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第一章五節『天使殺しに祝福を』

 試練の場の最深部。


 そこはまた異質な場所だった。


 下手な体育館より広い筒状の部屋。天井は見えない程高く、壁に松明などの光源は見当たらないが晴天の下の様に明るい。


 部屋、というより塔の様に思える。

 雲から差し込む陽射しの様により光が照らされたその中央。


 例の如く傀儡が一体。


 だが、その風貌は大きく違う。


 全体的に流線的で細身な全てに至るまで純白のフルプレート状。

 鎧のリアスカート部のマントの様なスカートもあってか、どこか女性的にも思える。

 手にする十字架の様な大剣を胸の前に構え、天に祈りを捧げている様に思えた。


 その背にある一対の鳥の様な翼はそれこそ――


「……天、使?」


 神々しさ、というのだろうか。絵画にありそうな絵図らだった。


「アレが転移者の資格を確かめる為の『下位天使』です」


 彼女に応える様に翼を広げ、ふわりと浮いた。

 羽ばたいた訳では無いがその辺りは天使という事で浮遊アビリティでも発動しているのだろう。


 ヘルムのスリットから紅い光を目の様に輝かせ、白い大剣の剣先を俺に向ける。


「□□□」


 甲高いノイズの様な音。


「この天使を倒すことが出来れば試練を達成したものとします。戦いの中で【神装】を会得し、対象を撃破して下さい」


「OK。それじゃ――」


 レヴァの声を合図に俺は全身の強化を開始。


「行くぜ!」


 姿勢を低く脚に力を入れて踏ん張ると床に沈みヒビが走る。

 靴底が僅かに沈むが構わず弾丸の様に飛び出して天使までの数十メートルを一息で肉迫。


 その横をすり抜けて剣を無防備な背中に叩き付ける。


 音の壁を破る速度と威力だ。

 片翼を吹き飛ばすには十分な筈。

 まずはその飛翔能力を潰す。

 

 ――もらった!


 その確信とは裏腹に、剣が不意に止まった。


 硬いゴムの塊でも殴った様に、衝撃が吸収されて散っていくのが伝わる。


「……ぁ?」


 加速した意識の中で視認するが、理解が追い付かない。


 音速を超える鉄の剣が白い細腕一本に止められているなど。

 疑似的な神格化に強化した全力の一撃が、僅かに食い込む程度など。

 完全に不意打ちだった筈なのに、それ以上の反応速度など。


 納得出来る訳が――。


「っ!?」


 天使は腕を振り払い剣を弾く。

 たたらを踏み、手から柄が抜けそうになるのをグッと堪えるのがやっとだった。


「――□□□」


 握手を求める様に何気なく突き出された大剣を咄嗟に盾で防ぐが、車に撥ねられた様な衝撃に息が詰まった。

 盾に白い刀身がめり込み、全体に亀裂が走る。


「なぁっ!?」


 そして、腕が押し出されるように弾かれて盾が砕けて飛び散った。

 鈍く軋む痛みが遅れて腕の感覚を奪う。


「――あぶっ……!」


 盾を半球状の小盾にして正解だった。中途半端な防御姿勢だったのが幸いした。


 もし真正面から受けていたら腕ごと串刺しになっていただろう。

 

 だが、安心したのも文字通りの束の間、断崖に立たされている様な感覚に襲われる。


「――っ!?」


『神の力』で強度を引き上げられた盾を一撃で破壊する白い大剣。生身で受ければどうなるか想像もしたくない。


 加えてこちらの剣は通じない。


 ――無理だ。


 つけ入る隙が微塵も無い程に身体も武器も質が違い過ぎる。


 あの大剣は否、天使自体がレヴァの持つ【大鎌】――【神装】と同質なのだろう。唯一の勝算がその会得というのも納得だ。


 だが、肝心の【神装】が何なのか分からないまま。

 レヴァは戦いの中で、と言っていたがこの差でそんな余裕なんかあるか。


「くそっ!」


 強化した脚力で床を転がる様に大きく距離をとるが、喉元にあの大剣を突き付けられている様な気分だ。


「【神装】……神の武装ってか」


 レヴァの【大鎌】の様に『神の力』を武器にする――。


 剣と盾を選んだ時の彼女の言葉を思い出す。俺が【神装】に求めるものに影響されて選んだという。

 

 ならば剣か?

 

 だとしたら刀身は? 鍔は? 柄は? 形状は何だ?

 用途は刀の様な斬撃? レイピアの様な刺突?

 手数の軽量型? 一撃の重量型?

 能力は? 炎や雷などの属性を操る類? それとも全く別のスキル?


 ――そもそも守りの盾?


