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第一章二節『主人公となるか、モブキャラで終わるか』


「――あの……レヴァさん? 所であとどの位、歩くんですかね?」


「もう少しですよ。それと、敬称は不要と言った筈です」


「さいですか……」


 もう少し、もう少しと言われて早、小一時間。


 辿り着いたのは緩やかな小川だった。

 穏やかな水の音。澄んだ空気の匂い。

 インスタ映えしそうな光景ではあるが、目的地でないらしい。


 まともな会話も無く、何処に向かっているのか知らされていないままなのだ。


「はぁ……」


 小休止と川の水で喉の渇きを潤して一息つくが、重い溜息がどうしても出てしまう。

 手ですくった水面に映った自分の顔は酷く疲れている。


 男子にしては少し長めの赤茶の髪。真顔だと「怒ってるの?」と言われる目つきがより不機嫌そうになっていた。


 ――あの小屋の外は、何というか絶景だった。


 単純に小屋が建っていたのは崖の端っこ。他の建築物は一切無く、周囲は一面の森だった。

 ただ、森と言っても俺の思う“普通の森林”とは大分違っている。


 なんというか、諸々と規模がデカい。


 一本一本の木々が太く、地面に根を力強く張っている。

 中には、大人が十数人でも囲い切れない程に太い物もある位だ。

 一応、石畳が道標の様に続き多少人の手が入っているが、殆どが自然のまま。


 加えて地面は全体的に起伏があり、所々小さな崖の様になっていて割と歩き難いのだ。

 更には下りが続くので尚、辛い。


 まぁ、陽は高く日差しも強い様だが、枝葉が傘になり暑苦しさなどの辛さは無いのが幸いか。

 

 苔が多いがジメジメとした感じは無く、寧ろ風が良く通り心地良く清涼感がある。

 この木漏れ日もインドア派なゆとり世代には健康的で良いかもしれない。


 前日に雨でも降ったのか幹や地面に生える苔や枝葉に溜まった雫が反射して、一面がキラキラと輝いている。


 某有名アニメーション映画の風景――まさに、異世界。


 新月の時に生まれ月の満ち欠けと共に誕生と死を繰り返す山の神が首を返せと、襲ってきそうだ。


 神秘的、とはこの事なのだろう。


「――しかし、『神の力』ねぇ……」


 マイナスイオンいっぱいの人生初の本格的森林浴に癒されながらも、怪訝に眉を顰める。


 そんな大層なモノを貰った実感は無いんだけど……。


 別に、自分の中に小宇宙的な何かが燃える訳でも無く、怒りで金髪になりそうな予感も無いし、内なる超能力的な何かが呼び起された感じも無い。


 まぁ、かなりの距離を歩いても特に疲労感も無いのだが、ソレが神様パワーなのだろうか。


 異世界に転移後に初めて得たアビリティが『スタミナアップ』とか、長旅には実に便利だ、畜生め。


 天の使いレヴァ曰く、この世界の神が異世界――つまり俺の居た世界から適正のある人間をその死に際にランダムで呼び着けて自身の復活の為の儀式に見合うかどうかテストを押し付けているらしい。


