第二章一節『定番の雑魚』
――酷い夢を見た。
そのせいか、身体が重い。
このまま寝ていたいが、横たわっている地面は硬くジメジメとした嫌な湿気が気持ち悪くて仕方がなく目を開ける。
「――……ぁー」
少し手を伸ばせば好きに揉しだける距離に豊満な胸がある。
頭は程よく上げられ心地良い感覚が後頭部に。なるほど膝枕。
大きく息を吸うと、ミルクの様な甘い匂い。
そして、
「――ようやく目覚めましたか」
自称天使・レヴァの主人公を心配するヒロインとはかけ離れた、素っ気ない一言。
たっぷり間を置いて、
「うん。凄いデジャヴ」
身体を起こそうとするがイマイチ、力が入らない。
「もう少し横になっていますか?」
「いや――だいじょ……ぉ……っ! あれっ?」
思いがけない申し出に甘えたくなるが、『美女の素足膝枕』と自覚すると心穏やかではいられないのでその誘惑を断ち切って強引に身体に力を入れる。
生まれたての小鹿の様にぷるぷると震えていると見かねてレヴァが手を添えてくれた。
やっとのこと身体を起こして周囲を見渡すと、石造りのどこぞのダンジョンの小部屋の様な場所だった。
先ほどまで、傀儡だ天使と戦っていた場所とは雰囲気が大分違う。
全体的に痛んでいるというか、廃虚というか。
壁や床は苔が多く、所々崩れて土が露出し、大きな岩や木の幹がそこらに転がっている。
上を見上げると天井が落ちて外の明かりが差し込んでいる。まだ陽は高い様だ。
土や木の根も見えるので、どうも地下に造られているらしい。
地面が濡れていたのは雨が降っていたからだろう。
「んで、今度はどこよ?」
「私にも分かりかねます」
小首を傾げると同様に小首を傾げられた。
ちょっとした仕草もキレイですね。なんて、投げ遣りな感想は口に出さない様に飲み込んだ。
「挑んだ者が試練の場を出る方法は『神の試練』を達成する事だけでした。その場合、何処かへ転移する術式が発動されます。――ここは恐らく人の管理から離れた地下神殿という所でしょうか」
へー、そうなんだー。と、頭を掻きながら適当に相槌を打つ。
あのダンジョンから脱出する方法は無い。
となれば、やはり俺より前に転移した奴等はあの試練を突破出来なかったという事だろう。
そもそも、その資格が無い場合は挑む必要は無いが、あの狼の様な魔物が居る森で一般人が生き抜ける筈も無い。
皆、死んだんだろう。
そして、俺も【神装】を会得出来なかったらあの天使に殺され、次の候補が呼ばれていただけの話。
「改めて、試練の突破お見事でした」
「それはどうも」
レヴァはそう労ってくれるが、その表情に変化はなく声色も平坦でどうも事務的。
彼女にとっては十三人目だろうが十四人目だろうが、突破出来る転移者が現れてくれれば良いのだろう。
ここに飛ばされる間際には多少なりとも、優しい声を聞いたと思ったが気のせいだったのか。
「――やはり、まだ体調が優れないですか?」
不貞腐れる俺にレヴァは困った様に眉を顰めた。
その手が俺に触れようか否かで宙を迷っている。
……一応、心配はしてくれているらしい。
大きく息を吸い、強引に気持ちを切り替える。
「いや、大丈夫だよ。ただ、病み上がりみたいに怠いけどねー」
また気力が萎える前に、強引に立ち上がると軽い眩暈がした。
僅かにたたらを踏むがその背をレヴァに支えられる。
やっぱり膝枕しててもらった方が良かったなぁー、と少しばかり後悔した。
「『神の力』を酷使した結果です。今は負担が大きいでしょうが、次第に順応していくでしょう」
「『神の力』ねぇ――?」
溜息をついて、自身の内側に意識を向ける。
脳裏にあの【剣】が鮮明に浮かび、手の平に青い粒子が集まりその形を成す。
熱や痛みは感じずに、当たり前の様に宙に現れたソレを掴む。
両手で握るのに十分な柄。
横に伸ばしたM状の分厚い鍔から続く刃は短剣程。
