世界の異変
「改めて自己紹介をするね。僕の名前はミルドというイグリーシアの神だよ。アイリちゃん以外の者たちにとっては初めましてかな?」
入浴を終えてコアルームに戻り、再びミルド様と対面する。
但し、本神の言っている事が信用できないのか、私以外の三人は胡散臭そうにミルド様を見ていた。
「……あんな事言ってるけれど、あの人本当に神様なの? ただの覗き魔じゃない?」
「うん、少々残念な神様だと思っていいわ」
「アイリ、貴女騙されてるのではなくて? 例え神であろうと、許可なくわたくしの柔肌を見るなんて万事に値しますわ!」
「うん、それは私も思うんだけどね、うん。だけどミルド様のお陰で生きてるのも事実なのよ、うん」
神様にも色々なタイプがいて、特にこのミルドという神様は欲というものがないのよ。
欲がないって事は、その……せ、性欲もないって事……なのよね。
「落ち着いてくださいお二人とも。誰にも気付かれずに当ダンジョンへと侵入したのですから、恐らくは本物の神様なのでしょう。現にアイリ様へ加護を授け、更にアイリ様が肯定されるのであれば、疑う余地はありません」
――というエレインの意見。
これによりミラクルとレミットによる懐疑的な視線が収まり、納得のいった表情へと変化していく。
「但し、それと覗きとは別問題ですが」
「だよね? そうだよね? あたしが子供っぽいからいいって話じゃないよね?」
「まずはわたくし達の柔肌を脳裏から消しなさい。話はそれからです」
そして振り出しへ戻ると。
「これ以上は時間の浪費になるから話を進めさせてもらうよ」
「ちょ、お待ちなさい!」
「まずはアイリちゃんが召喚された事に関してなんだけども――」
レミットの反対を押し切り、強引に話を進めるミルド様。
途中まではミラクルも抗議してたんだけれど、私との関係が明らかにされるとそれも鳴りを潜め、驚愕の表情を見せはじめた。
「あ、あたしがアイリちゃんの子孫!?」
「うん、そういう事だよ」
「ま、まさか恐怖のダンジョンマスターと言われたあのアイリがミラクルの先祖……」
まさかという表情のレミットが、私とミラクルを交互に見比べる。
似てないって言いたいんでしょ? そりゃ5000年も経てば面影もないでしょうよ。
「つまりアイリちゃんは、あたしの、お、お、おばあ――」
「それ以上はいけない」
14歳にしてお婆ちゃんて呼ばれた日には、一生立ち直れないかもしれない。
「フッ、いかにアイリが恐怖のダンジョンマスターと言われようと、胸に関してはわたくしの圧勝ですわ」
「胸は関係ない!」
今度言ったら抉り取ってやる!
「本来なら絶対に召喚できないところを召喚できたのは、当時において同一人物は二人もいらないと判断されたからで、言うなれば不運だったってところかな」
授かったギフトによって幸運になったのにそんなピンポイントに不運が訪れるとか、運命を恨んだらいいのかどうか。
「それにね、僕としてもアイリちゃんが召喚されたのは、この世界にとって希望でもあると思っているよ」
「希望?」
「うん。すでに感じとっているだろうけれど、この世界は5000年前よりも衰退しているんだ。原因は分からないけどね」
それは分かる気がする。
私が召喚された国の勇者はまるで雑魚だったし、闇ギルドにしても烏合の衆だった。
これならプラーガ帝国や異世界勢力が暗躍していた5000年前の方が遥かに手強かったと言える。
ちなみにプラーガ帝国っていうのは、たびたび地球から勇者を召喚していた国よ。今も存在するかは知らないけれど。
「そこでお願いしたいのが、イグリーシアの国々対して危機感を持たせてほしいって事なんだ」
「危機感って、具体的には?」
「テキトーに荒らしたり、滅ぼしたり――」
「「「滅ぼす!?」」」
ミルド様以外の全員の声がハモる。
そりゃ国を滅ぼせば危機感を煽れるわね。でも恨みもないのに滅ぼすなんてのは、私のポリシーに反する行いよ。
「今の国々は慢心が目立っていてね。信仰心も薄れているし、正直言って護る価値がないとも言えるんだ。このままだと匙を投げる神々も出始めて、いずれは……」
世界が滅ぶ――と。
「とは言え、滅ぶとしても1000年は先だろうし、今すぐって話じゃないけどね」
「脅かさないでよ……」
「それはすまなかった。けれど正すなら早い方がいいし、可能なら実践してほしい」
ま、生意気な国があったら滅ぼしてやるかもしれないわね。
「ではこれで失礼するよ、入浴を邪魔して悪かったね」
そう言い残し、光の粒となって消え去った。
これはある意味、国を滅ぼすライセンスを貰ったと考えていいのかもしれない。
「ほぇ~、なんだかスケールの大きい話だったねぇ……」
「ホントですわ。アイリの存在がすでに反則レベルですのに、更には神とも顔見知りだとか。これではわたくしが勝てないのも無理ありませんわね」
私としても、5000年ぶりに再会するとは思わなかったけども。
だけど見た目が当時のまんまだし、やっぱり神様なのよねぇ。
「ところでアイリ様。入浴後ですし、冷たいスイーツなどいかがでしょう?」
「……へ?」
「火照った今なら冷たいスイーツがおすすめです。何とぞ我が手元に!」
おすすめって……エレインは自分が食べたいだけよね?