「あぁ、ったく……なにがなんだか――っ!?」


 巡らせた思考を放棄して舌を打つ。

 ゲームの様というのなら軽快なファンファーレと共にスキル覧に追加されるぐらいのご都合主義にして欲しいものだ。


 チュートリアル突破のタイミングとしては今だろうに。


 と、集中が切れた瞬間。


「――ぁっ?」


 目の前で天使が大剣を振り上げていた。


 しまった、と思うよりも早く身体は動くがそれでも天使の方が数段、早い。

 大剣が防御の体勢を整えきる前に俺の剣に次々と叩き付けられる。


「っ゛、ぐっ――!?」


 火花を飛び散らせながらの鈍い金属音と空気を震わせる、意識を失いそうになる程の重い衝撃。

 鉄の剣が飴細工の様に頼りなく削られて行く度に、恐怖が増していく。


「□□□」


 そして、ついに剣が砕けた。

 

 鉄の欠片が散って目を細める。


「――ぁ、がっ!?」


 突如、息が詰まった。


 横腹に鈍痛と衝撃が突き抜ける。

 遅れて天使に蹴り飛ばされた、と理解した。

 

 そのまま水面を跳ねる石みたいに何度も床に叩き付けられて転がる。


「ぉ、ぁ……けはっ、ごほっ」


 血の塊が口からこぼれる。

 

 不思議と痛みは少なかった。寧ろ自分の身体が他人に思える程に感覚が鈍い。


 視界が霞む。息が苦しい。


 咳き込みまた血に溺れかける。



 ――死。



 理解も納得も出来ないが実感する。


「……――し、ぬ?」


 あぁ、間違いなくそうだろう。


 道中で時折見た、壁や床にこびりついた赤黒い染み。先んじた転移者達なのだろうと、腑に落ちた。


 誰しもが辿り着く命の終わり。

 この恐怖は、苦しみは生涯で何度も味わうものじゃない。


 その筈なのに。


「――――」


 俺は知っていた。

 

 顔を上げ、ゆっくりと滑る様に近づいてくる天使を見た。


 視界にノイズが奔り、我が家のリビングの風景が上書きされる。


「っ゛!?」


 腹に熱を帯びた痛みと異物感が妙に鮮明に蘇る。


 ――知っている。


 あぁ、知っているとも。



 知らない男に腹を刺された。


 ――この痛みを知っている。


 知らない男に父さんと母さんが殺された。


 ――その恐怖を知っている。


 知らない男が泣き叫ぶ妹を床に押し付け覆い被さっていた。


 ――あの奪われる絶望を知っている。



 この試練を、この天使を倒せば直ぐに元の世界に帰してくれる?



 ――ふざけるな。



 なら、父さんと母さんはどうなる。


 妹は――竜希はどうなる。


 誰とも知らない奴に全てを奪われた。


 異世界。転生。神の力。


 そんなものはどうでも良い。

 神の言う通りにしてやれば、俺の“失ったモノ”を取り戻せるというのなら。



 『神の力』でもなんでも、幾らでも集めてやるさ。



 「っ!」


 視界が現実に戻ると、目の前で天使が大剣を振り上げていた。


 「□□□」


 ――まずは、コイツが邪魔だ。


「ぁ、あ゛ぁああ――!!!!」


 自分のものとは思えない獣染みた咆哮。

 

 身体の奥に痛い位の熱を感じる。


 その熱が左手に移り、青い粒子が手の中か溢れ出した。

 

 粒子は暴れながら収束し激しい光を放つ。

 焼けた鉄を握らされている様だった。


 それを、


「――っ!」


 握り潰す様にしっかりと掴む。


 その熱が、痛みが、形を成したのが分かる。


 ――【剣】。


 大剣の様に大振りな柄に横に伸ばしたM状の分厚い鍔。

 黄金の両刃の刀身は短剣程あるが、その大部分は鎧の様な重ねられた装飾で守られ、実際の刃は剣先しか出ていない。

 バランスとしては“折れた大剣”か“柄の異常に短い槍”の様で、真面な武器とは思えない。


 それでも【コレ】がどういう物か理解出来る。


 ――求めたものは、『万物を両断する何よりも熾烈で鋭い刃』


 振り下ろされる天使の大剣を“黄白おうびゃく色の光の刃”で受け、


「□□□――!?」


 火花の様に粒子を撒き散らしながら、弾く。


「□――!」


 天使は短く唸り、背の翼を広げて大きく退いた。


 俺に向けた大剣の剣先に光が収束する。大方、ビームの類でも撃って来るのだろう。


 だが、その程度は“些細な事”だ。


「……違う。こうじゃない」


 俺は黄金の刀身が纏う黄白の光の刃――【神装】を見て眉を顰めた。


 強い光を発しながら辛うじて棒状の形を成してはいるが、炎が風に揺らめく様に安定していない。

 イメージがSFよろしく“光の剣”では殺伐とし過ぎているのだ。


 この【剣】の能力は『斬撃の性質を有する光粒の放出』。


 ただライターの様に吹き出しているだけでは不十分。


 もっと具体的な――質量を持つ光の粒が圧縮されて超高速で噴出されるイメージ。

 

 さながら、砂漠の砂を混ぜたウォーターカッター。


「もっと強く――鋭く!」


 俺のイメージを投影して【剣】から噴出する光の勢いが増し、その奔流をロングソード状の刀身――『光刃こうじん』として押し留める。


「□□□、□□……!」


 天使は恨めしそうに吠えると、眩い光を発しながら大剣の剣先から熱線が飛んで来た。

 

 それを、


「っ!!」

 

