第三章二節『ゴブリンの首を手土産に』
村の広場。
「昨日はスマン! “良い所”を邪魔しちまったな!」
開口一番。クレスに両手を合わされ、頭を下げられた。
「何の話だっての」
その手を払いのけると、
「な、何の話ってお前……嬢ちゃんの前で言えるわけねぇーだろ!」
何故、そこで照れる。後、チラリとレヴァを見るな。
妙なハイテンションのクレスに、ただでさえ怪訝そうな表情をしているアイリの頭上の『?』がもう一つ増えた。
――俺だってこの状況に困っているのだがら、話をややこしくしないで欲しい。
今朝、下っ腹のむず痒さに目を覚ますとレヴァに真剣な顔で弄られていた。
経験の無い起こされ方に困惑していると、『俺の身体に興味があった』なんて供述が。
その癖、口走った本人が慌てふためき。部屋を出て行ってしまったのだ。
リビングで顔を合わせても、バツの悪さにろくな挨拶も出来ない始末。
俺達よりも幾分早く起きたアイリが朝食にと麦がゆを振舞ってくれたが、一昨日より気まずい食卓って何だ。
その中でも、
「まだ暗い内から冒険者達の方々は作業していたみたい……ですよ?」
とアイリは話題を提供してくれた。
ソレにようやく、
『ゴブリンの骸は放置すれば、当然、朽ち果て疫病の原因にもなります。その血が地質を汚せば作物も育たなくなりますし、死肉を求めて獣が群がる事もあるでしょう。最悪の場合、条件が揃ってしまえば近くの小島の鉱山と同様に瘴気の温床になる事もありますね』
と、口を開いてくれるが、俺とは目を合わせてくれないまま……今に至る訳だ。
「――そういうのはホント、いいっての。そんな事より手は足りてないだろ、何かする事はあるか?」
村中に散らばる崩れた家屋の残骸や損傷した武具、そしてゴブリンの亡骸。彼等のお陰で片づけは進んでいるがまだまだ残っている。
周囲に漂う臓腑の異臭は早朝の澄んだ空気のお陰か幾分和らいでいるが、日が昇れば咽返るだろう。
そんな中でお昼は頂きたくない。
そもそも群れの頭目の片割れが討たれたのだ、その相方が黙っているとも思えない。
一難は去ったが、より厄介なもう一難が待っている。直ぐに備える必要があるだろう。
「あぁ、いや。坊主は俺と一緒に来て欲しい」
腕を捲る俺に、クレスはしたり顔で少し離れた人だかりを親指で指差した。
大きな荷車に“麻布を被せた何か”を乗せるのに悪戦苦闘する冒険者達。
「中々、欲しがりな連中だが坊主達のお陰で『良い土産』が用意出来たんでな。コレなら口説ける筈だ」
「――プレゼントにしては、趣味が悪くないか?」
彼の言いたい事を察して、俺は眉を顰めるが、
「だが、奴さんは嫌でも気に入ると思うぜ?」
◇
日が高くなり始め、ほど良い陽射し自体は心地良いのだが、冒険者が引く荷車に乗せた大きな“プレゼント”からの独特な異臭で台無しだ。
クレスをリーダーとしたパーティと共にノーベル村とセリアンスロープの里との交流地を目指して、歩調を合わせて森を進んで行くその途中、俺は同世代の冒険者達に囲まれていた。
他愛の無い会話の中、
「この前は俺だって、ホブを倒したんだぜ!」
「僕は以前、トロールを狩った事もあります。ゴブリンなどよりも強力な魔物ですよ」
「ふふん、私はウェアウルフの眉間をこの弓で射抜いた事もありましてよ!」
平然とそんな話題が飛び出した。
冒険者が武勇伝を語り合うのは、「お前、どこ中?」とか「あの漫画知ってるか?」みたいな鉄板なのだろう。
大分物騒な話題だが、彼等は俺がのうのうと高校生活を送っている間にも文字通りに“自分自身の力”で命を懸けて功績を得た本物の冒険者。
「――それにしても、やっぱスゲーよなアンタ! 俺達なんかじゃ敵わないよ!」
そんな彼等からの称賛を壱から十まで『借り物の力』を振るう俺が受ける資格は無い筈だ。
「いや、俺だけの力じゃ――」
「ま! この調子で残りのゴブリン共もヤっちゃってくれよ! そうすりゃ、俺等は楽出来るからよ!!」
「なぃ、痛い痛い!?」
バンバン、と長剣を背負った軽装備の少年に背中を叩かれた。
