ベルリンの戦い(壱)
戦闘面は難しいです
ベルリン城の東——此処には、多くの悪魔の兵士達が魚鱗の陣を敷いていた。
先陣には馬に跨がったルシファー率いる五百の槍兵。第二陣には、剣と盾を持った二千の歩兵。
第三陣には剣と盾の歩兵がいる中、弓矢を携えた弓兵が半分いる二千五百の兵。
第四陣には、バルバトスの指揮の下、両翼にそれぞれ、二千五百に別けられた計五千の騎馬隊を含めた、一万の槍兵が待機している。
彼等の表情は険しく、中には不安もある兵士がいた。
玄人と素人が混じり合っており、それぞれ、熟知している者達としていない者達で別けられている。
当たり前とは言え、これから、生か死かの戦いに直面するのだ。
それでも、兵士達の考えは、勝利する事だけ——敗北等、考えていない。
そして、その相手は天使軍なのだ。
戦略が鍵であり、勝利の鍵でもある——悪魔軍の兵士達はそれを知りつつも、ルシファーとバルバトスの指揮で動く以外、何も考えていない。
軍事違反を犯す——誰でも、そう気づいている。違反を犯す気はない。
今は戦の始まる前であり、彼等は、自分達に指揮する者に命じられ、動くだけ。
命を預けられており、同時にどうなるのかは、自分達の行動次第だ。
「あ、ああっ……」
そんな中、バルバトスが指揮する第四陣では、バルバトスの近くで困惑している者がいた。
青年は肩まで伸びた黒い長髪に、黒い瞳の十代後半の青年。
黒い鎧を纏い、悪魔の象徴でもある羊の角に良く似た角を頭の両側に生えており、背中にはコウモリの羽に良く似た、禍々しい羽を折り畳んでいる。
彼はこの状況をどう理解すれば良いのかが判らないでいた。周りから見れば、新米の兵士か怖じ気づいた兵士としか思わないだろう。
誰だって怖い——当たり前とは言え、その青年は判らない事だらけだ。産まれも、過ごした年月も時代も違う。
今は誰にも話せない中、どんな人物かは周りは判らない——それもその筈、彼の産まれも、育てられた場所も全く違う、今は平和な時代を過ごしていた青年なのだ。
その青年の名は東郷愛翔——数時間前に電車に轢かれ、この時代に転生と言う形でこの時代にいる。
愛翔は未だ戸惑っているのも、戦が怖いのと、どうして自分がここにいるのかを、悩んでいた。
帝国でキニゴスを追いかけ、キニゴスがいた場所は兵舎であり、キニゴスにお前は此処を離れろと言って、キニゴスは兵舎の奥へと消えて行った。
その直後、別の兵士に戦の準備をしろと言われ、槍を手渡されると、そのままその兵士と共に門の外まで連れて行かれ、多くの兵士が集うまで待機させられていた。
バルバトスとルシファーの二人が来たその後、地面から紋章が現れ、そのまま他の兵士達と共に……この場所まで来ていたのだ。
「俺はどうして……此処に」
愛翔は槍を見る。黒く、鋭い穂先が一瞬だけ、光った事に気づく。
微かに躰を震わせる。自分は今、本物の武器を手にしているからだ。重さも、違うのだ。
愛翔はその武器を見て冷や汗を掻く中、バルバトスが彼の様子に気づく。
「怖いのか?」
バルバトスの質問に、愛翔は驚きながら、彼を見る。
バルバトスは怪訝な眼差しで愛翔を見ていた。周りも、愛翔を見やる中、愛翔は近くの兵達の視線に気づき、困惑する。
しかし、そんな彼にバルバトスは。
「新兵か?」
「あっ、……っ」
愛翔は言葉を詰まらせる。
「図星か? まあ仕方ない、新兵は皆、そんなもんだ」
「…………」
「怖いのは誰だって同じだ。怖くないなんて嘘を言うだけ」
「…………」
愛翔は辛そうに目を逸らす。それでも、バルバトスは先を続ける。
「怖い物を克服するには、それと向き合え」
「……俺は、戦が……」
バルバトスは馬から降りる。彼は愛翔に近づき、頭を撫でる。
彼の突然の行動に愛翔は驚き、バルバトスを見る。
