第二章九節『鎧袖一触(並みのゴブリンなど余裕です)』
「……彼女の事が気がかりですか?」
四人の冒険者達と共に森を進みながら挨拶程度の会話が一段落し、それぞれが談笑や警戒を始めた頃。
レヴァが俺にそう話かけた。
「――ん? あぁ……そりゃな」
「アイリ・フルーディルを戦力として数えられないのは残念ですが、致し方ありません。ゴブリンの軍勢には現存の戦力であたるしかありません」
歩きながら自分の顔を触ると、自然と眉間にシワが寄っていた。
結局、アイリの【神装】は発現できずに終ってしまった。
レヴァ曰く、俺の【神装】に触れても何も無かった事でアイリにも十分な『神の力』が宿っていることが証明されたとの事。
寧ろ、【神装】の発現前の状態で痛みや熱ではなく“温もり”と感じた分、俺よりも適正はあるらしい。
加えて、普段から魔術や治癒術などで魔力行使を行っている分、【神装】は既に形作られていてもおかしくないとも。
それでも何も変化が無いのは彼女自身がまだ『神の力』を拒んでいるからだ、というのが彼女の推測だ。
――まぁ、当然といえば当然だろう。
アイリが共に前線に出てくれる事が実質的に出来なくなったのは手痛いが、元々冒険者でも無い彼女に無理強いは出来ない。
それよりも【神装】を発現出来ないが故の『神の力』の乱れがアイリを苦しめているのが心配だ。
……だが、気がかり、というのならもう一つ。
「それもそうだけど……。なぁ、さっきアイリを無駄に呷ってなかったか?」
ピクリ、とレヴァの表情が動いた気がした。
「それに妙に自分を悪く言っていた気もすんだけど?」
レヴァは俺をチラリと見る。
「事を潤滑に運ぶ為に必要と感じたからです」
「――その心は?」
「…………」
少し長めの間だったが、俺の怪訝の視線に負けたのか溜息をついた。
「アイリ・フルーディルの【神装】の発現を促すには自発的に『神の力』を求めさせる必要がありました。その為に彼女に事実を告げたまでです」
それでもこの様な結果となりましたが、と目の前に垂れた枝葉を手で避けて、
「それに仮に彼女が我々の旅に同行するとなった場合、一党の中で拠り所と敵意を向ける対象が居た方が都合が良いものでしょう?」
……言いたい事は分かる。
狭い人間関係の中で派閥を作ってしまえば、多少意見の食い違いがあっても『全部、アイツのせいだ』の共有意識で丸く収まる事もあるだろう。
例えば、同じ先生を目の敵にする事で無関係だった生徒達に妙な結束が生まれる様な……。
だが、それでは――。
「それだと、お前の立場が無くなるだろ」
「貴方が気にする必要はありません。元より、いずれ貴方たちには子を残して貰う必要があるのです。彼女の不平や不満は私に向けさせれば貴方にも好意を抱きやすいでしょう。それが互いの支えにもなります」
レヴァは少し、眉を潜ませた。
「――貴方も私に強制された、という事にしておきなさい。それも間違いではありませんので」
ほんの一瞬、物哀しげな表情を見せたが、小さな溜息でその愁いも消えていく。
と、
「皆、まだ少し遠いけど、そろそろ私語禁止」
少し前を先行するこのパーティーリーダーのCランク冒険者ルルク・テスタリカが立ち止まり肩越しに振り返る。
青のショートヘア。腹が出る丈のノースリーブのワイシャツに弓道で見た事のある形の胸当とレザーの長手袋。短パンで太ももまであるサイハイブーツ。
腰に小振りの双剣を提げた彼女は十七という。
冒険者のランクはSからFの七段階。Bから上は次元が異なる“大きな差”があるようで、二十歳を前にCまでランクを上げるのは紛れもない実力者らしい。
当然、俺より経験を積んでいるであろう彼女は同じ年と思えない程に、堂々として頼り甲斐があった。
「奴等は案外、音や臭いに敏感だから気を付けて」
そう言って、ルルクは口元に人差し指を当てた。
