衰退対策
魔女の森の北には複数の商業国家がある。
中心になっているのはミリオネックという国で、その周囲をブロンズフロンティア、シルバートレンド、ゴールドキャニオン、プラチナキャリアーの4国が囲んでいる。
件の少年ルトの両親はゴールドキャニオンにて商会を構えていたらしく、商隊全滅後は他の商会が同国にて幅を利かせるようになった。
端から見ればそのライバル商会が怪しいのだがそこへの調査は一切されず、代わりと言わんばかりに名無しの盗賊が捕らわれた事で事件は解決したとされる――と。
「なるほど、確かに不自然ね。これって周囲は指摘しないものなの?」
「無言の圧力があるみたいッスよ? 騎士団を支えてるスポンサーが誰かって事で、結局は富豪の意のままに動いてるって感じッス」
ゴールドキャニオンを含む前の国々は、商人として大成した者が貴族を名乗れるという変わった風習がある。
つまり大商人ほど高い爵位を名乗れる事になり、その地位を獲た商人が騎士団も動かせるのよ。
「死んだはずの冒険者が騎士団に紛れてて、ライバル商会が急速に発展し、国が動く様子はない――つまり計画したヤツは、高い地位にいるって事ね」
「そっちはすぐに判明したッス。フランツの街から更に北にあるプレイモアって街の領主が事件に介入してるッス。自分が紹介した冒険者が全滅した商隊に含まれてたというのが理由みたいッスね」
自身が紹介した手前、赤っ恥をかかされたから? いや、領主がそこまで冒険者に関わるのは不自然すぎる。
死んだら自己責任が冒険者の行く道だし、やっぱりその領主が怪しいわね。
「まだライバル商会の情報を集めきれてないッスが、いずれは揃うと思うッス」
「分かったわ。そっちは引き続きお願いね」
「了解ッス!」
報告に来ていたクロが転移ゲートで戻っていき、それを見送ったミラクルが不思議そうに尋ねてくる。
「依頼を受けたって言ってたけど、人助けでもするの?」
「目の届く範囲でだけどね。理不尽に虐げられてる人なんかは放っておけなくて。それに人助けはついでで商売を始めたいのが本音よ」
それが転移ゲートを繋げた理由になり、5000年前と同じようにアイテムの売買を始めようと思ったからよ。
「アイリちゃんは5000年前にも商売をしていたの?」
「商売どころか、アイリーンに街を作って住まわせていたわね」
「え? じ、じゃあダンジョンに街があったって話は本当だったんだ……」
ミラクルが口に手を当てて驚きのポーズをとる。
そっか~、ダンジョン・イン・シティは伝説になっちゃったか~。
でも無理はないかな? 何せ私はスマホを使用して地球産のアイテムを召喚できるから、イグリーシアでは見かけないアイテムを売っていたのよね~。
一例を出すと、ライターとか防犯ベルとか穴〇き包丁とかが飛ぶように売れたわ。
「いずれは現代のアイリーンにも街を作る予定よ。住人が現れれば定期的にDPが手に入るからね」
「あ、そうか! 住人は外部の人間だから侵入者とみなされるんだ」
ダンジョンの仕組みの一つに、侵入者を一日留めておくとDPが手に入るというのがある。
つまり住人の滞在期間が増えるほど、より多くのDPが手に入るってわけ。
しかも対象が強いほど貰えるDPも多くなるから、一般人よりも冒険者とかの方が望ましかったりするわ。
ちなみに何故か私は外部の人間とはみなされなくて、1ポイントも入っていない。
ミラクルの先祖だから身内扱いされてるのかも。
「と言っても街を作るのはまだまだ先になると思うわ」
アマノテウスってダンマスを捕まえないと安心はできない。
奴はアイリーンの攻略を望んでるはずだから、また近いうちに動くはず。
居場所を掴んだらすぐにでも拘束しに行くから、向こうからカゲマルに接触してくるのを待つつもりよ。
「ところでミラクル、その椅子はどうしたの?」
「う、うん。よく分かんないけれど、ブラッシュさんが「是非とも僕にお座りください」って言うもんだからつい……」
まんまと変態の口車に乗ってしまったらしい。どうりでさっきからハァハァ言ってると思ったわ。
「よければアイリたんもいかがでしょう? ぜひお尻の温もりを僕に!」
「…………」
……おもいっきり尻を蹴り上げたいところだけど、やったら喜びそうだから敢えてスルーしよう。
「しっかし――フン! ブラッシュの考える事は――フン! よく分からんのう――フン!」
「まったくだ。マスターに対して邪な妄想を行うなど、眷属の恥と言えよう」
ワグマとグルースにも言われてる。
こんな変態がミラクルの眷属の中では一番強いとか、少し複雑な気分だわ。
パチン!
