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第二章六節『十五才の少女に手を出したら犯罪です』

「……」


「……」


「……」


 ――これ程、気まずい食事は俺が小学生の時に両親が割りとガチで夫婦喧嘩した以来だ。


 あの時は妹が酷く怖がっていたがその時のプレッシャーを超えていると思う。


 テーブルに並ぶのはアイリが用意してくれたシンプルなコンソメスープにカリカリのベーコンとフワとろスクランブルエッグ。

 粗末な物と彼女は苦笑したが、特にスープは細かく切られた野菜が甘味とベーコンが程よい塩気が身体を温めてくれる。


 皿や器などの食器類は木製が多い様だが陶器もある様だ。

 ナイフやフォークは銀。貴金属の需要や加工技術もあるらしい。


「――ご飯までご馳走になって悪いね……ホント、色々」


「いえ、最近はずっと一人で済ませていたので誰かと一緒は嬉しいです」


 沈黙に耐え切れず何とか話題を絞り出した。


 微笑んで見せるアイリの表情は曇っている。


 それも当然。

 ちょっとした修羅場(俺のセクシーショット)の後にこの重い空気。

 

 寧ろ、人の家で何しているんだと、深く追求したり軽蔑されない分、アイリさんはどこかのセクシーお姉さんより大人びていると思う。


「お父さんの服ですが、大丈夫そうですか?」


 アイリが用意してくれた服は、インナーとして黒の長袖のTシャツと上着に紺色の長袖Yシャツ。上着は厚く硬い生地だがXL程のオーバーサイズと袖口と二の腕部に短い帯とボタンがあり袖を折り留められるデザインのお陰で、窮屈さや煩わしさは無い。


 ズボンは焦げ茶の脚にゆとりがある複数のポケットがあるカーゴパンツ風。上着同様の丈夫な生地の為、森の散策や戦闘でも簡単に破ける事は無いだろう。


「うん。少し大きいけど大丈夫そう……だけど――」


 レヴァを横目で見ると何食わぬ顔でスープを味わっていた。

 スプーンや啜る音を立てないあたり気品があるが、もう少し場を和ませようとか考えないのか。


 ……考えないか。


 タオルドライでまだ湿った髪が妙に色っぽい。

 服は洗濯中なので、両肩が見える程に首元が大きく開いた前開きのロングTシャツ風。

 アイリの母親の物らしいのだが、膝上程の丈で少し窮屈そうだ。……特に胸が。


 布が突っ張っているせいで身体の一部のラインが出てしまっている。

 その更にごく一部の……何処の何とは言わないが先端部が僅かに主張するのだ。


「……やっぱりレヴァさんは、何か羽織るとかしません?」


「いえ、特に肌寒さは感じませんので」


 そういう事じゃなんですけどね。


 アイリもどうかと思い、下着を渡そうとしたが窮屈なのは嫌だと突き返したらしい。そもそも既に着た服をもう一度脱ぐのは億劫だ、とはレヴァさん談。


 ――思春期男子への配慮をお願いしたいのですが。


 こんな感じで特に会話が盛り上がらないまま十数分で食事終了。


 アイリが食後に紅茶を入れてくれ、


「――それで、『神の力』というのは……森のゴブリン達と関係があるんですか?」


 躊躇いつつも本題を切り出した。


「その話をする前に、この世界の成り立ちは理解していますか?」


「世界が出来た時のお伽噺……という位なら」


「結構です。では、まずはその認識を正す所からにしましょう――」





「――これが世界の真実です」


 レヴァが俺に話した様に、世界創生の神話の後に続く実話――邪神とされた母神の封印が弱まり『神の力』が世界に漏れ出した事と、その回収の為に転移者である俺に父神の『力』が宿された事。


