り得ない事だ。
「「「グルルル……」」」
「――魔物か!?」
気付けば目の前には3体のグリーンウルフが。
しかし後ろから団員が迫っているため呑気に構ってる暇はない。
「邪魔だ、どけぇ!」
ベテラン冒険者にとってFランクのグリーンウルフなど脅威ではなく、瞬く間に斬り伏せていく。
しかし、ダンジョンという場所では例外が起こる事もあり……
「へっ、雑魚のくせに調子に――」
「「「グルルル……」」」
「なっ!? また現れやがったか!」
今度は6体のグリーンウルフが出現し、仲間の仇と言わんばかりに襲いかかる。
それでもベテランであるため、辛うじて6体を斬り伏せた。
「ったく、危ねぇ真似しやが――」
「「「グルルル……」」」
「ま、またかよチクショウがぁぁぁ!」
次は12体へと倍増して男に襲いかかる。
この数はさすがに捌ききれず、何度か手足を噛まれる羽目に。
「ハァハァ……ど、どうだ、さすがにこれ以上は出てこねぇ――」
「「「グルルル……」」」
「ヒィィィィィィ!?」
男の台詞がフラグになったのか、更に倍増した24体ものグリーンウルフ。
これには堪らず音を上げてしまい、出口へと引き返そうとする――――が時すでに遅く、グリーンウルフに回り込まれていた。
「や、やめろ――来るな、来るなぁぁぁぁぁぁ……ぁ……」
身体中を噛みつかれ、男は気絶してしまった。
更に食い殺そうとしたところへ先ほど監視していた少女が現れ、ウルフたちに待ったをかける。
「はいご苦労様。そいつには聞きたい事があるから殺しちゃダメよ」
「「「ガル」」」
「さて、まずは1人目っと」
気絶した男を担ぎ、少女は何処かへ転移していった。
★★★★★
「ハァ……ハァ……(たかが弱小ダンジョンと思ったが、とんだ曲者じゃねぇか。あのクソ領主め、テキトーなこと言いやがって!)」
十字路を右に逸れた男が、走りながらも脳内で愚痴る。
プレイモアの領主からは、森の魔物にさえ注意すれば脅威ではないと聞かされていたのだ。
「(帰ったら謝礼金でも貰わなきゃ割に合わね――)ん? これは……罠か?」
ふと足元より先の地面が、鉄製のようなものに代わっているのに気付く。
「ハッ、落とし穴ってか? こんなチャチな罠でどうにかしようなんざ甘過ぎだぜ――あらよっと!」
丸見えの罠など怖くない――そう言わんばかりに鉄製の地面を飛び越える。
しかしここはダンジョンであり、仕掛けられたそれが落とし穴だとは限らず……
パカッ!
「ハン、案の定落とし穴か。この程度で――」
ブワッ――――ガン!
「――んがっ!?」
開いた地面から強風が吹き付ける可能性だってあるのがダンジョンなのだ。
これにより男は天井に強打し、間抜け面を晒してヒュルヒュルと落下していく。
だが幸いだったのは、落下する前に地面が閉じた事だろう。
ドサッ!
「イッツツツ……。何なんだよ今のは……」
ブツクサと文句を言いつつも立ち上がり、再び奥へと走り出す。
とにかく今は逃げるのが先決だ。
「ん? これは……ハッ、壁の穴から矢が飛んでくるってか? だったら一気に駆け抜けるだけだぜ!」
今度の罠は、通過しようとした者に反応して矢が飛び出る仕掛けだ。
対処法は男の言う通りだが、それはあくまでも一般論であり、やはりダンジョンにおいては例外がつきものであると言え……
シュシュシュシュ!
「思った通りか。この程度なら――グガガガガッ!?」
油断してはいけない。
ダンジョンでは飛んで来た矢が急に方向転換する可能性だってあるのだ。
するとどうだろう。そのまま走り去るつもりだった男に向かって矢が追尾する――そんな事は当たり前に起こるのだ。
「ゲボォ……ぢ、ぢぐしょう……。ど、どうなってやがんだこごはっ!」
それでも甲冑に護られ、何とか男は生きていた。
できれば手当てをしたいところだが、ここで立ち止まっては団員に追い付かれる。そう考え更に奥へと進んでいく。
「こ、こんな場所に宝箱だと?」
差し掛かったのは、通路のど真ん中に宝箱が置かれた場所だ。
普段なら罠が無いかと確かめて解錠するところだが、今は構っていられない。
「自ら罠に飛び込むヤツなんざいるかよ。こんな見え透いた罠で――」
パカッ!
「なっ!? 箱が勝手に!?」
ガブッ!
「ギャァァァッ! あ……が……」
残念ながら、見え透いた罠に掛かった男がここにいた。
見た目が宝箱だからといって、それが魔物ではないと言い切れないのがダンジョンの恐ろしさなのだ。
哀れ男は両足を噛まれたショックで気絶してしまった。
「……よっと。これで2人目ね」
影から監視していた少女が男を箱から引きずり出すと、再び何処かへ転移した。
★★★★★
「「「ォォォォォ……」」」
「チッ、何だって俺の方に来やがる!」
十字路を直進した団長が、背後を振り返り舌打ちする。
なぜか全ての団員たちは、団長である元冒険者のリーダーを追いかけたのだ。
(どうする、立ち止まって応戦するか? いや、数人ならまだしも10を超える数はさすがに危険だ)
相手するのを諦め、そのまま逃げる方を選択した元リーダー。
やや走ったところでボス部屋らしき扉が見えてくる。
「(こうなったら仕方ねぇ。どうせ弱小ダンジョンだ、このまま強引に突破してやる!)――いくぜっ!」
バァァァン!
「あん? ボスがいねぇだと?」
突入したはいいがボスらしき魔物はどこにも居らず、このままだと先に進めない。
ダンジョンにおいて次の階層に進むには、ボス部屋のボスを倒す必要があるのだ。
「いたぞぉ、ボスだぁぁぁ……」
「倒せ、倒せぇ……」
「「「ォォォォォ……」」」
そこへ追ってきた団員が到着し、元リーダーを見てボス部屋のボスという認識を示した。
こうした誤認もダンジョンなではの名物だろう。
「ま、待てお前ら、俺はボスじゃねぇ!」
「殺せ、殺せぇ……」
「「「ォォォォォ……」」」
「ええぃ、クソがっ!」
全く話が通じないなら戦うしかない。
やむ無く元リーダーは一点突破を試みる。
上手くいけば、そのまま出口へと駆け抜けるだけだ。
(理由は知らんがコイツらの動きは鈍っている。今なら!)
ガツン!
「ガァッ!?」
突然足元で激しい金属音が響き、それと同時に激痛が走った。
見れば元リーダーの足にはトラバサミがしっかりと噛みついているではないか。
「な、なんでこんなところに!」
それはダンジョンだから――としか言いようがない。
通常なら魔物が掛からないようボス部屋に罠を置くダンマスは少ない。
だからと言って、全くないとは限らないのだ。
「今だぁ、殺せぇ……」
「「「ォォォォォ……」」」
「ぐわぁぁぁっ! や、やめろお前ら! ちょ、ホントにやめ――ガハッ……」
終いには団員に剣を突き立てられ、激痛の最中に意識を失うのであった。
「は~いストップ。それ以上はやめてね、ホントに死んじゃうから」
「「「ォォォォォ……」」」
白目を向きながらも残念そうなため息をつく団員を横目に、少女は最後の1人を担ぐ。
「これで3人揃ったし、キッチリと情報を搾り取ってやろうっと!」
次に3人が目覚めた時は、また別の地獄が待っているかもしれない。