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第二章八節『異世界二日目は朝チュンから始まった』

 昇っていく様な浮遊感に目を開ける。


 陽が射し込む、暖かで穏やかな海に漂っていた。


 朦朧とする視界の先、何かが見えてくる。


 太陽の逆光越しのようにぼやけているが、ソレは【剣】だと分かる。


 片手剣にしては幾分大振りな柄で大剣というには些か物足りない刀身。

 横に伸ばしたM状の鍔。その刃は黄金。

 全体のバランスは違えど、どことなく俺の【剣】に似ている様に思えた。


「――」


 身体は浮き上がり続け、【剣】は沈んでくる。


 近づいている筈だが、手が届く様な気がしない。


 遠くにある巨大な物が近くにある様に思える、あの感覚だ。


 次第に水面上の光が強くなり、視界が白に染まっていく。


「――」


 決して触れられないのは分かっている。


 だが、俺は――


「――――」


 それでも、手を伸ばす。





「ぁ……――あ?」


 目覚めは唐突だった。


 朝の微睡みも無い、電源を入れられた様にこの瞬間に意識が覚醒する。


「――ぁん?」


 天井に向けて上げている左腕の疲労感で、夢を見ていた、と自覚する。

 それだけ理解できたが頭は空白のままで状況が呑み込めなかったが、


「異世界ですか、そうですか」


 走馬燈の様に、一連の流れを思い出して、思いっきり眉を顰めた。


 身体に残っていた水中に漂う様な浮遊感も、世界を渡った非現実的な実感が蘇ると共に薄れていく。


 それと一緒に、夢に見た【剣】の印象も曖昧になり始めた。


「――異世界かぁ……」


 いい加減に腕が痺れて来たので、力を抜いて腕を下す。


 呟いた声は思いの外、うんざりとしていた。


 世界に散った『神の力』の回収と父神の復活。そして邪神となった母神の再封印。

 

 その為にこの村の薬師兼治癒術師であり、この家の家主であるアイリの様に『力』に適正を持つ女性達を伴侶として子を作り()が許容しきれない『力』を移す別の器とするという。


 ――世界を救う為の旅。


 そう語ったレヴァ自身もその一人と平然と口にして、あまつさえ俺とただ“まぐあう”ことすらもその内だという。


 そういうのは――勘弁して欲しい。


「はぁーあ……」


 気の重い溜息をつき、横をチラリと流し見る。


 そこには、


「…………」


 件のレヴァさんご本人。


 力の抜けた心地良さそうな表情で静かな寝息を立てている。


 驚かない。だって、覚悟の上だったから。


 窓から差し込む朝日と小鳥の囀りが所謂、『朝チュン』を醸し出していた。


 その上、俺は上半身裸。

 そしてレヴァはTシャツのボタンを外し二の腕まで見える様に捲られている……つまり俺とあまり変わらない露出度。


 目が覚めたら隣で美女が裸で寝てました? 何このラブコメの冒頭みたいな。


「なるほど、お約束というやつですね」


 驚きはしないが、心穏やかで居られる訳ではない。


 あどけなさが残る大人の女性の寝顔と艶のある玉肌は見ていて飽きないが、その柔らかいフワフワ峡谷に若さ故のリビドーを持て余してしまうので、彼女を起こさぬ様にベットから抜け出して、シーツを掛ける。


