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第二章十二節『反撃の狼煙』

「ガァアッァァッァ!!」


 魔術師ゴブリンキャスターの怒りを孕んだ咆哮でゴブリン達は一斉に雪崩れ込んで来た。


 ソレを、


「ぶっ放せ!!」


 クレスの声を合図に後方から火弾、水塊、雷矢、石槍などの魔術が矢の雨と共に迎え撃つ。


「――さて、俺らが先陣だ!! テメェ等行くぞ!!」


 クレスを先頭に前衛の冒険者達がひるんだゴブリン達に切り込んで、道を開ける様に分断し押し返して行く。

 彼等から抜け出たゴブリンは、屋根上の射手達が確実に射貫く。


 その中に、


「ライアさん……!」


 アイリが彼女の姿を見つけた。


 ポーチの付いたベストや脛当て、剣などは身に着けず幾つかの矢筒を足元に転がせて、射手に徹底している。

 新たに矢を番え、


「雑魚は私達に任せて、貴女達はアイツを!」


 その声と矢は力強く俺達の背を押してくれた。

 魔術師ゴブリンキャスターの周囲には近衛の様に守るホブ二体とゴブリン三体のみ。


 この機は逃がさない。


「俺達も行くぞっ!」


【剣】に光刃を纏わせて、地面を蹴った。


 二匹のゴブリンが冒険者達を抜け右から来るが気にする必要は無い。

 援護の石槍がソレを貫いた頃、太い樹の幹を裂いた様な天然素材の鈍器を振りかざしてホブゴブリンが俺の直進を阻んできた。


 だが、今更その程度。


「“清廉なる大海の一滴ひとしずく――”」


「おらっ!」


 アイリの詠唱を背に、振り下ろされる棍棒を掻い潜りながらすれ違い様に二体の腹を続けて存分に斬る。


 吹き出す返り血を浴びる前に更に前に跳ぶ。


「キャキャ――ギャァ!?」


三体のゴブリンがまとまって迎撃に来るが、


「“打ち上げろ”≪スプラッシュ≫!」


 その足元に濃い霧が出たと思うと大量の水が爆発した様に吹き出してゴブリンを打ち上げた。


 弾けた水滴に反射した薄い虹の一片を払い退け、魔術師ゴブリンキャスターに肉薄し出力と密度を上げた光刃を叩き付ける。


「――ん、だと……!?」


 だが、ソレは杖を突き出され展開された“オレンジ色の半透明の薄い壁”に阻まれた。


 コレはアイリと同じ、防壁魔術――。


 防壁に阻まれる光刃の粒子が火花の様に飛び散るが、削れているのは壁も同じ。

 ヒビが入り、僅かに光の刀身がめり込んだ。


「っ゛――おぉっ!!!」


 このまま守りを引き剥がさんと更に出力を上乗せする。多少跳ね返り自分を傷つけてしまうが必要経費だ。


 あと一押し。その確信を得た頃――魔術師ゴブリンキャスターがニヤリと笑う。


 嫌な予感は刹那で確信に変わり、現実となる。


「キャカカ!!」


「アギャカ!!」


 左右からのゴブリンの挟撃――。


 魔術師ゴブリンキャスターの背にでも隠れていたのか、防ぐのも回避も間に合わない。


 だとしてもレヴァの【鎖】がそれぞれの短剣が俺に届く前に宙に縛り付け、アイリの魔術で地面から隆起した釘の様な岩が貫いた。


「てやぁっ!!」


 そして、俺の横に滑り込んだレヴァが【大鎌】に黒刃を纏わせて防壁を食い破る。


「よしっ――!」


 高出力で乱れた光刃を一度解き、【剣】を振りかぶりながら、再度光刃を纏わせる為に『力』を込める。


 だが、その僅かな間で魔術師ゴブリンキャスターは下卑た笑みと共に歪な杖を突き出した。


 文字通りの目と鼻の先で、現れた火の粉が集まり拳大の球を成す。


「――、―、――」


 ゴブリンの鳴き声とも人語とも思えぬ言葉を紡ぎ、集まる火の粉の量と勢いが増していく。