道中の繁みにも子供が踏み荒らした様な真新しい跡が段々と増えてきている。
ゴブリンがこの辺りをうろついているのは間違いないだろう。
「どれどれー、と?」
一応、常に周囲の警戒をしていたが、更に範囲を広げた。
「……七匹、か」
木々や繁みで塞がれた視界の一〇〇メートル程先に“視える”。
――昨夜のレヴァとの特訓の賜物だ。
より集中すると、大まかだが位置関係や形も把握できる。
その内の一つが『園児と大熊』程の差で妙に目立ち、思わず眉を顰めた。
「ホブゴブリンって言うけどさ……“大柄の小鬼”っていうより寧ろただの“鬼”なのでは?」
「――えぇ、その通りです」
木の陰に移り進みながら、隣のレヴァに聞こえる程度に呟くと彼女は一瞬呆けて、満足そうに微笑んだ。
と、
「ほら、居た……っ」
ルルクがギリッっと奥歯を噛みしめる。
それなりに開けた空間だった。
五〇メートル程先に斑に広がった花畑。その内の一つに奴等が居る。
色とりどりの花に似つかわしくない醜い緑の小鬼共。
何が楽しいのか小躍りしている奴、花のベットに寝そべっている奴、拾ったであろうロングソードで花を散らす奴、座り込み何かに群がっている奴が三匹。
そして、切り倒されて新しい幹に腰かけている巨体。
ゴブリンが子供程度の身長でだらしのない中年の様な体躯に対し、ホブゴブリンは二メートルはあり、腹は出ているものの全身の筋肉が発達している。
その傍らに刀身が分厚い鉈状の大剣。
重厚な得物はライアのパーティーリーダーの物と特徴が似ている。目視をするとその大剣にも僅かながらに『神の力』が宿っているのが分かった。
「くそっ……やっぱ剣を盗られてる。付与されてるルーンは単なる『硬化』だけどあの巨体が振るうと厄介だよ」
ルルクが忌々し気に舌を打つ。
此方が奇襲を仕掛ける側だが、安易に打って出れない状況。
身を屈めて様子を伺っていると、レヴァが俺に密着する様に耳元に顔を寄せる。
ゴブリン達を前にするよりもドキッ、と心臓が跳ねた。
「“視て”の通り、ホブはゴブリンの上位種。その体格や運動性能、戦闘時の思考は凡そ三倍以上と言われています。冒険者の武器を手にしているのならその脅威は更に増し、個々の技量を考えなければこの人数で相手にするには些か、蛮勇と言えるでしょう」
ですが、と、
「“今の貴方”ならその限りではありません」
透き通る瞳で小さくもはっきりと告げた。
「……ねぇ、やっぱり私達もやるよ? 流石に彼だけじゃ危ないって」
ルルクは身を寄せる俺とレヴァに僅かに狼狽えながら、腰の双剣に手を掛ける。
元々は、奇襲でホブの動きを封じつつ周りのゴブリンを速攻で殲滅し、ホブとの六対一の状況を作る手筈だったのだが出発の際、レヴァが俺単騎で討伐すると申し出た。
流石にその場の誰もが無謀とたしなめたが、
『彼はソレ程の『力』を有しています。寧ろ、“ただのゴブリンの群れを単騎で征する事が出来ないのなら”この状況を打開する主力とは言えないでしょう。その証明を此処で立てます』
と、彼女の自信満々の断言にクレスが許可を出したのだ。
流石に、買い被りの様な気もするが実際目の前にすると確かに“その程度の差”はあるように思える。
「いえ、此処は彼にお任せします。――構いませんね」
俺は頷いて、自身の『力』を意識する。
『神の力』による身体と意識の強化。疑似的な神格化と自称する行為は昨日と比べ、急速でいて滑らかにそして力強い自覚。
【剣】を召喚し更に『力』を向上させる。内にと抑え込むが、僅かに周囲に漏れ出す圧に冒険者達はたじろいだ。
そして、ホブゴブリンが何かに気付いた様に空を見上げる。
身体の内と外に電流が奔る感覚を覚え、走り出す瞬間、
「――ご武運を」
レヴァの声に背を押された。
脚力を制御できる上限で強化するが、地面は踏み抜かない力加減で真横に跳ぶ。