しかし、その刀身は鎧の様に頑丈そうな装飾具で守られている様だった。露出している剣先は小振りなナイフ程もない。
俺自身の膂力も『神の力』で強化されているので重さ自体は苦ではないが、刀身を覆う装飾のせいで重心が偏り頭部の重いハンマーに近いだろう。
総じて、とても武器と言える代物ではない。
だが、そもそもコレは直接斬りつける類では無いのだ。
「剣とは、ってか」
僅かに露出する黄金の諸刃から黄白色の『斬撃の性質を持つ光粒』を噴射させ、刀身状に留める。
『細かい砂を混ぜたウォーターカッター』のイメージを光の刃としている訳だが少し気を抜くと噴射の勢いで押さえが利かないホースみたいに暴れだし、光粒も刀身から逃げ出す様に乱れ始める。
それを強引に押さえ込み、
「想像通りならっ――と!」
完全に崩れてしまう前に壁際に転がっている岩に向けて、ボールを投げる感覚で振ると光刃が三日月状で放たれた。
光刃は岩をすり抜け、壁に着弾した瞬間に炸裂音が響いて光粒が飛沫の様に霧散する。
斜めに切断され滑り落ちた岩の断面は滑らかだが、壁は爆発した様に抉られた。
結果は概ね想像通り。
「“光の魔剣”ってか“光魔法の杖”だな」
光魔法といっても、そのイメージは水や砂だったりする。
まぁ、聖なる光で浄化する訳でも無く、物理な加工作業を参考にしているので丁度良いのか。
剣の形はしているが刀身の大半は覆われて刀剣としての尊厳も無いし。
寧ろ、先の尖ったメイスみたいなものだろう。マジ鈍器。
一人で立てた理論を一人で納得していると、
「――確かに【神装】と魔法は近いものですが、貴方の言う魔法はこの世界では『魔術』と呼ばれます」
「違いがあるので?」
――魔女っ子が使うのが魔法。魔女が使うのが魔術。
「『魔法』とは過程を省き世界に満ちる『マナ』そのものを用いて結果を起こす神が人に与えた“奇跡”」
それに対し、と。
「『魔術』とは術者の『マナ』をより効率的なリソースである『魔力』へと変換し、言霊や触媒などの過程を経て現象を起こす“技術”です」
――全く違った。
「現在では世界のマナの濃度は減少し魔法の殆どが失われました。魔術はその下位互換として編み出され、様々な形で普及しています」
彼女は続けて、
「そして『神の力』のその実は、本来結晶化する程の密度でありながら、純粋なリソースとしてあり続ける“特殊なマナ”。そのマナを武具として能力を振るう【神装】の次元は魔法の更に上であると言えますね」
「なるほど」
まぁ理解は出来ていないが、納得はしておく。
術者のマナを魔力に~とか言ってるあたり、“生命力”とか“気力”とか“元気”あたりで良いのだろう。
元々が諸々ファンタジーなので“考えるな、感じろ”で済ませよう。
【剣】を棚に戻す様に宙に置き、ソレが青い粒子に解れて行くのを見届けて。
「――ではそろそろ、移動をしましょう。人の手を離れた施設などは魔物の巣に成りやすいものです、長居はするべきではありません」
◇
「――これが、この世界の成り立ちです」
ダンジョンもとい、廃神殿を進みながら特に話題がなかったのでそんな話になった。
この世界の神は、星を創った父神ディヴィアスと命を創った母神ティヴィマータの二柱だったという。
その二柱の神はそれぞれの権能を使い、数多の星とそこで育まれる生命を創造したが『命が紡がれる星』は今、俺達がいる『ガイア』という惑星のみだった。
神達はこの星に根を降ろし、世界の中心とした。
所謂、一般的な人間である『ヒューマン』。獣人族『セリアンスロープ』。妖精族『エルフ』など、大まかに『ヒト種』と呼ばれる先祖たちと神は共存していたという。
父神はヒトに戦う力を与え、母神はヒトの敵である魔物を生み出した。
神が力を与えるのは分かるが、魔物まで生み出したのは何で? という質問には、
「外敵の居ない種はそれ以上に改善される必要も無いでしょう? 神が求めているのはヒト種の進化です」