 ヒリヒリと肌を焼く熱に、先の炎球が脳裏に浮かんだ。


「っ――そ、ぉぃ゛!?」


 俺が何かしらの行動を起こすより早く、レヴァは俺の腹にラリアットをかます勢いで腕を回して飛び退いた。

 その直後に放たれた炎球をオレンジ色の半透明の壁が防いでくれ、魔術師ゴブリンキャスターは自らの魔術の爆風を受けて黒煙に飲まれる。


 そのままレヴァにアイリの元まで運ばれて、彼女の足元に転がされた。


「だぁはっ!?」


「だ、大丈夫ですか!?」


「……ヒーラー的に、どー思います?」


「ダメだと思い……ますっ!」


 咽返る俺にアイリは【杖】を地面に立て治癒をかけた。

 おかげで、息苦しさも全身の細かい傷も綺麗に無くなる。


「ごめん、助かった。……所で、レヴァさんのファインプレーで助かりましたが、もう少し優しくお願いしたいかなっ!」


「火だるまになるよりマシでしょう」


 レヴァは俺の軽口に小さく溜息をつき、【大鎌】を構える。


「アレから目を放さずに。あの程度では深手にはなりえません」


 それに応える様に、魔術師ゴブリンキャスターは杖を振るい、黒煙を払う。


 過度に飾った装飾の多くは外れ、全身に軽い火傷を負っているがダメージとは言えないだろう。


「ギィィ、ガァアッ! ァア゛ッ、ゥ゛ッ!!!!」


 俺達を忌々し気に睨みつけながら、魔術師ゴブリンキャスターは杖を振り回し、振動を感じる程の地団駄を踏む。


 そして牙を剥き、杖を俺達に突き出した。


「――来ます!」


 レヴァの警告と同時に歪な杖の先に炎球が膨らむ。

 逸早くアイリが俺達を庇う様に前に出て、


「“不可視の守壁しゅへき――阻め!”《プロテクトウォール》!」


 防壁が展開したのと炎球が着弾したのはほぼ同時。

 熱風と衝撃を感じてたたらを踏む。


 続け様に、目の前で大太鼓を乱れ打ち鳴らされる様に爆音が響く。


「っ゛、なんか自棄になってんなあのホブ! ――耐えられるか!?」


「だい、丈夫……です! 乱射のせいで一発の威力は低いので、何とか!」


 炎球を受け続けるオレンジ色の半透明の防壁にヒビが入るとその直ぐ後ろに新たな防壁を張り、俺達を守り続けてくれる。


 だが、長くは持たないだろう。


「だけど、アイツの“壁”も厄介だな。さっきも全力じゃないにしろ、ガチで斬り込んだんだけどな」


 俺とレヴァが同時に打ち込めばあの守りも抜けるだろうが、それでは決定打には今一つ。


 この正念場で炎球を乱射する辺り、術の数はソレと防壁のみかと思うがそれにしても、魔術の連射性能ファイヤレートが異常に高い。


 詠唱だとか溜め時間だとかは『神の力』でなんとかしてくれるのだろう。――本当に、コレはご都合主義の便利な『力』だ。


「基本的に守りの術は、その面積と同時に展開する数が増える程に局所の強度は脆くなっていきます」


 レヴァの指摘を実践する様に、アイリはタイミングを計りながら最小限の面積の防壁を新たに張って守りを固める。


「それはつまり!?」


「多方向からの攻撃には防御が間に合わない可能性があります。仮に球状に展開できたとしても、その分――」


「ガード自体が甘くなる……と!」


 防壁に大きな亀裂が走り、半歩押されるアイリの背を支える。

 相手の魔力切れを待つのも手かもしれないが、アイリにそこまで無理はさせられない。


 多少強引でも切り込むべきだろう。


「――」


 流れ弾の爆風で、足元に転がって来たゴブリンに眉を顰め、ズボンのポケットの膨らみを思い出す。


「俺が先に出る、フォロー頼めるか」





「借りるぜ……っ!」


 ズボンのポケットから薄いグレーのピンポン玉程度の石――『スモークジェム』と取り出し、防壁の向こうへ放物線状に投げた。


