第三章五節『力を示せとゴリマッチョの獣人も言った』
「――……はぁ~~ぁ~~」
里の端っこ? にある木の陰で座りながら、何度目か我ながら見る人が鬱陶しいと思う程の重い溜息が漏れた頃、
「……冒険者達とセリアンスロープの協力関係は成立しました。……なにをそこまで懸念に思う事があるのですか?」
隣に座るレヴァの純粋な質問。
「んー……?」
短い溜息を追加して、
「まぁ、そりゃね? 良い事ですよ? ノエルもなんか快諾してくれたしね?」
ヒューマンの冒険者達とセリアンスロープの戦士との同盟は結ばれた。種族間の問題がそれで全て解決した訳では無いが、少なくとも今回のゴブリンに対しては同じ方向を向いていけるだろう。
――あの後、クレスは村に残る冒険者達に知らせる為に冒険者達数人を向かわせ、彼は里の戦士達とゴブリンの行動範囲などの情報の擦り合わせを里の広場で行い始めた。
アイリと他のヒーラーは治癒を続けている。
その辺りのスキルの無い俺とレヴァは邪魔になるだけなので、里に伝える前にノエルに『神の力』と俺達の旅について説明をしたのだが、
「――『再誕の……儀』? まぁ、何か良く分かんないけど、良いよー? 私の願いもなんか叶えてくれるんだもんね? 何にしようかなー? ――え、リュウくんと子供……? 子供かぁ……男の子……いや女の子が良いかなぁー?」
なんて……そんな軽いノリ。
「あ、里の皆には言わないでいいよー。元々、里を出るつもりだったから説明するのも面倒だし」
だとも……。
俺が困惑し、レヴァもあまりに話がスムーズだったので、肩透かしを食い眉を顰めていると、そのままノエルは、クレス達の会議に参加しに行ってしまったのだ。
「――マジで? ねぇマジで?」
イマイチ、ピンと来なくて思いつきり眉を顰める。
アイリの時との落差が激しすぎて耳鳴りがする様な……。
本来なら、俺達もその会議に参加すべきだと思うのだが、非常に腰が重いのだ。
「? 良い事、なのでは?」
レヴァは、俺が気に病む理由が解らないらしい。
確かに、妙な気まずさがあるよりかは良い。
ノエルにも俺達を利用するつもりがあるのなら、それはそれで、ある意味良い関係かもしれない。
――お前らの事はどうでも良いが、何を捨ててでも欲しい物がある、成したい事がある……だから、俺も黙って利用されていろ。
その位が、丁度良い――と、思ってしまうのも俺の甘えか。
ともあれ、ノエルの希ガスよりも軽い気がするノリが心配なのだ。
彼女は事の重大さを本当に理解しているのだろうか?
「純粋に、先の戦闘で貴方に好感を持ったのではないかと――セリアンスロープは種族的にヒトと価値観が大きく違うので、伴侶に求める条件も強さが重要視されますし、彼女としても“都合が良い時期”だったようですので」
「……都合が?」
獣人の恋愛観は弱肉強食らしいが、それにしても『戦って力を認められたから惚れられた』……とか、流石にチョロ過ぎないか?
