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第二章三節『助けて助けられて』

「近くに『神の力』が密集している箇所があります。規模としては村程はあるでしょう」


 劣悪環境の動物園の様な森もいい加減にうんざりし始めた頃にレヴァの言葉を聞いて、やっと安心できる場所に行けると頑張る気力が湧いた矢先、


「――なんぞ、これ?」


「見ればわかるでしょう。ゴブリンの骸です」


 その惨状を目の当たりにした。


 首を飛ばされ、胴を潰され、頭部を矢で射貫かれ、全身が焼かれて焦げたものまで……数えるのが面倒な程の骸。

 加えて、折れた剣や砕けた鎧、盾の破片。裂けた雑嚢ざつのうが散らばっていた。


「いや、そういう事じゃないんだけどね」


 臓腑と汚物と獣の臭いが濃く、込み上げてくる吐き気を堪えてソレらから視線を逸らす。

 ゴブリンを――魔物を殺す事に躊躇いは無くなったが、生理現象は心持ちだけでどうにかなるものじゃない。

 

 こんなものの風下に居たら異臭がするのも肯ける。

 しかし、レヴァは平然とゴブリンの骸の近くにしゃがみ、腹に刺さった剣を抜いた。


「冒険者との戦闘があったようですね」


 と、呟いて冒険者の残した剣を確認し、その刀身でゴブリンの斬傷をなぞる。


「刀身は真新しいですが、刃こぼれなどの劣化が激しいですね。ゴブリンの血は固まり始め、虫もたかっている。――戦闘自体は数時間前に行われたと思いますが、相当な激戦だった様ですね」


 レヴァは納得した様に頷いて、剣を地面に突き刺した。


「道中にもゴブリンの足跡が纏まってありました。こういった戦闘は森の各地で起こっていると見てよさそうですね」


「まじか。“この世界の日常”って俺の思ってるよりもずっとグロくてハードなのな」


 十分その自覚はしていたつもりだが、事あるごとにその基準が更新されていく気がする。

 荒廃した世紀末よりも世界観的には厳しいんじゃないだろうか。


「いえ……。ゴブリンの骸から切り取られた部位がありません。討伐報酬を目的とした冒険者の狩りでは――」


 レヴァが答えている中で、不意に『神の力』の集まりを感知する。


 俺達程の明確な物ではないが、周囲に点在する物と比べると明らかに大きく力強い。ソレが、細かい『神の力』から逃げる様に移動していた。


「――……?」

 