 そして、アイリにもその役割を果たせる程の神の力が宿っている事。その功績により神からの報酬が得られる事。


 この村を襲うゴブリン達にも『神の力』が宿り、俺達としても討伐しなければならない相手だという事。


 それを淡々と告げてレヴァは程よく冷めた紅茶で喉を潤した。


「世界の転移に、『神の力』……そんな話、にわかには――」


 その当事者の俺ですら未だに半信半疑。


 アイリが戸惑うのも当然だが、


「この森を縄張りとしている件のホブゴブリンは、ゴブリンの上位種でありその変異種だとしても、所詮はゴブリン。通常であればそこまでの大群を成しその統率をとる事は不可能です」


 レヴァが斬り捨てる。


「それらは、村を襲撃し砦にしていると言いましたね? そして、数を増やし続けていると」


「あ、はい。今、この村には五〇人程の冒険者の方々が居ますが、討伐が追いつかなくて……セリアンスロープの里にも協力を求めているのですが、芳しくないみたいで」


「セリアン――てーと、獣人だっけ?」


 恐らくアメリカ人とか中国人とかの一般常識的な知識なのだろうが、地下神殿の探索中に一度聞いただけで認識としてはサブカルチャーのイメージが先行して曖昧だ。


「私達、ヒューマンの次に多い種族で、基本的な外見は私達と差ほど違いはありませんが、獣の耳と尾を持ち、魔力の適正は低い代わりに身体能力が他の種族よりもずっと高いと言われています」


 アイリは俺がその辺りに無知というのは理解してくれている様で、一通りの説明をしてくれる。


「セリアンスロープは森人と呼ばれる事もあって、森に里を作り魔物の異常発生の対処や希少な動物を密猟から守っているとも言われていて……。この森にも里があるらしいんですが、基本的に他種族との交流を持たない閉塞的な文化があるので誰も正確な位置や人数を知りません。ただ、定期的に決まった場所で物資や情報のやり取りがあるので、クレスさん達が共闘を呼び掛けているのですが――」


 良い返事がもらえない、と。


「セリアンスロープも討伐をしている筈ですが、それでも追いつかない物量ならば、“繁殖”では無く、“集結”でしょう。周囲の森からゴブリンの群れが集まってきていると考えた方が自然ですね」


 彼女は続けて、


「高い統率力に加えて、戦略的な知恵も回るようです。本来、ゴブリンは夜行性。巣食うのなら洞窟が定石ですが人の村を蹂躙するだけでなく敢えて“奪った”。食料や武具の確保をしつつ、女性を捕虜として孕ませれば将来的な戦力の強化にも繋がる――実に効率的です」


 カップを揺らして香りを楽しみつつも、


「この村を落とした後は、アバウィルという街でしょう。繁栄している大きな街がゴブリンの手に落ちては、その被害やゴブリンの勢力はまた跳ね上がる……そうなれば時が経つほどに一介の冒険者や騎士団では手に負えなくなります」


 そんなゾッとする事を口にする。


「クレスさん達も同じことを懸念していましたが……そんな事が――」


「『神の力』は、常識や定説を容易に覆します。他に何か心辺りがあるでしょう?」


 それにアイリは顔を青ざめさせ、


「近くに鉱山のある小島があるのですが、その町でグールが発生したらしい……です」


 グールとは俺のイメージ通りで? と俺の眉間のシワにレヴァが、


「死肉喰らい、とも言われています。人が生きながらに、もしくは死に際に魔性と堕ちた魔物の一種です。世界の毒素である穢れたマナ――”瘴気”を体内に摂取した際に変異しやすく、また生み出すマナも穢れ瘴気となる。集団の中でグールが発生した場合、その数は爆発的に増える事でしょう。ですが――」


 レヴァは視線をアイリに投げる。


 彼女は、怯えた様に、


「その小島は瘴気が自然に発生する様な環境では無い筈です。鉱山の事故で多くの人が亡くなったとしても瘴気の温床になる事は稀ですし。……クレスさん達の話では帝都の騎士団が数日前に調査に向かったらしいです。グール自体は直ぐに滞在していた冒険者が討伐したので、大きな被害は出ていないとの事でしたが」