彼の目には哀しみが籠っていた。気遣うように、優しい目をしているようにも感じた。
愛翔は彼の瞳に瞠目する中、バルバトスは言った。
「戦が怖いのならば、それと向き合え、克服しろ——それと、自分の身は自分で守れ、周りは自分の事で精一杯だからな?」
「……あ、あっ」
バルバトスの言葉に相性はどう伝えればいいのかが判らないでいた。
彼の気遣いの言葉が、自分の心に何かを訴えかけている。
戦から逃げるな、もしくは逃げろ、と言っているようにも感じる。
愛翔は辛そうに俯く。バルバトスの言葉に驚き、悩んでいたからだ。
「悩んでいるのならば、誰かにそれを打ち明けろ——周りは納得するかどうかは判らないが、きっと、その中にはお前の為に……」
「天使の軍が来たぞ——っ!」
その言葉にバルバトスは驚き、歯軋りする。
愛翔は驚き、冷や汗を流す。
「…………」
そんな中、先陣の指揮をとっているルシファーは眉を顰め、太刀を鞘から抜く。
黒い刀身が曝される中、彼は馬から降りる。
馬は近くの兵士が後方へと連れて行く。先陣の兵士達は険しい表情を浮かべる。
「近くにいる者よ、誰か来い!」
ルシファーは近くの兵士を呼ぶ。兵士の一人が駆寄り、跪く。
「何用でしょうか!」
「第二陣の兵士達に伝えよ! 第一陣の両翼へと移動し、相手と同じように横陣にせよと!」
「はっ!」
兵士は立ち上がり、第二陣の方へと向かう。
その間、ルシファーは天使の軍を見る。
彼等の前には——離れた所には、天使の兵が横陣を敷いている。
先陣には二万、後方には一万の計三万——悪魔軍よりも一万多く、有利な立場にいる。
悪魔軍から見れば勝てる、かどうかは判らない。
——そんな不安等、兵士達にはない。彼等は勝たなければならない、と決めている。
ベルリン城にいる民達を守る為、戦いに参加出来ない五千の仲間達の為に勝たなければならないと。
その間、第二陣は先陣の両翼へと移動する。
素早い動きを見せているが、時間がかかる。
無理もない、並べと言っても、相手と同じように横陣を敷けと言われたからだ。
何とか終わる時には、既に天使の軍が自分達に迫ってくる所までいる。
時間との勝負でありながら、ルシファーには焦りの色は見えない。
否、彼はそれを熟知しているからこそだろう。
天使の軍は自分達の兵数を知らない——知ったとしても、情報は襲い。
また、敵軍はベルリン城を陥落するのが目的なのだ。
悪魔の軍がいても、驚きもあれば……しかし、天使の軍達は驚いている。
「お、おいあれって……!」
天使達は驚く中、ルシファーは太刀を掲げる。
「第三陣、弓を構えろ——っ!」
ルシファーが叫んだ。その声に、第三陣の弓兵達が矢を弓に番えると、空高く構える。
ルシファーは天使の兵士達が迫るのを確認すると、叫んだ。
「放てぇぇ————っ!」
ルシファーの命じる声に弓兵達は一斉に矢を放った。数百の、三千二も満たない矢が落下して行く。
そして、天使の兵士達に矢の雨が降り注ぐ。
「あがっ!」
「ぎゃっ!」
天使の殆どが矢で射たれる。致命傷になる者達もいれば、倒れる者達、運良く擦った者達、当たらなかった者達もいる。
天使達は戸惑う中、それを好機と言わんばかりに、ルシファーは太刀を下ろすように構え、走る。
「突撃——っ!」
ルシファーの命で、第一陣、両翼にいた第二陣の兵士達は一斉に走り出す。
「うぉぉぉ————っ!!」
悪魔の兵士達は雄叫びを上げている。天使達を倒す為にだ。
天使の兵士達は何とか立ち直そうとする中、ルシファーが天使の兵士に突撃すると。
「悪魔・能力・業火——終焉への近道」
ルシファーは十人の天使の兵士達に対し、太刀を一振りして、殺した。
十人の兵士達は頭が飛び、胴体が横真っ二つになる者達で別けられている。
