第二章十三節『少しだけ距離が縮まって』
「……――」
不意に気が付いた。
アイリの家。
その借りた一部屋のベットに寝ている、と自覚すると身体の至る所が痛みだした。その中でも特に脇腹に妙な違和感がある。
部屋はオレンジの陽射しが射し込んでいる……どうやら夕方辺りらしい。
「っ……ぁー、きっつぅ……」
だが思考が鈍く、何があったか思い出そうとしたが途中で考えが脱線した。
諦めて、このまま微睡みに身を任せてしまおうかと思ったが、
「――ん、ぁ……」
妙に色っぽい吐息が耳元で。
こそばゆくて、反射的に寝返りを打つと、ゴン! と額に硬く鈍い衝撃が。
「いったぁ゛!?」
結構な痛みに跳び起きると、事故相手――
「ぅ……っ、ぁ~~」
レヴァも、寝間着のロングTシャツ姿でオデコを押さえてプルプルと丸くなっていた。
そして、俺も同じ寝間着を着させられている。
……それにしても何やら、そこはかとない不自然なやるせなさが下半身に。あって然るべき衣服が装備されていない気がするのだ。
「ん――――――ん゛ん?」
怪訝に眉を顰めていると、彼女は気だるげに身体を起こす。
「もう少し、静かに起床できないのですか貴方は――」
レヴァは恨めし気に溜息をついた。
オデコを少し赤くして、
「……その様子では怪我の具合は良さそうですね」
「怪我……?」
イマイチ飲み込めていない俺にレヴァは自分の脇腹を指差して、
「ゴブリンの弩を受けたのではありませんか……。鏃には毒が塗ってありました。『神の力』の回収による負荷で耐性が低下していたのですから、アイリの治癒がなければ手遅れになる所でしたよ」
レヴァはうんざりと、また溜息を溢す。
それを聞いて断片的に思い出し、色々な意味で血の気が引いてくる。
「そうだ、そのアイリは――皆は無事か!?」
声を上げるとクラリと眩暈がした。
「落ち着きなさい。彼女も消耗し、自室で休んでいますが無事ですよ」
と、前置いて。
「群れの頭目の片割れである変異種のホブゴブリンの討伐後、残党のゴブリンは敗走。冒険者達で追撃をかけましたが殲滅には至りませんでした。――負傷者も確かにいますが、一番の重症者は貴方です」
レヴァは小さく肩を竦ませた。
眩暈が治まり始めて安心したものの、ソレはソレと眉を顰める。
「あの……所で、俺ってばいつの間に着替えたのかな……? んで、なんで同じベットなの?」
「血で汚れたまま寝かせるには不衛生ですので、私が。どうやら貴方を寝かせてそのまま寝入ってしまった様です」
それが何か? と、小首を傾げる。
まぁ、実際に怪我人の介護なのだからノーカウントという事で飲み込んだ。
当の本人も疲れているだろうし、介護で男の裸を見た程度で一々リアクションなどしないだろう。
そもそも件のシャワー事件でも無関係だった訳だし。
その様な事よりも、と彼女は、
「――リュウ」
真剣な表情で俺を見た。
「何故あのような真似をしたのです。あのまま動かなければ、少なくとも貴方には矢は届かなかった筈です」
「いや、でもほら――あのままじゃ、レヴァに当たるかもしれなかったし……」
「それならそれで寧ろ良かったのです。アイリだったならまだしも、わざわざ貴方が私の為に身を危険に晒す必要はありません。ましてや、自身の身も守れないのなら余計な――」
あの時はただ必死だったのだがレヴァはそれが許せないらしい。
確かに助けられた相手が死にかけるのは気分の良いものではないだろう。
「あぁ……いえ。そうではなく――」
ぐうの音も出ず、縮こまる俺に彼女は一瞬、狼狽える。
胸に手を当て、一呼吸の間を置いた。
「まずは謝罪を。本来であれば身を挺してでも守るべきなのは私の方です。この失態の挽回は神に誓って必ずや――」
ですが、と彼女は、やはりムッと不服そうな表情になる。
「今後はあの様な真似は自重して頂きます――よろしいですね?」
「ん……――あぁ――そーですね」
視線を僅かにレヴァから逸らすが、
「よろしい、ですね?」
ぐいっ、と迫り、無理やりに視界に入って来た。
……その視線の圧の強さよ。
「――断言は……出来ない、かなぁーと」
その曖昧な答えにレヴァは眉を吊り上げた。
「何をふざけた事を言っているのです! 私がどれ程、心配した事か――!」
と、はたと気づいて口を噤み、逆に視線を逸らされた。
「いえ、別に……」
そのまま眉を顰め、ムム、と考え始めてしまう。
それが可笑しくて、それでいて嬉しかった。
「心配してくれたんだ?」
「何か不自然な事でも? 神の遣いである私が『再誕の儀式』に必要な『器』である貴方の身を案じるのは、その責務として当然だと思いますが?」