「――まぁ、その度胸もないんだけさ」


 劣情を抱く度にゴブリンや家族の事を思い出して萎えるとか、精神衛生上絶対よろしくないと思う。


 いつか鬱になりそう、と苦笑してベットに腰かけ目を瞑り深く息を吸う。

 薄い保健室の様な消毒アルコールの臭いが肺を満たすのはあまり爽やかではないのだが、


「特訓の成果は上々ですね、と」


 目を開けると、“見える世界”が変わる。


 淡く光る青い微細な粒子が無数に散らばっている中を、湯気程度の濃度に集まった光が泳いでいる。


 テーブルに飾られた花瓶を啄む様に周囲に集まるソレに近づいて手を伸ばすと、舞った粉を吸い取る掃除機バリに手の平が取り込んでいく。


 花瓶が纏う粒子――『神の力』が消えると、どこか活けられていた花の元気が無くなった様に思えた。


「あ……」


 良く見ると、花弁の端の瑞々しさが失せ僅かだがシワになっている。

 水滴で喉の渇きが潤う訳が無い様に、経験値が蓄積された感覚は無い。


 ただ一輪を枯らしてしまっただけで妙な罪悪感を覚えると、


「――休息は十分の様ですね」


 レヴァの、些か張りの無い声に振り返る。


 集中が切れ粒子が消えた視界ではレヴァが身体を起こし、うつらうつらと微睡んでいた。


 クール美女は朝に弱いらしい。

 トロンとした目でボーとしていると、神がどうのと怪しい勧誘をする人には見えなかった。


 一応、シーツを引き寄せて肌を隠してはいるがやはり色気が過ぎるので視線は逸らす。


「あ、あぁ……うん。ってか、シャツを着直してくんない? こんな所アイリに見られたら誤解されるよ。服も乾いただろうし貰って来るか――」


 と、そんなタイミングを計った様に、


「お二人とも起きてますか? レヴァさんのお召し物が乾いたのでお持ちしましたけど」


 彼女がドアをノックする。


 まじか。監視カメラでも着いてるのかこの部屋。


「ありがとう、アイリ。今、ちょっとアレだからその辺に置いといてくれると嬉しい――」


「わざわざどうも。構いませんのでお入り下さい」


「な――!?」


 レヴァは欠伸交じりに半裸状態でベットから降り、シャツを床に脱ぎ落す。


「失礼しますね――」


 そしてドアノブが回される音。


 0.2秒で、判断する。

 

 兎に角、彼女にこの状況を見られてはいけない。


「ちょ、ちょっと待っ、待って――!!」


 足がもつれながら滑り込みドアを押え様としたが、引き戸だった事を思い出す。


「あっれっ!?」

 