 地面に落ちた衝撃で砕け、内包されている魔術が発動。白く濃い雲が俺達を包み隠す様に膨れ上がる。


 僅かながら魔力感知を阻害する代物らしい。確かに、その効果は微々たるもので『神の力』を持つ俺達には意味は無いだろう。


 だが、この視覚的な遮蔽だけでもゴブリンに攻めを躊躇させるには十分だ。


 炎球が止まる、その隙に、


「さて――反撃だ……!」


 俺は【剣】に光刃を纏わせながら、左から回り込む様に煙幕を纏いながら走る。


 姿を見せた俺に魔術師ゴブリンキャスターは杖を向けた。


 僅かな時間で火の粉が集まり、十分な大きさになる――だが、逆サイドから煙幕を纏いながら飛び出した陰に視線がチラリと奪われる。


「ギャキャ――」


 魔術師ゴブリンキャスターは、だからどうした、と杖の先に炎球を作りながら片手をその陰に向けた。


 魔術の詠唱を省略しての乱射に加え、並行して同時に行使も出来ると来たか。

 魔術師としてのレベルはやはり相当。


 俺とソレを同時に乱れ撃つ気だろう。


 ――“好都合”だ。


「――ガキャ!?」


 煙幕から抜けた“鎖に巻かれたゴブリン”が地面に転がる様子に二秒程、注意が向いた。


 それだけ時間があれば十二分。


「っ!」


 防壁が砕ける音と共に黒刃が一直線に飛び、それを追いかける様にレヴァが駆ける。


「グ、ギィ……!!」


 魔術師ゴブリンキャスターはすぐさま炎球を防壁に切り替えて防ぐ。

 防御は間に合ったが、ソレは苛立った様に牙を剥いた。


 直ぐにでも俺達を殺したいのだろう。

 迫るレヴァに杖を向けるが、


「させっかっての!」


 間髪入れずに光刃を飛ばす。

 それすらも続けて――防いでくれた。


 その隙にレヴァは【大鎌】に黒刃を纏わせ、魔術師ゴブリンキャスターに肉薄する。


 迎撃せんと杖を構えるが既に彼女の間合い。


「さて、ついて来れますか?」


 彼女の【大鎌】が振るわれる前に、その足元に岩の壁が隆起して魔術師ゴブリンキャスターを飛び越えた。


 ソレに対応して振り返り、レヴァに再び杖を構えたのを俺は、“岩壁を裂いた先に見る”。


 ――そして、


「でやぁっ!!」


 俺の光刃と、


「はぁっ!!」


 レヴァの黒刃を同時に叩き付ける。


 俺と彼女の高火力を魔術師ゴブリンキャスターはそれぞれの防壁で防いで見せた。

 二枚を同時に張りつつ、範囲を大盾程度に抑えて強度を保つ。


「ホント、『神の力』様様だな……っ!」


 こうまで器用にされると、寧ろ尊敬し始める。ゴブリンにしておくには惜しい術師だ。


 ――予想の上を行かれたがそれも、仮定の内。


「……ゲキャ――ゲキャゲキャキャ!!」


 煙幕からゴブリンの骸を使ったフェイク。そして岩壁を足場と遮蔽物にした奇襲に続けた、前後からの挟撃。


 その悉くを防いだ魔術師ゴブリンキャスターは余程愉快なのだろう、勝利を確信した様に嘲藁あざけわらう。


『神の力』を宿した優秀な魔術師。だが、幾ら優秀とはいえ所詮はゴブリンの中での事。


 “今の状況を俯瞰的に視れていない”。


「ゲキャ……?――」


 不細工な鼻先に、ひとつまみ程の砂がかかり頭上を見上げた。


 そして、絶句する。


 ――今まさに、巨大な氷柱の様な岩槍がアイリの魔力を得てその鋭さと重量を増していく所だ。


 牙を剥き出して岩槍を睨み、防壁を新たに張ろうとするが、俺とレヴァの刃は防壁を削り続けている。

 当然、防壁に注ぐ魔力が分散する分だけ、刃は深くめり込んでいく。


 挟撃を防ぎながらでは頭上の岩槍は防げないが、岩槍に意識を向ければ挟撃を防げない。


 絶望に表情を歪め、喚き散らす。