 斬り払う。

 

 大剣より質量のある熱線だったが光刃はその形状を保っている。


 これなら――天使だろうと、殺しきれる。


「――□□□!!」


 天使の耳障りな怒号とも悲鳴ともとれる雑音が響いた。

 そして、弾丸並みの速度での突進。


「□!」

 

 初撃。


 音の壁を破る程の刺突を光刃で迎え撃ち、その衝撃を相殺。


「――□、□、□!」


 直後に、大剣が連続でそして乱暴に振るわれる。

 だが、鉄の剣では防げなかったその悉くを光刃は容易に耐えてくれた。


 加えて俺自身もこの速度と威力にも対応出来ている。


 極端に相手の能力が低下したと思える程に【神装】の習得で俺の疑似的な神格化による強化の効率も上がっている様だった。


「――っ!」


 連撃の中、大きく踏み込んで光刃と大剣で斬り結ぶ。

 金属を溶断する火花の様に派手に光の粒子が巻き散った。


 そしてそのまま――、


「でやっ!」


 振り切り、大剣ごとその腕を斬り飛ばす。

 白い腕が、純白の剣先が宙を舞い、床に落ちる。


「――□□□……!」


 一拍の間を置いて、天使は翼を羽ばたかせ上空に逃げ出した。

 

 片腕を頭上に掲げ、光がその掌に集まっていく。

 小さな太陽の様なソレは、先の熱線よりも更に高威力だろう。


 ――だから、なんだ。


 姿勢を落とし、柄を握る力と光刃に込める『力』を強める。


「このっ――」


 黄金の刀身が脈打ち光刃の出力が上乗せされていく。

 混ぜる砂を増やし水圧を上げる様に、刀身が大きく輝いて十数メートルにまで伸びた。

 

 そして、天使の腕が振られ光球が投げられる。


「舐めんなっ!!」


【剣】を逆袈裟に斬り上げる。


 光刃は床を熱したナイフでバターを削ぐ様に容易に斬り裂いて、光球を散らし、天使を捉えた。


「……□、□□□――!!」


 豆腐を切り分ける様な僅かな抵抗を感じながら【剣】を振り切る。


 言葉にならないノイズの様な断末魔。


 天使の身体が両断され白い体が溶けていく。

 紅い玉が床に落ち、小さな音が短く響いた。


 それが砕けたのと同時か、部屋の中央にスポットライトの様に差す光が目がくらむ程に強まった。

 白に潰された視界の中で、コツコツとヒールの足音が近づいてくる。


「天使の撃破と共に、試練の達成を確認しました」


 目が馴れてくると部屋の中央に、布だけを被った髪の長い美しい女性の像が現れていた。

 ソレは招く様に優しい表情で両手を広げている。


「これにより、貴方は自身の世界への帰還が可能になります」


 レヴァは像に促して、


「【神装】の発現に伴い、転移間際の記憶の回復と共に帰還先の現状を“視た”筈です」


 ――――。



 確かに“視た”。


 血塗れのリビング。動かぬ両親。そして、引き裂かれた制服と胸に包丁の刺さる妹の――。


「――っ」


 口を押え、込み上げてくるものを飲み込んだ。眩暈が酷い、身体が震える。心臓もまともに動いている気がしない。


「では、選択の時です。≪“その状態のまま”で帰還するか≫それとも≪それを覆す為に『再誕の儀式』に臨むのか≫」


 彼女は問う。


「帰還を望むのであれば、その像と抱擁を。報酬を望むのであれば像の破壊を」


 その綺麗な声色が、脳裏に焼き付いた光景で今は耳障りに思えてくる。


「仮に『儀式』に臨むのであれば、先の天使より遥かに強大な敵に対する事になるでしょう。中には魔神や悪竜の類――延いては我らが神と対となる存在、『邪神』にその刃を向ける事となります。当然、命の保証は――」


「どうでも良いよ」


 彼女の言葉の途中で、俺は【剣】に光刃を纏わせて像を縦に一閃。


 自分の命一つか、家族の命。


 選択の必要なんかある訳が無い。


 一瞬置いて像がズレ、ガラスの様に砕けて床に飛び散った。


「本当に、俺の望む形で帰してくれるんだな?」


 それにレヴァは頷きで答える。


「なら十分だ。魔王でも何でも――神様だって殺してやるさ」


 像の破片が床に解け、部屋全体に魔法陣が浮かび、光が立ち昇る。

 

 徐々に平衡感覚が狂う程の浮遊感に襲われた。

 

 光刃が解れ、【剣】そのものも砕けて霧散する。

 自分が立っているのか倒れているのかも分からなくなった頃、


「転移者クジョウリュウの勇姿に、神に代わり祝福を申し上げます」


 眠りに落ちる直前のまどろみの中、レヴァの声が微かに聞こえた。


「これより、貴方の渇望を満たす為、そして世界を救う為の『旅』が始まります。ですが――今は僅かながらの休息を」


 思考が止まり、感覚が消えていく。


 意識が途切れる間際に聞いた彼女の呟きは、


「――無事で、良かった」


 小さくも優しいものだった……。


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