守護者の助言
「パ、パイモンさん?」
愛翔はパイモンの言葉に目を丸くする。
パイモンは悪魔軍の将であり、ブエルやバルバトスと同じ守護者達の一人、悪魔軍にとって最高地位におり、自分は彼とは雲泥の差ともいえる兵士の地位にある。
彼は今は何をしているのかは分からないのと、多忙かもしれない身。そんな彼が、兵士である自分を気に掛ける理由は、相談に乗ると言った事に驚いている。
「どうしたの? 言いたくないのなら、無理しなくていいんだよ?」
パイモンは首を傾げる。彼は男性でありながら容貌が美少女そのものであり、彼を男と知らない者達が見たら、ドキッとする。
愛翔は彼が自ら男性と教えたためにドキッとしていない——最初に見た時は顔を真っ赤にしていた事を彼自身は知っているため、何とも言えない。
パイモンの言葉に愛翔は我に返り、口を開く。
「パ、パイモンさん、お気持ちは嬉しいのですが、貴方は守護者の一人——自分は一介の兵士で恐れ多くて……」
パイモンは微かに笑う。
「フフッ、そんなに畏まらなくてもいいんだよ?」
「し、しかし!」
パイモンはリンゴを持ってない方の手を腰に当てる。
「ボクは地位とかそういう物に縛られたくない——ボクはボク個人で見てほしいからね?」
「えっ……?」
「ボクは最初、悪魔の守護者じゃない。君と同じ一介の兵士だよ?」
「えっ!? パイモンさんが!?」
パイモンは頷く。
「そうだよ? どんな理由があるにせよ、守護者達だって、元々は兵士だよ?」
「パイモンさん……」
「守護者だろうがそんな理由で畏まられても、僕は好きじゃない——君は君らしく言えば良い、周りがどう言っても、周りの事を気にしてはダメだよ?」
「…………」
パイモンは少し困惑する。
「まあ、いきなり相談に乗ると言ったボクにも非はあるし、君を困らせたんなら謝るね——ごめんね」
「あっ、い、いえ、大丈夫です」
「そう? なら良いけど、無理してはダメだよ? 出来る限り、誰かに相談して」
「……何故、そこまで気に掛けるんですか?」
「君みたいな人は、兵士達は沢山いる——君と同じように、許されない事をして自分を追い詰めているんだ」
「…………」
「お節介かもしれないけど、ボクは守護者として兵士を見る役目がある——出来る限り、相談するようにしているんだ」
「それに、彼女等を見て」パイモンは隣にいる姉妹を手で指す。愛翔は指された方を見ると、エリンは悲しそうに見つめ、エミリは不安そうに見ていた。
姉妹は愛翔を気に掛けていた、心配していた。彼とパイモンの会話の前に愛翔の出来事を何かと察していた。
キニゴスと共に行動していたために兵士ではないかと疑っていた。彼は恐らく、やってしまった事にも気づいていたのだ。
街の中を歩いたのも、彼を励まそうと考えた。無理したら兵舎に戻るとも約束していた。彼は無理している——パイモンの発言もそうであるが、言い分も正しい。
誰かに相談する——自分達にも当てはまり、彼を心配している。姉妹の様子に愛翔はつらそうに目を逸らす。
迷惑をかけるつもりはなかった。彼女達の不安な表情を見ていられず、更にはどうすれば良いのかと悩む。
「私達は大丈夫だよ?」
エミリの声に愛翔は目を丸くし、彼女を見る。エミリは不安そうであるが作り笑顔を浮かべている。
不安を隠すためであり、彼を気遣っている。幼いながらも、彼の気持ちを察している。
「私とお姉ちゃんは大丈夫だよ? 愛翔お兄ちゃん、パイモン様に相談して」
「エミリちゃん……」
エミリを慰めるように、エリンは彼女を引き寄せる。
「エミリの言う通り、私達は大丈夫。愛翔、貴方はパイモン様に相談しなさい」
「エリン……」
「私達に出来る事は限られれている。軍の事は関係者の方が良い——パイモン様は守護者でありながら、兵士の貴方を気に掛けているのよ」
「…………」
「どうするのかは貴方が決める事だけど、無理はしないで」
エリンの説得とも言える説明に愛翔は視線を逸らすと、不意に視線をパイモンへと移す。
彼は微笑んでいた——いや、悲しい笑みを浮かべていた。気に掛けているのと、エリンとエミリのことを考えている。
守護者として、姉妹を国民の二人として認識し、気に掛けているのだろう。彼女等は愛翔を気に掛けており、心配している。