何より、この突拍子の無い神様云々の旅に着いて来いという話とノエルのタイミングが合うとはどういう事なのか。
元々、里を出るつもりでいた……? 一人旅にでも出る予定でもあったのか。
怪訝に眉を顰めていると、
「――ヒューマンの小僧」
やけにドスの効いた声に顔を上げる。
褐色の筋骨隆々の大男が灰色の尾を不機嫌そうに揺らしていた。
彼は両手にそれぞれ、粗く削り出した分厚く平たい大振りな木剣を携えている。
「アンタは……ガレス、さんか」
「ガレスで構わん」
小さく舌打ちされる。
長は俺達との同盟を認めたが、彼自身としては納得いかないらしい。
腰を上げて、面と向かうと彼の放つ威圧もあってか、想像以上に大きく感じた。
「ノエルに勝った小僧というのは、貴様だな」
「……引き分け、だけどね」
小さく肩を竦ませると、
「我等にとって、勝負とは常に命懸け。引き分けるなど、負けに等しい醜態だ」
静かだが、敵意を隠す気は無い。
今にも手にしている木製の双剣で殴りかかってきそうだ。
「――その報復、とでも?」
レヴァが僅かに身構える。
【神装】こそは出さなかったが、彼女も同等の敵意で応えた。
「その様な無意味な事などしない。奴の敗北は奴のものだ」
嘲笑う露骨な挑発。
それはレヴァも分かっているだろうが、
「雌に守られるとは情けない雄だな」
その一言で、彼女の圧が一瞬、明確な殺意に変わった。
彼女とガレスの間に割って入る。
「長殿が同盟を認めたんだ。里のナンバーツーが、ただ喧嘩を売り来た訳じゃないだろ」
「……ふん」
つまらなそうにガレスは木剣の一振りを俺に投げ渡す。
それは見た目よりもずっしりと詰まった重さがあった。
「どういうつもりだ?」
「この森で育つ、粗悪な鉄よりも堅い木から削り出した物だ」
What is this《これは何ですか》? というのを聞いた訳じゃないんだけどなー。
いや、言いたい事はわかるんですけどねぇー? と眉を顰めていると、
「ホブの首を掲げ、ノエルを負かしたとて――長が認めようと、俺はまだ貴様を認めた訳では無い」
荒い剣先を喉元に突きつけられた。
「治癒術師の娘を使い、媚を売る暇があるのなら己の力を見せてみろ」
……――なるほど、そういう方向性か。
「それは、訂正してくれないか?」
俺を怒らせてまで、力を見たいというのなら仕方がない。
「確かに俺達は、ゴブリンの頭目の一匹を手土産にして媚を売った。アンタ達に認めて貰う要素を少しでも増やそうと、なりふり構わなかった。――けどな」
俺は真摯に答えて、ガレスに応える。
「あの子は――アイリは自分の意志でアンタ達の仲間を助けようとしている。その想いに偽りは無いぞ」
肩越しに振り返りレヴァに頷くと彼女は後ろに下がった。
「俺に勝てば、訂正してやろう――我が名はガレス」
「……我が名はリュウ」
溜息交じりに名乗り返し、木剣を合わせた。
ゴン、と短く重い音。
そして、
「うおぉおおっ!!」
「――っ、らぁっ!」
互いの得物が唸る。
この一合で負かすつもりの全力の打ち込みだ。
ガレスも『神の力』を有しその膂力を引き上げているだろうが、強化の倍率は俺の方が上。
押し負ける事は――。
その思考が、直後の大気を震わせる衝突音と腕から全身に突き抜ける痛みを伴う衝撃で吹き飛んだ。
木剣がこの衝撃力に耐えられた事も驚いたが、それを受け切ったガレスに目を見張る。
「どうした小僧。この程度ではあるまいな……!」
不敵な笑みの奥に――僅かに狂気じみたものを視た。
「っ!?」
続けて叩きつけられる木剣を迎え撃つ。
弾いた直後に、
「ぬぅん……!」
瞬間で二連――否、
「三、れ……!?」
木剣を盾に受け切りはした。だが、こちらの反撃を潰す様にねじ込まれた三撃目に木製の刀身を支えにしていた右腕が痺れて感覚が鈍る。
それを堪えて、お返しと。