 俺が感知できる距離はそう広くない。

 木々の陰で見難いが『神の力』で強化された視力で辛うじて二つの人影を捉えた。


 そのどちらかに大きな『神の力』が宿っているらしいが、今は気にしていられない。


 彼女達の僅か後ろに魔物――恐らくゴブリンが迫っている。


「――クジョウリュウ!」


 ゴブリンの骸に意識を裂いていた為に反応が遅れたのだろう、レヴァが叫ぶ頃には既に俺は走り出していた。


「分かってる!」


 俺はより脚に力を入れて地面を踏み砕く様に強く蹴った。水面を跳ねる平石の様に、真横への長距離跳躍を繰り返す。

 木々の隙間は半身を引いてすり抜け、邪魔な枝葉は光刃で斬り飛ばし突き進む。


 あと数回の跳躍で届く距離に迫り二人の後ろ姿を視認する。


 十代半ば程の少女と二十歳前後の女性だった。


 「……くそっ――!」


 その数メートル後ろでゴブリンライダーが弓を引いていた。

 ゴブリンに向かい光刃を三日月状の斬撃として放つが、空気抵抗でも受けた様に妙に弾道が逸れる。


 二度、三度と放つが大暴投――下手くそか。


「マジ、かぁ……っ!?」


 放たれた矢が飛ぶより速く俺は脚の痛みを無視してでも跳ぶ。


「ぉ――らぁっ!!」


 最後の跳躍で右足に裂ける様な激痛が走るが、代わりに矢は直接叩き落とせた。


 だが安心したのも束の間、ゴブリンを乗せた狼が牙を剥いて飛び出す。


「このっ」


 なまじ矢よりも速い突進を光刃で斬り上げ、狼ごとゴブリンを両断。

 骸がその勢いで血と臓腑を撒き散らしながら転がった。独特の嫌な臭いと水気を滴らせてベチャリと音を立てるが気にしている余裕はない。


 チラリと後ろを振り返る。


「――え?」


 少し毛先に癖がある薄青のセミロングの少女が呆けていた。


 白のノースリーブのYシャツ状のジャケットの胸元にボタンは無く襟元を金具で止めていた。その下にTシャツの胸から上を切り取られたような7分袖の紺色のベアトップ。

 ワインレッドの丈が短めのプリーツスカートに白のニーソックス。

 靴底が分厚く、頑丈そうなレザーブーツ。

 

