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第二章四節『狙われた村』

「ここが私の村――『ノーベル』です」


 俺の傷をアイリに治して貰った後、彼女に案内されてようやく村に辿り着いた。


 その頃には陽は大分傾いて夕暮れ。

 道中ゴブリンの襲撃は無かったが、レヴァの『転移者』発言に妙な空気になってしまった。


 レヴァが構わず、『神の力』が~と、言い出したので、


「それより、アイリさんの治癒術ってすごいスっよねぇ!? マジパネェッス!!」


 と、我ながら強引なトーク力で話題を強制シフト。


 彼女は村で薬師の父と治癒術師の母にその知識と技術を学んでいたという。今は“その二人に代わり”治癒術を行う薬師として普段からポーションの生成や怪我人を治療しているとの事。


 続いての冒険者ライアに話をぶん投げると、レヴァの見立て通りにこの森『レ・ルーラ』にゴブリンの軍勢が攻めてきているらしい。


 この森は以前からゴブリンが多く生息し、日々冒険者が討伐依頼を熟す事で被害を抑えていたが、数ヶ月前からその数が増え始め、十日程前に森の外れにある小さな村『ヴィリン』が壊滅。


 その村を二体のゴブリンの上位種『ホブゴブリン』の変異体が率いる群れが巣――否、砦としているという。


 森から少し離れた海沿いの街『アバウィル』から冒険者を集めて討伐隊を編成し、ノーベルを冒険者達の拠点としているらしい。


 村自体は森の一部を切り拓いて作られ、そう大きくない。


 住宅は十数件程で、そのどれもが一階建てで小さめな木造。

 その中で唯一の二階建ての大きな建物が宿屋らしい。

 一際目立つのは、村の中央に立つ見張り台。


 普段は、レ・ルーラに生息するゴブリンを始めとする魔物や賊の討伐、薬草の採取などの依頼を行う冒険者の拠点や森を抜けた先にある街や村に向かう商人達の中継地として利用され人の出入りが多く、森にある村にしては活気に満ちていたという。


 レストランなどの食事処は無いが、串肉やパンなどを住宅を兼ねた店で売り、宿の食事は村の畑で育てた野菜料理が好評だったとか。


 ――冒険者や商人の憩いの場。


 それ程の村なら、安心出来る――と、いう訳でも無かった。


「火は絶やすな! ゴブリン共が押し寄せて来るぞ!」


「痛んだ武器は取り替えろ! 警備組は予備の武器を持て、魔術師は常に前衛との連携を忘れるなよ!」


「炊き出しだよ! 腹が減ってちゃ戦えないし守れない、飯だよ飯!」


 夕暮れに染まる村に篝火が置かれ、武器を携えた冒険者が忙しなく行きかっていた。


 宿の前には大きな鍋に火が焚かれ、宿の部屋は全て埋まっているのかキャンプ場ばりに簡易テントが村の広場や端に並んでいる。


 防衛の為の柵を作っているのだろう、太い木杭を地面に打ちつけている音が無数に響いていた。


「――何か、戦争でもするみたいだな……」


 物物しい雰囲気にたじろいでいると、周囲に指示を飛ばしていた槍を持った冒険者であろう男性がこちらに気が付いて、数人の冒険者と共に駆け寄って来た。


 彼は、冒険者を含め村人の老若男女問わずまばらに『神の力』が宿っている中、俺達やアイリには届かないものの明確に『力』を有していた。


 歳は二〇前半か、身長は高い方だ。

 長袖の黒いシャツに建築工事での作業着の様に膝上までは袴の様にゆとりがあり膝下から細く狭まったズボン。

 革製ではあるが、胴鎧、肩当から続く籠手、膝下までの足具を身に着けていた。


 手にしている槍は全体が黒色。穂先は肉厚で大振り。板をそのまま加工しただけの様な直線的なシンプルな物だった。


 無造作に伸ばした紺色の髪を後ろで縛った精悍な顔立ちを焦りと不安に顰めさせていた。


「嬢ちゃん! 無事だったか!!」


「はい。私は皆さんのおかげで……でも――」


 彼はライアに向けるとその疲労と消沈具合で事を察したのだろう。


「――マジか、クソっ! ゴブリン共が……なんでこうなるっ」


 槍の石突きで地面を突き刺した。


 静かで、悲痛な叫び。


「……すみません。私が、薬草を採りに行くって言い出さなければ――」


 ビクッ、と叱られた子供の様にアイリは肩を震わせた。


 彼はハッとして歯を噛みしめる。


「いや、すまん! そうじゃない! 嬢ちゃんは何も悪くない、許可をしたのも護衛を任せたのも俺だ。――俺の責任だ」


 大きく息を吐き、


「回復ポーションや解毒剤も心持たなくなってきてたんだ。街まで補給に戻るのも良いが、この村で拵えられるなら越したことはない。嬢ちゃんの奴の方が良く効くって評判も良いしな。――俺達、冒険者はこの村を守っているが、嬢ちゃんにも頼ってるのさ」


