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第二章十節『少女の心情』

「これからどうしよう?」


 アイリ・フルーディルは森に面する自宅の裏庭で洗濯を終えたベットシーツを物干し竿に干した幾分かの達成感と共に途方に暮れる。


 朝と昼の合間の心地良い風が真っ白なシーツと髪を揺らし、少し汗ばんだ肌を優しく撫でた。


 春らしい良い日である事は間違いないのだが、アイリの心は穏やかとは言い難い。


「お休み、か……」


 正直に言うと一日休みと言われて、ホッとしたのが本音。だが、いざ休みとなると手持ち無沙汰で困ってしまう。


 普段なら、読書か興味本位で始めた香料や染料の調合で時間を潰すか、気分が乗れば街まで足を運ぶのも良いだろう。


 しかし、現状で自分だけ遊んでいる訳にもいかないと後ろ髪引かれるのだ。


 人手はどこも足りていないだろうと、冒険者達を見送った後に宿に収容された怪我人の治療を手伝おうとしたのだが、


「クレスさんから聞いてるよ。そりゃ、人手も何も足りないけど、私達は報酬貰って仕事に来てるんだから、今日位はこっちに任せて」


 と、ヒーラーの冒険者に追い出され。

 炊き出しの仕込みならばと、厨房を覗くも、


「おや、アイリちゃん。こっちに来ても仕事は無いよ。ホラ、たまには家でゴロゴロしてな。あぁ、晩御飯はウチで食べにおいでね」


 と、女主人にも取り付く島もなかった。


 かくなる上はと、身寄りの都合でアバウィルに避難できずに村に残っている子供達の面倒を見ようと遊び場と化した集会場に顔を出してみて、少し後悔。


「アイリお姉ちゃんは僕達が守るんだー!」


 なんて、可愛らしい近衛部隊が即座に結成される始末。


 保護者としてついていた若い女性が「あら、頼もしい騎士様達ね」とか微笑んでいたが、自分の半分程の年の子達にわちゃわちゃと取り囲まれてはお世話どころではない。


 ライアは気の良いおばさんの家で療養しているらしいが、顔を出す勇気は彼女には無かった。


 大人しく自宅に戻り、リビングで紅茶を啜っていたのだが妙な焦燥感に煽られて、勢いでベットシーツを剥がしていたのだ。


「……少し疲れちゃった」


 薪を割る為の切り株の台に腰かけて空を見上げる。


 大き目な桶に水を張り、ベッドシーツを手洗いした割と腰と腕に来る疲労感と春の陽射しに何かに焦る気持ちは薄らいだが、それはそれで物思いに耽ってしまう。


 ――この数年は正直、少し……いや、かなり辛かった。


 二年程前に、両親が付近の村の流行り病の治療に向かった際に感染した魔物に襲われ命を落とした時から、アイリの時間の流れは妙に早い気がする。


 悲しいかな、先ず考えたのは生活の事だった。

 元々、薬師としての知識や技術を遊びがてらに学んでいたし、もしもの事を考えて商品として価値のあるポーションの調合法を残しておいてくれたのは助かった。

 調合道具の位置や使用法、調達法など困る事が無い様に細かい所までメモに残しておいてくれたのは両親の愛だと思う。


 何とか売り出せる程度のポーションを調合出来る様になり、クレス達の伝手もあり自分の名義でギルドに卸せる様になったのはつい半年程前。

 それまでは残された貯金と周囲の助けもあり、ひもじい思いはした事もない。

 おかけで全てを失った訳ではない、と自身を奮い立たせる事が出来たのだが、今思えば同時に焦っていたのだ。


 早く自立しなければ、早くこの恩を返さなければ――と。


 時折、熟練の冒険者に帝都の学園に入ってみたらどうだと勧められた事も、新人の冒険者にパーティに誘われた事もあったが、そんな未来を想像する余裕も無かった程だ。


 そんな日々を送る中、いつからかゴブリン達の数が増え始め、気付けばヴィリン村が陥落。それからゴブリンの行動は更に活発になり支配領域を広げ、今やその脅威はまじかに迫っている。


 そしてつい先日、彼等に出会った。


 異世界から来た少年と彼を導く女性。

 彼等は神話として伝わる神代大戦は史実であり、その顛末である父神の復活と邪神と堕ちた母神の再封印――つまり、神話の後始末が使命と語り、アイリもその力と責任があるという。