 ブラック企業もかくやという拉致した挙句の酷い面接方法だ。


 しかし、そのテストに合格したのなら二つの選択肢をくれるという。


 一つは神様の慈悲を有難く受ける事。

 理不尽な死を迎える筈だった俺の命を憐れみ、そのまま直ぐに元の世界に帰してくれるらしい。


 そして、もう一つは使命を達成して報酬を貰う事。

 神様のご要望通りに世界中を旅して『神の力』を集め、『再誕の儀式』を行えば、“失ったモノ”を取り戻し俺の望む形で帰れるのだという。


「……などと、言われても?」


 全てを飲み込めた訳ではないが、今俺の置かれている状況は理解できる。


 賞金を懸けたスポーツエンターテイメント番組みたいなものだ。


 最初のステージをクリアすればある程度の賞金が貰えるが、その賞金を元に更に高額を狙える次のステージに進む類のよくある企画。


 そのステージに失敗すれば、賞金はパァというのはお約束。


 欲を出し、命懸けの異世界冒険でセカンドライフを終了させるより多少の不都合には目を瞑り、確実に帰る方が利口だろう。


 学校の帰り道、トラックにでも轢かれたのなら失うモノはポケットに入れていたスマホ位。だったら買い替えれば済む事だ。


 死因になりえたその傷はサービスで治してくれたようなので、それだけでも神様には感謝するべきだろう。


「にしても、日帰り異世界冒険譚とは、カップ麺並みにインスタントだわなー?」


 本当はもっと色々詳しく説明して欲しい所だが、「今はそれだけ理解して頂ければ結構です」とピシャリ。

 

 何気にアニメや漫画が趣味なので、正直『異世界冒険』には興味は無くもない。


 だが、世界だ神だとスケールの大きい話はその手の属性持ち(主人公気質)がやれば良いとも思うのだ。


 一般人でクラスメイトDな俺は兎も角、その試練とやらをクリアして早々に元の世界に帰して貰おう。


 気だるげに溜息を溢すと近くの藪から不意に足元に小さな陰が飛び出した。


「っ、と!?」


 それに思わずたじろいだ。


 ねずみ花火みたいに一しきり俺の周りをチョコマカチョコマカしてソレは満足したのか、少し距離を置いてこちらの様子を窺う。


 俺もソレの姿を確かめるとギョッとした。


 基本的にはリス。

 だがサイズは知っているのより割りと大きい。片方の手の平には間違いなく乗らないだろう。


 そしてやけに長細い耳で、何より尾が二つときた。


「流石、異世界。小動物もなんてファンタジー」


 はっ、と小さく笑う。


 しゃがんで手を伸ばすとソイツは恐る恐る近づいて来た。

 よく見ると中々愛嬌のある顔だ。動物園にでも居たらちょっとした目玉になるだろう。


 もう少しで指先に鼻先が触れる頃、


「――どうしました? 行きますよ」


 レヴァの一言でリス染みた何かはビクッと体を震わせて手近の木を駆け上る。


 伸ばした手が虚しく行き場を失った。


「はいよー……――ぉ?」


 彼女の元に向かう最中、視界の端でガサガサと不自然に繁みが揺れる。

 

 歩を進める度にその揺れは徐々に収まり――やがて、完全に静止した。

 またマスコット的な小動物か、とも思ったが次の歩を踏み出した時に言いようのない不安に駆られる。


「……――っ!?」


 その足が地面に着いた瞬間、繁みから何かが飛び出し、葉を散らす音が確信に変えた。

 

 目前に迫るソレを認識するより早く、


「ギャゥッ!?」


 その何かが悲鳴を上げて吹き飛んだ。


 辛うじて見えたのは、黒い炎の様なモノが揺らめいて宙に掻き消える最後の瞬間だけだった。


「……」


 妙な汗を感じながら視線をソレに向ける。


 獣だ。


 言ってしまえば狼。一般的な成体のよりも二回り程大柄だ。

 全身の毛は白。双眸は深紅。

 牙はどれも鋭利だが、特に犬歯は特に長く鋭い。


 その胴体が引き裂かれ、血や“中身”が散らばっているがどちらかというと、”額に生える短剣の様な角”の方が気になった。


「魔物――的な何か?」


 たっぷり間を置いて呟いた。


「何か、ではなく正に、ですよ」


 レヴァが小さくため息をつく。


 彼女を見るどこから出したのか、幅の広い三日月の様な両刃の刀身で柄が緩やかにS字を描く鎖の巻き付いた大鎌を携えている。

 

 それを馴れた手つきでバトンの様にクルクルと回すと、やけに物騒な得物は宙に溶ける様に光の粒子になって霧散し消えた。


「魔性の異形『魔物』。その成り立ちはまちまちですが何にせよ、この世界に存在する脅威の一つです」


 冷静に。ある種、冷酷とも思える声に思わず息を飲む。


 訳が分からぬまま襲われ、訳が分からぬまま助けられた。

 命の危機も、九死に一生を得た事も実感すらしていない。

 