 勢い余り、ドアの淵に手を着いた。


 その瞬間に開けられてアイリと近距離で視線が合う。


 所謂、壁ドン状態。


「え、あ、リュウさ……!?」


 壁が揺れる振動と半裸の俺が目の前にあり彼女は目を丸くする。


 その泳ぐ視線が俺から部屋の中に移り、レヴァの一糸まとわぬ姿と片方だけシーツが乱れたベッドを見る。


 みるみる内に顔を赤くして、


「あの、コレ! お願いします――ごめんなさい!」


 レヴァの服を俺に押し付けて、リビングへ逃げて行く。


「――――――ん゛っ!?」


 眉間にこれでもかとシワが寄ると、


「私の衣類を返して貰えますか? 貴方も服を着た方がよろしいと思いますよ」


 レヴァが俺の直ぐ後ろに。


「お前が言うなし……」


 グヌヌ、と口惜しいさに震えながら俺は彼女に服を手渡した。





「皆さん、おはようございます。朝食をお持ちしましたので良ければ召し上がって下さい」


 村の周囲に陣取った冒険者達のテントの列に俺達は両手に大きなバスケットを提げて赴いた。


 アイリのどこか馴れた様子の呼びかけに朝の陽射しにうな垂れていた冒険者達が公園のハトみたいに殺到する。


 彼等が飢えた獣染みた気迫でハムとレタス、炒り卵にマスタードをベースにしたソースを絡めバゲットで挟んだアイリ特製サンドイッチが詰まったバスケットに群がる中、


「いつも悪いな、嬢ちゃん」


 朝食にありつけたクレスが群れから離れ、アイリに声をかける。


「いえ、これくらいは。皆さんの方が毎日、大変ですから」


「俺らがまだ、ふんばれんのもこういう気遣いのお陰さ」


 クレスは笑いながらサンドイッチを頬張った。


 口元のソースを指先で拭い、所でと、


「……にしても、ひでぇ顔だな坊主。何かあったか?」


 げんなりとした俺の表情を見て眉を顰める。

 ……何かあったのか、と問われればアレだ。


 “あの後”、俺達はアイリが用意してくれた朝食を頂いたのだが、まともな会話などある筈もない。

昨夜のシリアスから一転、昼ドラか何かで見た事のあるワンシーンを実演してしまったのだから尚の事。


 寧ろ、「人の家でナニやってんだ!」と糾弾せず飲み込む辺り、アイリは大人だと思う。


 ついでに、食事の前にレヴァの「先にシャワーをお借りします」とリビングに俺とアイリだけを残されたあの十分弱は地獄だった。


 ――などと、説明する訳にもいかず、


「……気にしないでくれ。コッチの話だから」


 なんのこっちゃわからないクレスは「お、おぅ」とだけ肯いた。

 一つ息を吐き、表情を引き締めて心持ちを切り替える。


「それより、ゴブリンの事だろ? アイリの話じゃ、セリアンスロープって種族? に共闘を持ち掛けてるらしいが、芳しくないって事だけど……脈はありそうなのか?」


「おー、一から説明する必要は無さそうだな」


 と、残りのサンドイッチを平らげて、


「ゴブリン共が大胆に動く様になってから再々、口説いてはいるんだが、中々つれなくてな。奴さんも今の状況に頭を抱えてるとは思うんだが……」


 うな垂れるクレスにレヴァは、


「それ程までに、種族間の溝は深く根強いという事です。五〇〇年の遺恨はゴブリンの群れ一つでは埋まらないのでしょう」


 諭す様に告げる。


「そういうもん……だわなーやっぱ」


 納得した様にクレスはまた肩を落とす。

 

 五〇〇年の遺恨。

 同じ森に住み共通の敵がいる“ヒト達”が自然と団結出来ない程の何かが過去にあったのだろう。

チラリとアイリを見ると、思う所があるようで眉間にシワを寄せている。


 この世界にとって部外者である俺が興味本位で聞いていい話ではないだろう。


 レヴァは、過去の過ちより今の事です、と前置いて。


「仮にセリアンとの共闘が決裂した場合、他に戦力の増援は見込めるのですか? 現状の冒険者の数ではこの村の有志を募ったとしても、大群に攻め込まれれば蹂躙されます」


「……嬢ちゃんの前で、身も蓋も無い言い方やめてくれないか? 色々、協力してもらっちゃいるがあくまでただの村娘なんだ」


 前日にアイリは自身が申し出た薬草採取でゴブリンに襲われ、護衛の冒険者の死に負い目がある。

 その辺の配慮を、とクレスは眉を顰めるがレヴァは俺をチラリと見た。


「昨夜、彼にも言いましたがいかに言葉を選ぼうと事実は変わりません。寧ろ、何に直面しているか明確にし共有する方が建設的です」


 レヴァさん節に気圧されたクレスと目が合い、「坊主も苦労してんだなぁ」なんてアイコンタクト。


 妙な間が空いて、


「わ、私なら――!」


 アイリは意を決した様に、声を上げる。


「私なら大丈夫です。この村の事だから私達が向き合わないと……!」


 揺るがない視線と握りしめられた小さな手にクレスは、頭を掻いて小さく唸る。


「アバウィルの冒険者で協力的なのは今居る連中だけだ。数自体はまだ結構、街に居るんだが、そいつらは稼ぎに来た余所者でな。ギルドもそれなりの報酬を提示しちゃいるが、稼ぐだけなら他に旨いクエストが幾らでもある。……地元の新人に村の防衛を任せて俺らが狩りに出るってのが現状だ」