その陽キャ特有の明るさで僅かに生れた卑屈さが大きくなる前に追い出されたが、一緒に肺の中身も抜けていく。
「村の英雄に何やってんのバカ! それに元々、私達の仕事でしょ! ふざけた事言ってないで周囲の警戒! いつゴブリンが仕掛けてくるか分かんないわよ」
スタッフを持ったローブの少女が彼の耳を引っ張って離れていく。
「確かに気を引き締めましょう。――しかし、貴方の『魔法の剣』も消耗が激しい様子、無理は禁物ですよ」
「援護は私達にお任せなさいな」
それに倣った様に他の冒険者達も荷車を囲う様に陣形を組み直す。
入れ替わる様に、
「――英雄さんは大変ですね」
後ろからアイリが早足で追いつき、揶揄う様に小さく笑う。
「あのお姉さんは囲まれる前に逃げちゃうしな」
俺は少し前を行くレヴァの背中をチラリと見て、溜息をつく。
「それに、一番の英雄ったらアイリだよ。あのホブに勝てたのも俺がまだ生きてんのも、アイリの術があったからだ」
少し、間を置いて、
「遅くなったけどまだちゃんとお礼、言ってなかったよな――ありがとう。村を守れたのも全部、君のお陰だよ」
「……全部は多過ぎですよ?」
隣を歩くアイリは苦笑する。
「私がこの『力』を使える様になったのはリュウさんのお陰。村を今日まで守ってくれたのはクレスさん達。冒険者の皆さんを支えてくれていたのは村の人達。それに――」
やたらとセクシーな背中に視線を向けた。
「レヴァさんも助けてくれました。皆さんが居たから、今の私達は前を向いていられるんです」
アイリだけでは勝てなかった。
俺達だけでは救えなかった。
クレス達だけでは守れなかった。
村人達だけでは戦えなかった。
確かに村に被害も出たが……誰も皆、悲観などしていない。
だから――、
「だから、まだ私達は戦えます」
静かな、それでいて力強い言葉だった。
「……ホントに、敵わないな」
同年代の冒険者といい彼女といい……心構えからして違うらしい。
「なし崩しになって申し訳ないんだけど――もう少しだけ、一緒に戦ってくれないか」
「はい、一緒に」
アイリの笑みに救われる。
彼女は、ところで、と
「――その……レヴァさんと何かあったんですか? 今朝からなんだか……?」
馬鹿正直に寝起き一番レヴァさんに襲われちゃうかと思った。
……などと言える訳もない。
「いや、特には?」
あはは、と乾いた苦笑で誤魔化した。
結局、朝食からこっちレヴァとちゃんと会話は出来ていないのだが別に互いに避けている訳では無い。
――普通に、盛り上がる話題が無いのだ。悲しいかな。
実際、レヴァが俺の身体――というか、構造に興味を持ったのは“薄い本”的な意味ではなく保健体育的な意味なのは間違いない。
確かに『色んな物を見て、色んな事をすれば良い』とは言ったが……。
案外、お茶目というか天然な所もあるらしい。
ついさっきも、勇気を出して彼女に「良い天気ですねー」と切り出そうとしたのだが、そんな時に他の人から話を振られただけなの事。
――まぁ、行き成り天気の話から入って盛り上がるとも思えないが、それは俺のコミュ力故よな。
陽キャが羨ましいなぁーとか思っていると、
「……あんまり、レヴァさんを困らせちゃダメですよ?」
思いも寄らない一言が。
年下の少女の、妙に大人びた表情に狼狽えてしまう。
「昨日。リュウさんが撃たれた時、凄く心配していたんですよ。……お二人の事はまだよく知らないし、レヴァさんはまだ少し怖いけど……」
アイリは自信を持って、
「誰かの為にあんな顔をする人は、悪い人じゃありませんから」
「――そっか。うん……そうだな」
出会った時から今朝までの彼女を思い返して、俺も肯いた。
「いや、でも。……まだちゃんとアイリの事話せてないから……取り敢えず一回、怒られてくる」
昨日簡単に説明はしたが、それで良いにしてしまうのは締りが悪い。この移動時間にケジメはつけておこう。
「――止まりなさい」
抓られた脇腹の痛みを思い出して眉を顰めるのと、レヴァが荷車を停めさせた。