 一人でこの森を彷徨っていたら、死んだ事すら気づかぬまま二度目の人生を終えていた所だ。


 

 俺の引き攣った顔を見て彼女は小さく頷いた。


「えぇ……それで良いのです。常に生きる事への執着を忘れない様に。それが延いては世界の為になるのですから」


 そして一言「さぁ、行きますよ」とレヴァは、踵を返し更に奥へと進んで行く。


 俺は、慌ててその後を追いかけた。





 また小一時間程歩き続けた後。


 ズラリと並ぶ、門の様に互いを支える岩の柱の隙間を潜り辿り着いたのは崖で、行き止まりだった。

 

 ただ、その崖には不自然な壁がはめ込まれている。


 明らかに自然のモノじゃない。だが、人工物とも言い難い。

 大理石の様なツルツルとした質感で、細かな模様や文字が彫られていた。

 大きさに関しては、巨人が拵えた様に思える。


「――んで、此処が何だって? 神様の試練だとかがあるんじゃないのか? 早くお家に帰りたいのですが?」


 やはり、体力はチート染みている様で、身体的辛さは無い。

 しかし、メンタル的には大分きている。

 

 確かに森林浴は癒しになるが限度がある。疲れたからといって、寝過ぎると余計に疲れるアレと同じ道理か。車の排気ガスの臭いや人込みの喧噪が恋しくなってきた。


 それにまたいつ魔物に襲われるかと思うと気が気じゃない。


 うんざりとした溜息に、


「えぇ。その為にこの場所に来たのです」


 レヴァは答える。


「さぁ、この扉に触れて下さい。貴方が真に『器』としての資格があるのなら、『試練の場』への道は開かれる筈です」


 言われるがまま、取りあえずその扉に触れてみる。


 ひんやりとした感覚の直後。


「ってか開くも何もただの壁やし、そんな雰囲気なぉっ……とぃ!?」


 扉が消えた。


 色が薄くなり、その存在そのものが初めから無かったかの様に消え去った。


「……ぇー」


 脳内で某人気ゲームのギミックを解いた時の効果音が再生される。


 呆ける俺に、


「貴方は『器』として十分な資格があるようですね。その資質を誇るべきです」


 レヴァは小さく頷いた。


 ……何がやねん。



「いやいやいや!? 素質があるって異世界に呼んだのそちらですよね!? 試練も受けられないパターンもあんの!? 詐欺!? 異世界転移詐欺!?」


「『神の力』をその身に宿す素質とソレを使う資格はまた別の話です」


 と、レヴァは俺のテンションをあしらう様に小さく肩を竦ませて、


「何より神の力を溜める『器』とはそれ程に至難という事です。貴方を含め、十三人が召喚されましたがこの扉を開ける事が出来たのはこれで八人目になります」


 ――割と同じ境遇の被害者が居るらしい事に驚いた。


「十三とか、また嫌な数字だな……ってか試練すら受けれなかったその五人は、どうしたの?」


「試練を受ける資格の無い者はこの場で解放されます。現状の彼等の行方は私の知るところではありません」


 なるほど。元々死ぬ筈だった命なのだから、生かされただけでもましだろう、と。


「だからってこんな森の中で放置は困るでしょうよ。せめて近くの村まで送ってくれるとかないの? 大丈夫かね召喚された先輩方、さっきも狼な魔物がさ――」


「この場に居ない者を案じても仕方がない事でしょう。何よりそれは資格の無い場合です。扉を開き試練に望む貴方には関わりの無い事です」


 レヴァは特に関心の無い様子で肯いた。


「……――さぁ、行きますよ」


 レヴァは、一拍の間を置いて、俺の質問を無視して扉の中に入って行く。


 ――ちらりと見えた彼女の顔はどこか寂しそうに遠くを見つめていた。


 それを見てしまうと、「ところで俺以外に資格があるという七人はちゃんと勇者してるのか?」と軽口を叩くタイミングを逃してしまった。


「――あ」


 と、不意に思い出す。




 今日は妹の誕生日の筈だ――。


「……急いで帰らないとな」




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