本来の俺なら五〇メートルなら八秒をギリギリ切る程度だが、今なら二秒と掛からず肉迫できる目と鼻の先。
風より速く、ゴブリン共の群れに滑り込み、
「……はぁっ!」
【剣】に光刃を纏わせ振るう。
小躍りするゴブリンが下卑た笑みのまま縦に両断された。
続けてロングソードを振りかぶった個体の首を腕ごと刎ね、少し遠間に寝そべる怠け者には光刃を飛ばす。
「――っ!」
残りの三匹が何に群がっているのかその合間に見えて、奥歯を噛みしめる。
そのゴブリンが同族の骸に動揺する中、ホブが俺の背で大剣を振り上げていた。
「あ、危ない!!」
ルルクの悲鳴。
それでも、
「ガァアアアア!!!!」
「よっ……!」
振り向きざまに【剣】の刀身を覆う鎧の様な装甲で受ける。
光刃では多少『神の力』が宿り、『硬化のルーン』なんて詳細を聞かなくても分かる頑丈にさせる加工をされた程度の鉄製の刀身なら容易に両断する。
だが、逆に言うと半端な攻撃は光刃では真面に受けられない。
鎧のせいで【剣】の刀身を覆ってしまっているが、元々こういう使い方を前提としている様に思えた。
実際、ホブゴブリンの剛腕で叩き付けられる重量系の分厚い刀身を受けても損傷はない。
金属がぶつかる鈍い爆音と大気が震える振動。足元の地面に僅かにヒビが奔り、後方に広がる。
単純に、それだけ。
多少、身構え踏ん張りはしたが、押される事も腕の痺れも感じない。
ただ、
「ん――」
“宙を舞う花弁が何となく気になった”。
綺麗ではあるけれど、こんな形で散らすには少し心が痛む。
視線をホブゴブリンに戻すと、どこか俺を見下して既に殺した様な表情をしていた。
心外だなー、と思いつつ手首を返し、撥ね上げる。
思いの外響いた金属音に少し眉を顰めつつ、光刃を再度――今度は、より長く鋭く纏わせて振り下ろす。五メートル程の特大の光刃は緑の巨体を容易に両断した直後に霧散させた。
ホブの骸が地面に落ちて少し間が空いて、
「キィキャキャ!」
「ギャキャ!!」
二匹のゴブリンが俺に飛び掛かるが、【剣】の鎧で十二分。
飛んでくるボールをラケットで打つ手軽さだった。
残るは一体。
そいつは、俺に短く唸り、
「ゥ゛ッ……キャガキャ!!」
背を向けて転がりながら走り出す。
「逃がすかっての……!」
剣先を向け狙い澄まし、細長い釘状の刀身をイメージし銃の引き金を引く感覚で纏わせた。
「ァ、ギャ……」
光刃はゴブリンの腹を貫いてそのまま釣り竿でアワセる様に手首を撥ね、光刃を散らす。
「――――」
意識を広げつつ、周囲に目を光らせる……他に気配は無い様だ。
「お見事です。クジョウリュウ」
背後からのレヴァの言葉に自然と集中が切れる。
「っ、だはぁっ……。あぁ、昨日よか少しはマシだったかな」
詰まった息を吐き出して、『神の力』の強化を解除。
体感の落差による倦怠感と疲労感がドッと押し寄せる。
ポテンシャルは引き出せる様になってきたがその分、消耗も増えるのが道理だろうか。
【剣】を宙に溶かして、滲む汗を拭う。
「それにしても……なんか、妙に眩暈がする気がしなくも……?」
「個々に宿った『神の力』が僅かでも、この群れの分を一度に回収すれば多少なりとも、貴方に負荷が掛かります。今後の戦闘では留意して下さい」
その理由をレヴァが教えてくれたが、だからそういうのは事前に欲しい情報なのです。
眉を顰めていると、
「す、凄いねアンタ! ホントに一人でホブの群れを全滅させるなんて!」
ルルクを始め、
「さっきの剣。アレ、魔法の武器だろ! ダンジョンの踏破者だったんだな、それならあの大口も納得だ!」
「光の魔法は魔物に効果的な属性よ! これならあの変異種だって倒せるかも!」