「なる程。--この世界に住む者ならば、ソレが異常ということは理解出来るでしょう」


 そして何よりと、俺を横目でチラリと見た。


「彼の傷は高位の治癒術でようやく完治できる程のものですが、貴女は低位の治癒術一つで成し得て見せた。それは明らかに、治癒術師の常識を逸脱しています」


 レヴァは突き放す様に続ける。


「その治癒術と先の防壁魔術以外に何か術はありますか?」


「低位の魔術なら幾つか……以前のゴブリンやウルフを追い払う程度ですけど――」


 戸惑いながら答えるアイリに、


「ですが今は、その威力は治癒術と同様に極端に向上している。それこそ真面に制御できぬ程に」


 レヴァの指摘にビクリとアイリは身を振るわせた。


「加えて、基礎的な身体能力や魔力の向上。五感の鋭角化などがある筈ですが」


「時々、聞こえ過ぎて怖い時があります……」


 アイリは庇う様に片耳に手を添えた。


 意識を集中すれば、外での声や杭を打ち付ける音が聞き取れる。


 ……クレス達が戻って来た様だが、誰かが深手を負ったらしい。


「それは術と同様『神の力』を扱い切れていない為に、意図せずに強化されているのです。気にする必要はありません」


 俺は意識して五感を研ぎ澄ませての強化だが、彼女の場合は発作のようなもの。

 聞きたくないものが嫌でも耳に入る苦痛を、“些細な事”とレヴァは言い捨てる。


「――『神の力』が!」


 声を荒げたアイリ自身が驚いた様に、顔を俯かせた。


「……『神の力』が、凄いものだというのは分かりました。その『力』が私にあって貴方方が集めているというのなら差し上げます。――どうすれば良いんですか」


 救いを求める様な問いに、


「それは容認できません」


 レヴァはカップを皿に置いてアイリを見据える。


「っ……! なぜ、ですか?」


 感情を堪えて問う彼女の瞳には明らかな敵意があった。


 傷を治してもらい、食事や衣服の世話までして貰っておいてこんな話をする……というのは恩を仇で、という奴だろう。


 その視線は甘んじる。

 俺もその神の何たらの被害者と言えるが、結局『願い』を捨てきれないのだから世界の為と使命を全うしようとするレヴァよりも俺の方がタチは悪いか。


「『神の力』は依り代のマナと結びつきその恩恵を与えます。通常、一度結びついた『力』は器たる依り代が破壊されない限り所有権は動きません」


 レヴァはチラリと俺を見て、


「唯一、器である彼の権能で『力』の譲渡と回収が行えますが、器としてまだ成熟していない現状では不可能です」


「それじゃあ――」


 今すぐ『神の力』を手放すには死ぬしかない、と。


 呟くアイリにレヴァは頷いた。


「えぇ。ですが、それは我々としても望むものではありません。我々が求めているは“『神の力』を宿した貴女の能力”です」


 レヴァが――俺達が彼女に見出した利用価値にアイリは息を飲む。


「私に、貴方たちのパーティのヒーラーになれ……という事ですか」


 レヴァは頷く。


「貴女にも彼の【剣】と同様に『神の力』を武具とする【神装】の発現が可能な筈です。【神装】を得たならば貴女の症状も解消され、現状より更に高位のそれこそ『魔法の域』に達する術が行使できるでしょう。――それこそが私達の求めているもの」


「もし、私が拒んだら……私を――」


 殺すのか?


