夢でありながら現世の出来事
難しい……プロットで話を構成するのは。
「答えろ……お前は誰だ? この場所は何処か判るか? それとも……天使の回し者か!?」
キニゴスは険しい表情で、弓の弦に番えている矢の鏃を愛翔に向けている。彼の正体を、知ろうとしていた。
彼は天使の回し者か? それとも、単なる新兵なのか? キニゴスは愛翔にその事を指摘していた。どちらかの答えで、彼の生死が別れる事になる。
天使の回し者だった場合、彼は尋問され、最悪、処刑される。新兵だった場合、誰に着けてもらったのか? どうしてここにいるのかを、知る権利もある。
本当ならば、彼の言い分も聴かなければならない——しかし、この軍が壊滅の危機にさらされる事にもなる為、難しいのだ。
尋問しようにも、今は自分一人——馬車の外にいる兵士達は衛生兵でありながら戦える一方、尋問の為に兵を割く事は出来ない。
倒れている天使の兵の奇襲に遭う危険もある為、それを考えながら尋問しなければならないのだ。キニゴスはそれらを考えつつ、愛翔に訊ねている。
「あ、ああっ……」
愛翔はキニゴスの質問に答えられないでいた。彼の目は本気その物だった。証拠に、キニゴスの手には震えが無い。若くしながらも戦場を生き抜いて来た兵士であり、そこら辺の兵士よりも強い。
天使を敵と認識しているのと、回し者が誰であろうと、容赦しない——彼の、キニゴスと言う青年の考えであった。
一方の愛翔は新兵どころか、いきなり戦場にいたのだ。判る筈も無く、天使の回し者でもない。彼は困惑する中、答える。
「お……俺は愛翔、東郷愛翔」
キニゴスは目を細める。
「東郷、愛翔? ……何処の国の名前だ?」
「あっ、に、日本……です」
「日本? そんな国は知らない——何処の国だ? 位置は?」
「東南アジアの、小さな島国——中国の東側にある、海に浮かんでいる島国」
「……島国——ヒモトのことか?」
アイチは目を見開く。
「ひ、ヒモト? 何なの、その名前?」
「知らないのか? ヒモトは——ん?」
刹那、大きな音が聴こえ、キニゴスはアイチから目を逸らさず反応する。アイチも音に反応する中、キニゴスが口を開く。
「バエル将軍達が戻って来たな」
「バエル、将軍?」
キニゴスは深く頷く。
「ああ——恐らく天使の軍を追撃し終えたのだろう。天使達に勝利したって事だ」
「で、でも、天使の軍だったら危ないんじゃ!?」
「心配ねえよ——衛生達も叫んでいない。敵だったら慌てる筈だ。ブエル様が指揮を執る筈だ」
「……判るの?」
キニゴスは頷く。
「ああ——俺は将軍達を信じている。あの人達は負けない、俺達の為に戦ってくれる。時には、自ら殿をも務めてくれる。それに、生きて戻ってくるってな……」
キニゴスは手を震わせる。
「それでも、亡くなった人達もいるのは事実だ——戦いってのは、そう言うもんだ」
キニゴスは歯軋りする。視線は愛翔に向けたままでありながら苦々しい表情を浮かべていた。彼は知っていた。
戦場の恐ろしさを、死ぬ人がいる事を知っている。勝利もあれば、敗北もある事を知っている。自分達悪魔が天使と戦うのは、当たり前、とは言えない。どちらが正しいのかは、当人達が決める事だ。
更には、兵を志願する者もいれば、拒む者もいる。強要はしないのと、彼等の事を考えている。自分達を率い、統べる者——自分達の王はそう考えている。
兵士の多くは家族を持ち、恋人を持つ者もいる。彼等も生活の為に、平和の為に戦っている。愚かかどうかは、誰にも判らず、批判する理由もない。
キニゴスは志願した兵士のひとりであるのと、そう考えている中、愛翔に向ける視線だけは逸らす気配はない、弓を下ろす気配もない。
「…………」
愛翔はキニゴスを見続ける中、彼は何も言わない。未だに困惑しているの。同時に、キニゴスが何を考えているのかを、少しは理解している。
彼は兵士であり、他の人の事を考えているのではないか、と。その事を指摘する気はない。そっとした方が良い——そう思っていた。
「……話は逸れたが、東郷」
「あっ、は、はい」
「お前は何処から来たのかは、知った——お前が産まれた国も恐らく——しかし、今はそんな場合ではない」
キニゴスは弓を下ろす。彼の行動に愛翔は戸惑いつつも訊ねる。
「えっ? ど、どうしたの?」
「……お前は信用してないが未だに天使の回し者がどうかも怪しい——それに、お前は嘘を言ってないからな」
「う、嘘って……」
「お前の目は泳いでいなかった——嘘をついているなら、泳いでいる筈だ——冷や汗を流し、動揺も見せていたがあまり警戒する気配もない」
キニゴスは懐から、ある物を取り出す。鋭利な刃物、ナイフであった。愛翔は驚く中、キニゴスは口を開く。