 少し引き攣っているが笑って見せる。


 だが、また直ぐに眉間にシワが寄ってしまった。


「すまねぇ。俺の采配が至らねぇばっかりに。人員を増やすか、せめて俺も行くべきだった。……休んだ後で良い、仲間の――」


「分かってる。リーダーの大剣にはルーンの加工がしてあるし、大盾持ち(タンク)の雑嚢にはいくつかアイテムがあったからリストにまとめるわ」


 ライアは気丈に振舞って、女性の冒険者に付き添われながら宿に向かうがその足取りは弱々しい。

 その背から泣き声が小さく聞こえて胸が苦しくなる。


 タイミングが違えば、結果も違ったのだろうか……。


「過ぎた“もしも”を憂いた所で現状は変わりません」


 俺の心境を察してか、レヴァが静かに告げる。

 とても、冷静で正しくて……感情の乗らない平坦な声色。


 しかし、


「――ですが、現状を変えれば起こり得る“もしも”を覆せるでしょう。少なくとも廃村に巣食ったという二体のホブゴブリンは『神の力』を有していると考えられます。であれば、他のゴブリンを狩る事も多いでしょう」


 レヴァはそう続けて、他に言う事は無いと俺から視線を外した。


 俺の答えは求めていないらしい。


「やれる事をやるしかない、わな」


 肯いて、萎えかけた気力を奮い立たせる。

 その為の力もあるし、“神様からのご褒美”を貰う為でもあるのだから。


 槍を持つ冒険者の男性も大きく息を吐き、表情を切り替えて俺達を見た。


「っと――すまねぇな。俺はアバウィルのBランク冒険者クレス・アンバースだ。一応、『特級』ってんで、“こういう時”の混成部隊(レイドパーティ)責任者(マスター)をしてる」


 荷が重いんだがな、と苦笑して、


「アンタ達はアバウィルの冒険者じゃねぇーな。だが、ただの村人でもねぇってのは分かる……なにもんだ?」


 彼はライアの様に武器を構える事は無かった。

 アイリを村まで送り届けた事で明らかな敵意は持たれなかった様だが、武装も無い俺達に眉を顰める。


 彼程の『神の力』を持っていれば俺達の『力』にも違和感として感づくのか。


 もっとも、『露出度の高いクール系美女と制服姿の少年』の取り合わせは、ファンタジーな異世界でも悪目立ちするだろうが……。


「えっと、俺達は――」


 俺が答えに詰まっていると、


「我々が何者か、など大した問題ではないでしょう。この程度の粗末な事を気にする程の余裕が貴方方にありますか?」


 レヴァが静かに答えた。

 感情は込めない平坦な声色だったが、その見透かすような視線もあって意図してでは無いと思うが、中々に高圧的だ。


「なに……!」


 クレスの後ろに控える冒険者達が携えた剣や槍を構える。

 ただでさえ、ゴブリン騒動でナーバスになっているのだがら、余計に反感を買ってしまうだろう。


 しかし、レヴァはその敵意を気にすることなく、


「“物事には適する者が当たるべき”です。貴方にならその意味が理解できると思いますが」


 クレスに告げる。


 彼は、眉を顰めるが――、


「あぁ、もう。やめとけお前ら。このあねさんにゃ敵わねぇよ、色んな意味で」


 堪えかねた様に頭を掻いた。


「頭じゃこれっぽっちも理解できねぇが、なんかしっくりきちまう。“例外には例外”って事なんだわなぁ……」


 クレスは肩を竦ませる。


「そんだけ大口を叩けるってことは、アンタ等を頼っても良いんだよな?」


「その認識で結構です」


 それにレヴァは頷いた。


「……頼りにさせて貰うよ」


 疲れたような溜息を漏らすクレスは「ともあれ」と、


「そういう事なら現状を詳しく説明したい所だが、俺達はコレから周囲の見回りでな。少しは聞いてると思うが、ゴブリン共が幅を利かせてるんだわ。まぁ、アンタ等も疲れてんだろ今日は休んでくれ――っと、宿ってまだ部屋空いてたか?」


「いや、もう怪我人の収容で埋まってしまって……」


 弓を持つ冒険者のバツの悪そうに答えにクレスは眉を顰めた。


「なら、お二人が良ければ私の家に泊まってもらいます。ちゃんとお話しもしたいので……」


 と、アイリは窺う様に俺達を見る。


 願っても無い誘いだが……彼女の様子に落ち着きがなくその瞳は、怪訝と怯えが隠れていた。


 神のなんだのと、見知らぬ奴らが持って来た無駄に神話的な話に自分が関わっているとなれば、無理もないだろう。


「――えぇ、私としても貴女と語らいたいと思っていました」


 レヴァの不敵な微笑にアイリは身を強張らせた。




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