 怒り、不審、怯え……複雑な感情の表情でアイリは俺達を見据えて問う。


「そんなことは――」


「それこそ世界にとっての損失です」


 俺が否定するより先に、レヴァが告げる。


「『神の力』の依り代として貴女という存在は希少です。そう易々と死なれては困ります」


「それでも私はこの村を離れるつもりはありません。私はお父さんとお母さんに代わりに――!」


 アイリの意志は固い。


 彼女が治癒術と薬師としての技術を磨き、知識を得て来たのはその為だったという。


 それは立派だと思う。お陰でこの事態でも村が持っていたのだ。


 しかし、


「それが貴女の願いですか?」


 レヴァの言葉で、その瞳が揺らぐ。


「神が与える報酬は“貴女の願いの成就”そのもの。どのような望みも叶います――ソレを捨ててでもこの村の治癒術師である事が貴女の願いですか?」


「そ、それは……」


 言い淀む彼女にレヴァは小さく溜息をつく。


「それでも尚、旅への同行を拒むというのなら早々に彼と子を成して貰います」


 一番の懸念点をさらりと言われて、俺がむせた。


「――え?」


 数秒、間を置いてアイリの表情が赤く染まっていく。


「な、なんでいきなりそんな話になるんですか!?」


 立ち上がるアイリにレヴァは紅茶を一口啜って、


「先ほども告げた様に『神の力』の依り代として貴女の存在は希少です。貴女が孕む子は生まれながらに『神の力』への高い適正を持ちます。その『力』と素質を持つ者としての責は果たして貰います」


「だからって、私は――!」


「貴女の年齢なら子を産むは可能な筈です。それとも彼では不服だと?」


「そういう!」


 アイリと目が合って、


「――問題でも、無いです」


 力無く、椅子に腰を落としアイリは俯いてしまった。


 小さく震える両手でカップを包み舐める様に僅かに口に含む。


「……私の答え次第でお二人はこの村を――見捨てますか?」


 躊躇いつつ囁かれた消えそうな声。


 ここで俺が辛そうな顔をしては卑怯だと思う。代わりに拳を硬く握る。


「この村を襲うゴブリンと貴女とはまた別の話です。貴女の決断や、村の冒険者達がどうあれ我々は『神の力』を宿した魔物を捨て置く訳にはいきません」


「そう、ですか――村は救ってくれるんですね」


 ――良かった、と。


 絶望の中で唯一の希望を見たように、疲れ果て今にも倒れそうな表情で僅かに微笑んだ。


 十代半ばの少女が見せて良いものではない。


 俺達はゴブリン達を狩り、この村を結果としては救うのだろう。


 だとしても、彼女自身に迫られている選択肢は変わらない。


 命を懸けた旅に出るか、見知らぬ男の子供を産むか――それとも自ら死を選ぶか。


 そんな中で、村が救われる事に安堵した。


 アイリ・フルーディルはそういう少女だった。


「返答は『神の力』を回収するまで待ちます。それまでに振舞いを良く考えておく事です」


 レヴァは告げて、これ以上は言う事はないと瞼を閉じる。


「――」


 アイリは答えずに祈る様に組んだ手に額を当てた。


「――――」


 押し潰されそうな……いや、俺の心が折れてしまった頃。


 幾分、乱暴なノックの直後にドアが開けられた。


「こんな時間にごめんよ! アイリちゃんは――!」


 血相を変えた三十中程の男性だった。

 彼は俺達の空気を察して、バツが悪そうに、


「ぁ――すまないね。取り込み中だったか」


 愛想笑いを浮かべつつどうしたものか、と表情を顰めた。


「いえ、ごめんさない!……どうかしましたか?」


 アイリは両手で目元を拭い、若干震わせながらも明るい声色で笑みを浮かべる。


 彼女は誰が見ても無理をしているが、俺に声をかける権利は無い。


「あ、あぁ。急に息子が熱を出しっちまって……薬を分けて貰えるだけでも良いんだが――」


 男性の躊躇いながらの言葉に、アイリの表情に幾分の活力が戻る。


「――大丈夫です! 直ぐに行きますので!」


 彼女は席を立ち、作業台に置いていた肩掛けバックに棚から複数の薬草と調合用の磁器を慌ただしくも手早く入れていく。


「今日、レナル君は森に入りましたか!? 怪我はしていますか!」


「いや、今日は村から出ていない筈だ。怪我、といえば冒険者の人とぶつかって、擦りむいた位で……。そんなに慌てる事じゃないさ。ただの風邪だと思うから」


 それを聞いて、アイリは表情を険しくさせた。


「ゴブリンの身体は不衛生で、体液や血は毒の原料にもなるんです。もしその冒険者の方がゴブリン狩りの帰りだったのなら触れてしまったかもしれません。傷口から感染する可能性もあるので!」