 雑嚢を肩に掛けているが、武装はしていない――冒険者、という訳では無い様だ。


「な、なに……!?」


 そんな少女を栗色の長い髪の女性が守る様に弓を構えている。


 黒の長袖のタートルネック。大小複数のポーチが付いたH状のタクティカルベスト。

 裾を折り返した短パンに軽量型の脛当ての付いたロングブーツ。

 矢筒と剣を提げている所を見ると、こちらは冒険者らしい。


 ――件の『神の力』は恐らく少女の方に宿っている。


「まだ近くに居る、散らばらずにそのままで!」


 ここでゴブリン達を食い止めて二人を逃がすのも良いが、彼女達の呼吸は相当に荒い。


 村が近いというがそこまで体力は持たないだろうし、別のゴブリンにでも狙われたら本末転倒。

 アーチャーのお姉さんに青髪の少女を任せ、俺が二人を守った方が無難だろう。


「――とは、いうものの……?」


【剣】に光刃を纏わせて構えるが、状況は芳しくない。


 右足の筋肉が何ヵ所か千切れている感覚がある。皮膚も裂けているらしく、チラリと見るとズボンが溝にでもはまった様に血で染まっていた。


 真面に身動きが取れなくなったが、『神の力』のおかげで痛覚を幾分誤魔化せているのが幸いか。


 この場を凌ぐ位はどうにか――。


 眉を顰めると、


「――弓持ち、来るわよ!」


 繁みが揺れ、その中で陽の明かりが何かに反射したのと同時に女性の声。


「あいよ!」


 放たれた矢を光刃で弾き、そのまま斬撃として飛ばず。 

 射程は先ほどよりも短く停まってからの投擲の為か、射線はズレる事無く真っ直ぐ飛んだ。繁みから短い悲鳴――まずは一匹。


 ゴブリンを容易に両断する光刃が【剣】の刀身から消えた今が好機と見たか、


「ギャキャキャ!!」


 ゴブリンが繁みから飛び出した。

 左右からの挟撃。

 先に左からボロボロの折れた大剣を斧の様に叩きつけてくるが、ソレを【剣】の鎧で弾き、ゴブリンの首に僅かな剣先を突き立てる。


 俺の【(神装)】は斬撃そのものである光刃に依存している。それでも本体の刃も並みの刃物以上の斬れ味はある。


「……ゥ、ァガァ!?」


 口から血を溢し、溺れるゴブリンを光刃を形成して斬り捨て、即座に右から迫るゴブリンに意識を向ける。

 叩き付けられる棍棒を防ごうと【剣】を構えた。


が、


「ま――じっ……!?」


 光刃に振れた棍棒が抵抗も無くすり抜けた。


 ゴブリンも予想だにしていなかったのだろう、そのまま姿勢を崩して地面にベタンと倒れ込む。その衝撃で打撃部の半分が離れて転がって行く。


 安いギャグみたいだが血の気が引いた。


 俺の光刃は“相手の防御事ごと両断する類の刃”。逆を言えば、それ程の火力がある刀身で何と“斬り結べる”のか。


【剣】を振るにも間合いが近すぎる。


 ――懐に入られた。


 ゴブリンも顔を上げて一瞬呆けるが、俺を目が合いニヤリと笑い棒切れを捨てた。

 跳びかからんと四肢に力を入れたのが分かる。


「っ゛、ぉっ……!!」


 無理な姿勢だったが強引に左足で地面を蹴ってゴブリンが動くより早く後ろに跳ぶ。

 着地の衝撃で右足の傷が広がりその激痛で光刃が弾けて姿勢も崩れた。


 ――立て直せない。


「“不可視の守壁しゅへき――阻め!” 《プロテクトウォール》!」


 少女の声と共に、俺と宙に跳んだゴブリンの間に“オレンジ色の半透明な薄い壁が現れた”。

 ゴブリンがその壁にぶつかって、弾かれる。


 そこへ、


「お願いします!」


「任せてっ、と!」


 壁がガラスの様に砕けて消えた直後、ゴブリンの眉間に矢が突き刺さった。

 ゴブリンが地面に落ちるのと同時に俺も尻餅をつく。


「ぃ゛、ぅ――ぁ」 


 足が千切れるかと思う痛みに堪らず悶えた。


「――だ、大丈夫ですか!?」


 俺に駆け寄ろうとする少女を冒険者の女性が止める。


「助けてくれた事には礼を言うわ」


 でも、と矢を番えて、


「貴方、ノーベルの人でもアバウィルで依頼を受けた冒険者でも無いわね。見慣れない服装にその剣――精霊の加護でも受けているの?」


「え? あーっと」 


 言われて、自分の恰好に苦笑する。


 一般的なブレザーの制服だが剣と魔法の異世界ではマイナー過ぎる。

 寧ろ、俺の方が何かの仮装コスプレに見られるのか。


 加えて、ゴブリンを容易に両断する光の剣。


 通りすがりの一般人では通らないだろう。

 しかし、異世界からの転移。神の復活と邪神の封印……などと信じてもらえるとも思えない。頭のおかしい人のレッテルを張られるのがオチだ。


 かといって、黙っていても警戒されるだけ……。


 どう説明したのか……。


「――もしかして、勇者? だったら本当に助かるんだけどね」


 妙な間が空いて、冗談なのか冒険者は薄く笑って呟いた。


 もういっそ、そういう事にしてしまおうか、と思っていると、


「彼は勇者などではありませんよ」


 レヴァの声が否定する。


 足場の悪い木々の間をファッションモデルばりに優がに歩いてくる彼女は小洒落た拳大の帽子の様に枝葉を頭に乗せていた。


 シミの無い綺麗な白い肌も砂埃で汚れている。


「あの……レヴァさん。もしかしてー?」


 恐る恐る聞いてみる。


「えぇ。“私が近くに居た”にも関わらず貴方が力加減を考えずに踏み込んだので砂埃が巻き上がり、斬り飛ばした枝葉が先ほど私の頭上に落ちてきた“だけ”ですねお気にせずに……えぇ、気にする事ではありませんとも」


 ――滅茶苦茶お気にしてるじゃないですか。


 枝葉の破片を鬱陶しそうに投げ捨て、肌についた砂を払う。

 

 ……もの凄く不機嫌そうだ。


 後々、なじられるのを察して顏が引き攣るのを感じると、レヴァは俺の足を見て溜息をつく。


「瞬発力や速力は申し分ないですが、身体に余計な負荷が掛かっていますね。加えて光刃の出力に精度が伴っていません。実際の運用には訓練が必要ですね。――立てますか?」


「いや、コレはちょっと――不味いかも」


 正直、もう立ち上がれそうにない。

 戦闘時のアドレナリンが治まり冷静になってみると大怪我だと実感する。この筋肉と皮膚の破損は手術でどうにかなるレベルじゃない。


 痛みが増していき視界が暗転を繰り返す。


 ――まさか、このまま片足を失うのか?