 村に滞在している冒険者は約五〇人という。

 だが、その内の何割かは新人と負傷者。残りもクレスを含め疲労の色が濃く、実質の戦力は一握り。


 レヴァの言う通り、アバウィルからの増援が期待出来ない中、総力戦となった場合、勝ち目はない。

 俺とレヴァを除いた助力を得たい所だ。


「――あ」


 ふと、思い出す。


「なんか、近くの小島に騎士団が調査に来てるんじゃなかったか? それなら――」


 レヴァ曰く、【神装】を発現する前の状態の俺が騎士の平均レベルという。

 光刃や鎖を自在に操るスキルが無くともステータス的には十分な筈だ。


 しかし、


「あー、そいつらは期待しない方がいいぞ」


 クレスは遠い目で空を見上げた。


「飛竜部隊・ドラグニティっう、帝都で最近出来た遊撃隊がその鉱山の調査には来たが、三日も前の話だ。飛竜なら帝都からここまで四時間。島なら十分もあれば着く。鉱山の浄化にしたって一日もあれば十分だ」


 はっ、と短く笑い。


「一応、顔合わせの時にコッチの手伝いもしてくれるって話だったが、大方“ただのゴブリン程度”と無碍むげにしたんだろうよ。騎士様達はお忙しいからなぁー」


 なんて悪態をつくが、直ぐに「……いや、何言ってんだ俺」と自嘲する。

 やはり、彼も相当追い詰められているらしい。


「ともかくだ! 今いる奴でやれることをするしかねぇ。俺はセリアンスロープに呼びかけながら周囲の警戒に出る。アンタ等、腕に自信があるってんなら、昨日嬢ちゃんが行ってた花畑に向かってくれ」


「アイリの……あぁ」


 成る程、と頼まれた仕事を察した俺に、


「話が早くて助かるぜ。嬢ちゃん達を襲ったのはホブが居る群れだ。そいつらは大抵、十匹前後の子分を連れて縄張りを広げようとしてやがる。多分、まだそこに居座ってる筈だ」


