第二章十一節『ゴブリン襲来』
「くそっ――!」
兎に角、俺は森を駆け抜けていた。
他の冒険者のは悪いが足並みを揃えている場合じゃない。乱立する木々の隙間を抜けつつ、もどかしいものは斬り倒して強引に突き進む。
振り返る程の心の余裕は無いがレヴァは問題なく着いて来ているのは分かった。
村への帰り道も不穏な道しるべを辿れば迷う事は無い。
この速度で最短距離を行けば十数分と掛からない筈だが、堪らない焦燥感で同じ所をグルグルと回っている気がして来る。
それでも、走り続けていれば必ず辿り着ける――そら、
「森を抜けます――!」
後ろからレヴァの声に背を押される。
人とも魔物ともつかない悲鳴、怒号と鈍い衝突音。そして鼻をつく悪臭に混ざる血の臭い。
最悪の光景が脳裏に過りつつ、木の背より高い家屋の屋根が見え速度を速めて跳ぶ。
「――どぉっ!? どっから来たアンタ!?」
着地した煉瓦の屋根を踏み砕いた振動で、同じ屋根に位置取りしていた弓を持った男の冒険者が姿勢を崩す。
「森からだよ、それで状況は!」
「見ての通り……最悪さっ!!」
「――っ゛!!」
無数の、数えるのが馬鹿らしい程の数のゴブリンとホブゴブリン。
それらに村の奥へと追いやられる冒険者と村人達。
ホブは少なるとも軽く二〇以上。
その中でも陣の後方で全体を見渡している個体はより大柄で曲がりくねった太い枝の様な杖を持ち、砦とした村や商人から奪ったであろう耳飾りや首飾りなどの装飾品をセンスの欠片も無く、あるだけ着けれるだけと着けている。
見てくれだけでも十分、分かり易いが『神の力』を見れば確信できる。
「頭目の変異種か――!?」
変異種は群れにもう一体いるらしいが、俺が分かる範囲には同質の反応は無い。
この物量なら事足りると部隊を分けたのか。
しかし、本来ゴブリンは夜行性の魔物だというが昼に攻めてくる辺り、冒険者が出払い村が手薄になるのを狙ったのだろう。
レヴァの言う通りやはり知恵も回るようだ。
奥歯を噛みしめるが、悔やんでいる暇も怖気づいている場合でも無い。
「アイリは――!」
彼女の『神の力』を探す。
「――そこかっ!」
前線の少し後ろの後衛の中で横たわる誰かの治癒を施していた。
劣勢ではあるものの無事である事に安心した、その束の間、
「キャキャキャ!!」
狼に跨ったゴブリンがアイリに奔る。
大盾を持った冒険者が割って入るが、獣の脚はその壁を容易に飛び越えた。
「あぁ、くそっ!」
彼は矢を番えて弦を引く。
「――矢じゃ間に合わねぇよ!!」
ゴブリンの折れた長剣と狼の爪がアイリに届くよりも速く、煉瓦の屋根瓦を撒き散らしながら一直線に矢以上の速度で跳び、光刃で吹き飛ばす。
「貴方は彼女を!」
それと同時にレヴァが俺の横を抜けて、前線へと参戦していく。
冒険者に混ざり【大鎌】を振るい【鎖】を召喚してゴブリン達を薙ぎ払う。ホブ相手にも尾を引く黒刃で危うげもない。
だが、後衛には傷ついた冒険者が無数。アイリ以外にもヒーラーが居るが数が足りていない。
前衛はレヴァを除いて、十一人。
そしてさっきの彼以外にも屋根の上に、弓や魔術で遠距離支援が何人か。
彼等はよく耐えてはいるが……長くは持たないだろう。
ゴブリン共の気まぐれか、頭目のホブゴブリンを中心に集まりヘラヘラと笑う奴等が一斉に襲い掛かってくれば確実にその物量に飲み込まれる。
敢えて数で攻め無い辺り、冒険者を……この村を追い詰めていくのを楽しんでいるのか。
「リュウ……さ、ん……?」
掠れた声に振り返る。
彼女自身に怪我は無いらしい事に安心はした。だが、その表情は青ざめ酷くやつれている。
頬や手を染める血は治療の為だろう。
その傍ら――、
「クレス……!?」
横たわる彼の革製の胴鎧は裂けで血に染まり、肩から腕の鎧はボロボロになり焦げた臭いが鼻をつく。
傷はアイリの治癒術で既に完治しているが、地面には黒ずんだ赤い染みが広がっている。
相当な深手だったらしく意識は無い様だ。
「……い、いきなり、ゴブリン達が押し寄せて来て……クレスさん達が嫌な予感がするって途中で引き返して来てくれたけど――それでも、数が多くて……!」
アイリの目から涙が溢れた。
「このままじゃ、皆が……! でも、私……何も出来なくて――」
両手で顔を覆い、肩を震わせる。
やはり【神装】の発現はまだ出来ていない様だ。
この状況を覆すにはそれこそ“奇跡の類”。
「……出来る事ならあるよ。アイリにしか出来ないことが――」
少し躊躇いを覚えたが、【剣】を彼女に見せる。
「村を――皆を救うにはアイリの【神装】が必要だ。君もそれを望んでくれるならもう一度、コレに触れて欲しい」
「でも、さっきも……」
手を伸ばそうとした彼女は躊躇する。