なんて返答が。神様は大分、スパルタの様だ。
しかし、その方針が裏目に出る。
ヒトが『神の力』を受けて強くなる度に魔物も新たな種が生まれ、均衡を保っていたがそのバランスが崩れてヒトが凌駕する。
そして、魔物を生み出す母神をヒト種の敵、邪神として叛旗を翻した。
ヒトと命を創る神の戦いは世界を滅亡に向かわせた。
やがて数多の屍から生じた瘴気が母神を変異させ、ヒト種を滅ぼす為だけの新たな種を生む正真正銘の邪神へと堕ちる。
それを憂いた父神はヒトと共に母神と戦った。
最古にして最大の戦――神代大戦
ヒト種を導く父神と邪神とその眷属達の総力戦。
その結果、ヒト種が勝利した。
父神は深手を負いながらも邪神を地中深くに封印し、父神は眠りについた。
……と、いうのが世界創生の神話として語り継がれている事らしいが、その神話には続きがある。
長い年月で封印が弱まり使用した父神の力が解れ、邪神の力が世界に漏れ出した、と。
「――父神を万全の状態に回復させ、再度封印を行うために世界に散らばった『神の力』を集める事が器としての貴方の役割です」
レヴァは続けて、
「その為に貴方には『神の力』の“強制回収と譲渡の権限”と“神性に対する優位性”が器としての権能として与えられています。――ですが、貴方は『神の力』に馴染んでいないので、現状の能力は微弱でしょう」
と、説明を続ける。
つまり、俺には周囲に漂う『神の力』を人よりも引き付けやすい磁石の様な体質で、また他の依り代とのやり取りも出来るという。
そして、同じく『神の力』を持つ相手にとって、俺の光刃は弱点となる。
まぁ、今はスキルのレベルが低く実感できる程の効果は得られていないので、レベリングを頑張れ、との事。
つまりひたすら戦い、空気清浄機ばりに漂う『神の力』を吸引する必要がある訳だ。
――凄い過重労働では?
と、訴えたいが神様相手に労働基準とか通用しないだろう。
まぁ、命を懸ける代償に『あの日の出来事を無かった事にして、元の世界に帰してくれる』のなら、その位が妥当なのかもしれない。
「――ともあれ、今は励むことです。貴方の努力は父神ディヴィアスの為、延いては世界の為となります」
と、一しきり説明するとレヴァは意識を周囲に向ける。
それから彼女から何かを言う事は無かった。
いや、もっとその神様の事や世界観について詳しく説明して欲しい所だったが「今はそれだけ理解していれば十分です」と取りつく島がない。
こんなやり取りちょっと前にもしたような……。
「にしても……出口に向かってるのか奥に進んでるのか、わかんねぇーな」
迷宮の行き止まりと言えば、宝箱でもあるもんだがそんな心躍るギミックは無い。
勝手にダンジョンと言っているが実際は地下に造られた廃神殿らしいのである訳もなく、所々崩れて道が塞がっているのだ。
それでも風の流れを頼りに進んでいるがミニマップの無い状態でダンジョン探険は滅茶苦茶、不安になる。
アレ、結構便利だったよなーと改めてゲームと現実の差に落胆していると、
「――って、なんだこの臭い?」
曲がり角に差し掛かった所で、不衛生な動物園の様な異臭に眉を顰めた。
しかも鉄臭さと生臭さも混ざっている。
吐き気を覚えると、
「静かに。魔物が近くに居ます」
レヴァが声を抑えて呟いた。
姿勢を低く、足音を殺して進むと広い部屋。
そこに、
「……ファンタジーのレギュラー。ゴブリンさんって?」
子供程の背で中年男性の様なだらしのない緑色の肌の体躯。
顔はイボだらけの老人の様で、童話で出てくる“悪い魔女”のイメージが近いだろうか。
腰にボロ布を巻いた相当ラフな格好で、五匹のゴブリンが寝そべっていたり、何かに食らいついていたりする。
ボロボロの剣、木の棍棒、石斧などの武器もそれぞれの近くにあった。
そして、その奥には階段があり光が差し込んでいる。
この神殿を抜けるにはここを突破するしかない。
