ここは……
魔女の森の中心にあるアイリーンという名のダンジョン。ここはダンジョンマスターである私が所有しているんだけれど、人類との共存を目指す私を倒そうという物好きは居らず、今日も平和な午後を迎えた。
「平和ね~」
「はい。最近ではお姉様に喧嘩を売る愚か者も減りましたからね」
テーブルの向かいに座るアイカが同意する。
私そっくりなこの子は自動人形で、ダンジョンコアであるアイカ本体が遠隔操作しているのよ。
「でも平和過ぎるのも考えものよね。たまにはアホ勇者みたいに突撃してくる奴がいないと、身体が鈍って仕方がないわ」
「それは仕方ありません。並外れたステータスのお姉様に勝てる者はそうは居りませんし、眷族も強力。更に神の加護により幸運付きとくれば、誰もが避けたい相手でしょう」
「うん、それよね」
この世界に転移転生を果たした私は、ミルドという神により幸運のギフトを与えられたのよ。
お陰でステータス補正されまくりで私自身が強くなりすぎた上に、召喚した眷族までもが強力だったりする。つまりは死角がないのと同等よ。
ちなみに眷属と眷族は別で、眷族の方がダンマスとの結びつきがより強固となるわ。
「ところでアイカ、もう1人の私は?」
「もう1人のお姉様ですか? そういえば見かけませんね」
もう1人の私というのは――うん、まぁそのままの意味なんだけれど、ちょっと厄介な敵の策略によって、私が上下に分断されたことがあったのよ。物理的にね。
そこへアイカがエリクサーを使ったら、上下に分かれた私が二人になって復活したってわけ。
これからどうするのって議題になったのは当然として、結局どうしようもないって結論にいたり、二人仲良く(何度か喧嘩もしたけど)生活する事にしたわ。
まぁそれはいいとして……
「ホントにどこ行ったんだか。ちょっと聞いてみよう」
どこほっつき歩いてるのかを聞き出すべく、もう1人の私に念話で呼び掛けてみる。
『ちょっと、もう1人。アンタいったい何処に居んのよ?』
『……ゴメン、今ちょっと立て込んでるから、詳しくは後にしてちょうだい』
プツン
あ、切られた。
なんだか怒ってるようだったけども、何があったのか帰ってきたら聞いてみよっと。
★★★★★
さて、もう1人の私からの念話を一方的に切ると、改めて周囲を見渡す。
私が召喚されたのは何処かの城内にある謁見の間で、玉座ではブタのような国王がふんぞり返っていて、周辺には王妃や王女に文官達、そして近衛兵らしき姿もある。
他にも私を取り囲むように雑魚兵が配置され、目の前では魔法士の少女が涙目でへたり込み、その少女に剣を突きつけている身形のよい少年がニヤついた嫌な表情を作っていた。
「なんだぁコイツは? 見たところただの小娘じゃないか。こんな奴を召喚しやがって、そんなに死にたいのか、あ?」
「ご、ごめんなさいごめんなさい! わざとじゃないんです! 国王様に言われた通り、世界でもっとも強い存在を強く念じて召喚したんです!」
なるほど。つまりこの少女が国王に命じられて私を召喚したと。
大方つよい魔物を使役したいとか思ったんでしょうね。
剣を突きつけられてるのは、脅されて無理やりってところか。
「見るからに下町の小娘ではありませんか。このような者が役に立つとでも?」
「お母様の言う通りね。見るからに弱そうだし、戦争じゃ使えないわ。ま、あたしの奴隷としてなら飼ってやってもいいけど」
王妃に続いて王女までムカつく事を言ってくる。
コイツらだって弱そうなくせに。
「しかし困りましたなぁ。これでは奴隷から解放するのは到底無理でしょうなぁ」
「そ、そんな!?」
「然り。このようなどこの馬の骨とも分からぬ小娘を召喚したとあっては、無効もやむ無しと」
「で、でもそれだと約束と違――」
「見苦しいですねぇ。約束を破ったのは貴女でしょう? そのような言い訳は天罰が下りますよ?」
宰相を筆頭に、文官達が少女に責任を押し付け出した。
でも強そうな魔物を召喚したところで、結局は約束通りにならなかったと思うわ。
あ、ちなみにだけど、宰相だと分かった理由は鑑定スキルを持ってるからよ。
凄く便利だから昔から重宝しているわ。
「ですが勇者様が何でもいいから早く召喚しろと――」
「うるせぇ!」
バキッ!