「これで詰みです」
「キィィィ! どうしてわたくしの敗北なのです! さてはエレイン、何かイカサマをしましたわね?」
「いえ、お互い初めてなのですから、イカサマは難しいかと」
「ムッキィィィ!」
五目並べをやっていたエレインとレミットの対局が終わったらしい。
結果はエレインの勝利で、悔しさが収まらないレミットが地団駄を踏んでいた。
ほんっと負けず嫌いね、レミットって。
「じゃあレミットさん、今度はあたしとやろうよ」
「望むところですわ。コテンパンにして差し上げましてよ!」
――とまぁなんで五目並べをやらせてるかというと、普段彼女たちは何もしないで生活してるからよ。
うん、何もしないというのはそのままの意味で、食事のために起きて睡眠のために寝るだけという極端な生活習慣が出来上がっている事に最近気付いたのよ。
魔女の森って住み着いた魔物が強いから外部からの侵入者なんて殆どいないしね。カゲマルの誘導がなければ、今もミラクルは侵入者と戦ってはいなかったと思う。
パチン!
「はいあがり~♪」
「キィィィ! ミラクルにも負けるなんて屈辱ですわ!」
楽しんでるようでなにより。
こうして見てる分には普通に見える反面、五目並べやスイーツが無かったら、たぶん一日中昼寝をしてるんじゃないかと思ったくらい。
そこで思ったのが、今のイグリーシアが衰退した理由の一つにダンマス全体がだらけた生活を送ってる可能性にたどり着いたのよ。
これなら弱くなるのは当然だし、侵入してくる冒険者の質も自然と落ちるってわけ。
その対策として、まずは頭を使うというところから始めようって感じよ。
……なんだかお年寄りのボケ防止策みたいだけどね。
「アイリちゃんもやってみる? シンプルだけど面白いよ!」
「じゃあ久々にやってみようかな」
パチン!
「はい、これであたしの10連勝だね!」
「つ、強い……」
意外な才能を見た気がする。
まさかミラクルが無敗の女王として五目並べ界に君臨する事になろうとは……。
「アイリ様でも勝てませんでしたか」
「アイリが負けるのならわたくしが負けるのも仕方ありませんわ、うんうん」
エレインとレミットもミラクルに対して全敗らしい。
戦略的な事は苦手だと思ったのに、やってみないと分からないものねぇ。
「こうなったらマスター抜きでやりましょう」
「ですわね。負けてばかりだと面白くありませんもの」
「ちょっ、ヒドくない!?」
こらこら、たかがゲームで熱くならないように。
『アイリ様、ルトの両親に同行していた冒険者を発見しました』
おっと、ギンからの念話だ。
まだ数日なのに諜報員は優秀ね。
『ご苦労様。それは死体? それとも生きてる?』
『両方です。当時の冒険者パーティは4つあり、内2つのパーティは墓の下でしたが、残り2つは騎士団に入隊しております。カゲマルの睨んだ通りですね』
まんまと嵌められてたか。
『なら入隊してる奴らを捕まえる必要があるわね』
『はい。そこでお知らせしたいのが、近々騎士団が遠征に出るらしく、向かう先が魔女の森にあるダンジョンだというのです』
『ホントに!?』
『はい。フランツから一番近いダンジョンに向かうとの事です。いかが致しましょう?』
何で騎士団が――なんてのは今さらね。裏で動いてるのはアマノテウスだろうし。
『分かったわ。騎士団はこちらで対処するから、そっちはライバルだった商会の情報を集めといて』
『畏まりました』
さてと、これは好都合な展開になったわ。
遠征で現れた騎士団を全員捕まえちゃえばいいんだし、その中の元冒険者はじっくりと尋問できる。
「ねぇみんな、フランツの街から一番近いダンジョンってどこ?」
「フランツから――ですか? それなら北東にいらっしゃるマリオーネ様のダンジョンだと思われます」
どうやらアイリーンには来ないらしい。
全員を生捕りにするんなら、マリオーネに協力してもらう必要があるか。
「マリオーネさん、この前見たときも眠いとか言ってすぐに寝ちゃったけれど、大丈夫なのかな?」
「ヴァンパイアのくせに低血圧ですものね。今も寝てると思いますわ」
どうやらダラけた生活の見本があるっぽい。
これはテコ入れが必要ね。
「そのマリオーネに通信繋いでもらっていい?」
「マリオーネさんと?」
「ええ。ちょっと知らせたい情報があるから」
「うん、分かった!」
後はキチンと話を聞いてくれればいいんだけど。