「てやぁっ!」
左右の袈裟斬りと縦の打ち下ろしの三連を叩き込む。
技も何もない、過剰性能故の力技だ。
「――ほう! だがなっ!」
ソレを防いでからの反撃の突きを身を翻しながら躱しつつ、その剣の腹を打ち上げた。
「甘いっ!」
重量のある木剣が弾かれ重心がズレただろうが、その勢いすら乗せてガレスの太い脚が鞭の様にしなる。
それを同じく上段蹴りで受けた。生身同士がぶつかったとは思えない衝撃と音の壁を破る破裂音。
……洒落にならない激痛。
だが砕ける程、やわでもない。
「――舐めん、なっ!」
そのまま脚を押し込み、蹴り飛ばす。
「ぬっ……ぅ!?」
互いにたたらを踏むが、踏ん張って――、
「おぉおおっ!!」
ガレスと、
「はぁあぁっ!!」
俺の咆哮。
力任せの野球の様なフルスイングが衝突し――、
「っ゛、ぉっ!?」
俺の木剣の刀身が砕け散った。
その衝撃に吹き飛ばされる。
「まだ……まだっ!」
そのまま無様に転がる訳にはいかないと、土まみれになりながらも強引に立て直し、ナイフよりも短くなった木剣を向ける。
「――っ」
ガレスは衝撃を受け止め、巧く流したらしい――その場で微動だにしていない。
膂力や速力は、『神の力』で無理矢理にどうとでもなるが、技は“己の力”以外に頼れない。
地力の差に奥歯を噛みしめるが彼は俺ではなく、自分の木剣を物憂げな表情で見ていた。
それは……“中程から今にも千切れそうに剣先がぶら下がっている”。
「“引分け”だ」
彼は呟いて木剣を放り捨て、背を向けた。
「……余程、出鱈目な指揮でなければ、聞いてやる。精々我等を――巧く使え」
大きな溜息をついて、
「――あの娘には後で礼を入れておく」
言い残し、森の中へ入って行ってしまった。
「――――?」
引分け? という事は、ガレスの価値観からすれば……。
それに、どうやらアイリの気持ちは受け取ってくれるらしい。
ともあれなんとか納まった、と強張った身体から力が抜ける。
と、
「うぉおおおおおお!!!!」
ライブ会場バリに周囲が湧いた。
何事か、と見渡すと大勢の冒険者と獣人達がギャラリーになっていた。
ギョッとしている間に、
「凄い! 強いのねボウヤ!」
「カッコ良かったわ、とっても素敵!」
「今度、私とも戦いましょ!」
「思ったより太い腕じゃないのね? ふふ、でも気持ちいわ」
「あは、お尻小さーい」
獣人のお姉さん達に囲まれる。
「ぉ!? ちょ、まっ――!?」
なんか、もみくちゃにされながら腕とか腹とか、ついでにセクハラ染みた所に手が伸ばされた。
「き、きゃー!?」
仔犬か何かと思ってないか、扱いが雑に思える。
堪らず叫ぶと、
「はいはい! あんまりその子を困らせないのー!」
ギャラリーの中からノエルが出て来て、手を叩きながら獣系お姉さん包囲網を散らす。
「お怪我は――ないですね」
一仕事終えたアイリもへたり込む俺に駆け寄って無事を確かめると一応の低位治癒術をかけ、母親が子供にするように、服についた土を払い頭についた草を摘まんで取った。
「はは、やっぱりリュウくんは強いねー。あのガレスを負かすなんて」
「負かすってか、引分けってか――?」
ノエルはそう言うが、技術面から見ると完敗だった。
レヴァから見てどうだろう、と視線を向けると小さく肩を竦ませる。
「ううん。ウチの木剣はそこらの武器より頑丈で折れる事なんて滅多にないの。それこそガレスが“相手を殺す位に本気で”打ち込むくらいじゃないとさ」
「なんですと」
「だから、同等の打ち込みをされてまだ余裕があるキミに素直に負けを認めたんだね。まぁ、口は相変わらず可愛くないんだけどさ」
ノエルは俺に手を貸して、
「それじゃ、近くの泉でさっぱりしたら皆でゴハンにしよう! 今夜はご馳走だよ~」
ご機嫌そうに、眩い笑みを浮かべた。