彼の、ルシファーの『悪魔・能力』の一つ、業火が彼等の最期を作ってしまったのだ。
「倒せ——っ!」
天使の兵士達は驚く中、果敢にもルシファーに挑む天使の兵士達もいる。
将は彼——彼を討ち取れば、戦の勝利に一歩近づけれる。
一人が無理でも、一斉に向かえば——そんな淡い期待を抱きつつも、彼はそこら辺の悪魔とは違う。
彼は守護者の一人にして、最強の悪魔の一人でもあるのだ。
ルシファーは太刀を一振りする。
「悪魔・能力・業火——煉獄の突風」
太刀から黒い炎が発生し、更には炎に混じるように突風が発生し、辺りにいる兵士達を吹き飛ばす。
天使達は吹き飛ばされる中、炎に触れた者達は皆、のたうち回る。
炎は躰中にまで広がり、消える事は出来ない。炎に触れた兵士達は皆、焼死するしかないのだ。
天使達は動揺する中、ルシファーは更に攻撃を繰り出す。
「悪魔・能力・業火——業火の斬撃」
ルシファーは太刀を辺りに数回振り回す。刀身から炎が発生している斬撃が天使達に襲いかかる。
天使達は避ける事も出来れば、擦っただけで全身炎が回り、身体が真っ二つになる者達もいる。
天使達はルシファーの攻撃に怯む中、ルシファーの前に、彼の後ろから数人の槍兵が彼を守るように槍を構える。
「ルシファー様を守れ——っ!」
兵士の一人がそう叫ぶと、数人の槍兵達は天使の兵士達に槍で対応する。
迫ってくる天使の兵士達に対し、槍で刺し、叩き、殴る等の槍の使い方を最大限発揮させていた。
天使達はルシファーに近づけず、槍兵に困惑する。
「お前達っ!? フッ……!」
ルシファーは軽く笑みを零す中、彼等を含め、天使達の隙を突くように切り込みを入れる悪魔の兵士達。
天使達も立ち直る中、ルシファーは悪魔達を奮い立たせる為に叫んだ
「なるべく深追いはするな——っ! 迫ってくる者達を相手に戦え————っ!」
「おお——————っ!」
ルシファーを守る槍兵達が叫ぶ。周りの兵士達は叫ばない中、何とか必死に戦う。
手にする武器に力を入れ、天使を倒そうと奮起する。
しかし、彼がそう言ったのには理由がある。自分がいる第一陣と二陣を含めて、二千五百しかいない。
相手は先陣だけでも一万はおり、圧倒的に不利である。
囲まれたら、命はない——後方には、二千五百もいる第三陣が控えている——しかし、彼等をまだ動かすわけにはいかないのだ。
理由は、天使軍の騎馬隊を対処する為であり、騎馬隊を壊滅させる為に待機させている。
騎馬隊が動かない限り、彼等も動かせない。
なるべく、自分達が奮起し、騎馬隊を動かす為だ。誘う為であり、罠にかける為でもあった。
ルシファーはそう考えつつ、太刀を振る。
近くにいた天使の兵士を斬り捨てる中、後ろから剣を持った兵士が迫る。
「ルシファー様!」
ルシファーの後ろから槍兵が横から飛び出て来て、ルシファーを守り、斬られる。
「ふん!」
それでも槍兵は槍を捨て、天使の兵士に体当たりし、転ばせる。
「っ!」
ルシファーはその隙に、太刀で天使の顔を貫く。
痛々しい音がする中、ルシファーは槍兵に感謝や後悔しつつ、天使達に対し。
「悪魔・能力・業火——業火の斬撃」
ルシファーは太刀を振り回し、炎が発生する斬撃を何発も放つ。
斬撃を喰らう天使達は倒れ、躱し、致命傷を受ける者達で別れる中、悪魔の兵士の一人が叫んだ。
「敵の騎馬隊が動いたぞ————っ!」
ルシファーの第一陣と第二陣、天使達の先陣がぶつかり合うのを遠くから、第四陣の指揮を執るバルバトスは見ていた中、バルバトスに駆寄る兵士がいた。
兵士はバルバトスの横で、片膝を突いて跪くと、俯く。
「申し上げます! 敵軍の騎馬隊が動いた模様!」
その言葉にバルバトスは天使を見ながら頷くと、こう叫んだ。
「両翼の騎馬隊を動かせ! 対処させよ!」