「何だ、姉さん。まだ交流場所じゃないぜ? 疲れたのか」
先頭を行っていたクレスの欠伸交じりの軽口をスルーして、レヴァは少し先の空を見上げる。
「そこまで出向く必要は無いようですよ」
周囲には目立った気配はない。『神の力』の感知範囲と精度を前方に広げた。
「――!」
四つの『力』が近づいてくるのが分かる。
ゴブリンや狼の速度じゃない。……鳥が空を飛ぶ様な軽さがある。
それらが近づくに連れ、一つの『神の力』の大きさが際立ってくる。
俺やレヴァと同じか――それよりも上……。
それらは地面を奔って来る訳じゃないらしい。
「木の上か……!」
俺が察すると同時に、
「そこの冒険者さん達、ちょーとそのままでね!」
木々の上から良く通る女性の声の後で、俺達の行く手を阻む様に四つの陰が降りてくる。
十代半ば程の少年二人と三〇代程の男性。
そして、勝気な吊り目気味の二十歳を少し過ぎた頃の女性だった。
民族衣装なのか四人とも服装に大きな違いは無い。
「……――!」
その中の紅一点の彼女に目を奪われた
明るい茶髪は肩に掛かる程度だが、お下げの様に二房だけ腰まで伸びている。
腹が出てしまう程の短い丈のタートルネックは鎖骨が見える位のノースリーブ。サイズが合わない様でブカブカで胸の上下を挟む様に細いベルトで留めていた。
袖の代わりか、布製の籠手の様な肘まであるアームカバー。
前後左右ごとに分かれた幅広い帯の独特なスカートは、前後は長く左右は短い。
その下に裾の細い袴の様なズボン。
足元は留め金や紐の無い、上履きの様なシンプルな革靴。
露出する腹や二の腕は程よく鍛えられていて、しなやかなアスリートの様な体格だった
基本的には俺達と彼女達に違いは無い。だからこそ、あざといカチューシャの様な獣耳と尾が際立っている。
……何より、彼女が有する『神の力』の力強さに目が離せない。
もし、彼女と敵対でもしたら――魔術師の様にはいかないだろう。
獣人の戦士の敵意と手にしている剣や斧などの得物が不安を煽る。
俺の視線に気づいたのか彼女は頭上の耳をピン、と立たせ少年の様な笑みを浮かべた。
「あはは。別に殺し合おうって訳じゃないよ……――ね?」
彼女は少し前に出て、彼等を静かに制する。
そして俺達を見渡して、
「でも、なーんかすんごい臭いの荷物を運んでるみたいだけどさ……私達に何か用?」
見透かす様に小さく笑う。
レヴァはクレスを見て、お前の仕事だ、と視線で促した。
彼は頷き、セリアンスロープの彼女と対峙する。
「俺はアバウェルの冒険者クレス・アンバース。単刀直入に言う……ヒューマンの街とこの森の為、俺達と共闘して欲しい」
「……ん゛~~ん」
女性は猫の様な耳をピコピコと動かして、少し考える様に唸り眉を顰めた。
「私としては、それも良いかなぁーと思うんだけどねぇ……」
チラリと振り返り、後ろの男達の険しい視線に眉間のシワを増やす。
「――幾らゴブリンとかホブとかの首を持って来られても、“セリアンスロープは”納得できないかな。せめて、群れのボスの片方くらいじゃないとさ?」
それを聞いてクレスは俺に「だろ?」と意地の悪い表情を見せた。
「それなら――心配ご無用さ!」
彼の合図で荷車の被せが剥がされた。
『普通のホブよりも一回り大柄なホブゴブリンの上半身』
――群れの頭目であるホブゴブリンの片割れの骸。
首から貫いた様な大きな穴が開きただでさえ醜い顔を苦痛に歪ませている。
見ていて気持ちのいいものでは無いのだが、彼女達は色めき立った。
流石に“倒した直後のまま”というのもどうかと思ったが、レヴァ曰く、倒した状態を見せる事に意味があるという。
その効果は十分の様だった。
狼狽える男性の獣人の中で彼女は不敵に笑う。
「……ソレ、倒したのお兄さん?」
「応とも!……なんて言いたい所だが、俺じゃねぇ。こっちの坊主と姉さん、それに嬢ちゃんだ」
クレスに手招きされて俺達も前に出る。
「ふーん。君たちが、ねぇー?」
見定める様に見られてから、彼女は満面の笑みで、
「うん! じゃ一回、戦ってみようか?」