「異世界……異世界?」


 異なる世界と言ってしまうのは簡単だが、どの位異なっているか、など色々と村娘でしかないアイリには現実味が無い。


 更には、神代に封印された邪神の云々かんぬんに自分が必要と言われても納得が行かない。


 ヒーラーという戦力として、そして彼との子を残す“女”としても……。


「~~っ」


 不意に今朝の光景が過る。


 一糸まとわぬ美しい女性の曲線美とまじかにみた少年の半裸。


 屈強な冒険者の様に鍛え抜かれている訳では無いが、根本から自分と造りの違う異性の身体。治療で男性の素肌を目にする事もままあったが事情が違う。


 生娘にはその印象が生々しくて妙な想像に拍車がかかる。

 先ほど洗ったシーツが視界に入るのが何故かバツが悪くなり、視線を落とす。


 自分の未発達の身体と彼女を比べると何とも言えない不思議な敗北感に溜息をついた。


「……『神の力』か――」


 自分の小さな手を見つめ、ポツリと呟く。


 大層な名ではあるが、ソレが自分にもあるというのは腑に落ちる。確かに、魔力の質が以前と根本から違う自覚があるのだ。


 レヴァの言う通り、あの時の彼の傷は通常の低位治癒術ファストエイドでは治癒出来ない損傷だった。

 回復というより欠損を補い作り直すのに近く、それは上位治癒術の領域だ。


 加えて、元冒険者の薬師の父から自衛として学んだ魔術も威力が増している。


 その一つ、


「“瞬く種火――燃ゆる”≪イグニス≫」


 魔力を練り上げて詠唱を紡ぎ、手の平に拳大の松明が灯る様に炎が浮かぶ。

 この炎を投擲すれば着弾時に小規模の爆発を起こす火系の低位魔術――の筈だ。


 本来は詠唱通りの蝋燭程の小さい炎で、その爆発も少し火傷する位で属性の適正関係なく魔術を習い始めた者の誰もが習得する教材魔術。


 当然、攻撃力など皆無に等しく精々が枝葉を焦がす程度。ゴブリンやウルフを追い払えれば上等だ。


 仮に魔力を込め過ぎた場合、詠唱から固定させたイメージと注ぐ魔力の食い違いで不発に終わるか人間火炎放射器になるのが普通。


 だから、


「――」


 規格外の低位魔術イグニスが“成立してしまっている”事が異常なのだ。


 コレをこのまま撃てば多少太い木でもなぎ倒し、ゴブリン程度なら文字通りの粉微塵になるだろう。

 少し前、練習がてらと地面に放ち無駄に大きな穴をあけてしまった時には驚きや高揚よりも恐怖が勝った。


 もしも、人に放ったら――。


「っ」


 嫌な想像が過り、手の内の炎が揺らぐ。魔力の乱れを整えようとするが……間に合わない。


 完全に制御を失い弾けてしまう前に、魔術として編み上げた魔力を解き宙に逃がす。

 手の平を見るとほんの少しだが赤くなっていた。


「――あぁ、もう……変だな――嫌だな……」


 ヒリヒリと痛む手を握る。


 分かるのだ。

 自分が普通では無くなった事が。

 

 アイリ・フルーディルは人に言わせると天才だ。


 治癒術の才がある事自体、貴重な人材だが、魔術適正の多さもその一因でもある。


 各属性に区分される魔術の適正は通常は一つ。才ある者でも二つが精々。

 火・水・土の三つ持ちだという事を知ったのは、村に訪れていた冒険者に半ば強引に勧められてギルドで適正検査を受けた時だった。


 それでもコレは才能なんかじゃない。


 “教えられてもいない魔術が行使できる”など普通じゃない。


 レヴァの言う通り、恐ろしいとも。

 どの様な変化であれこれ以上、自分が以前のアイリ・フルーディルで無くなるのは堪らなく怖い。


 だが、彼女の言う通りこの『力』を扱える様になれば多くの人を助けられる確信もある。


 しかし、それでも――


「私……どうしたら良いかなぁ――お父さん、お母さん……」


 自身の膝に伏せる様に顔を埋めた。


 二人ならこんな時どんな言葉をかけてくれるだろうか。

 その面影は微笑んでくれるものの答えてはくれない。


『それが貴女の願いですか?』


 レヴァの声と見透かす様な瞳が二人を攫って行く。

 彼等に協力し、再び両親に合うことが出来ればその答えも聞けるだろうか。


 と、


「――?」


 嗅ぎ覚えのある身の毛がよだつ異臭が薄っすらと鼻をつく。

 顔を上げて嫌な予感に周囲を見渡す。


 視界の端で、ガサガサと藪が揺れた。


「そんな――嘘っ」


 嫌な予感程、直ぐに現実になる。


「ゴブリン――!?」


 藪から這い出した緑色の小鬼がキョロキョロと見渡して、アイリを見つけニヤリと笑い腰に巻いた布に差した短剣を抜く。


 クレスに聞いた事を思い出す。

 ゴブリンは基本、臆病だ。一匹の場合、相手が強そうで武器を持っていたら大抵逃げる。だが、それは男の場合。


 相手が女の時は、例え一匹でも足りない頭を使って策を巡らせて襲い掛かる。


 そして、武装もしていない少女だったのなら、


「ギャキャキャ!!」


 与しやすいと見て――考えなしに襲い掛かる。


「っ!」


 “鋭きも猛々しい繁吹しぶき雨――番えよ”


 アイリは魔力を右手に練り上げて知らないはずの詠唱を脳裏で紡ぎ、宙に現れた粘り気のある水球をすくいゴブリンに投げた。


 打ち水の様に飛沫が広がる一瞬の間の後、爆風に押される様に飛散する。

 水系中位魔術≪ヘヴィレイン≫


 さながら、真横に飛ぶ水の矢の雨。

 狙いは皆無だが、威力は並みの矢を遥かに超える。

 その厚い弾幕は地面や木々を抉り、ゴブリンの額、腕、胴体、脚を穿いて肉片に変えた。


「はぁ……はぁ……」


 助かった事に安堵しつつ、迫るゴブリンの狂気と自身の放った魔術の威力に手が震えた。

 なまじ無意識で命を奪った事に眩暈がする。


 だが、ゴブリン相手に哀れみや赦しを請う必要は無いのは理解しているし、冒険者を相手にする薬師の端くれとしてその気も毛頭ない。


「皆に伝えなきゃ――!」


 クレス達は村を出てしばらく経つ。直ぐには帰ってこれないだろう。

 残る冒険者達で周囲の警戒。それから軽症者を少しでも早く動ける様に――。


 焦る頭で誰に、どの様に伝えるかを考えつつ、もつれそうになる脚を動かそうとした間際、


「――ゴブリンだ! ゴブリンの群れが攻めて来たぞぉ!!!!」


 見張り台から悲鳴に似た叫びと警鐘の早鐘。


 そして――ゴブリン達の雄叫びが重なった。



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