「だが、まだ信用した訳ではない——しかし、今は寝ていろ」
「えっ? ね、寝ていろって」
「説明不足だったな? お前は、この戦場で戸惑っている——俺達悪魔と、天使の死体を見て吐き気を感じていただろ?」
「あっ……っ、うっ」
愛翔は吐き気がする事に気づく。さっきの事を思い出した為である。兵士の死体は見慣れるまで、この調子だった。
死体等、見る機会はない——あるとしたら、知り合いが……否、不謹慎な事を考えてはいけない。愛翔は気分が悪くなる中、キニゴスは溜め息を吐く。
「今は寝ていろ——お前にはそれが必要だ」
「…………」
「何も言うなよ? 思い出すな、それだけだ」
「…………」
愛翔は戸惑いながら頷くと、そのまま、目を閉じる。夢であってくれ——彼はそう願っていた。こんな非現実的な事は、夢だ。
自分は死んだ事で、変な夢を——否、夢かどうかも怪しいのだ。愛翔は辛そうに俯くと、そのまま意識を飛ばすように、眠りにつくのだった……。
「……あれ?」
愛翔はいつの間にか、ある場所にいた。その場所は、とある建物内。広くもなく、狭くもない。そんな場所では、ある行事が進められていた。多くの人が参加し、大半は咽び泣き、哀しんでいる。
男女関係なくいる中、愛翔はその人達に見覚えがあった。親戚、近所の人達、お世話になった人達ばかりだった。
親しかった友人や、其々別の学校に行って音沙汰なしもあれば連絡は取り合っていた同級生もいる。しかし、彼等の来ている服は皆、黒い。
喪服——愛翔がそれに気づくのはそう時間は掛からなかった。誰かの葬儀をしている、そう気づいていた。同時に、周りは自分の事に気づいていない——愛翔は誰構わず、呼び続ける。誰一人、反応しない。
当たり前だ、彼は既に帰らぬ人になっていた。彼だけにしか見えないのと、この世の人間ではないのだ。霊体となっており、幽霊のような存在なのだ。
「……あっ」
愛翔は、奥の方を見る。そこには、大きな棺がある。人一人入る程の大きさであった。線香の匂いや、お坊さんがお経を唱えている。
花も手向けられている——愛翔は桶に気づきながらも、その桶の中にいるであろう人物が、誰かに気づく。
自分の遺影があったのだ。
満面な笑みを浮かべている自分の遺影があったのだ。しかし、桶の中には自分はいない——電車に轢かれた為だ。身体はバラバラとなっている。彼はそれに気づいていた。
バラバラ死体を桶の中に入れる事も出来ないのだ。周りの事を考え、せめて、葬式だけはしたい、と周りが願ったのだろう。
愛翔は目を伏せる——不意に、近くにいる咽び泣く人達に気づく。愛翔は瞠目した。
そこにいたのは、中年の女性と、男性がいたのだ。その人達は良く知っている——自分達を育て、厳しくも温かく接してくれた人達。
二人の存在は愛翔と、彼の双子の兄にとって、大きな存在であった。早くに両親を亡くした自分達の為に親代わりになってくれたのだ。
愛翔はその二人に歩み寄ろうとした。
「巫山戯んなこの野郎! 帰れ!」
刹那、愛翔は、周りは叫び声のした方を見る。そこには、三人の青年と、彼等と向かい合うように子連れの家族がいた。
少年達は制服を着ており、二人の青年達は、暴れる一人の青年を落ち着かせ、宥めている。暴れる青年は泣きながら、子供を連れている両親や子供を罵倒していた。
その光景に愛翔は、周りは痛々しそうに見ていた。怒りもあれば、哀しみもあった。そして、愛翔は、その青年を見て、止めようとしていた。
その青年は愛翔とは瓜二つの容貌をしている。髪の色は黒であり、髪型はショートにしていた。制服も愛翔が生前着ていた、全く同じ制服を着ていた。
「雄一、兄さん……!」
愛翔は、彼を、雄一と呼んだ。そう——暴れている青年は東郷雄一、愛翔の双子の兄だ。彼は部活の際中、愛翔の悲報を聞き、驚きつつも嘘だと思い、病院に向かった。
そこには、既に叔父と叔母が居り、愛翔が死んだ事を泣きながら教えてくれた。雄一は青ざめると共に、二人だけの家族を、大切に守ろうとした片割れを喪った事で泣き叫んでい。
今日は葬式でありながら、怒っていた。理由は、目の前にいる子連れの家族に原因があったからだ。子供が歩きスマホをしたせいで線路に落ち、愛翔と、愛翔と同じ考えをした男性が助けに入り、助かった。
しかし、愛翔は男性の薬指に填められている指輪を見て、彼が既婚者と察し、彼を突き飛ばし、直後に電車に轢かれたのだ。
悪いのは、歩きスマホをした子供である——周りはそう言う中、そう感じている中、雄一が全てをぶつけるように子供を罵倒していた。