 アイリはひとしきり準備を終えた所で、俺達の存在を思い出した様に、ハッとする。


「あの、私――」


「俺達の事は良いから、直ぐに行ってあげて」


 気まずそうなアイリに促すと、彼女は小さく頭を下げた。


「すみません。奥の部屋が空いているので使って下さい」


 男性と共に家を出る前にアイリはもう一度、頭を下げて扉を閉める。


 ――そこで、ようやく肩の力が抜けて大きな溜息が出た。


「――魔物への知識もあるようです。森に住む治癒術師としては常識ですが、これで彼女の“価値”はより高まりました」


 レヴァは空になったカップを一瞥して、静かにテーブルに戻す。


 それに俺はもう一度、今度はうんざりとした溜息が漏れる。


「あの……レヴァさん。言い方とか、もう少しなんとかなりませんかね?」


婉曲えんきょくに言えと? 言葉を変えようと真実は変わりません。事実、彼女は貴方が求めるパーティメンバーの基準を満たしていると思いますが?」


「ステータス的にはね? でも、あの子の――」


 そりゃ、アイリがパーティに加わってくれたら頼もしいとも。


 回復、防御と支援魔術を使える後衛は戦闘の命綱であり要というのは、RPGゲームで身に染みている。

 しかも攻撃魔術も扱えるヒーラーとなれば是が非でもパーティに加えたい。


 薬の調合や料理とその他のスキルも豊富な逸材であれば尚の事。


 だが、こんな形で真面な関係性など築ける訳が無い。


  ――とは言うものの。


 レヴァを止める訳でもアイリを説得する訳でも無く、成り行き任せな俺が文句を言える立場では無いか。


「いや、何でも――」


 最後に一度、自分自身の情けなさに溜息をついて、顔を揉む。


 強引に気持ちを切り替えて、


「最悪、アイリが旅を拒んでも直ぐに子供をどうこうとかはしないからな」


「……年下では異性として見れない、と?」


「ちょっと考えて真面目なトーンで言うのやめて下さらない?」


眉を思いっきり顰めて、冷めきった紅茶を流し込む。


「子供を予備の器にするから、育てる期間を考えて早めにってんだろうけど、そもそもあの子はまだ未成年。身籠るのは母体にも子供にもリスクが高過ぎる。この世界はその辺の医学は発達してないのかね? 流産とかしてみろ、『神の力』がどうのって話じゃなくなるぞ」


「彼女であれば既に成人は迎え――」


「十五歳か! この世界は十五で大人認定されるのか! 二十歳! 国と時代によりマチマチだけど、日本の成人定義は二十歳な! メンタル的にもフィジカル的にも最低限完成してないと色々問題があるの!」


 レヴァは、ふむ、と考えて、


「ならば、貴方は彼女への処遇は何が最善と思うのですか?」


 俺に問う。……一応、聞く耳は持っているらしい。

 

 レスポンスの遅さに小首を傾げられた。咳払いでその間を埋める。


「まずは、アイリの【神装】だろ。今後の事はどうあれ彼女の負担を減らすのが最優先。その後は……“協力関係”を維持するのが妥当じゃないか? あの治癒術の凄さは実際に身に染みた。それに上質なポーションを作れるってんなら、提供して貰えるだけでも“旅への貢献”になる。しばらくは、この周辺を拠点にしていくのが無難だわな」


「――確かに、一理あるように思えますね」


 意外な反応に目を丸くした。


「何かおかしなことでも?」


「いや、真っ向から否定されるかと思ったから」


 俺の素直な感想にムッ、とレヴァは眉を顰める。


「貴方は私をどの様な目で見ているのですか?」


 冷徹女、というのは飲み込んだ。


 だが、それを見抜かれてか、


「私は『神の力』の確保を優先させているだけです」


 と、溜息を漏らす。


「彼女にはゴブリンを討伐するまで猶予を与えています。素直に我々に同行するなら良し、拒むのであれば、その様にしましょう。ですが、貴方の言う適切な時期が来たのであれば――分かっていますね?」


