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気遣いと過去


「そういえば、東郷さんで良いかな?」


 エミリが愛翔を不思議な物を見る顔で訊ねる。


「ど、どうしたのかな?」


 愛翔は突然の事で驚きつつも、冷静に対応する。


「東郷さんは、どこから来たの?」

「っ!?」


 エミリの質問に愛翔は瞠目し、直ぐに目を泳がす。この質問には答えられない。

 キニゴスと同じ質問をされたが、疑問を抱かれ、天使の回し者とも疑われたからだ。

 自分はこの世界の人間ではない。簡単に答えられるのに難しいともいえる質問に答えられる筈もない。

 そのせいでキニゴスに信じられず、天使の回し者かと疑われると思っている。

 今の自分の姿形は悪魔であるが元は人間であり、悪魔とは無縁の存在。悪魔は悪のイメージがあり、人々に災いをもたらす存在。

 自分は人間である一方、日本で双子の兄弟の弟として生まれ育ち、両親の温もりはないものの、叔父と叔母の義理ともいえる両親の愛情を受けて育った。

 相手が普通の、活発そうな少女に見えても悪魔としか思っていない——かわいそうであるが、今の自分には悪魔は悪というイメージが払拭する事が……。


「……うっ!?」


 刹那、彼はある事を思い出したのか、頭を抱える。


「東郷さん!?」


 エミリが不安そうに叫ぶ。周りの女性陣が驚く。キニゴスは不安そうに目を逸らし、厨房にいる男性は何故か、無視しているように何かを作っている。

 周りは其々の反応を見せる中、愛翔は頭を抱え、震える。何故今頃、そんな事を考えだしたのか?

 自分が悪魔である事を何故忘れていたのか? 昨日は色んな事で追われ、その事を忘れていたのか? 

 死んだと思っていたのに、悪魔になっていた。

 更には……多くの、色んな意味での仲間であろう悪魔達と敵であろう天使達の戦いに巻き込まれ、自分は二度の戦いで生存しながらも、いつの間にか、我を忘れて数人の天使を……。

 

「っ!? 〜〜っ!」


 愛翔は目に涙を浮かべ始める。涙は彼の膝にポタポタと落ち、濡らす。そして、何も思い出したくないように声を上げる。


「あ、ああっ……!」


 愛翔は目を見開き、嗚咽を上げる。


「東郷!」


 キニゴスは愛翔の様子に驚く。周りの女性陣に、厨房の男性も気にし振り返る——壮年の男性であり、厳つい顔つきをしていた。

 彼も気にする中、愛翔は涙を流し続けていた。天使を殺した——一生消えぬ事は自分はしてしまった。人殺しという重い罪を彼はしてしまったのだ。

 あの時、何故そんな事をしたのか? 悪魔の兵士が殺されたからか? ——なのに、それからの記憶はない、キニゴスの存在に気づくまで、その間の記憶がないのだ。

 愛翔は天使の兵士を殺した事を思い出しても、自分は我を忘れた事を思い出せないでいる。

 愛翔は泣き続ける中、ある少女が彼の手を握る。愛翔は泣きながら、自分の手を握って来た者を見る。

 エリンだった。彼女は吊り上がったパープル色の瞳を彼に向けている。その表情は呆れている訳でもなく、悲しくもなく、寂しそうでもなく、怒っているようにも思えない。

 彼を普通に見ているだけ——何を考えて、愛翔の手を握っているのかは判らない。刹那、彼女は目を閉じ、口遊む。


悪魔デビル能力アビリティ・慈愛——安らぎの音色』


 エリンは歌い始める。穏やかで、誰もが耳を澄ます美しい声が店内に響く。その歌を聴いたエリカ、ユノ、厨房にいた男性、彼女の妹であるエミリは突然の事で驚く中、徐々に静かに耳を傾き始めていた。