子供は泣きながら、ごめんなさいと言い続けるだけ。子供の両親も、母親は泣きながら子供を守るように抱きしめながら謝り続け、父親は「申し訳ありませんでした!」と何度も地面に頭を擦り付けながら土下座していた。
それでも、雄一の怒りは消えないでいた——二人の青年は雄一と、愛翔の同級生であり、友人。彼等は雄一を落ち着かせている。
「雄一止めろ! そんな事をしても愛翔は喜ばないぞ!」
「放せ! そいつ等を一発ぶん殴らせろ!」
「それじゃお前が捕まる! 愛翔が泣くぞ!」
「愛翔はもういねぇ! あいつは電車に轢かれたんだ! そいつのせいで!」
雄一は泣き叫ぶ。そんな光景を、周りは痛々しく見ていた。止める者も少しずつ増えて行く。高校の教師、顧問の教師、叔父と叔母の二人もだ。
愛翔はその光景を、震えつつ、いつの間にか泣いている。
「……兄、さん」
愛翔は雄一に掴もうとした——すり抜けるだけであり、何度しても無駄だった。抱きしめて、慰めたい。
子供とその両親は悪くない、と言いたかった。無駄と判りながらそう願っていた。愛翔は雄一が周りの支えられながらその場を離れる。
「兄さ……!」
愛翔は追いかけようとした。何故か動けなかった。金縛りに遭ったように動けなかった。愛翔は何が遭ったのかと驚く中、目の前が真っ暗になって行く。
「な、な……!」
愛翔は驚く中、意識は完全に遠退いて行くのだった……。
「あぁっ!!」
愛翔は目を覚ます。周りには、怪我をした兵士や無事な兵士達が居り、彼等は愛翔を見やっていた。彼の叫び声に反応したのだろう。
周りは愛翔を見て、目を丸くする。「えっ……」愛翔は周りを見渡す。自分はいつの間にか、寝ていた——判っていた筈なのに、夢だと思っていたのだ。
さっきのは一体……愛翔はその事を考える前に自分はまだ、夢の中にいると思っていた。リアルすぎる夢と思っていた。
兵士達を見て困惑しているのと、馬車が動いている事にも気づく。ガタッ、ガタッ、とだ。
「どうした? 夢の中でも死体を見て気持ち悪くなったのか?」
そん彼を、隣にいた者が訊ねる。愛翔が振り向くと、そこにはキニゴスがいた。彼は呆れながら、愛翔を見ていた。
「キ、キニゴスさん……」
愛翔は彼を見て、不安そうに呟く。キニゴスの言葉に周りの笑いがする。愛翔は周りを見て困惑する中、兵士達は愛翔に対し、口を開く。
「なんだよ? 死体を見た後にも夢の中でも吐くのか?」
兵士のひとりが愛翔に訊ねる。彼は笑っている——愛翔をバカにしているようにも思える。しかし、別の兵士が。
「最初はそんなもんだ、気にすんじゃねぇよ!」
「俺達はいつ死ぬのかも判らないからな!」
「辛ければ、また吐けば良い! あっ勿論、トイレでな!」
どっと笑いがする。彼をバカにしている訳ではなかった。自分達も、兵士でありながら新兵の時はそんな事は当たり前だった。
死体を見て吐かない者はいない。居たとしても、そっちの方が不安であり、強がっているようにしか見えない。
無理は禁物だ、と。兵士達は愛翔を気遣う。周りの反応に愛翔は戸惑う。キニゴスは目を閉じているが笑みを零していた。
刹那、美しい音色がした。その音色に愛翔は目を見開き、周りも音色がした方を、キニゴスは視線を向ける。
そこに居たのは、彼等と同じ、兵士が居た。愛翔、キニゴスと同じ、十代後半の青年だった。刈り上げられた黒髪に、紫の瞳。
黒い鎧を纏いつつ、両腕には他の兵士とは比べ、大きな腕当てを着けている。彼は無言で笛を吹いていた。
笛から、美しい音色が流れる。聴いただけでも、落ち着き、心が洗われる。
兵士達は音色に耳を傾ける。痛みを忘れる事が出来ないが、少しは和らいで行く。愛翔もその音色に少しは落ち着いていた。
哀しみが、和らいで行く——彼の音色に、いつの間にか耳を傾けていた。
「サウト、コイツへの気遣いか?」
キニゴスは視線を彼、サウトへと向けたまま訊ねる。キニゴスの言葉に、愛翔は不思議そうに訊ねる。
「サウト、それが彼の名前?」
「……まあな、あいつはサウト——俺と同じ兵卒だが、音楽でしかコミニュケーションをとらない奴だ」
「音楽——それって、会話は出来ないって、事?」
「そうなるな」
キニゴスの言葉の後、愛翔は、サウトと言う青年を見る。彼は視線を愛翔に向けたまま笛を吹き続けている。
その音色は未だ美しく、聴く者全てを虜にする。痛みを和らげてくれる、嫌な事を微かに忘れさせてくれる。
サウトは音楽家になっても可笑しくない程、腕は良かった。しかし、音楽でコミュニケーションしか取れない?
まるで、自分の事をあまり調べるな——そう言い聞かせているようにも思える。愛翔は彼を見続ける中、サウトは愛翔から目を逸らすように視線を笛の方へと向けるのだった。笛を吹き続けているのだった。