「マジの実戦、か」
緊張に汗が吹き出した。
幾ら『神の力』があろうと死ぬ時は死ぬ、というのは実感済み。
今ならこのゴブリン達も僅かだが『神の力』を持っているのが分かる。その剣で斬られ、棍棒で潰される光景が脳裏にちらついた。
具現化させた【剣】を握る手が震える、と。
「右の二匹をお願いします。左の三匹は私が」
レヴァが【鎌】を手に小さく肯いた。
「あら、参戦してくれる感じです?」
「当然です。私は貴方を導く神の使徒ですから」
それは頼もしい限りだ。
俺よか彼女の方が余程、戦い慣れているだろう。
「タイミングはお任せします」
言われて、足元の小石を拾い大きく息を吸う。
臭いは最悪だが、覚悟は決まった。
「――行くぞっ!」
意識を切り替え、身体と感覚を強化してから、石を大きく山なりに投げる。
ゴブリン達を飛び越えて床に落ちるとその音が、
「ゲキャキャ」
「グキャキャ」
と汚い声の談笑の中でもはっきりと響く。
同時に俺達は飛び出した。
「――キャケェ?」
一様に誰も居ない階段側を見て小首を傾げるゴブリン。
俺はその中で、右側で談笑していた二匹に狙いを定める。
「おらっ!」
【剣】に光刃を纏わせ、手前側のゴブリンに背後から斬りかかる。
「ギェ、ギァア――!?」
超高速のチェーンソー染みた粒子の刀身は、容易に斬り裂くが僅かに“肉を斬った”感覚と短い断末魔、残った死骸が生々しくて眉を顰めた。
水滴程だが『神の力』が俺の身体(器)に注がれる違和感を感じる。
その一拍の間で、もう片方のゴブリンが剣を拾い振り翳した。
「このっ」
剣が振られた後に光刃を斬り上げたが、速度は俺の方が速い。ボロボロの刀身ごとその右腕を斬り飛ばす。
「ァ、ガギャ!?」
片腕が突然なくなり、バランスが崩れて床に転がる。
「ギャ――ギャギャ!!」
トドメにと光刃を振りかざすと腕から血が溢れているのに“斬られた”と自覚したのかゴブリンは這う這うの体で逃げ出した。
「っと……まぁ、逃げたくもなるわな」
俺もそうだが当然、向こうも命懸け。
腕を無くしてまで一矢を報いるのなら、逃げて命を拾う方がましだろう。正直、逃げてくれた方が俺も嫌な感覚を味合わなくて済む。
得られる経験値(神の力)も雀の涙程度なら捨て置いても良いだろう。
安堵した直後。ジャラジャラと鎖の音を響かせながら、俺の横ギリギリを大振りな刀身の【大鎌】が掠めて飛んできた。
「どわっ!?」
鎖鎌の様に器用に投げ飛ばされ、そのまま逃げるゴブリンの背に直撃し床を割り土煙が巻き上がる。
それが晴れると【大鎌】が巨大なトマトを潰した様だった――どう見ても、即死。
「――おー、容赦ないな」
振り返るとレヴァが相手にした三匹は、首が刎ねられ、縦に裂かれ、上半身が吹き飛ばされていた。
「魔物相手に情け容赦は不要。戦うのであれば、確実に仕留めるべきです。元より、『神の力』を回収する為でもあります」
「そりゃそうだけどさ」
レヴァが【大鎌】をバトンの様にクルリと回して霧散させたのを見て、俺も【剣】を宙に置く。
身体強化の解除と戦闘終了の安心感で一息つくと、血と汚物の臭いが改めて鼻についた。
「それにしても、逃げる相手までやる必要あんのかね。オーバーキルで皆殺しとか……流石に」
足元の自分が斬ったゴブリンの死骸が視界に入り、目を背けた。
元々、グロいのは得意じゃない。
レヴァはこの異臭の中でも平然とした表情と声色で、
「確かに、このゴブリン達に宿る『神の力』は微々たるものでした。捨て置き他の者に討伐されたとしても得られる力は殆どないでしょう。しかし――」
視線を部屋の隅に投げた。
「村娘には些か酷な相手とは思いませんか?」
小さく肩を竦ませる彼女の視線を追う。
「――ぁ?」
ゴブリンが拾ってきたのだろう朽木の傍。
不自然に盛り上がったボロ布から汚れた女性の腕が見えている。