 だから、と鋭い眼光を見せる。


「残らず殺せ。一匹でも逃せば直ぐに別の群れが来る。完全に潰して向こうの動きを少しでも鈍らせろ」


 クレスは一瞬、ためらうが、


「それと、出来ればなんだが……」


「分かってる。ライアの仲間の捜索だろ。周囲を探してみるよ」


 廃神殿の光景が過る。


 無事とはとても思えないがせめて遺品の一つでも見つけないと、ライアの仲間も、ライア自身も、アイリだって報われない。

 彼女達に指示を出したクレスもそうだ。


「――すまん。Cランクをパーティーに入れる、実力的には十分で信頼できる奴だ。森じゃソイツの指示で動いてくれ」


「あぁ、わかった」


 レヴァを見ると、彼女は頷いた。


「我々の目的が果たされるのであれば、方法は問いません。貴方にお任せします」


 主導権はあくまで俺に託してくれるらしい。

 なら、俺もやれる事を全力でやろう。


「なら私は――」


 自分も何かしなければ、とアイリが申し出ようとするが、


「おっと! 大事な事を言い忘れてたぜ。嬢ちゃんは今日一日、休みだ!」


 クレスは満面の笑顔で有無は言わせないと食い気味に被せた。


「え……でも、まだ負傷者の方も――」


 戸惑うアイリにクレスは「んー」とわざとらしく軽く唸る。


「まぁな。このレイドにヒーラーは少ない。実際、アイテムも追いついちゃいねぇよ?」


「なら、私にも……!」


「だが、カツカツなのは嬢ちゃんも一緒だ。体力的にも魔力的にも――当然、心にも」


 はっとするアイリに、彼はどこか誇らしげに笑う。


「治療を受けた奴等が俺に言ってきたんだ。「あの子は頑張りすぎだ」「頼りきりは立つ瀬がねぇ」ってな」


 目を丸くした彼女に背を向けて、


「無理や無茶は冒険者の仕事だ。――そーだろ、お前ら!」


 掲げる拳に応え、冒険者達は声を上げる。

 それこそ、ゾンビの様に覇気の無い彼等だったが、アイリのサンドイッチとリーダーの掲げた言葉に活力を取り戻す。


「――死ぬ気で生きろ。死ぬまで俺らは、負けてねぇ!!」


 彼の鼓舞に冒険者達はそれぞれが行動を開始する。

 互いに声を掛け合い武器を取った。


「さぁ、今日もゴブリン狩るぞ! 見張り組は戻って休め! 嬢ちゃんの差し入れあるぞー!」


 忙しない冒険者達の動きを眺めながらクレスは、俺に、


「そんじゃ、さっき言ってたパーティメンバー呼んでくる。アンタ等も準備があるなら済ませといてくれ」


 と告げて、宿へ駆けていく。


「……準備っても、着の身着のままなんだよねー」


 その背中を見送りつつ、小さく苦笑が漏れる。


 まぁ、俺の場合、武器は出したり引っ込めたりその度に疲れる燃費悪さに目を瞑れば、手入れの必要が無いので身軽で良いかもしれないなーとか思っていると、


いとまが出来たなら、彼女の覚醒を済ませてしまいましょう」


 レヴァが俺に告げてからアイリと向かう。


 僅かに気圧されるアイリにレヴァは小さく肩を竦ませた。


「そう怯える事はありません。昨夜の件――貴女への処遇は、彼の意向で一時保留となりました。私としては遺憾ではありますが、旅への同行の有無も貴女の意志を尊重するのがクジョウリュウの望みです」


「――え?」


 呆けた表情のアイリと視線が合うが、どういう態度で良いのか分からずそっぽに視線を逃がす。

 レヴァの言い方に妙に引っ掛かりを覚えたが、彼女は続ける。


「貴女がこの村に残るのであれば、私からはポーションの提供を要求します。冒険者ギルドを介せば我々の手元に来るのに時間が掛かりますが場所は問いませんので」


 彼女は一拍置いて、


「しかし、我々の旅は貴女にも有益である事を心に留めて置くことです。仮に村に残るのであれば当然、責務の放棄として報酬は与えられません」


 世界に散らばった『神の力』を回収し、神の復活に貢献する事で送られる報酬――それぞれの願いの成就。

 俺達の旅に同行しこれからの人生の一部で神に奉仕し自分の願いを叶えるか、それともその数年を今まで通りに過ごした後、俺との子を成して『力』を宿した責任を果たすか。


 理不尽で、どっちがマシかという二択を改めてレヴァは問う。


「ですが、貴女の決断はどうあれまずは【神装】を得て貰う事が先決です。よろしいですね?」


 アイリは僅かに戸惑いを見せながら、小さな手をギュッと握る。


「ですけど……もし、私が村に残るのなら、戦う力は必要――」


 親の言う事に反発してみせる様な、アイリの些細な反抗。


 それを、


「その認識は間違いです」


 レヴァは哀れむ様に諭し、斬り捨てる。


 何でですか、なんて言わせる暇もなく、


「貴女のその『力』を欲しているのはこの村も同様。ゴブリンとの大規模の戦闘となれば、冒険者の多くは負傷する事でしょう……当然、中には命に係わる者もいる筈です。仮に攻め込まれれば村の被害は計り知れません」


 レヴァこの言葉にアイリは息を飲んだ。


 ですが、と、


「逆に【神装】を得たからこそ救える命があるのです。自身が身に着けた技能と宿った『力』はそれ程のものという事を自覚なさい」


 突き放す様にレヴァは言う。


「もっとも、他者の命を救うよりも自身の変革を恐れるのなら私は構いませんが? 元より、彼はどうあれ私はこの村の存続自体に興味は――」


「おい、少しは――!」


「わかりました!」


 俺が止めるより早く、今度はアイリがレヴァの言葉を遮った。


 口惜しい様にアイリは唇を噛む。


「どうすれば、良いんですか……」


「特別な事をする必要はありません。ただ、彼の【神装】に触れるだけでも『力』の促進になります」


「……?」


 アイリは怪訝そうに眉を顰め、レヴァは俺に視線を投げて促した。


「貴方なら【神装】の有用性は理解出来ていると思いますが」


 その声色や瞳には蔑みや嘲りなどの悪意は無い。

 レヴァの言う事は、思いやりこそ欠けるが――事実だと思う。


『神の力』を持つゴブリンの大群から村を守る戦いの中、同じく『神の力』を持った回復と攻撃の術を持つ人物は必須。


 その能力のある彼女が前線に出てくれればどれ程心強いだろう。村に残るにしても、高レベルヒーラーとして俺達の支援をしてくれるだけでも支えになるし、何より最後の要となる。


