可愛い守護者
「…………」
愛翔はシチューを食して数分後、彼は途中まで泣いていたが完食していた。
キニゴスや周りは驚いているが微笑んでいる。彼が、愛翔が少しだけ元気になった事を嬉しいと感じている。
彼は二杯もお代わりをしていた。昨日から何も口にしていないのと、殺した事による罪悪感から食事その物を拒絶していた。
このままでは餓死する——キニゴスはそう思い、この食堂へと案内したのも、ここのシチューは美味いだけでなく、人の心を洗うように愛情に包まれている。
彼は罪悪感で心を閉ざそうとしている——キニゴスは彼を気遣い、この場所でシチューを食べさせたのだ。
結果、愛翔は涙を流しながらも心を落ち着かせた。
「…………」
キニゴスは愛翔を見てかすかに笑みを零す中、愛翔は「ごちそうさまでした」と言った。
彼の表情は満足であり、笑顔を浮かべている。キニゴスは何も言わない中、彼はキニゴスに対し、言った。
「ありがとう、キニゴスさん……とても、おいしかった」
「……バ——カ、作ったのは俺じゃない、厨房の親父さんだ」
「あっ、ご、ごめん」
愛翔は厨房にいる男性を見る。
「ありがとうございます、とてもおいしかったです」
「……気にするな、ワシはお前がつらそうだと思ったからな」
愛翔は首を左右に振る。
「いえ、このシチューはおいしかった、叔母さんの味を思い出すくらい、でした」
「……そうか、それは良かったな」
厨房にいる男性は何かを作っている中、ある指摘した。
「悪いが、もうすぐ食堂を開けるから二人は兵舎に戻れ——エリカ、ユノ、準備をしろ」
「あっ、も、もうこんな時間! エリカ、急いで準備するわよ!」
「う、うん!」
ユノは食堂の壁にある時計に気づき、慌てる。エリカもそれに気づき、準備をし始める。
此処は食堂であり、洋食屋さんにも近いことをしている。お客さんも来るのと、それの接客や食材を切る、煮る、混ぜる等の準備をしなければならない。
ユノとエリカの母娘は慌てる——愛翔は突然の事で戸惑う中、キニゴスは愛翔に訊ねた。
「俺は兵舎に戻る——お前はどうする?」
「えっ? ど、どうするって……」
「戦場に呼ばれるまで、俺達兵士は自由時間だ——俺は兵舎に戻るが、お前は?」
「あっ、う、うん……どうしょうかな」
「まあ、お前の自由時間だし、強要はしない。兵舎に戻って訓練するのも良し、街で買い物を、散歩するのもいい」
「……あ、そうなんだ……う〜〜ん」
愛翔は頭を抱える。そこまで考えていなかった。やる事はあまり思い出せない——キニゴスにどうすれば良いかを聞いても、彼にもやる事はある。
無理矢理連れて行くのは彼にも悪い——愛翔はそう考えつつも、どうすれば良いかで悩む。
「だったら、私達と街の中を歩かない!?」
ある少女が愛翔に訊ねた。愛翔が振り返ると、そこにはエミリがおり、嬉しそうに見ていた。
「私達と街を歩かない! 色んな所を案内するよ!」
「あっ……」
「エミリ、無理矢理はいけないわよ?」
エリンはエミリに注意する。
「でもお姉ちゃん! お兄ちゃんは街の中を知らないし、案内した方が良いと思うの!」
「だからって彼の時間を潰すような事はしてはダメよ? 彼の意見を聞かないとダメよ」
「それもそうだね……う〜〜ん、お兄ちゃんはどうするの?」
エミリは不安そうに愛翔に訊ねる。そんな彼女に愛翔は不安を抱きつつも微笑む。
「大丈夫、俺は気にしないよ?」
「本当!」
エミリは笑顔になる。愛翔は頷く。
「うん、案内してもらいたいな、エミリ、ちゃんで良いかな?」
「うん! エミリで良いよ! お兄ちゃん、どこへ行きたいの!」
「そうだね……エミリちゃんが案内するなら、で良いよ?」
「分かった! お姉ちゃん、良いでしょう!」
エミリはエリンに許可を貰おうとする。エリンは彼女を見て溜め息を吐くと、言った。
「……私は別に良いわよ」
「やった——!」
エミリは笑顔になる。愛翔は微笑む中、エリンは呆れながらも、ある事を指摘した。
「ただし、一つ約束があるわ」
「「えっ?」」
二人はエリンを見やると、エリンはこう言った。
「東郷、つらかったら街の中を見るのは止める事——それだけは約束しなさい」
「凄い——昨日と違って、賑わってる……!」
キニゴスと別れ、エリカは両親と共に食堂で仕事をする中、愛翔はエリンとエミリの姉妹と共に帝国の街を歩いていた。
キニゴスと行動した昨日とは違い、街は更に活気で溢れている。昨日の鐘音が嘘のように、街にいる人達は皆、笑顔になっている。
この世界に来て一日しか経っていない愛翔から見れば、驚きでしかないだろう。全員、悪魔族でありながら同じ種族として差別や迫害をする様子はない事にも驚いているだろう。
