第一章三節『剣と盾を装備して厨二の心を忘れずに』
「――初期装備を選びなさい、的な?」
中に入ると、崖をそのまま抉った様にドーム状の空間が広がっていた。
その洞窟の中心に、光を発する半透明の結晶が地面から生え、光源は十分に確保されているが、その理屈は全く分からない。
まぁ、『異世界だから』ということでスルーしておく。
それよりも興味を引いたのは、壁沿いに無造作に置かれた武器の数々。
剣の類は地面に突き立てられ、斧や槍は壁に立て掛けられている。
見るから、という状況だ。
「――察しが良くて助かります」
レヴァは小さく頷いた。
「さぁ、お好きな得物を。この先、貴方が命を預ける物です。一級とは言えませんがこの全てに微力ながら『神の力』が付与されています。容易に破損する事はありません」
言われて、品定めをすると目移りしてしまう。
多種多様の剣、槍、斧に加え、盾や弓もあった。
「好きなのって言ってもねぇ――流石に刀や銃はないか」
理想なのは聖剣や魔剣の類で無双スタイルをしたい所だ。
それが無理ならアサルトライフルやらショットガンやらを要求したいがそれも贅沢か。
そもそも、そのどれを渡されても手に余るのだが。
「そんじゃ、やっぱこれかなー?」
ゴソゴソと、武器の山から手頃な物を探し出す。
片手で扱えそうな少し短めで幅の広めな直剣と腕を通すベルトとグリップの付いた緩やかな曲線のついた小振りの円盾。
剣と盾。無難にしてテンプレートなピックアップ。
チュートリアルには丁度良い。
「……っても、剣と盾を装備したからって、俺のレベルは一のままなんだけどねぇー」
微妙に攻撃力と防御力が上がったからといって、先の狼チックな魔物とのバトルは遠慮したい。
ただの高校生が武装したところでゲームじゃあるまいし強さは変わらない。
普通の狼にも勝てる見込みとか微塵もないのだ。
シンプルだが本物の武器と実感できるディテールと重量を確かめながら、溜息をつく。
「心配には及びません。貴方には既に『神の力』が宿っているのですから」
「それな。その『神の力』って結局なんなのよ? ちょっと体力上がった気はするけど、それでどうこうできるもんかね?」
俺は、小さく肩を竦ませる。
再々出てくるその単語。響きはとてもファンタジー。
しかし、選ばれしこの俺は『何処にでも居る高校生』のキャッチコピーそのまんまなのだ。
確かに名前は『龍』ですが、別にドラゴンの力が宿っている訳ではなく単に両親が中二的センスを爆発させただけなのだ。
「そうですね……では、私を良く見て下さい」
「ん?」
言われて彼女を改めて見る。
しばらく一緒に居る訳だが、やはりまだ慣れていないと実感した。
単純に綺麗過ぎる。
元々異性の免疫が無く、クラスの女子と少し話すだけで妙に緊張する位のヘタレが、この美人を目の前にドギマギしない訳が無い。
だというのに、しっかり目は奪われる始末だ。
無意識に細かい動きが気になってしまう。
鮮やかな紫色の瞳が俺を真っすぐ見つめ、長い薄紫の髪が肩から滑り落ちる。
そして、呼吸の度に胸元が僅かに動くのも目ざとく目で追ってしまう。
「えぇ、そうです。私の視線、動き、呼吸――些細な挙動を見逃さないように集中を」
こちらの心情を知ってか知らずか、レヴァは頷いた。
下心が無いと言えば嘘になる。
しかし、集中が増すと妙にゆっくりと見え始めた。
まばたきの瞬間や、彼女の僅かな動きにつられて揺らめく毛先まで不自然に見て取れる。
そして、緩やかな動きで近場に刺さっている剣を手に取った。
「良いですか? 対処は剣でも盾でも構いませんし、避けても結構です」
その刀身を指でなぞる。
彼女の表情はどんな感情を抱いているのか分からない。
しかし、僅かに細められた瞳とその仕草がやけに艶めかしく感じた。
レヴァの言葉の意味を理解する前に彼女は表情を変えぬまま――剣を投げた。
クルクルとトランプよろしく飛来するそれは俺の持っている物より幾分、細身。逆に鍔が大きめの様だ。
やはり、これも問題なく目で追える。
スローモーションの体感の中で「あ、このままだと、もろに顔面クリティカルだなー」なんて他人事の様に思った。
…………――――ん?