「俺も『神の力』を使い熟せてる訳じゃないけどコイツは割りと素直でさ、俺は斬ったり吹き飛ばしたりする事しか出来ないけど――ちゃんと俺に応えてくれるんだ」
「――っ」
アイリの指先が触れる直前で躊躇してしまう。
もしもまた何も起こらなかったら、と思うと怖いのだろう。
背中でレヴァが懸命に戦っているのが分かるが金属の鈍い衝突音や爆発の振動と、クレスの苦痛の呻きに、俺の中で何かが吹っ切れた。
「――そうだ、こうしよう。俺達はゴブリンをやっつけたら直ぐに村を出ていくよ。……そんで、もうこの村にも来ないし君にも会わない。レヴァは……まぁ、説得するよ。アイツもアイツで素直な人だから」
色々と文句を言われそうだがこの村を救えないとゴブリンの勢いは更に増すのだから、納得はしてくれるだろう。
「……――」
顔を上げるアイリに、
「だから、『神の力』を怖がらないで欲しい。『力』と自分の想いを――俺を、信じてくれ」
「私は……」
意を決してアイリは【剣】に触れてくれる。
その瞬間、【剣】が――俺に宿る『神の力』が脈打った。
「――クジョウリュウ!」
レヴァの悲鳴に似た声に我に返ると同時にゾワリと背筋に寒気が走る。
【神装】の召喚時よりも薄く弱いが『神の力』が一点に収縮するを感じた。
「っ゛……!?」
振り返ると、後方に控えていた頭目のホブゴブリンが長杖を頭上に掲げていた。
その杖の先には――巨大な炎球が浮かぶ。
「あぁ、くそっ!!」
アイリとクレスから離れ、光刃を【剣】に纏わせ振りかぶる。
「――っ!?」
だが、撃ち出された炎球は俺の反応速度を超えていた。
冒険者達の反応はもとよりレヴァの【鎖】の展開ですら、すり抜けて肌が焼けるのを感じる程にまじかに炎球が迫る。
――迎撃は間に合わない。
と、その瞬間、オレンジ色の半透明な壁に光が反射した様に閃いた。
直後、炎が壁にぶつかり宙に静止する。
それが炸裂するより早く新たにドーム状の膜が包み爆風と熱を閉じ込めた。
「――……!」
俺の理解が追いつくより早く、
「私は皆を、この村を守りたい」
少女の力強い声を聞く。
「私が――傷を癒します!」
その両手に青い粒子が集まり形を成していく。
空色と白のグラデーションの花の蕾の様な頭部。紺色の長柄に石突き部分は獣の牙の様な小振の刀身。
――【長杖】
そして謳う様に、
「“命を育む大いなる母よ、その御手で我らの傷にお触れ下さい――慈しみを”≪リザレクション≫!」
村全体を覆う程の白い魔法陣が地面に展開。
淡い光が溢れ出し、身体に染み込んでいく。
身体の痛みや疲労など僅かな違和感も消え、内から活力が湧き出てくる。
それどころか、
「……っ゛、ぉっ――おぉっ? 何だこいつは……あ、俺生きてる!! って、すげぇ血だな!? 俺のかコレ!!」
クレスが飛び起きて自分の身体を見て目を丸くする。
他の冒険者達や村人達の傷もこの瞬間に治癒された。
村全体に及ぶ広範囲ヒール――『神の力』というに相応しい、これこそチート性能という奴だろう。
ゴブリン達も動揺しているのか、動きが鈍くなる。
「無事ですか!!」
戻ったレヴァは血相を変えていたが俺の様子を見て、安堵した様に小さく胸を撫で下ろす。
「彼女の覚醒は済んだ様ですね」
チラリとアイリを見て、ほんの小さく「感謝します」と呟いた。
レヴァは大きく息を吐き、ゴブリンに向かい構える。
「――相手はゴブリンの頭目が一体。それも宿する『力』は並のゴブリンとは比較になりません。それでも打倒すべき敵」
彼女は横に立つ俺に、
「行けますか?」
そんな質問をする。
「不思議と負ける気はしないね」
フラグを立てている気もするが、回収してやる義理は無い。
「アイリは皆を――」
「いえ、私も戦えます!」
彼女も俺の隣に並ぶ。
その表情は恐怖や戸惑いはあるものの、【杖】をしっかりと握り自分の成す事を理解している様だ。
あのホブゴブリンの魔術師の術は俺やレヴァでも処理しきれないハイレベル。元々、ゴブリンなりにも魔術師として完成していたのだろう、それが『神の力』で底上げされているのか。
俺とレヴァが攻めるのに集中するには守ってもらう必要がある。
「あー、よく状況が飲み込めねぇんだが、あのデカいのは坊主達と嬢ちゃんに任せて良いんだな?」
クレスの身に着ける防具はボロボロになってしまっているが、そんな事は気にならないという様にその瞳に活力が戻っている。
「あぁ、周りの雑魚は頼むわ、冒険者殿!」
俺は【剣】に光刃を纏わせ、
「はっ! 任せろ――勇者殿!」
クレスは獰猛な笑みを浮かべ姿勢を落とし槍を構える。
そして彼は大きく息を吸う。
「行くぞテメェ等! ――死ぬ気で生きろ。死ぬまで俺らは、負けてねぇ!!」