 カウンター席に座っているキニゴスも驚いていたが少しだけ目を伏せている——彼もその音色に安心しているのだ。


「…………」


 愛翔も驚いていた——突然歌い始めた事もそうでありながら、徐々に泣くのを止め、心が落ち着いてくるようにも感じていた。

 恐怖が、不安が、払拭されるかのように、忘れ去られるかのように消えて行く。更には、愛翔は襟んを見続ける中、エリンは歌うのを止め、彼を、愛翔を見る。


「少しは落ち着いたかしら?」

「あっ……あ、はい」


 エリンは微笑む。


「そう、良かったわ——アナタ、凄く不安な顔をしていた」

「……」

「何が遭ったのかは知らないけど、無理してはいけないわ——エミリ」


 エリンは少し仏頂面になって、エミリを見る。


「彼に謝りなさい——元はと言えば、アナタが彼にどこから来たのかを訊ねた直後に、彼の様子が可笑しくなったのよ?」

「あっ、う、うん」


 エミリは愛翔の前に来ると、困惑しながら頭を下げる。


「ごめんなさい、東郷さんが困るとは思わなかったから」


 愛翔は慌てて。


「だ、大丈夫だよ! 俺はちょっと疲れただけだから、気にしないで!」


 エミリは頭を上げ、不安そうに彼を見る。


「だ、大丈夫だって! お、俺はただ、朝食を摂りに来ただけだから! そ、それにエミリちゃんを困らす気はなかったから!」

「……本当に?」

「そ、そうだよ! 俺は……」


 愛翔は何かを思い出す。その光景は後ろから兵士を殺した時のものだった。

 愛翔はそれを思い出し、再び青ざめると、それ以上は言わなくなった。また思い出してしまったのだ——戦慄的な光景を。

 彼はその事で冷や汗を流す。また発作的なことが起きる——彼はそれに気づき、どうすればいいのかで困惑する。

 また、周りに迷惑をかける——それに気づき、更に脂汗を流す。


「……っ!?」


 ある匂いが厨房から漂ってくる。その匂いに愛翔は気づき、目を丸くする。

 とてもいい匂いだった。その匂いは、ある料理のであり、温かい料理の一つ。雪国で作られ、西洋的なイメージがある料理。

 白く、ミルクを使った物であり、ジャガイモやニンジン、タマネギ等の野菜をふんだんに使った料理。愛翔にもその料理に記憶があり、叔母が作ってくれた事は何度もある。

 愛翔はその料理に懐かしみを感じ、少し泣きそうになる。さっきまでの事が忘れてしまうくらい、気にしてしまった。

 