 逆に、彼女の協力が無ければ打開は難しいだろう。


「嫌と言う程な」


 それでも、釈然としないまま【剣】を呼び出してアイリと向かい合う。


「えっと……それじゃ――?」


 両手に乗せた【剣】にアイリは少し戸惑いながら手を伸ばす。


「――」


 彼女の指が柄から鍔、そして刀身を覆う鎧の様な装飾をなぞって行く。

 始めは恐る恐るだったが、次第に興味を惹かれた様に黙々と質感を確かめる。

 その細く柔らかい指先を見ていると自分の身体を撫でられている様な気がして来る。


「鎧で覆われてるけど、切っ先は無駄に鋭いから気を付けてな」


「え?……ぁ、ごめんなさい!」


 俺の苦笑にアイリは子猫でも撫で回していた様にしていた事に気が付いて、手を退いた。


 レヴァは俺の【剣】に触れるだけで良いというがその点、アイリは十分だろうが、


「それで……どんな感じ?」


「どんな感じと言われても……温かい、です?」


 ――当然と言うべきか得に何もない。


 別にこの素材不明のエセ剣に温もりがあるとも思えないが……感じ方は人それぞれだろうか。


「……」


「……」


 しかし、会話が盛り上がらないあの独特な間の様にバツが悪くなった頃、


「やはり彼女の素質は十分の様ですね」


 俺とアイリの気まずさを余所に、レヴァが一人納得した様に頷いた。


 相変わらずのクールさに肩透かしを食らい、不満や怒りがぼんやりとしてしまう。


 レヴァの言動は徹底して感情的になる事が無い。

 そのせいで、意見の食い違いが成立しないのだ。


 だが、そのおかげで内輪揉めにも成らない訳だが……。


 持て余してしまったモヤモヤの矛先を失い溜息で逃がす。


「だから、何がなのさ? 報連相って知ってるかい、野菜じゃない方な」


「その概念は理解していますが、その必要が無い程に明白な事ですよ」


 腑に落ちず眉を思いっきり顰めた俺が寧ろ不思議そうにレヴァは小首を傾げる。


 溜息交じりに、


「【神装】は高純度のマナが質量を持った魔法に近いモノ、というのは既に伝えましたね?」


「……おう?」


「その様なモノに素質の無い者が触れればどうなるか容易に想像がつくでしょう? マナの反発で弾かれるか――最悪は腕を失う所でしょうか?」


 眉を顰める俺に、レヴァはどこか呆れた表情で肩を竦ませる。


 ワンテンポ遅れ事の重大さを理解し、俺が初めて【剣】を手にした時を思い出す。

 焼けた鉄を握った様なあの激痛はシャレでは済まされない。


「おま……尚更、事前に言えっての! もしもがあったらどうすんだ!?」


「それこそ、杞憂です。彼女は既に十分な『神の力』を有しているので、害される事は無いと分かっていました。そもそも、伝えようが伝えまいが貴方の【神装】への接触は必要な事です」


「だからってな――!」


 俺の文句の途中でレヴァは視線をアイリに移して、フムと自分を抱くように腕を組む。


「しかし、『力』の促進には至らない様ですね……やはり問題は――」


 レヴァは思う所があるようだったが、


「おーい! こっちは良いぞー、お前らも良いかー?」


 少し遠くで数人の冒険者を集めたクレスの声に俺達の視線が集まった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 読ませていただきました。 とても読みやすいです、セリフと活字のバランスが凄くいい。Theラノベと言った感じがします。 こう言うテンションは大好物です。
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