「いや、武器の性能もそうだが秘めているマナの質が普通じゃない! あの身体能力は魔術の強化じゃなくて純粋なマナの活性化だった! もう、そんなの勇者達なんかより化物染みてんじゃないか!」
「そうだよな。魔法の武器は宿っている精霊が主を見定める為に試練を課すんだ。半端な冒険者じゃ認めて貰えないって!」
同行の冒険者達から口々に称賛を浴びる。
冒険者からみて、俺の【剣】は異質ではあるものの異常ではないらしい。
『神の力』は魔術の上位互換である魔法の更に上というので、そう解釈されたようだ。
言葉の表面だけ拾うと魔法の武器はダンジョンを突破した者が得られる特殊な武器、という事になる。そしてそのダンジョンは容易に突破出来ない難易度らしい。
――まぁ、そのダンジョンというのもろくな説明も無いので、ゲームなどからくるイメージしか無いのだが、『踏破者』というだけあり最深部にあるお宝を目指す類なのだろう。
兎も角、どうやら俺は『それ程の苦難を乗り越えて優れた武器を手に入れた猛者』とされてしまったようだ。
どうしよう、とレヴァを見るが「何か?」と無関心。
俺がまとめるしかない、だと?
全てを説明する訳にはいかないので、
「まだアレを手に入れたばかりで扱い切れていないんだ。それに色々無茶してるから、あんまり煽てないで貰えると助かる。それより――」
苦笑しながら誤魔化して、花畑に視線を投げる。
「彼を……早く、弔ってやろう」
◇
「――何か彼等の遺品は見つかりましたか?」
幾つかある小さな花畑の一つで、花を摘むレヴァが俺が声をかける前に問いかけた。
「鎧の一部と雑嚢を見つけた。後は、割れたポーションの瓶と衣類の切れ端――それにコレ位かな」
彼女に薄いグレーのピンポン玉程度の石を見せる。
ホブゴブリンの群れを討伐した後、俺達は全身を覆うフルプレートの鎧を纏っている男性の遺体を花畑の周囲にある木の根元に埋葬した。
俺の戦闘を見たルルク達は妙に浮足立っていたが、彼を――ライアのパーティーメンバーメンゲル・ツォークを見ると息を飲む。
何があったのか、想像したくもない。
右の肩から腕の鎧は無く、痣が酷く黒ずんでいて本来とは逆の方向に曲がり、左肘から先は無かった。
両足には無数の刺し傷。
――脚を潰してから散々嬲ったらしい、とルルクが血の気が引く程に拳を握りしめていた。
パーティリーダーは二十歳を過ぎた程度の女性エミリー・リホード。
発見した乱暴に引き裂かれた様な布はメンゲルが身に着けていた物では無いのは確かだった。
ライアの報告では、『ジェム』と呼ばれる即座に発動できる様に低位魔術を付与し加工した拳大の宝石タイプのアイテムを複数所持していたらしい。
その内包魔術は回復系が三つ、火弾を飛ばす攻撃系が一つ、目くらましの阻害系が一つ。
使用法は投げるだけ。ゴブリンでも簡単に扱える代物だ。
まだ皆は探索を続けているが、俺は戦闘の疲労を気遣われ先に休ませて貰う事になった。
……実際はまだ普通に余裕があるのだが、『いやー自分、無茶してるですよー。ホントはしんどくて堪らないのですわー』と言った手前、体裁の為に甘えさせてもらう。
「そうですか」
レヴァはチラリと俺の手元を見て、
「ソレは『スモークジェム』。僅かですが魔力感知を阻害させる煙幕を張る物ですね」
答えて彼女は作業を続ける。
魔術師の女性冒険者も薬草の知識があり別の花畑で採取を行っているが、レヴァもその辺の知識があるようで、買って出たのだった。
「立ったままでは、休息としては効率が悪いです。腰を下ろしてはどうですか」
「ん、じゃ……お邪魔します」
ジェムをズボンのポケットにねじ込んで、彼女の前に極力、花を潰さない様に座る。
黙々と作業を続ける彼女は特に迷う事無く花を選んでいく。
始めは花を愛でる少女を思い描いたが、こうまで事務的に花を摘まれると茶摘みの動作に似ている様に見えてくる。
やけに露出の高い美女の茶摘み……?