……彼がそう思っているだけであり、実際は迫害や差別はある。
人目のつかない場所で起きており、街の中を見回る兵士達にも気づかれず、更には兵士達の間で隠し事をしている——そういった許されない行動をしていることもある。
彼はそれに気づかない中、エミリと手を繋ぎながら歩いているエリンが微笑む。
「それもそうよ、毎日がお祭りみたいな物よ、この街は」
「そうなんですか……ところでエリンさ」
「さんは余計、敬語も余計」
エリンはむすっとする。彼女の発言に愛翔は目を丸くすると、エリンは言葉を続ける。
「さんは余計よ、私達は歳が近いんだし、お互い呼びやすい方がいいでしょ?」
「で、でも俺は」
「大丈夫よ、私は気にしないわ——まあ、歳がかなり上とか少し上とかはさん付けするけど、私達はそういった関係じゃないわ」
エリンは微笑む。
「私もアナタを好きな呼び方で呼ばせてもらうわ——酷い言い方かもしれないけど、そっちの方が気楽だからね」
「……エリンさ……エリン」
「それでいいのよ? こっちもアナタを東郷——いえ、愛翔と呼ばせてもらうわ」
彼女の言葉に愛翔は安堵したように微笑む。
「うん、ありがとう、エリン」
彼の感謝の言葉と笑みにエリンは目を丸くすると、恥ずかしそうにそっぽを向く。
「べ、別にいいのよ? 私も東郷と呼ぶよりも、愛翔の方が呼びやすいと思っから」
「それでも、ありがとう」
「〜〜っ」
エリンは顔を真っ赤にする。感謝されて少し嬉しいのだ。そんな彼女に、姉の様子にエミリは笑うのを我慢していた。
「あれ?」
すると、エリンは何かに気づく。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん」
「どうしたの?」
エリンはエミリの言葉に反応し、彼女を見る。愛翔も気づき見ると、エリンは指差しながら。
「お姉ちゃん、あれ」
エミリの言葉に、愛翔とエリンは彼女が指差した方を見る。そこには、一つの露店があった。
その露店にはリンゴやオレンジなどの果物をメインとした物が何点も売られれていた。
どれも新鮮で食べ応えのある物ばかり。値段は高くなく、安い方。店には、その露店を出したであろう中年の悪魔の男性がいる。
男性は顔を赤くながら口を開けている。恥ずかしい、のではなく、惚れている様子だった。彼の前には、露店の前には、果物が並べられている前には、ある人物がいた。
二十代くらいの女性らしき人がいた。金髪ショートにぱっちりした翡翠色の瞳。可愛らしい顔立ちをしている。
服は、黒い鎧を纏いつつも肩当ては無く、素早さを特化したように軽装にしている。その人物は露店に出されている果物を眺めていた。
嬉しそうに笑っており、どれがいいのかと思っている。
誰が見ても可愛らしい少女——初めて逢った人から見ればそう口々に言う。その容貌に男性は見とれ、女性は嫉妬もあれば憧れもある。
周りの考えであり、当の本人であるその者はどう思っているのかは、周りは分からない。
その者は露店に出されている果物を一つ一つ確認するように眺める中、エミリはその人を指差しながら、愛翔とエリンに訊ねる。
「あの人、凄く可愛い人だね!」
エミリは笑う。揶揄っているのか、バカにしているのか、褒めているのかは分からない。エミリは何を考えそう言ったのかは彼女しか分からない。
妹の発言にエミリは驚くと、直に注意する。
「エミリ、人を指差すんじゃありません、失礼でしょ?」
「あっ、ご、ごめん」
エミリはしょんぼりする。そんな彼女に姉のエリンは微笑むと、彼女の頭を愛しく撫でる。
「分かればいいのよ? でも、今度から気をつけるのよ?」
エリンは妹を注意した後、露店の果物を眺めている人物を不思議そうに見る。
「確かにそうね。何処の人かしら?」
「…………」
「愛翔?」
エリンは愛翔の方へと振り返る。彼はポカンと口を開けて、その人物を見て——見とれている。
その証拠に、頬を少し紅くしている。その人を可愛い少女として認識している。
彼は十八でありながら思春期の年頃であり、異性に関心が高まる時期でもあるのだ。
彼は視線を露店にいる人物に向けている中、エリンは不思議そうに呼びかける。
「愛翔、愛翔」
「えっ、ど、どうしたの?」
愛翔は我に返り、エリンの方を見る。彼女は不思議そうに見ている中、訊ねる。
「どうしたじゃないわ、さっきからボォッとしていたわよ?」
「えっ? そうなの?」
エリンは不思議そう頷く。
「ええ。さっきから……というよりも、店の物を眺めている人を見ていたわよ?」