「そ、その~アイリちゃん、あたしもスイーツ欲しいな~って思ったり……」
ミラクルまで汚染されてる……。
「そのスイーツとやらは何ですの?」
「スイーツですか? それはもう、全世界の生命体を魅了する驚異の食べ物です」
「全世界を魅了!?」
「はい。わたくしの大先輩でいらっしゃるアイカ殿の話では、種類も万単位で存在するらしく、いまだに増え続けているとの事。恐らくは一生涯その魅了から解放させる事はないとも仰られておりました」
「一生涯の虜に……」
さすがに大げさ過ぎない? いや、美味しいのは分かるけど。
「わたくしも興味が出て参りましたわ。是非ともお出しくださいな」
そしてレミットまでもが影響されると。
「では一緒にお願い致しましょう。わたくしに続いてください――」
――って、そのポーズはまさか!
「一番エレイン、ミニチュアダックスやります、キャンキャン♪」
やっぱりぃ! でもって犬種も関係ない上にマルチーズをやるって話はどこ行った!?
「に、二番ミラクル、トイプードルやります、キャンキャン?」
鳴きながら「これでいいの?」って顔がまた可愛い! というか、このままだと変な趣味に目覚めそう!
「さ、三番レミット、グリーンウルフやります、ワ、ワンワン……」
「犬と狼は別物です! そんな事ではスイーツを食せませんよ!?」
「そ、それは困りますわ!」
「いや、もう気持ちは充分伝わったから。それ以上は女を捨てないでちょうだい」
レミットはともかく、エレインとミラクルが可愛いもんだからついつい眺めちゃったわ。
癖になる前に出してあげよう。
ドサドサッ!
「はいどうぞ。冷たい物を希望してたみたいだから、アイスを多めに――」
「んん~~~♪ 口の中でとろける濃厚な味わい。やはりスイーツはやめられません!」
「はやっ!?」
アイテムボックスから出したスイーツにエレインが飛び付く――いや、飛び付いていた。
「おいひ~~~♪ この抹茶アイスっていうの? これ凄く美味しいよ~~~!」
「な、なんと素晴らしい味わいなのかしら! まさにこの世の奇跡ですわ! それこそスプーン一杯で驚きの味わいですもの!」
ミラクルとレミットもアイスクリームの虜になりましたと。
これからは毎日ねだられそうだわ……。
「気に入りましたわ! わたくしとしてもただ甘いだけの紅茶には嫌気が差してたところですの。これならいくらでも食べられますわ!」
いや、甘いだけの紅茶って、砂糖入れすぎなだけなんじゃ……。
「レミット様、あまり食べ過ぎると太ってしまうらしいのでご注意を」
「そんな卑劣な! わたくしに太れというのですか!?」
「卑劣って……食べるのを控えればいいだけじゃない」
「アイリまで! さてはスイーツを一人占めするつもりですわね!? 例えこの身を犠牲にしてでもスイーツは手離しませんわよ!」
どうやらレミットは控えるよりも太る事を選択したらしい。
「ちなみにですが、わたくしはオートマタですのでいくら食べても太りません」
「な、なんて事……。アイリ、この生意気なエレインをデブッチョにする魔法を掛けておしまいなさい!」
「そんな便利な魔法は無いわよ」
「キィィィィィィ、悔しいですわ! 悔しいったら悔しいですわ!」
だから控えればいいってさっきから……
「そっかぁ……。太るのは嫌だし、あたしも控えた方がいいのかな?」
「マスターはもう少しふっくらとした方がよろしいかと」
「ええっ!?」
私から見てもミラクルって貧相に見えるしね。もう少し肉付きがよくても――。
「そっか、あたしってアイリちゃんの子孫だもんね……」
「こらそこ、私のせいにしない!」
こうなったら私もやけ食いしてやろうか!