「おっ、おぉぅいっ!?」
文字通りの目と鼻の先まで来て、現実を理解。
身を逸らすのと同時に、右腕の盾で弾き飛ばした。
割とシャレにならない衝撃に腕が痺れる。
天井に弾いた剣が突き刺さり、甲高い金属音が耳鳴りの様に響いた。
「ぁ――あっぶねぇな!? 殺す気かよ!?」
抜き身の剣を人に投げるとか、何を考えているのか。
しかし、
「えぇ、そのつもりで投擲を行いました」
素直に即答された。
「なん――っ!」
言い返そうと思ったが、特に悪びれた様子もなく、さも当然かの様なレヴァに言葉を詰まらせる。
この程度は出来て当然、という事か。
確かに呆ける余裕はあったし、反応も出来た。
危機感の薄さの為か、心臓の早鐘も徐々に落ち着きを取り戻し始めている。
これも『神の力』の恩恵、というやつか。
「今の貴方には、この世界に置ける最低限『騎士』と呼ばれる程度の能力が付与されています。一介の賊や魔物などに遅れをとる事は無いでしょう」
「さようで……」
どうやら既にレベルは跳ね上がっているらしい。
一から三〇レベ程までだろうか、それなら序盤のエネミーは経験値の足しにもならないだろう。
……そもそも、一介の騎士で体感をああまで引き延ばせるとか、既にチート並みじゃないだろうか。
溜息をつく俺に、レヴァは告げる。
「これより貴方には、『神の力』を武装へ昇華させる【神装】を会得して貰います」
「うわっ、なんだその厨二臭」
皮肉めいた率直な感想が口をつく。
が、相変わらずレヴァの表情に変化はない。
「……特に異臭はしませんが?」
代わりに小首を傾げて素でつっこんだ
「いや、なんでも」
匂いはお姉さんの香水がほのかに香る位だ。非常にドギマギする。
彼女は「なら結構」と、宙に手を翳した。
その手の内に光が灯り、粒子が溢れだし半透明の青い炎の様にその量を増やしながら形を成していく。
それが強く瞬いたかと思うと森で魔物を屠った、巨大でどこか歪な鎌が握られていた。
「コレは宿主の魂を具象化した『魔法』とは似て非なる謂わば、質量を有した幻想です」
真面目な澄ました顔でレヴァは言う。
厨二臭ぇー! このお姉さん言ってて恥ずかしくないのかね!?――なんて、本音はグッと堪えた。
“質量のある幻想”とか拗らせた男の子が喜びそうなフレーズだ。
「形状、能力は唯一無二の固有。私の【神装】はこの【大鎌】であり、有する能力は先ほど見せた黒い斬撃とこの【鎖】です」
レヴァの持つ【大鎌】の三日月状の刃に黒い炎が鬼火の様に揺らめき、その腕に【鎖】が【大鎌】と同じく現れて蛇を思わせる様に絡みつく。
「【神装】は既に貴方の中に形成させている筈です」
「ん……お、おう……?」
そんなこと言われても。
「今はまだ実感は無い筈です。それ故に、実戦の中で感じ取ってもらいます」
更に困惑する俺の表情を見て、
「ただ一つ言える事は、貴方が選んだ得物の特性が“求めているもの”として【神装】から影響を受けているという事です」
「【神装】“が”じゃなくて“から”?」
「えぇ」
と、また肯いた。
これ以上、余り詳しい説明はしてくれない。
後は自分で何とかしろ、という方針らしい。
「んー……うん。――ん?」
改めて、特に深い意味も無く手に取った剣と盾を見る。
少なくとも俺の【神装】とやらは剣の様に『斬る・突く』か盾の様に『防ぐ』事の出来る、もしくはその両方を兼ね揃えた何か――ということらしい。
イメージだけは、アニメやゲームのお陰で豊富だが今の所は何とも言えない。
「さぁ、悩んでいても始まりません」
小首を傾げているとレヴァは壁に視線を投げる。
そこだけ外の入り口の様にツルツルとした異質な物になっていた。
大方、入り口と同じように触れれば道が開かれる仕組みだろう。……どんな構造なんだ。
チラリとレヴァを見ると、小さく肯いた。
察してるなら早く行け、と言うことらしい。
「へーい」
小さく溜息をつき、俺はその扉の前まで来て剣を軽く地面に刺して壁に触れる。
ひんやりとした感覚と硬くツルツルとした感触。
それが薄くなってくると、流石に不安になってくる。
「実戦、ねぇ……」
雑魚魔物相手なら楽勝と言われてもついさっきは死にかけてる訳で、ちょっとしたトラウマだ。
だが、異世界を旅する壮大な冒険ならいざ知らず、その前段階の謂わば『エピソード0』みたいなもの。そこまで鬼畜仕様ではないだろう。
最低限のクリア報酬でこの異世界からお暇しよう。
「――まぁ、なんとかなるさ」
自分に言い聞かせて剣を手に取り、改めてその重さを確かめる。
武器と防具は装備した、ステータスも十二分。
心配する事は何もない。
此処がゲームの様ななら――。
◇
「此処が『試練の場』です」
レヴァが俺の後に足を踏み入れて、そう告げた。
『試練の場』は先ほどまでとは、ガラリと世界観が違っていた。
壁や床、天井までもが、石畳で隙間なく、綺麗に舗装されている。