俺の僅かな苦笑に、
「――見ていて面白いものでは無いと思いますが」
レヴァが摘んだ花を一瞥して籠に入れた。
「あ、いや……えっと――」
妙な緊張を覚えつつ、
「その、なんだ……。アイリの【神装】って結局どうするんだ? まさか俺みたいに無理矢理使える様にする訳じゃないだろ?」
「無理矢理とは心外ですね」
レヴァは作業を続けながら、
「後は本人の問題です。彼女にも伝えた通りに【神装】自体は彼女にとっても彼女が守りたいものにとっても必要となる力。その覚悟も迫られれば、しざるおえないでしょう」
手を伸ばした先に、てんとう虫が居て摘み取る花を変える。
「もう一度、貴方の【神装】に触れさせれば彼女の『力』の促進にはなりますが、結局の所は本人次第です」
と、答えてまた黙々と花を摘む。
レヴァからは何か言う事は特に無いようで、沈黙が流れた。
対面しているのにこの孤独感とは如何に……。
「――……」
だが、しかし。
これからゴブリンとの戦闘が本格化すればゆっくり話す時間もしばらく取れないだろう。
どうせならば、と、
「その……レヴァさんは、“天使”なんですよね?」
「――そうですが?」
二の句を躊躇しながらも、
「だったらお住まいの方は――“天界”とかだったりします?」
そんなどーでも良くも気になる質問。
「は?」
当然と言うべきか、今までで一番、冷め切った目をされた。
「あ、何でも無いですごめんなさいすみません!」
条件反射の平謝りにレヴァはギョッとして、小さく溜息をつく。
「――そこまで私は高圧的なのでしょうか……」
ポツリ、と呟いてから、
「貴方が天使に抱く思想はこの世界のヒトにとっても大きな差異はありませんが、実際の『天使』とは『世界に紛れた異物を排除する為の防衛機構』そのものです。特定の場所で営みを送る様な生命ではありません」
「世界に紛れた異物?」
「正に、貴方の様な転移者などですね」
と、僅かに揶揄うような笑みを見せ、
「本来、『世界』には容易には行き来出来ない壁があります。その壁は、世界を管理する神の領域の“境目”。ですが、数ある『世界』の中にはその“境目”が曖昧な『世界』もあるのです。その為に異世界への召喚・転生などが可能となりますが、同時に招かれざる客も紛れ込む事もあるのです。特に神に管理されていない世界から」
外宇宙からの侵略者……的な?
