病院での出逢い
「異常は、ありません」
その頃、とある場所には愛翔が一人の男性が椅子に腰掛けながら向かい合っていた。その悪魔は白衣を纏い、愛翔に異常がない事を知ると、微笑みながら結果を報告した。
その男性の悪魔は医者だった。愛翔は医者に診られており、彼等が居るにはデスクや椅子、簡易ベッド等がもうけられており、そこは診察室である事を意味していた。
愛翔は困惑しつつ「あっ、あ、ありがとうございます」と深々と頭を下げる。彼がここにいるのは、キニゴスに無理をしているのではと確認する為だった。
吐き気があるのと、遺体を診た事で精神的ショックが無いかを、カウンセリングさせたのだ。一通りの事を話した後、医者は心配そうに訊ねる。
「戦場で沢山の死体を見たとは言え、辛かったでしょう?」
「あっ、は、はい——初めて見ました、あんなに沢山の人が……」
「戦争と言うのはそう言う物なのです。どちらかが勝たない限り、終わらない限り、沢山の死傷者が出るのです」
医者は辛そうに目を伏せる。
「私達が診ても助かる者もいれば、助からず死ぬ者、一生立てず、寝込む人もいます」
「…………」
「病気で亡くなる人もいれば、助かる者もいます——あっ、すいませんね、気分を悪くさせてしまいました」
医者は謝る。愛翔は首を左右に振る。
「大丈夫です。病院は、そう言う場所である事は知っています」
「そうですか……では、君のお連れ様を待たせていますので、このくらいでいいでしょう」
医者の言葉に愛翔は「失礼します」と言いながらお辞儀し、立ち上がると、そのまま診察室の引き戸に手を伸ばし、開ける——愛翔は軽く驚く。
目の前には、人が通って行く通路の壁にはキニゴスが腕を組みながら彼を見ていた。眉を顰めており、視線を彼に向けている。
愛翔は驚きつつも、診察室内にいる医者と向き合い、もう一度お辞儀をすると、静かに閉めた。小さな音がする中、キニゴスは口を開く。
「どうだ、少しは落ち着いたか?」
「あっ、は、はい、キニゴスさんのお陰で少しは落ち着きました」
「……そうか」
キニゴスは一瞬考える。そして、言葉を続けた。
「しかし、俺は未だにお前に不信感を抱いている——お前が天使の回し者かどうか、な?」
「……そうですよね、俺はまだ、貴方に信用されているかどうかも判りませんよね——逢ったばかりの人ですから」
「物わかり良いな、お前?」
キニゴスは更に不信感を抱く。愛翔は彼の視線に気づきつつも、周りを見る。
周りには、怪我をした、鎧を脱いだ悪魔の兵士達。その人達を甲斐甲斐しく世話する医師や女性の悪魔であろう看護婦達。
兵士達の身内なのか、心配している奥さんや子供達がいる。兵士達にも妻子持ちがいる——この光景は愛翔にそう印象づけさせるには充分すぎる程だった。
愛翔は周りを見ている中、キニゴスが訊ねる。
「どうした?」
「あっ、い、いえ、大丈夫です」
キニゴスは怪訝な顔で愛翔を見ている。愛翔は彼の表情に戸惑いつつも、ある事を訊ねる。
「キニゴスさん、一つ良いですか?」
「何だ?」
「……貴方は何故、俺をそんなに気遣うんですか?」
「…………」
愛翔の言葉にキニゴスは更に眉を顰める。
「歩きながら話すぞ」
キニゴスはそう言うと、歩き始める。愛翔は彼の行動に驚きつつも、彼を追いかけ、隣同士で歩く。
「お前はさっきの戦で戸惑っていた。お前みたいな奴を新兵と言う」
「……お、俺は兵士では……」
「どうかな? 鎧を着けているのに、そう言えるのか? 話を戻すが、そう言う奴がごまんといた——そいつ等は大抵、新兵が故に直ぐに戦死する奴が多い」
「俺達くらいの歳の人達が?」
「そうだ。その為、街では新兵は徹底的に扱く事が多い——戦場で死なないように、出来る限り、先輩兵士が、熟年の兵長が主にしてくれている」
「……」
「本当ならば兵士に志願しなくても、小さない幸せを送ってほしい——だが、兵士が死ぬ以上、補充しなければならねえからな……」
