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第三章一節『美女の微睡み』

「――……」


 レヴァは自身が目覚めた、と自覚したのと同時。

 硬くもあり柔らかくもあるどっちつかずな何かで自分の頭が僅かに持ち上がったり沈んだりする不思議な感覚を味わった。


 ソレは妙に温かくて人肌に近く独特なリズムもあって案外、心地良い。


 瞼を開けこの微睡みを終えるのが勿体ない気がして、しばらく堪能していると……。


 いや、待て――膨張収縮を繰り返す人肌のモノってなんだ?


 まさか、とレヴァは顔を上げる


「……ぅーん」


 なんて、彼が小さく呻きを漏らす。


「…………」


 神の遣いであり、『力』の器の従者である天使たるレヴァは動じない。


 窓越しから見える空は薄暗いが僅かながらに薄明の気配。


 成る程、昨日の夕方から翌日の朝方まで、ぐっすりだった様だ。

 疲労はピークだったとはいえ、同じ態勢のままとは、存外、寝相は良いらしい。

『力』の器に選ばれた少年は寝具としての素質もあるのか、スッキリとした気分だ。


 逆に彼は「ぅ……ぉ……」と眉間にシワを寄せている。

 そんなに私は重いか、と思ってしまうのはなぜだろう。いや、腹から下に人一人が乗っていれば当たり前なのだが……。


 ――それはそれとして、と腕で身体を持ち上げる。


 この少年は実際の所、よくやっている。


 始めこそは、『神の力』の扱いが粗末で、自滅の危うさすらあったが、一度の『力』の調律で大分、改善され飲み込みも早い。既に並みのホブゴブリン程度なら【神装】が無くとも取るに足らないだろう。


 何より、荒削りだが機転も利く方だ。

 ゴブリン相手、という事もあるがあの指揮は上々。


 総じて、仕え寄り添う対象としての不満は無い。


 だが、


「――――はぁ……」


 気だるい溜息が出る程に正直、不安はある。


 本来、優先すべきは『再誕の儀式』の要である『神の器』の安全だ。それが無いにしても、まずは自分の身を守る筈だ。普通は。


 だが、彼は従者を身を挺して守った。そして、割りと死にかけた。


 当たり所が悪ければ、即死の可能性もあったというのに……。


 もっとも、彼自身も朦朧としながら無意識に動いていたというし、その根幹は“転移した際の事情”から来るもの。


 彼女も“ソレ”は把握しているので、汲んでやれる所は酌んでやりたい訳なのだが……。


「まったく……これでは目が離せませんね――」


 自分の髪が目元にかかり彼の瞼がピクピクと震えるので、指先で退かしてやる。


「――――」


 マジマジと見ると、中性的に近い顔つき……なのだろうか。

 険しい表情を見る機会が多いが、だらしのない寝顔は幼く見える。


 視線を下にずらしていくと首筋や肩なんかが、どことなく筋張り角ばっていた。


 昨日の湯浴みの際も着替えさせる際も性別は確認しているが、やはりしっかりと自分とは根本的に違う造りの身体。


 自分にはあるモノが無く、彼にあるモノが自分にはない。

 知識としては頭にあり、理解しているが、そういう視点で目にするとやはり不思議だった。


『なら、これから色んな物を見て、色んな事をすれば良いんじゃないか?』


 なんて、脳裏に蘇る彼の言葉に促される様に何気なしに胸板に手を置いてみる。


 脂肪とは違う張りと弾力のある柔らかさ。決して鍛え抜かれている訳では無いが胸囲の幅広さもあり“彼も男性なのだ”と改めて思う。


 そのまま下に撫でていくが、下腹部辺りはプニプニと。

 肥満という訳では無いが、指先で抓める程度には脂肪が余る


 一般的な男性の体躯に比べると、やはり未発達というか、だらしのないというか……。


「――」


 しかし、その比較対象として脳内にある一例が筋肉質寄りなので、実際の十七、八の少年ならこんなものか、と納得する。


 自分自身も、女性の平均よりも背が高く胸囲もある方だったりする。これが“個人差”というやつだろう。


 今後の戦闘行為の中で鍛えられる筈なので、これ以上に抓み応えのあるお腹にはならないのを、願っておこう。


 そして、決定的な男女の差異の象徴が更にその下部にある。


 まぁ、だからなんだ、という訳なのだが、


「あの……レヴァさん、人の身体で何を……しているの、かな?」


 彼の引き攣った疑問。

 何を、と問われれば『知識としてある男性の体躯と貴方の身体の差異を確認しています』となる。


 なるけれども、


「……」


 レヴァは、『再誕の儀』の遂行を旨としている。故にそれ以外は概ね、些事だ。


 その中には彼の裸体を見るのも、逆に見られるのも含まれるし、実際そうなったが羞恥は無かった。


 だが、まぁ……なんというか。


 “寝ている彼の身体を撫で回す”というのには、そこはかとなく背徳感を感じ始めた。


 自分に一番縁遠いと思っていた感情が頬を熱くする。

 そのせいで、選ぶ言葉を間違えた。


「いえ、これは――ただ貴方の身体に興味があっただけで」


「ふぁっ!?」


 両腕で胸を隠し、陵辱に怯える少女の様だった。

 涙目になられると、背徳感が加速する。


「――――――」


 どうしよう、と天使は考える。


 我らが神からの天啓は無いので取り敢えず、


「ゆ、湯浴みを! してきます!」


 ……逃げる事にした。


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