それに気づいているのだ。愛翔は不安になる中、深く頷いた。
「お願いします……」
「そう……それでいいんだね?」
愛翔はもう一度、深く頷く。
「はい、相談させて、ください」
「……分かった——此処ではダメだ、往来の場所よりも、あの場所、グリーン・オアシスで話そう」
「グリーン・オアシス?」
「ああ——そこならば、話しやすいだろうから、ね?」
「そう……やっぱり天使を殺したんだね」
「はい、何故かお覚えていないんです、殺した事を」
「覚えていない?」
「はい、覚えているのは、悪魔の兵士が殺された所までで……」
「……成る程ね」
ここは帝国一の緑で囲まれた自然公園、グリーン・オアシス。
帝国の東に位置する公園であり、その面積は帝国の東側の三分の一を占める広さがある。
ベンチもあり、川もある。川は子供が溺れないように、川の両側を柵で囲まれていた。
花畑もあり、木陰で休めるかのように木が何本も生えていた。
鳥やリス等の小動物が公園におり、そこで巣を作っている。公園には多くの家族連れやカップルが散歩をし、遊び、疲れを取るかのように休憩している。
しかし、とあるベンチにはパイモンと愛翔が何かを話している。向かい側の離れた場所には花畑があり、エリンとエミリはそこで何かをしている。
楽しそうに話をしており、二人は、特にエリンはエミリの相手をしつつ、愛翔を心配していた。
愛翔は俯きながら話を続ける。
「俺は何故あんな事をしたのかは覚えていないんです。気づいた時には……」
「それ以上は言わなくても良いよ、君自身、つらいと思うから」
「……すみません」
パイモンは彼を気遣い、愛翔は謝る。俯いたままであり、こちらを見る気配はない。
彼は不安で押しつぶされそうになっており、その事さえできないのか、罪悪感でそんな事を考えている暇は無いかは分からない。
パイモンはそう考えつつも、ある考えをも浮かべる。
「(覚えていないって、どういうことなんだろう?)」
パイモンは愛翔の言葉に何処か違和感を感じる。彼は天使を殺した事に覚えてない——普通の人、悪魔ならば人を殺した事を覚えている。
衝動的にやってしまった場合、我に返る時には既に殺してしまったなんて話は聞いた事もある——なんてのは現実的にあり得ず、余程強い怨みがなければ、無差別で襲う意味で殺すことはある。
事故で殺してしまい、殺すつもりはなかったとは言え当たりどころが悪かったなんて話は極稀に報告されている。
彼の場合は気づかずに、我を忘れ天使を殺し続けている。悪魔の兵士が殺されたという理由でそんな事をするのはあり得ない。
今の彼はそれに後悔している。吐いたり、酷く落ち込んでいる。そんな彼が演技をするとは思えない。演技だとすれば舞台俳優にもなれる。
しかし、彼からそういった様子はない。本当に後悔している。パイモンは色々なことを推測する中、少しハッとする。
「(待って……! 確かそういった事をする人が、守護者で一人いた……!)」
パイモンは、ある仲間の守護者を思い出す。
その守護者はルシファーの友人でもある。その人は自分よりもかなり年上でありながら、槍を得意とする。
強さも周りが認める程である。しかし、性格が問題だった。
アスモデウスのように強欲ではない——ブエルと同じように優しく、戦場には向かない程紳士的な人物。
それとは裏腹に強いのは疑問さえ抱く。更には、その人物が所有する『悪魔能力』は……。
パイモンは愛翔が、その人物と同じ能力を持っていたとすれば……彼はその事を指摘しようとした。同時に、愛翔は不安そうに顔を上げ、パイモンの方を向く。
これから先、どうすれば良いのかで悩んでいる。それを、守護者である彼に助言を求めていた。
パイモンはそれに気づくと同時に、自分が考えていたことを後回しにすると直に決めた。
「パイモンさん、俺はどうすれば良いの? 俺は、自分のした事を永遠に抱えなければならないの? 重い十字架を背負わなければならないの?」
「…………」
「俺は、殺すつもりなんてなかった……なのに、なのに……!」
「それは違うよ?」
刹那、パイモンが口を開く。彼の突然の発言に愛翔は驚く。
パイモンは彼を見ながら言葉を続ける。
「それは違うよ、君が悪い訳じゃない」
「で、でも、俺は天使の人達を……!」