「ギャッ!」
このクソ勇者、女の子の顔を蹴りあげるなんて!
「自分の不始末を俺に押し付けるとはふざけた奴め。――国王様、もうコイツは用済みって事でよろしいのでは?」
最高権力者である国王に判断を委ねた。
私の予想では恐らく……
「使えんのなら始末せよ。代わりに他のダンジョンマスターを狩ってくればよい」
「御意」
揃いも揃ってクズ揃いね。
こんな何もかもが腐っている国は、一度滅んだ方がいいんじゃないかと思えてくる。
それにダンジョンマスターを狩るですって? 随分とふざけた事を抜かすじゃない。
「あ、おの、お願いです。私は死んでも構いませんから、この子は助けてあげてください!」
「……え?」
この少女、自分の事より私の身の安全を?
けれど、国王の答えは残酷だった。
「フン、連帯責任だ。そっちの小娘もろとも斬り捨ててしまえ!」
うん、予想通りだわ。
ここで慈悲をかけるくらいなら、こんな腐った連中だらけにならないもの。
「ですがただ斬り捨てるだけでは芸がありません。どうせならじっくりと苦痛を味わってもらいたいですわ」
「お母様に賛成~。生きたまま血を抜き取って、真っ白にするのも面白いわ!」
本当にロクでもない王族ね。
国民が可哀相になってくる。
「そんじゃま、新しくしたミスリルソードで試し斬りでもするかぁ。――ほら、言い残す事があるなら今のうちに言っとけよ」
「……はい」
少女は――いや、ミラクルという名のダンジョンマスターは私へと向き直り、申し訳なさそうに頭を下げてくる。
「貴女を巻き込んでしまってごめんなさい。謝っても許される事じゃないのは分かってる。けれど他にどうする事もできなかったの。恨むなら貴女の大切な未来を奪ったあたしを恨んでください。本当に……ゴメン……」
覚悟を決めたのかミラクルは黙っては目を瞑り、はらはらと涙を流し始めた。
強制されてたのだから、さすがに恨む気にはなれない。
「もういいよな? じゃあいっくぜ~♪」
まるで薪割りでもするかのように、鼻歌混じりに剣を構えるクソ勇者。
私としても身体が鈍ってたとこだったし、軽く相手をしてもらお。
バキィィィン!
「……は?」
勇者も他の連中も、時が止まったかのように口を開けっ放しで驚く。
剣を振ってきたから弾いてやったのに、大げさ過ぎない?
まぁ正確には剣を砕いちゃったからなんだけど。
「な、なんだよ、この剣不良品かよ!」
「不良品じゃないわよ。鑑定でもミスリルソードって出たんだもの、アンタの腕が悪いってだけの話よ」
「なっ!?」
これは本当の事。
だけど勇者は気に入らないみたいで、顔を真っ赤にしていく。
「こ、小娘のくせにいい気になりやがってぇぇぇ!」
「剣も無しにイキって何するつもり?」
「へッ、俺が使えるのは剣だけじゃねぇ。燃え尽きてしまえ――フレイムボム!」
小範囲を爆発炎上させる火魔法を放ってきた。このままだとミラクルも巻き込まれちゃうし、ここは……
ボォム!
「フハハハハ! どうだ俺の火魔法は? 跡形もなく消し飛ばして――」
「――は、いないけどね」
はい残念、生きてます。
中級クラスの火魔法で並の存在なら消し飛んでたでしょうけれど、私は別よ。
それに使う側の魔力が低ければそれほど威力は発揮しないし、現に私に対しては――ね?