 文句は受け付けない、と鋭い視線に胆が冷える。


 だが、嫌なテストが延期になった程度には安堵した。

 先送りになっただけで、何も解決していないが幾分、気持ちに余裕は出来る。


「……分かっているよ」


 そう答えて、脳裏に浮かぶのは、己の欲求を満たせる為に何度も繰り返してきた妄想の断片。


 今のご時世、ネットなんかで未成年が気軽にその類の情報を得られてしまう“『情報社会の弊害』という名の恩恵“で見たワンシーンが身勝手にも自身とアイリにげ替わる。

 

 だが、


「――っ」


 何かを思う前に、死に際に見た最後の光景が塗り潰す。

 

 それに廃神殿で見た惨状が重なり、悲鳴の幻聴や異臭の錯覚までついてくる。


 あの男やゴブリンの息遣いが近くにあるような気がして吐き気を覚えた。


 しかしそれも数年先の話だ、と言い聞かし、背を伸ばす。


 固まった関節が音を鳴らし、何となく軽くなった腰を上げた。


「ちょっと拝見しようかねー?」


 人様の家を無断で見て回るのは如何なものかと思うが、『異世界の一般生活』の見分を広げるという名目で勝手に正当化する。


 レヴァも俺の一人見学会を止める様子は無いので、密かに彼女も共犯だ。


「――職人の腕が光りますなー。……いや、マジで」


 テーブルや棚などの家具はまじまじと見ると表面が滑らかで木目が綺麗に出るように仕上げられ、縁には目立たないが花や小動物の彫刻が彫られている。


 食器棚には幾何学的な細かい模様が描かれた透明度の高いガラス皿やグラスもあって、工芸のレベルは相当なのがうかがえる。


 トイレは浴室の隣で、個室全体が浴室同様のタイル張りで段差の着いた陶磁器の和式に近い。水洗タンク等は無いが壁には例の如くの魔法陣。


 台所の薪ストーブの隣にある小さな棚には大小の薪がストックされ、天板にテレビのリモコンサイズの箱に小さな魔法陣と丁度赤外線センサーの位置に小粒の赤い石。

 ――なるほど、ファンタジーライターか。

 

 台所には不釣り合いな小振りの箪笥からは、僅かに冷気が漏れている。

 恐る恐る拝見させて頂くと中にはベーコンやリンゴ、玉葱etc.の食材の数々。

 別に氷が冷気の元と言う訳でも無く、当然と言うべきかコードの類も無い。


 古い洋画や絵本なんかに出てくる様な焜炉を兼ねた多目的の薪ストーブはそれこそヨーロッパの家庭にありそうだ。


 総括すると所謂、『サブカルチャーに汚染された中世ヨーロッパ風』――と言いたい所だが、トイレやシャワーなどの水回りや裸電球の様な光源に、冷蔵庫などテレビや授業などで見覚えのある『昭和』らしさがある。