平坦な声ではあるが、妙にその口調が速くなる。その癖、滑舌はベテランアナウンサーばりに良く回っていらっしゃる。
「ははは……」
思わず、僅かに笑いが漏れた。
――そして、大事な事を思い出す。
「ですから、何が可笑しいと――」
「いや……悪い――」
身体の痛みに咽ながら、
「レヴァの声、聞こえてたよ。お陰で何とか持ち堪えた」
「……貴方の傷を癒したのはアイリですが」
「けど、レヴァにも助けられたから――ありがとう。だけど、ごめん。今度また同じ状況になったら、同じ事すると思う」
レヴァが物申したいと、口を開きかけるが「まぁまぁ」と我慢して貰い、
「俺がコッチに来る時の事、知ってるんだろ? あんなもどかしい思いや後悔はもうしたくないんだ。――っうか、正直無意識だったから自分でも保証とか出来ないだけなんだけどさ」
あはは、と乾いた苦笑では――
「まったく、貴方と言う人は……」
誤魔化せる訳もない。
だが、呆れながらも諦めた様でうんざりと大きなため息をついた。
「これは……頭の痛い話ですね」
片手で額に触れ、眉を顰めた。その綺麗な顔を、めっちゃ渋くさせている。
……――これは、アレだ。
照れ隠しとかそういう感じではなく、ただ単純に困らせてしまったらしい。
「なんか、ごめんなさい」
「そう思うのであれば、少しは――」
レヴァは溜息をつくが、その途中でカクンっと僅かに頭が落ちる。
そして、力が抜けた様にふらついた。
「お、ちょ……!?」
倒れそうになり、その手を取るが引き寄せた勢いに彼女は耐えられずに、俺の腹にヘッドドロップが会心の一撃。
「っ゛ぉ……!」
鈍い痛みに身悶えた。
「……も、申し訳――」
レヴァは身体を起こそうと力が入れている様だが、プルプルと震えてしまっている。
やはり、彼女も相当消耗しているらしい。
それでも身体を起こそうと諦めないがモゾモゾとされると、何というか色々と。
お姉さんのあんな所やこんな所の柔らかい感触が俺のあんな所やこんな所に密着したり擦れたりして――。
「あ、ちょ……レヴァさん! あんまり動くと良くないかな!?」
「ですが……このままという訳にも――っ」
「それもそうなんですけどねー!?」
心穏やかではいられないので、俺もレヴァを退かすなり抜け出すなりと試みてみるが、彼女の脇に手を入れて少し体を持ち上げるだけで限界だった。
「ぁ、重っ……ムリっ!」
「おも!? 仮にも異性に対する発言ではないのでは――!」
不可抗力で胸にも触れてしまっているが、腕の疲労感がピークを越えて痛みを感じ始めてるので、その辺りを気にする余裕も無い。
レヴァとしても、俺の手の位置より思わず漏れた発言の方が気になるらしい。案外乙女なのか。
--そうなのか?
二人で息を荒げ、もがきながらベットをギシギシと軋ませていると、
「ん? 起きてるのか?」
僅かに開いているドアの向こうから聞き覚えのある男性の声が。
コンコン、とノックの後で、
「坊主、起きたのか? ひでぇ怪我だったんだから、しばらくは大人しくしてろ――よ……」
クレスが顔を覗かせた。
そして、俺達を見て――何かを察した様に「あ、あぁ……うん」と頷いた。
「あ、あんまり、“盛り上がりすぎるなよ”。嬢ちゃんもいんだからなっ!」
なんて、彼は「たはは! 若けぇな、おい!」と笑いながらドアを閉めてしまう。
「いや――ちょっ……誤解――!?」
一人で納得してしまったクレスに俺の声など届く筈なく、取り残されてしまった。
終いにはお互いに力尽きて、そのままグッタリとしてしまう。
――もう、腕も上げられそうもない。
「…………」
チラリとレヴァを見ると、口惜しい様に唇を噛みしめ、顔を赤く染めて涙目になっていた。
そして、顔を隠す様に俺の腹に埋めてしまう。
「…………――――」
動ける様になるまで、このバツの悪い時間は続くのだろう。
薄い寝間着同士で美女に密着されている訳なのだが、この極度の疲労が幸いと言うべきか……存外、その手の欲求は込み上げてこない。
だから俺は心を落ちつけて、彼女に声をかける。
「なぁ、レヴァ。大事な話があるんだ……聞いてくれるか?」
「――何か?」
上目づかいに覗かれる。
それはまるで、仔犬の様でとても愛らしかった。
笑みで応えて、
「――アイリさんの事なんだけど“【神装】取得イベント”の時にですね、今回の件が片付いたら僕らは直ぐに村を出ていく感じで、あの子の踏ん切りが着いたみたいで痛い痛い痛い!?」
……それにレヴァは俺の脇腹を無言で、思いっきり抓って来た。
第二章 終
次回から三章です。




