幕間『ニュースの片隅で済まされる事』
「……――」
気が付くと俺は自宅の前に居た。
見慣れない“自分の背中”を他人事の様に傍観する。
――その日はいつもと変わらない日常。
いや……少なくとも俺達、家族には少しだけ特別な日だった。
妹――竜希の十五歳の誕生日。
父さんも仕事を早く終わらせ、母さんが手の込んだ料理を準備する。
そして俺は、学校の帰りに竜希がお気に入りのケーキ屋に寄る。
シンプルなイチゴのショートケーキ、ほろ苦いショコラケーキ、濃厚チーズケーキ、鮮やかなフルーツケーキが恒例だ。
主役の妹がケーキを選ぶ所から細やかな誕生日会が始まる。
ご飯を食べて、ケーキをデザートに。
その後は家族でトランプやボードゲームを楽しむ。
家族の仲は良い方だからもう数年は続くのだろうと思っていた。
ケーキの箱を片手に家の扉を開ける。
「……ぁーもう、またじゃん」
鍵は掛かっていない。
俺が帰る時間だからと妹は開けっ放しにする。その度に俺は危ないからと注意するが効果は無かった。
「ただいまー。竜希ー、ケーキ買って来た――」
玄関からリビングに続く靴跡があった。
言いようのない不安と恐怖。
「――ぁ゛、嫌!! やめ、放して! お父さん、お母さん!」
少女の悲鳴で手荷物を落として靴を脱ぐのも忘れてリビングに走る。
「竜希、竜希!!」
今思えば、声を殺して忍び寄るべきだったと思う。
扉を開けると酷い形相の男が居て動きが止まる。
せめて、この瞬間に身を引くなり殴るなり何かしらの行動をするべきだった。
腹を軽く殴られたと思った。だが、全身の力が抜けて崩れ落ちる。
「まだガキが居たのかよ。高校生かぁ? にしては随分と若い人妻だなぁー?」
耳障りな男の声が遠退くが、
「ぉ兄ちゃ……やぁ――ぁ゛あぁっ!?」
妹の取り乱す声に我に返る。
「けど、俺は……こっちの方が良いけどさぁ」
その言葉と下卑た笑みで理解する。
――やめろ。
「俺だって、ずっと我慢してきたんだ! やりたくも無い仕事に嫌な上司に生意気な部下! もう俺ばかり我慢するの疲れたぁ」
やめろ。
俺を呼び、泣け叫ぶ妹に男は近づいて反吐が出る様な声で囁いた。
「お兄ちゃん助けて欲しい? 救急車呼ばなきゃ、お兄ちゃん死んじゃうよねぇ?」
覆い被さる男に抵抗する妹が、
「ならさぁー。タツキちゃんは“どうすれば良いか”……分かるよねぇ?」
……大人しくなった。
やめろ、やめろ、やめろ――!
「ぁ゛ぁああぁ゛――!!!!」
そこで、舞台の照明が消えた様に全てが黒で塗り潰された。
◇
――仕事の人間関係に不満を持った中年男性による殺人と婦女暴行。
とある少年が異世界に召喚された切っ掛けは、そんな不幸/理不尽な出来事だった。
――――ただ、それだけの事。
誰もが、不憫に思い眉を顰めるがその直後に行楽地の渋滞情報が流れる様な、そんな話。
そしてそれを覆す為に異世界に赴く、そんなお話。