「親父さんのシチューが気になるのか?」


 キニゴスが厨房の方を見ながら、愛翔に指摘する。その言葉に愛翔は彼を見る——仏頂面でりながら視線を愛翔に向けていない。

 しかし、不意に視線を彼に向ける。


「シチュー気になるのか?」

「し、シチュー……う、うん」

「そうか……まあ、親父さんのシチューは美味い——俺は、何度もこの店に通っているくらいだからな」


 キニゴスは笑みを零す。


「そ、そうなんだ——いつから、通ってたの?」


 刹那、キニゴスは目を見開くと直ぐに目を伏せる——悲しそうにだ。


「キニゴスさん?」


 愛翔は彼の様子に気づき、訊ねようとした。


「東郷君!」


 彼を、ユノが叫ぶ。突然の事で彼は、周りは驚く。厨房にいる男性はお玉を手にしており、鍋の中に入っているシチューをかき回している。

 彼は気にしていない中、キニゴスを除いた一人の少年と、三人の少女達はユノを見やる。彼女の表情は困惑している、不安そうな顔をしている。

 何かを知っている——キニゴスの過去を知っているようにも思えた。否、彼女は知っている、彼の、キニゴスの壮絶な過去を。

 その過去は幸せから一変、地獄のような生活を彼は送っていた。その過去を知るユノと、彼の夫は言葉を失うくらいだった。

 叫んだのも、彼を気遣い、過去を詮索させない為だったのだ。ユノの叫び声に周りは驚く中、キニゴスは口を開く。


「ユノさん、いいんだ」

「キニゴス君!?」


 キニゴスの発言に周りは一斉に彼を見やる。キニゴスは寂しそうな表情で笑みを零す。

 知っている、ユノは自分を気遣っていると。嬉しいのは嬉しい——しかし、何れ判る事。敢えて、この事を教える事にしたのだ。

 キニゴスは深く頷く——ユノはそれを見て辛そうに目を逸らす。そして、キニゴスは少し険しい顔をして、愛翔に対し、口を開いた。


「東郷、俺は天使の母から産まれた」

「えっ!?」


 彼の発言に愛翔は目を見開きながら声を上げ、ユノと厨房にいる男性以外の三人の少女達は彼の発言に目を見開く。

 キニゴスは天使の母から産まれた? それは一体どう言う事なのか? と疑問を抱いていた。

 が、その事はキニゴスがその事を教えてくれた。


「昔、捕虜となった天使の女性達は、悪魔の兵士達の慰め物にされていた……」




 俺は、キニゴスは産まれた頃、父はいなかった。いたのは、俺を産んでくれたのは悪魔の女性ではなく、天使の母だった。

 母さんは悪魔軍の捕虜となり、慰めものにされていた。母さんだけじゃない、母さんの他にも天使の女性達の捕虜がいて、彼女達は全員、悪魔の男性に犯されていた。

 ある人のお陰で、理由もなく、欲望の為に天使の女性を犯す事を禁じる法律が出来たのと、その人はあの方の守護者としても選ばれた事も耳にしている。

 母さんもその一人だったが、俺を産んでしまった。父親は誰かも判らないのと、好きでもない男との、他族であり敵でもある悪魔との子を宿した事に、泣きじゃくっていた。

 孕まされた——そう思っていたんだ。母さんだけじゃない、他にも、孕まされた女性は数百、数千にも昇っていた。 

 赤ん坊だった為に母がどんな気持ちだったのかは覚えていなかった——それを覚えているのは、母が性病で亡くなる前に教えてくれた事だ。

 母さんの顔は、その表情は優しさに満ち溢れていた。怒りも、憎しみもない、優しい顔をしていた。

 悪魔の息子を持つ母でありながら、母親としての役目を立派に務めていた。女手一つで俺を育ててくれた。母さんがどんな仕事をしているのかは、俺は知っている。

 幼いながらもうろ覚えであったが母さんは昼間はいて、夜は働いている。何の稼ぎかは、俺が幼い頃でも、良く知っていた。

 母さんはそれで稼いでいた。その影響で、母さんは性病で倒れてしまった。俺を育てる為に我が身を犠牲にした結果、最悪な結末を迎えてしまったのだ。

 母さんが亡くなったのは俺が六歳の頃だったが、六年間の間、俺は良く母さんに縋り、甘えていた。母さんも俺の行動を受け止めつつも、優しく抱きしめたり、良く一緒に寝てくれた。

 近所から白い目で見られても、他の天使達の女性から気遣われても、計別な眼差しを向けられても、母は寂しさを見せず、前を向いていた。

 そんな中、亡くなる前に母さんはこう言ってくれた。


『キニゴス、貴方は私の宝物——私がいなくなっても、貴方は独りじゃない……貴方には何れ、心を許せる人もいる……その人の為にも暴力で解決はしないで……それに好きな人ができたら、その人との時間を大切にしなさい、手を出すような事をしないで、大切にしなさい……』