平然と”平行世界なんて、そこら辺にありますよ。割と普通”と言われたが、『ソレはソレ』と自分なりに納得しつつ、
「でも、それって俺の居た世界のセキュリティって――もしかして?」
「ご察しの通りです」
「地球のセキュリティ意識の低さ!?」
思わず、頭を抱えてしまった。
星ではなく世界そのもののですが、と、
「ですが、そのお陰で貴方はこの世界に招かれ命を拾ったのです。そして貴方の世界への帰還という奇跡も可能になる訳ですね」
ナルホド―、と相槌を打つ。
神隠しと宇宙人とかUMAとかガチの奴は多分、そういう事なんだろうな。
「それで、レヴァはどうなの?」
聞いておいてなんだが、少しでも彼女の事を知ろうとする自分に内心、苦笑する。
……下心でも出て来たのか。
「私は、天使の中でも転移者を導き寄り添う従者としてヒトに近い稀有な類です。勿論、生殖も可能ですのでご心配なく」
「あ、そういう心配で聞いた訳ではな――」
「故郷、と呼べるものも一応あります」
無視ですかー? というのをスルーしつつ、
「ですが、やはり“普通の人の様に生きていた”、とも言えませんが」
「……?」
含んだ言い方に眉間にシワを寄せる。
「私は誰から教わる事も無く、この世界の事を知っていたのです」
自嘲気味にどこか寂しそうに微笑んだ。
息を飲んでしまうと、
「言葉の意味や物の名前、用途――世界の摂理。物心、というものがつき“私”を自覚した時には既に“知識として持っている”状態でした。……神の恩恵の賜物ですね」
レヴァは周囲の花を愛おしそうに、だが悲し気に見つめる。
「今は、ただその場に必要な情報を本棚から取り出して調べる作業と差ほど違いはありません。ですので、この空の色も、土の臭いも、風の心地良さも理解はしていても――私は知らなかった。正直、“実感が伴わない知識”というものに違和感が拭えません。例えば――」
彼女は手近の赤い花を摘み、匂いを嗅いで俺に渡す。
「コレは、人に名を付けられていない野花。その蜜は果実に似ている、と私は情報を持っています」
俺もその花の香りを嗅ぐ。
確かに、皮を剥く前の林檎様な弱い甘さを感じる。
感じるが……
「そうだな、確かに良い匂――青臭っ!? もろ、草の臭いなんですけどっ!?」
ちゃんと嗅ごうとすればするほど、ただの植物臭が鼻をつく。
咽返る俺に、レヴァは僅かだが微笑んだ。
「それが良い匂いなのか、好ましく思うのかは実際に確かめなければ分かりません」
ですが、と、
「こうして手に取る、ということは何であれ新鮮で好ましいのかもしれませんね」
俺の手の、そんな情報詐欺みたいな野花ですらレヴァは愛おしそうに見る。
彼女が抱く思いの全てを理解する事は出来ないだろう。
それは教本だけで車の運転を知る様な理解と経験の齟齬で腑に落ちない不安感と、決して訪れる事の出来ない絶景を写真や映像で見るかの様な憧れが同時に渦巻いている様に思える。
「なら、これから色んな物を見て、色んな事をすれば良いんじゃないか?」
不意にそんな事が口をついて出てしまった。
俺自身ですら、『再誕の儀式』とかでレヴァやアイリ相手に子供云々の問題を抱えているので、希望に満ちた言葉を並べるのは無責任な様な気がした。
「あ、いや――」
それをどう取り繕うかと濁していると、レヴァは目を丸くして――クスリと笑う。
「えぇ。それも、良いのかもしれませんね」
その綺麗な表情にドキリ、と心臓が跳ねた。
「――――」
完全に目を奪われた。体温が上がっていくのが分かる。
――コレはアレだ。ズルいなー。
「……どうしましたか?」
硬直する俺を怪訝に思い小首を傾げられた。
彼女いない歴=年齢の高校生には耐えられないので、
「あ、そろそろ休憩はいいかなーって! 手伝いに行こうかなぁー!?」
もつれながら立ち上がる。
と、その時。
「おい! こっちに来てくれ!! ゴブリンの足跡だ!!」
男の冒険者の叫びが遮る。
その切羽詰まった声に胸の奥がざわついた。
気付けば、俺とレヴァは花畑から少し離れた、彼の元へと駆け寄っていた。
「なになに? ゴブリンの足跡なんてその辺りにあるでしょ?」
同じく駆け寄って来たルルクが怪訝そうに尋ねる。
確かにその通りだと思ったが彼の震える指の先ではまるで隊列を組み進行している様な無数の足跡。一見でも数は一〇や二〇で済まないと分かる、もっと大規模な……村に居る冒険者の数よりも多いかもしれない。
「コレ、結構新しいよ。今朝には此処を通った……?」
ルルクが足跡に抉れた土を弄り呟いた。
無意識に全員がその足跡を辿っていく。
木々の合間を抜けながら、どこかを真っ直ぐに目指しているのは明らかで、
「これは……まさかっ!?」
血の気が引くのが分かる。
そして、冒険者の誰かが言った。
「――ゴブリン共が、ノーベルに向かってるっ!!」