 命乞いをしている様に思えた。


 ――だが、こちらに聞く耳はない。


「詰みだよ……ゴブリン!」


 アイリの岩槍がギロチンの様に落とされ、虫食い状態の防壁をものともせずに――魔術師ゴブリンキャスターに突き刺さる。


 そして、二枚の防壁が砕け散り、


「ァ゛、ゲェ、ギャ――!?」


 光刃と黒刃が魔術師ゴブリンキャスターを両断した。

 血を撒き散らしながら、短い断末魔の叫びを残して地面に転がる。


 ――――。


 一瞬の静寂の後、


「キャキャ!? ガキャキャ!!!!」


 一匹のゴブリンが対峙していた冒険者達から後退り、逃げ出したのを皮切りに次々と逃げ出していく。


 群れの筆頭を失い、戦う理由が無くなったのだろうが冒険者達にすれば今が好機。


「――ゴブリン共を逃がすな! 一匹でも多く狩れ! 削れるだけ削れぇ!!」


 クレスはゴブリンの背に槍を突き刺して叫ぶ。

 続けて前衛職の冒険者達が森に入り、後衛職は矢や魔術を射かけて放つ。


「俺達も――っ、ぉ!?」


 せめてこの場のホブだけでも倒し切ればゴブリン全体の勢力にも打撃を与えられる筈だ。

 だが、一瞬意識が飛びかけ脚から力が抜ける。


 そのまま膝が折れてしまうが、地面に倒れる前にレヴァに支えられた。


「レ、ヴァ――」


 酷い睡魔に襲われた時の様に、意識が朦朧とする。

 流石にあれほどの魔術を可能にする『神の力』は小さい群れの比にならないらしい。


「リュウさん!」


「おい、坊主はどうした。まさか、やられたのか!?」


 アイリとクレスが駆け寄って来たのが遠退く音で分かる。


「彼は無事です。それより今はゴブリンの残党を――」


 チカチカと明暗を繰り返す視界の端、逃げ惑うゴブリンの中でクロスボウを俺達に向ける個体が居た。


「――っ、ぁ」


 声が出ない。言葉にならない。指を差しても伝わらない。


「?……クジョウ――」


 レヴァが弱々しく足掻く俺に違和感を覚えたがゴブリンには気付かない。


 ノイズ交じりに脳裏に浮かぶのは、“あの光景”。


 ――また、目の前で失うものか。

 ――次など、あってたまるものか。

 ――もう、二度と――


 その矢が放たれるより少しだけ早く、俺は残る力を振り絞り彼女を押し退けていた。

 レヴァを庇う為に身体が動いたと、“腹に矢が刺さった事で”自覚する。


「――リュウ?」


 目を丸くしてたたらを踏むレヴァを地面に倒れながら見上げる。

 痛みは鈍いが、咳き込み血がこぼれた。


 この感覚は知っている――本格的に、ヤバいやつだ。

 まさかこの数日で三回も死の淵に立つとは思わなかった。


 それでも――彼女が無事で安堵する。


「クジョウリュウ!」


 レヴァの叫びに答える事も出来なくなった。


「――!」


「――! ――!!」


 アイリとクレスも叫んでいるが、上手く聞き取れない。

 冒険者達の咆哮、魔術の爆音、ゴブリンの悲鳴も遠くに感じる。


 起死回生の都合の良い新たな力の目覚めとか、そんな余地は無いだろう。

 だって全てを出し尽くした後なのだから。


 抗えない真っ直ぐに死に向かう感覚――。


 だが、


「っ! 神に選ばれた『器』である貴方が、この程度の事で終わるものですか! 『再誕の儀式』は――元の世界へ帰るのでしょう!」


 彼女の声は痛い位に伝わって来た。


「目を開けなさい、クジョウリュウ!――リュウ!」


 多分、今だけは魔王とか悪竜とかそんなボスにやられるよりも――死んではいけない時なのだろう。






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