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第二章五節『思っていたお風呂イベントじゃなかった』

 クレスが数人の冒険者を引き連れ森の見回りに出たのを見送り、俺達はアイリの自宅に招かれた。


「――薬草臭くてすみません」


 アイリがドア付近の壁に触れると裸電球の様に天井に吊るされている半透明の結晶に明かりが灯る。


 壁には魔法陣が描かれており、ファンタジーな都合で魔力を流すスイッチにでもなっているのだろう。


 家の造りはログハウスに近いだろうか。


 土間が無いので靴を脱ぐ必要は無く、直接リビングが広がっている。日本人としては人様の家に土足で上がり込むには違和感と妙な背徳感があった。


 内装も殆どが木製。長方形のテーブルとイス。本棚。小振りな雑貨棚。壁掛けの丸時計。


 一画が広く石畳の土間になっており、石造りの流し台の隣に焜炉コンロを兼ねた鉄製の薪ストーブ。

 台所には些か不似合いだが、背の低く幅の広い引き出しや扉の着いた小振りの箪笥が置いてある。


 薬師という事もあってか調理台とは別に、作業台があり理科の実験でも見覚えがあるガラス製のビーカーや試験管と蒸留器具に加熱用ランプ。乳鉢、乳棒などが並ぶ。


 ポーションの素材となる薬草類なのか、ミントの様なハッカ臭。樹液、花の蜜の甘い匂い、シトラールのレモン臭の混ざる青臭さがある独特な匂いが広がっている。


「まずはシャワーを浴びてきて下さい。簡単な食事なら用意できますので」


 と、緊張した様な彼女は俺達の姿に苦笑した。


 確かに、片やズボンの片足は裂けて血に染まり、片や全身砂埃まみれでは腰を据えて話など出来ない。


 お言葉に甘えて、着替えを受け取りシャワーを借りた訳だが、


「――異世界ってば、ホント、ライフラインもファンタジーなのな」


 熱いシャワーに汚れと疲れを流しながらシミジミ呟く。


 四方を陶磁器のタイルで覆われ、バスタブは無くレンガを膝下程の塀として厚手のカーテンと共にシャワー室と洗面台を仕切っている。


 壁に掛けているシャワーヘッドにホースは無く、その頭は青い拳大の石。


 その石からお湯がシャワー状に撒かれている訳だ。

 レバーなど物理的なギミックは無く、部屋の明かりの様に壁に描かれた魔法陣を指でなぞり温度や勢いの調整をする仕様。

 

 実際に触ってみるとその辺りはニュアンスで何とかなるものだ。


 ただ、洗面台側にある台に置いてある陶器皿の石鹸がとても身近なアイテムで安心する。


「にしても異世界ねぇ。異世界ですか、そうですか……」


 石鹸を泡立てて、髪をワシャワシャと洗っていると“別の世界に転移した”、などという実感が薄れていく。


 ――これからどうなるのか……。


 目下の所は、森に居座るゴブリン共の討伐と、


「あの子の事だわな……」


 神の復活と邪神の封印も突拍子の無い話だが、予備の器の件が特に憂鬱にさせる。


 旅の対価として願いを叶えてくれるというが、それでウィンウィンとはいかないだろう。


 このまま引き籠っていて良いならそうしていたい所だが、


「――いつまで湯に当たっているつもりですか」


 レヴァが俺の長風呂に痺れを切らした様だ。


「食事の支度も間もなく終える様ですよ」


「まじか。ゴメン、直ぐに出るよ」


 当然かのように浴室に入られたのに驚いたが、シャワーの勢いを強めて髪を濯ぐ。


 レヴァはまだシャワーを浴びていない。少女の家で女性を待たせて自分が風呂場を長々と占領するのは流石によろしくない。


「いえ。まだだ、というのなら急ぐ必要はありませんよ」


「でも、レヴァも早くさっぱりしたいだろ。あともうちょいだから――」


 慌ただしく泡を洗い流していると、布が擦れ合う音が耳に入りカーテンをチラリと見て言葉を失った。


 人影が“腰のベルトからスカートにしていた布を取り外している”。


「――あの、レヴァさん? 何をしていらっしゃるの貴女」


「何を、もなにも衣服を着たままで湯浴みをする訳にはいかないでしょう」


「いや、あのだからって脱ぐの早いよね? 一緒に入るつもりな訳ですか!?」


 俺がオドオドとしている間にも、彼女はチューブトップを脱いでしまう。


「アイリを待たすのもなんですし、湯浴みだけなら共に済ませてしまった方が効率的でしょう?」


 半端にカーテンが光を通すせいで、そのシルエットが割かしクッキリ見て取れて視線が釘付けになる。


「なん、です、と――!?」


 ゴクリと息を飲む俺に構わずに、


「では失礼しますね」


 カーテンを開けやがる。


「キャー!!!!」


 着替えを覗かれたヒロインの様な叫びと共に俺は台に乗せていた着替えとタオルを持って転がる様にして浴室から飛び出した。


「……何を騒いでいるのですか」


「何って!? い、今、ちょっと見えたぞ!? ってか、見えてる! 隠せ、恥じらえ!!貴女も見て平気なのかしら!? 私これでも男子なんですけども!!」


「えぇ、性別の確認は出来ましたが」


「キャー!!!!」


 男でも裸を見られるのはセクハラだと思うのだが、どうなのだろう。


 呆れた様な溜息を溢すレヴァはその綺麗な身体を隠すことも無く、なぜか堂々としているのでこちらが視線を逸らすしかない。

 だが、目を瞑ると脳裏に曲線美が焼き付いていて……どうしよう?


 いや、正直興味はある。


 見ても良いというのなら、見たいとも。

 だが、実際に見せつけられて素直に受け入れる程、俺のメンタルは据わっていない。


「……私の身体は見て不快という程では無いと思いますが」


「思春期男子の気持ちを理解して!!」


 顔が熱くクラクラとしてきて、恐る恐る目を開けると目の前にレヴァさん。


 ひっ、と短い悲鳴。――俺の。


「理解はいずれ。一先ずは私の分のタオルを返して貰えますか?」


 と、力の抜けた俺の手からタオルを取って、彼女は何食わぬ顔でシャワー室に入りカーテンを閉める。


「なん、なんと……!?」


 彼女は大したことも無いというふうに普通にシャワーを浴び始めた。


 ……つまりは、俺を異性として見ていないという事か。


 小さな子供の裸を見た所で動じない様に。犬猫に裸を見られた所で何も思わない様に。


 ソレと同じ扱いとでも。


「――なん、と……」


 恥ずかしさと惨めさに涙が出て来た。


 普通、女子が恥ずかしがるものじゃね? それが俗にいう『お風呂イベント』ってものじゃね? サービスシーンってもんじゃね?


 なのになんで、こんなにも俺の心が傷つかなければならないのか。


「チクショウ。そっちがその気なら、ホントに一緒に風呂入って貰うからなぁっ」


 グスン、とへたり込んでいると、


「あの……リュウ、さん――? 悲鳴が聞こえたので……その――お二人は……」


 エプロン姿のアイリが表情を青ざめさせていた。


 自分の家の廊下で見知らぬ男がずぶ濡れのまま着替えを抱いて泣いている光景はどんなものだろう。


 ごめんなさい! とアイリはリビングに走る。


「……キ――」


 三度目の女子の様な男子の悲鳴。




 幸い、外は冒険者の方々が忙しいので、近所迷惑にはならない様だった……。




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