「それは君を殺そうとした、それに君は我が身を守るために殺したに過ぎない」
パイモンは不安そうに目を逸らす。
「だけど、いかなる理由があろうと許されないことを水に流すことはできない——当たり前とはいえ、事実だ——でもね」
パイモンは悲しい笑みを浮かべながら、視線を愛翔へと戻す。
「君は君らしく振る舞いなさい、殺人をした事を忘れてはいけないのと、彼等のことを忘れてはいけない」
「……そ、そんなことを言われても、俺にはできません」
「確かにそうかもしれない。彼等にも家族は、恋人がいたのかもしれない」
「っ!?」パイモンの発言に愛翔は青ざめる。そこまで考えていなかった。彼等にも家族はいたのかもしれないのだ。
その家族は、遺族は、自分達の大切な人である天使達を殺した者を捜すのかもしれない、殺そうとするのかもしれない。
愛翔はそのことに気づき、戦慄すると、身体を震わす。パイモンは愛翔に同情する中、言葉を続ける。
「戦場とはそういう物だよ——多くの味方と敵が互いの正義の為に戦う——同時に、仇を作る」
「…………」
「君はそれに、ううん、ボクも同じ——ボクも我が身を守ろうと、仲間を守ろうと双剣で多くの天使を斬り殺してきた」
「……パ、パイモンさんも?」
パイモンは深く頷く。
「此処はボクの話になるけど、自分も兵士の時は酷くつらく、忘れたかった——吐いたり、食事が喉を通らないこともあった。このまま兵士を辞めたいとさえ思った」
「……パイモンさんは、どうして辞めなかったんですか?」
「……とある首都を陥落させる戦いがあった。陥落した街で天使の兵士達の亡骸だけでなく、女子供までもが殺されていた」
「えっ!?」
愛翔は目を見開く。それでも、パイモンは言葉を続ける。
「中には、天使の女性達も慰め物にされていた。股を開かされたり、咥えさせられたりした——その光景は地獄その物だった」
「……そ、そんな」
「そんな光景にボクは思わず、未だに何もされない天使の女性の一人を安全な場所まで連れて行こうとして走った……何とか逃げ切ると、彼女に離れるよう言って、逃がした」
「……パイモンさんはどうなったの?」
「厳しく罰せられたよ、これ以上は言えないけど、それが切っ掛けでボクは兵士を辞めようという考えをやめた」
パイモンは彼に微笑む。
「ボクは戦場で戦い続けるのも、自分にできることをすると決めたから、今はそのことを誇りに思っている」
「それに」パイモンは愛翔の頭を撫でる。愛翔は驚く中、彼は言葉を続ける。
「話を戻すね——君が兵士を辞めるというのならば構わない——決めるのは君だし、強要はしない」
「…………」
「君は君ができることを見つけなさい——調べるとか、仕事をするとか、君にできることは沢山ある。君は若いからという理由で直に見つけることは出来ないだろうけど、君は前を向きなさい。してしまった過去を忘れろとは言わないけど、君は立ち直りなさい。殺してしまった天使達の分まで生きなさい」
「…………」
「口で言うのは簡単だけど、君ならできる——ボクは君を信じている。守護者としてでもそうだけど、軍の先輩として君を信じる。ボクだけじゃない、君を心配する人達も君が立ち直るのを信じている」
「パイモンさん……」
愛翔は目に薄らと涙を浮かべる。彼の一つ一つの発言は、過去を話したキニゴスよりも頼もしく感じていた。
守護者としての貫禄よりも、一人の悪魔として接し、助言を与えてくれていた。パイモンは彼に微笑むと、口を開いた。
「君がまた辛かったら、また誰かに相談しなさい——ボクもそうだけど、周りにも言いなさい」
「……はい、はい!」
愛翔は泣きながら何度も頷く。また少しだけ救われた、彼自身はそう思っているのと、吐き出す意味で泣いていた。
彼はパイモンに感謝し、パイモンは微笑んでいた。その様子は周りから姉弟のようにも思えるが、彼等は血縁ではないのと、兵士と守護者の立場。
何の会話をしているのかは、分からないだろう——近くにいない限りは。
「お姉ちゃん、愛翔お兄ちゃん、何で泣いてるのかな?」
「分からないわ……でも、愛翔は救われた、のかもしれないわよ?」
そんな様子をエリンとエミリの姉妹は気づくと同時に、エミリは疑問に思い、エリンは安堵していたのだった。