「あっ……そ、その」
愛翔は恥ずかしそうに視線を逸らす。彼の様子にエリンは微笑する。
「ふふっ、その反応だと分かりやすいわよ?」
「あっ……う、う〜〜ん」
愛翔は恥ずかしそうに目を逸らす。
「本当に分かりやすいわよ? まあ、アナタがどんな人かまでは分からな」
「お姉ちゃん」
エリンが言い終える間に、エミリが彼女の服の裾を引っ張りながら訊ねてくる。
「どうしたのエミリ?」
エリンと愛翔はエミリを見やると、彼女は露店の方を見る。
二人も露店の方を見やると、露店の果物を眺めていた人がリンゴを一つ購入し、自分達に近づくように歩き出しながら、それを一口食べる。
咀嚼音は小さく、食べ方も綺麗だった。リンゴがおいしかったのか、小さく笑う。とても可愛らしく、誰もが見惚れる。
三人も例外ではなく、愛翔は顔を真っ赤にし、エリンとエミリは頬を紅くする。
「うん?」
その三人に気づいたのか、その人は彼と姉妹に対し、不思議そうに訊ねる。
「どうしたの君達? ボクに何か用?」
その人の発言に三人はビクッとすると、エミリが慌てて。
「ち、違うよ! お姉ちゃんが綺麗な人だったから見とれていたんだよ!」
その言葉にその人は目を丸くした——その人は直に微笑む。
「ありがとう……と言いたいけど、ボクは女の子じゃないよ?」
「「「「えっ!?」」」
三人が不意を突かれたように驚く。それでも、その人は自分の胸に手を当てる。
「ボクは男——見た目は女の子のような顔をしているけど、男だよ?」
「そ、そうなの!?」
エミリの言葉に彼は頷くと、あることを言った。
「そうだよ? それに……」
その人は少し黙ると、ある事を口にする。
「ボクはパイモン——悪魔軍の将の一人で、自慢じゃないけど、守護者の一人だよ」
「え、ええっ!?」
三人は驚く——その中で一番驚いたのは、愛翔だった。
彼の、パイモンの発言は自分が所属する悪魔軍の最高地位にいる守護者の一人とは知らなかった。
否、知らないのも当然。彼は好きで兵士になった訳でもなく、兵士にされている。
彼がであったのはバエル、ブエル、バルバトス、ルシファーの五人であり、パイモンが彼等の仲間とは知らない。
守護者は何人いるのか、までは分からない。愛翔は驚いている中、パイモンは彼の様子に疑問を抱き、首を傾げる。
「どうして君は驚いているの? そんなに珍しい事じゃないよ?」
「あっ、い、否、俺は……」
「まあ、知らないのもそうだもんね。ボクはドーツの東半分で守りを固めているから、この帝国にはあまり来れないからね? 聞いた事は無いの? ボクの事は?」
「えっ? ド、ドーツって?」
愛翔の言葉にパイモンは頷く。
「そうだよ、ボクは昨日、遠征で留守にしていた——でも、ルシファーさんとバルバトスさんの二人が軍を率いて、守ってくれた」
「昨日の戦い……っ」
愛翔は徐々に青ざめる——思い出してしまったのだ、昨日の出来事を。天使を殺した事を。
許されない事をしたのと、それに罪悪感で押しつぶされ、頭を抱える。
「愛翔」
「愛翔お兄ちゃん……」
エリンとエミリの姉妹は愛翔を心配そうに見つめる。彼は二人の姉妹に心配されている事に気づき、作り笑顔で答えた。
「だ、大丈夫……俺は気にしないから……」
「そうは言ってもアナタの顔色は良くないわ」
「お、俺は大丈夫だって——二人は俺の為に帝国の中を案内してくれるから、それに甘えているし、無駄にしたくない」
「だからって無理は良くないわ、エリカの店でもそう言ったでしょ?」
「ううん、大丈夫……」
エリンと愛翔は食堂でのやりとりを思い出しつつも、其々の理由で互いの相手を気遣うように会話する。
エミリは不安そうに見ており、言葉をかける様子もない。二人の会話はどちらかが折れるまで続くしか無い——エミリはそう思っていた。
「ねえ、君達」
パイモンが不思議そうに愛翔とエリンに訊ねる。二人は我に返り、彼を見やる。
「……二人とも、どうしてそんなに言い合うの?」
「えっ、ど、どうしてって……」
「そ、それは……」
彼の質問に愛翔とエリンは気まずそうに視線を逸らす。
理由は知っている。エリンは愛翔を思い、愛翔はエリンの気持ちを尊重しようとしている。
第三者のパイモンはその事を知らない中、その事を教えるのは気まずいと思っているのだ。
自分達が口論みたいな事をしているのは……愛翔が。
刹那、パイモンは何かに気づくように、ある事を口にした。
その言葉に愛翔とエリンは目を丸くするが、パイモンはこう言ったのだった。
「場所を変えてだけど、良ければ、ボクが訊くよ? 勿論、君達が良いならだけど、ね?」