明らかに自然のものではない。だが、人工物とも断言できない程に整い過ぎていた。
光源は、半透明の結晶の中に浮かぶ光。それが、廊下にある蛍光灯の様に等間隔で並んでいる。視界は良好だ。
通路は両手を広げても、十分に余裕がある広さ。
気温や湿度も高過ぎず、低過ぎない。
丁度良く空調のきいた部屋の様ではある。
しかし、不思議と息苦しさを覚えた。
安易に足を踏み入れてはならないと直感する。
――迷宮。
そんな単語が浮かぶ。
「……なんだ、あれ?」
しばらく直線の通路を進んだ先に、何かがあった。
一〇メートル以上は離れているが例の『神の力』とやらで視力も強化されているらしい。
意識の集中で望遠鏡を覗いたように拡大される。
大雑把に言えば各パーツが簡略化されたデッサン人形のようなシルエット。
細身の一七〇前後程度の身長。
全身は白で顔が無い代わりに中心に拳程の紅い玉が目の代わりという風に埋め込まれている。
しかし、その手だけはやけに精工で一振りの剣が握られていた。
「あの傀儡が貴方の相手です」
レヴァが静かに口を開く。
「アレにも微力ながら『神の力』が宿っています。強さは森に居た魔物と同程度。膂力や速力は並みの人間以上。いかに『力』を宿した貴方でも致命傷を受ければ命を落とします」
その言葉に促された様にその傀儡は操り人形の様に不気味でいて滑らかに動き出す。
腰を落とし地面を蹴った刹那、
「ぁ゛っ――!?」
目前に剣を振り上げた傀儡が迫っていた。
一度の瞬きの内に、一〇メートルを詰める速度。
見ていた動画の途中をすっ飛ばされた様な感覚だ。
「っ゛!!」
宙に浮いている様な緊張の中で兎に角、意識を研ぎ澄ます。
振り下ろされる剣の動きが緩やかになり、何とかその刀身を盾で受ける。インパクトの瞬間、全身に衝撃が突き抜けた。
膝が折れかける中、拡張された感覚で剣が更に押し込まれるのが分かる。
相手と俺の装備の質は同等なのだろう。盾は刀身をしっかりと防ぎ腕ごと斬られる事は無いだろうが、純粋に押し負ける。
「なろっ!!」
痺れる腕の角度を無理やり変えて、刀身を盾の曲線で往なしつつ腕を振り払う。
剣を弾かれ体勢を崩し、たたらを踏む傀儡に反撃。
がら空きになった右肩からの袈裟切り。
硬い粘土を斬りつけたような抵抗が柄から伝わった。
だが、止まる程じゃない。
「――っ!!」
更に力を込めて、そのまま引き切った。
血は出ない。骨や内臓もなく全身が粘土の様な素材らしい。
加えて傀儡というだけあって痛覚や感情はないのか斬られても尚、俺を殺そうと腕を振るう。
「このっ!?」
傀儡の剣先が頬を掠めて、胆を冷やした。
この様子では手足を斬り落としても意味はないだろ。
臓器が無いのなら、心臓を抉るにも抉る物が無い。
ならば、決定打に成り得る一手は――
「――おらぁ!!」
紅い玉が埋まる頭部。
どんなに強い魔王だろうがエイリアンだろうが、『超速再生』や『不死身』のスキルが無い限り、
「大抵、首飛ばされりゃ死ぬしかねぇだろ!」
すれ違い様、軽く跳びながら剣を振るう。
体重を乗せた力任せの一閃。
頭部を飛ばされた白い体は砂が崩れる様に霧散した。
「お――とぉ……?」
少しふらつく様な妙な感覚に眉間にシワを寄せていると不意に、壁にこびりついた不自然な赤黒い染みが目についた。
なんだこれ、と目を凝らしていると、
「初陣にしては上出来です」
レヴァは言葉ほど感心していない様子で素っ気なく肯いた。
「傀儡はその四肢が動く限り貴方を殺そうとします。身体をバラバラにしたところで、殺しきれません。紅玉の破壊――つまり、先ほどの様に頭部を狙う事を推奨します」
そして、と、
「傀儡の撃破により宿っていた『神の力』は器である貴方に注がれました。今後、『力』を宿している器を破壊し解き放たれた『神の力』を取り込む事で貴方の『力』が強化されていきます」
「……っても、そんなレベルアップ感無いんですが?」
「傀儡の『神の力』は微量なものです。一体程度ではその実感は得られ程ではありません」
「レベル帯に合わないレベリングは効率悪いっすよねー」
俺の中で『神の力』というワードがトレンドになりつつある。
中学生の頃にノートに書き留めた落書き《僕の考えた最強のシリーズ》を今になり見つけてしまった時の様だ。
むず痒いが、言いたい事は分かってしまう。
ゲーム慣れした感覚で言う所の『神の力』とはEXPやスキルポイントの類らしい。
今のままでも十分高スペックだが、更に底上げ出来ると来た。
「――すげぇーな、主人公コースだ」
自嘲染みた、はっ、と小さい笑いが漏れる。
『神の力』だ『使命』だと胡散臭さを感じつつも、昂ぶりを感じ始めた。
「いいね。――それらしくなって来た」
待ち望んでいたゲームを買った帰り道はこんな気分だったのは覚えている。
元の世界に帰るまで、今はもう少し、主人公気分を楽しもう。