 胆が冷える嫌な感じに脂汗が溢れ、眩暈がする。


 と、


「では、治癒術師を探しましょう。私は魔術を使えませんので」


 レヴァは僅かに眉を顰めると、呆ける二人――冒険者の女性に視線を向ける。


「貴方の仲間に治癒術師は居ますか? もしくはヒール系のジェムがあれば譲って頂けると助かります」


「あ……ジェムは切らしているの。仲間は、その――」


 女性は歯切れ悪く答えて視線を逸らし、唇を噛みしめる。

 ゴブリンが群れを成し、戦闘が多発する森。


 “そういう事”もあるだろう。


 ジェムというのは大方、回復アイテムか。


「わ、私! 治癒魔術なら使えます!」


 薄青い髪の少女はハッとした様に俺に駆け寄った。


「すみません、ズボン切りますね」


 肩に掛けた雑嚢から手の平サイズの折り畳み式のナイフを取り出して、血で濡れているズボンを躊躇う事なく切り開く。


「こんな……」


 彼女の表情は青ざめ、息を飲む。

 脹脛ふくらはぎが内側から爆ぜた様だった。


 だが、直ぐに我に返り裂けた足に手を翳す。


「“内なる活力――集え” 《ファストエイド》!」


 唱えると彼女の手に淡い光が集まり、それを傷口に当てがった。

 暖かい陽の日差しの様な光の中で自然治癒が早送り再生で行われていく。

 自分の足が裂けている光景など、傷が癒えていく痛いような気持ち悪いような妙な感覚もあり俺は目を反らすが、彼女はその過程を見逃さない様に直視する。


 芯の強い子の様だ。普段から、こういう治療を行っているのだろう。


「……っぅ、どうですか? 痛みはまだありますか?」


 数十秒程か、光が消える頃には傷は完全に癒えて痛みも無い。寧ろ、右足だけマッサージを受けた様に軽くなっていた。


 彼女は疲労の色を見せながらも、血の付いたままの足を触診する。


 ――これが魔術というやつか。


 凡その想定はしていたが、実際に体験するとやはり理解が追い付かずに戸惑った。


「いや、もう何も。ごめんな、助けるつもりが返って面倒かけて」


「そんな事は無いです。私達だけなら今頃、どうなっていたかわかりません」


 そして、彼女は一瞬躊躇ってから、


「あのっ! こちらの冒険者の方のパーティーがさっきの群れに襲われた時に、私を逃がしてくれて……お願いです! 助けに――!」


「無駄よ」


 少女の縋る様な叫びを、冒険者が遮った。


「でも――!」


「あの数のゴブリンを二人で相手にするのは無理がある。それにホブゴブリンも居た……アタシも残っていたとしても――絶対に、勝てない。私達の実力は、私達が一番わかってる」


 女性は唇を噛みしめ感情を抑える。


「それに、私達が受けた依頼は”貴女を無事に村まで護衛する”事。仕事は全うさせてもらうわ」


 立ち上がる俺に手をかして、


「さっきは矢を向けてごめんなさい。調子が良い様だけど村までの護衛をお願いできるかしら」


「あぁ……それは、勿論だけど」


 少女を見ると、痛みを堪える様な表情で頷いた。


「……話はまとまりましたね?」


 タイミングを見て、レヴァが尋ねる。


「えぇ、貴女も村までお願いね。私はライア・シリンスファー。彼女はノーベル村の薬師でアイリ・フルーディル。ポーションや解毒剤に使う薬草を集めている所だったの」


 人を助ける為に森に入り、その護衛が犠牲になった……責任を感じているのだろう。


 そんな彼女――アイリを、レヴァは品定めをする様に見て、


「『神の力』の恩恵があるとはいえ低位の治癒魔術であの傷を完全に癒すとは驚嘆に値します。加えて、薬師というのなら、その手の知識も豊富でしょう。この旅も幸先の良いものとなりましたね」


 レヴァが僅かだが嬉しそうに微笑んだ。


「あの……貴女方、は――?」


 その笑みにアイリはどこか怯えた様に問う。


「私の名はレヴァ。転移者である彼を導く者です」






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