 レトロではあるが、所々近代化が進んでいるどこかチグハグな印象だ。


 その大半が元いた世界(地球)にあった物をファンタジーに置き換えた状態だが、世界が違えど発明したのは同じ『人』。便利に楽をしようとした結果なのか。


 寧ろ、『魔術』なんてご都合ツールがあるのなら地球史より文明開化は早いだろう。


 ちらりと、改めて壁掛け時計を見るとデザインは非常にシンプル。数字や分の刻みが無い、十二分割されたマス目に短針と長針のみで、五分単位の大まかな造り。

 時間の見方は同じだろう、今は七時を過ぎた位だ。


 コレも術式とかで色々な都合を片付けているのだろうか。


「なんでも魔術で片づけられたら楽で良いわな」


 そこでふと思う。


「魔術って言えば、この世界なら誰でも使えるもんなのか。普通に俺もシャワー使えたけどアレも魔術だろ?」


「魔術を扱うにはそれなりの才と鍛錬が必要ですが、家庭で使われている『生活魔道具』と呼ばれる類のものには適正が必要無い様に、術式が調整されています」


 彼女の答えは早かった。放任しつつ俺の様子は窺っていたらしい。


「もっとも、その分、出来る事に限りはありますが」


 と付け加えるレヴァにふーん、と軽く相槌を入れ、


「んなら、俺も練習すれば魔術師になれんのかな。ファンタジーったら『火の玉』位はぶっ放したいわな」


 俗に言う『ファイヤーボール』。絶対“初級魔術”であるぞ、と謎の確信を持っている。


 光の剣に合わせ魔術を操る魔導剣士。光刃だけでも飛び道具になるのにリソースを別の遠距離攻撃に割くとかどう考えても器用貧乏。だがそれが良い。


 それが良いのだけれども、


「貴方が魔術を扱うのは難しいと思いますよ」


 シレっと言われ、淡い期待が砕かれた。


「魔術を扱うにはまずマナを魔力に練り上げる必要がありますが、それは薄く弱いリソースを適した濃さや強さに生成する作業になります。ですが貴方のマナは『神の力』と完全に同化している。既に本来はありえない程の高密度のリソースを有しているので、既存の魔術には規格が合いません。言い換えれば、貴方が行使する力は些細なものでも全て上位互換である『魔法』の領域。――それが【神装】だ、という事は理解していますか?」


「いや、うん。なら仕方な――」


 まぁ、どうしても火の玉に拘る訳でも無いので構わないのだが、まくし立てるレヴァに気圧される。


「第一、貴方は唯一の戦いの術である【神装】すら満足に扱えていない状況です。先の件では咄嗟に迫らせた事ではありましたが、光刃投擲のコントロールが余りに粗末。刀身としての維持も痛みに影響を受ける不安定さは実戦では致命的です。また立ち回りとしても自身の【神装】の特性を熟知しなければ、ゴブリン一匹にも遅れをとります。何より、身体強化が未熟では敵を斬る前に己を殺す事になるでしょう。他にもこの数度の戦闘でも――」


 ――コレは小一時間程お説教が始まる予感。


「わ、分かった! 分かりましたから! 明日から頑張りますので!」


「明日から、では些か悠長です。ゴブリンとの総力戦も間もなくでしょう、時間は有効に使うべきです」


 なるほど、“今から本気だせ”と。


「……真夜中の特訓です? まぁ、外はそれ程寒くないから良いけどさ」


 昭和アニメしかり、レヴァさんに木の陰から見守って貰いながら、月明りの下で素振りでもするのか。


 シャワーを浴びて食事も済ましたので直ぐに休みたい所だが、確かに今のままでボス戦はあまりに無茶か。敵に殺される前に力んで自滅は泣くに泣けない。


 事実、身体能力の強化も光刃の威力も最大出力を出せる気がしない。


 現状で把握できているポテンシャルだけでも余力はまだある筈だがギアが上がり切らず、制限が掛かっている感覚がある。


「いえ、わざわざ外に出る必要はありません。身体を動かすばかりが鍛錬ではありませんので」


 と、レヴァは席を立ち奥の部屋へ足を運ぶ。


「……そっちは寝室なのでは?」


 俺の問いかけに彼女はドアノブに手をかけつつ、


「だからこそです。場所は何処でも構いませんが、”お互いを感じ合う”には落ち着ける場所が良いでしょう」


 答えてそのまま部屋に入ってしまった。


 リビングに取り残され、数秒の沈黙。


「……真夜中に、美女と、互いを、感じ合う……?」


 ワードだけ並べるとアダルティな想像が膨らんでしまう。


 ――まぁ、向こうは俺を『男』とは思っていない様なので、R十八指定イベントは起きないだろう。


「……――どうしよう」


 しかしながら望まないお風呂イベントもあったので……。


「不安しかない」





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