「な、な、な、なななな、なんで生きてんだよぉぉぉ!? 俺は全力で放ったはずだぞ? それを何事も無かったかのように――」
「実際に何でもなかったわよ? あの程度なら障壁さえ張っちゃえば防げるし、この通り無傷ってわけ」
さて、次はいよいよ私のターンといきましょうか。
「防げるものなら防いでみなさい」
ザシュ!
「!?」
私の振り下ろした剣は、見事クソ勇者の片腕を斬り落とす――って、そうだった。このクソ勇者の剣は砕いちゃったんだから、防げるわけなかったわ。
「……ギ、ギ、ギャァァァァァァ! う、腕がぁぁぁ、俺の腕がぁぁぁぁぁぁっ!」
遅れてやってきた事実認識と激痛により、クソ勇者がのたうち回る。
アスファルトの上でのたうち回るミミズより見苦しいので、玉座へと視線を逸らした。
「それで? 私を呼び出して何させようっていうの――」
「ブタ国王」
「んなっ!?」
まさか国王をブタと罵るとは思わなかったのか、雑魚兵や文官らの顔が急激に青ざめていく。
「き、貴様ぁ、ワシに向かってブタとは――」
「だって、丸々と太ってるんだからブタがピッタリじゃない。これでブタじゃなかったら、オークの間違いになるわよ?」
そして私の挑発に、とうとうブタ国王がプッツンしてしまう。
「こ、殺せーーーっ! その小娘を殺すのだぁぁぁ! 役立たずな勇者やダンマス共々斬り捨ててしまえぇぇぇ!」
「「「ハッ!」」」
様子を窺っていた雑魚兵が一斉に斬り込んでくる。
同じタイミングで斬りかかるとか兵士の練度としてどうなんだとは思うけれど、楽なのでそれはそれでいいか。
まずは邪魔者を片付けよう。
「雑魚兵はお呼びじゃないのよ――ファイヤーストーム!」
ゴォォォォォォ!
「ぐわぁぁぁ!」
「ヒィィィ!?」
「熱い――焼けるぅぅぅ!」
私とミラクルに被害が及ばないように複数の火柱を展開した。
その結果、あっという間に数十人の雑魚兵が消し炭へと変わる。
あ、クソ勇者の足も焼けちゃったけど……ま、いっか。
「ぐぬぬぬ……、なぁにをしておるお前達! さっさとソイツを始末せんかーーーっ!」
「……直ちに」
今度は魔法士が詠唱を始める。
――けれど遅い! せっかく待ってるんだから、ちゃっちゃと撃ってきなさいっての。
「アイスジャベリン!」
「ストーンスプラッシュ!」
ようやく放ってきたわね。
けれど――
「はいざんね~ん♪」
ズガガガガガガ!
「ギィェェェェェェ! や、やめろ、やめてくれぇぇぇ!」
足元にいたクソ勇者を掴み上げ、私とミラクルの盾にしてやった。
勇者なんだし、人々の役に立たなくちゃね。
「はい、盾役ご苦労様。もう用済みだから消えてちょうだい――」
「……こ、これ以上……なにを……」
「目障りだから消す――それだけよ。アンタだって散々やってきたんでしょ? ほいっと」
「ヒッ!?」
瀕死のクソ勇者を宙へと放り投げ、落ちてくるタイミングと方向を魔法士に向けて……
「はい、さようなら――フレイムキャノン!」
「グェ……」
炎の砲弾を腹に受けたクソ勇者が、魔法士目掛けて飛んでいく。
今ので死んだっぽいけれど、それはそれで構わない。目標は魔法士だから。
ドゴォン!
「「「ヒィィィィィィ!?」」」
フレイムキャノンの着弾に、王族3人が身を仰け反らせる。
魔法士の返り血が結界にベットリだし、見慣れてないと無理よね~。
宰相を中心とした文官達は直立不動で固まってるし、もう戦意は失われたかな?
「な、なるほどな。魔法だけはピカイチという事か。だがこの結界は破れまい? 我が国の一流魔法士が施したのだ、これを突破できる者など1人も居らぬ!」
どうやらまだ抵抗する気らしい。
その一流魔法士とやらはついさっき死んだっぽいけれど……まぁいいや。
そんなに突破してほしいなら突破してやろうじゃない。