 母さんは俺にそう言っていた。その後、母さんは亡くなった——墓は、他の亡くなった天使の女性達と共に同じ墓に埋められた。

 母さんは寂しくはない——俺はそう思って、少し安心した。不謹慎であるが、母さんが独りで寂しくない、と思ってしまった。

 俺はその後、孤児院でお世話になる——新たな生活が始まる、そう思った……。


『何でお前が天使の母を持ちながら愛情を与えられたんだ!』

『俺達は産まれて直に捨てられた! 愛情なんてなかった!』


 そこにいた子供達は俺に八つ当たりしていた。大抵は、敵である悪魔との子を産んだ事で、我が子に愛情を与える事ができない、母であった天使の女性達に捨てられたからだ。

 彼等の気持ちは痛い程判る——嫉妬の八つ当たりでもあるのと、その怒りを俺に向けるのは間違いだ。俺は負けじと返り討ちに遭わせようとしても、母さんとの約束を守っる為に手を出さなかった。

 嫌がらせを受けても、俺は屈しなかった。

 俺と同じ境遇の子達が僅かにいた事、孤児院の大人達が助けてくれた事もあって、苦痛もあれば良い思い出もあった。だが……俺の心は徐々に病んでいた。嫌がらせによるストレスで俺自身、心が歪んでいった。

 気がつけば、俺は俺を虐めてくる奴を片っ端から殴っていた。


「そんな……」


 その話を聞いた愛翔は青ざめていた。近くにいるエリカは青ざめ、エリンは辛そうに目を逸らし、エミリは困惑していた。

 ニアは不安そうに、心配そうに見つめ、厨房にいる男性は背を向けつつも、お玉を持つ手に力を入れていた。

 キニゴスから語られた彼の過去。愛情を受けながら、その愛情が仇となり忌み嫌われていた。助けがあった中でも、彼の心は晴れなかった。

 虐めが、嫌がらせが彼の心を追い込み、精神を変えてしまったのだ。それでも、彼は話を続ける。


「俺は耐えられず、孤児院を抜け出してしまった。自分は変わってしまった……と。それに金も無く、街の中をさまよっていた……どのくらい歩いたのかは判らなかった——いつの間にか夜になり、気がつけば、空腹のあまり、気を失っていた」


 キニゴスは視線を厨房の方にいる男性の後ろ姿へと向ける。


「俺が目覚めた時は、この食堂の椅子で仰向けになっていた。あそこにいる親父さんが俺を助けてくれた……親父さんとニアさんが俺に気がつき、どこから来たのかも、訊いていた」

「…………そうだったわね」


 キニゴスの言葉にニアは悲しく微笑む。エリカは何かを悟ったように辛そうに目を逸らしていた。

 知っていた——彼の口から、この食堂でお世話になっている過去をだ。

 彼の過去も知っているが、それ以上に悲惨な過去に何とも言えなかった。

 天使の女性であり、母であった彼女からの温もりを与えられたにも関わらず、それを忘れさせるような同世代の者達への嫉妬による暴力は、彼を変えていたのだ。

 彼の、悲惨すぎる出来事の連続に言葉を失っていたのだ。それでも、キニゴスは話を続ける。


「親父さんとニアさんは俺の為にシチュウーをご馳走してくれた……そのシチューはとても美味く、俺はいつの間にか泣いていた」

「……あの時のアナタはとても泣いていたわね——子供とは思えない程、沢山」


 キニゴスは深く頷く——悲しそうに微笑んでいる。


「ええ——その時のニアさんは俺を抱きしめてくれた……亡くなった母さんを思い出させ、俺は更に泣いた。今でも、その温もりは忘れていません」

「良いのよ」


 ニアの言葉にキニゴスは微笑むと、愛翔に言った。


「このシチューは美味いのも、好きなのも、俺の幼い頃の居場所を作ってくれた——そんな気がした」

「…………」

「嫌な事が遭ったら、ここのシチューを食ったら、少しは忘れられる……!?」


 キニゴスは不意に彼を、愛翔を見て驚いていた。

 

「おい? それは……」


 キニゴスはそれを見て驚いている。彼は、愛翔は涙を流していたからだった。

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