キニゴスは辛そうに歯軋りした。その言葉を、彼の様子を愛翔は不安そうに見ていた。同時に、ある考えもしてしまう。
若い青年達が戦場に出る。兵士を補う為には、少しでも強くなる為には、そうするしか方法はないのだ。少数で戦っても、兵器や計略で突破出来る。
しかし、兵士はひとりでも欲しい——我が儘であるが戦に勝利するには、それ以外、方法はないのだ。愛翔はそれに気づく一方で、キニゴスもまた、自分と同じくらいの歳で戦場に出ている。
凄いと思えば、自分の命を散らす危険もある筈。疑問に思いつつも、キニゴスを見る。彼は、言葉を続けた。
「……戦いを怖がる者もいれば、逃げ出す者もいた。仕方ない事とは言え、当たり前の事だ」
「その人達は、徴兵された人達なんですか?」
「いいや、そう言う事はしない主義だ——人生を奪う事を、しない。大抵、自ら志願する者達で構成されている」
「……キニゴスさんは、自ら志願したんですか?」
「まあな? 俺の場合、色々遭ってな」
「……戦うのは怖くなかったんですか?」
「怖かったよ……でもな、ある人が助けに来てくれた——」
「ある人?」
キニゴスは頷く——彼は優しい目をして、微笑んでいた。
「その人は俺にとって、命の恩人だ。雨の中、戦で弱まっている俺を、天使に殺されても可笑しくない俺を、助けてくれた。理由を訊ねると、「お前はまだ若い——命を散らすな、戦え——怖かったら逃げても良い、誰も責めない」ってな」
「…………その人は、キニゴスさんにとって、目指すべき存在、ですか?」
「そうだ。俺はその人の背中を追い、その人が得意とする弓を徹底的に訓練した——いつか、その人の背中を任せられる奴になりたい、ってな」
キニゴスはニカッと笑う。その顔を見た愛翔は目を丸くする。キニゴスの笑顔を初めて見た。戦場では熱くも、この状況では冷静な様子を見せる彼の、笑顔。
自分と同い年であろう彼に、自分よりも戦上手かもしれない彼が自分に見せた顔に愛翔は言葉を失っていた。
愛翔は驚く中、キニゴスは自分の事に気づき、慌てて恥ずかしそうにそっぽを向く。
「と、取り敢えず、お前を信用した訳じゃない! お前にはこれから!」
「きゃっ」二人が歩いている中、曲がり角になっている通路で、愛翔が誰かとぶつかる。愛翔は声に驚き、キニゴスは声がした方を見る。
そこにいたのは、白いブラウスに小麦粉色のスカートを穿いた、少女がいた。白銀色のショートに、サファイアブルーの瞳。
その少女は愛翔にぶつかった事に気づき、慌てて謝る。
「す、すみません! 兵士さんが通る事に気づいていませんでした」
少女は深々と頭を下げる。愛翔は目を見開いていた。その少女は頭を上げると、不安そうに愛翔を見ていた。
「ど、どうしましたか……?」
少女は愛翔の様子に気づき、訊ねる。愛翔は我に返ると首を左右に振る。
「だ、大丈夫です! 気にしないでください!」
愛翔は顔を赤くしながら、少女を気遣う。少女は不安そうに彼の顔を覗く。愛翔は恥ずかしそうにそっぽを向く。
少女から、否、そんな事を考えてはいけない。愛翔は恥ずかしそうに目を閉じる。
「どうしたんですか? 顔が赤い……」
「止めろ、エリカ」
キニゴスが呆れながら、少女をエリカと呼ぶ。
「キニゴス君?」
エリカはキニゴスの事を知っているのか、彼を見て驚く。
「こいつは少し疲れてんだ——まあ、異性に初めて触れたからだろうな?」
「ちょっ、違うよ!?」
愛翔はキニゴスの言葉を否定する。自分だって、異性と話をした事はある。同時にこの世界に来て、初めて異性と話をした為に恥ずかしいのだ。
キニゴスは愛翔から目を逸らしつつも、ほくそ笑んでいた。そんな彼に、愛翔に少女はクスクスと笑う。
「フフッ、面白い人ですね?」
「えっ? あ、あっ……」
愛翔は恥ずかしそうに彼女を見る。そして、彼女はこう言った。
「私はエリカ、エリカ・ミクロス——この帝国、ダークライト帝国の町中にあるクライン・エフティと言う食堂の一人娘であり、そこで働いています」