出逢いと紹介
「…………」
愛翔はキニゴスに促され、食堂のカウンター席に座る。彼の顔色は良くなかった——昨日の件もあり、食事を碌に摂っていない。
あんな事をして、普通に食事を摂る方が可笑しい。したくもなかった、参加する気はなかった。
あんな事を、守る為とは言え、人を殺してしまった。許される事ではない、しかし、誰も咎めない。
このご時世、戦争が当たり前の……そんな中、近くにある物が置かれる。
水が注がれたコップだった。透明な液体が透明なガラスの中に注がれている。
愛翔はそれに気づき、更にはコップを置いた人物の手を先を見るように、振り返る。
そこにいたのは、エリカだった。彼女はライトオレンジ色のエプロンを着け、丸いトレーを抱きしめるように持っていた。
しかし、表情は不安そうであった。理由は彼、愛翔の事が気になっているからだ。
彼の様子が可笑しいのと、顔色が悪い事にも気づいていた。感ではない、昨日逢ったばかりとは違い、よすが変だと気づいたのだ。
「東郷君、大丈夫?」
「あっ……っ」
愛翔はエリカの質問に答えられない。
「無駄に話すな、そいつは今、自分を責めている」
愛翔の隣にいる者がエリカに対し、彼の助け船という意味で代弁するかのように口を開く。
エリカは振り返り、愛翔は視線を横へと向けると、そこにはキニゴスがいる。彼は視線を細めながらテーブルに肘をついている。
何を考えているのかは、彼にしか判らない。視線の先には厨房があり、一人の中年男性がいた。短い銀髪に体つきも良い方である。
ライトオレンジ色のシャツに茶色い長ズボンを穿き、ズボンで隠れているが茶色いロングブーツを履いている。白いエプロンを着けているが後ろを向いており、何かを調理している。
包丁が何かを切る音が厨房から小さく響き、ガスコンロの所には色んな大きさをした鍋が幾つもあり、壁にもぶら下がっている。
壁にある物は兎も角、中には何があるのかは、何が作られているのかは、中年男性が良く知っている。
キニゴスはそれを気にしているのではない、愛翔も気にしているつもりもない。
彼は単に待っているだけなのだ、今日の朝食はなんなのかを。ここに来たのも、愛翔に朝食を摂ってもらうのと、この場所を選んだのも何時も足を運んでいる為だからだ。
此処は人気ある食堂でありながら、兵士達も気軽に足を運べる場所なのだ。キニゴスは兎も角、愛翔も一応兵士である為、彼を連れて此処へと来ていた。
キニゴスの発言にエリカは気になり、訊ねる。
「キニゴス君、それはどう言う……」
「……お前も、判るだろう?」
「えっ?」
キニゴスは視線をエリカの方へと向ける。その翡翠色の瞳には哀しみがあるようにも思えた。エリカはその瞳を見て首を傾げる。
「判らないのか? そいつはもう……」
「……どう言う事なの?」
「多分、お前は知らない方が、否、多分知った方が良いだろうな?」
キニゴスは寂しそうに目を伏せると、愛翔の肩を叩く。愛翔は俯くと、躰を震わせ、何も言わずに涙を浮かべる。
思い出してしまったのだ——昨日の出来事を、してしまった過ちを。思い出すだけでも、冷や汗をかく。身体が言う事を聞かないように、震えている。
愛翔は昨日の事を夢だと思いたかった、自分が何故悪魔になっているのかも解らない中、何とか落ち着こうとコップを手にし、その中にある水を口に含むように飲む。
言いたい事を胃の中へと入れるように、飲み込むように、水を飲んでいる。エリカはその様子を不思議と思う中、彼女は突然、ハッとする。
気づいたのだ。察したのだ。彼は恐らく……エリカはその事に気づき、謝る。
「ご、ごめんね! 私、何も知らないで……」
カラン。
刹那、来客を知らせるかのように、食堂の出入りできる扉に付けていたドアベルが鳴る。
キニゴスとエリカは扉を見やり、厨房にいた男性は「誰だい?」と訊ねる。愛翔も辛そうに扉の方を見ると、一人の女性と二人の少女が食堂に足を踏み入れる。
女性は三十代後半くらいか? もしくは二十代としか思えない程、綺麗な人。容貌はエリカと良く似ており、エリカが大人になった姿としか思えない。
肩まで伸びた白銀色の長い髪に紺碧色の瞳。服は白のブラウスに青いジャンパースカート、小麦色の紐付きのショートブーツを履いている。二人の少女達に微笑んでおり、落ち着いた雰囲気を、母性を醸し出している。
二人の少女のうち、一人は十代後半の少女。腰まで伸びる白銀色の長い髪に少し吊り上がったパープル色の瞳。クールな印象があり、人形のような白い肌が特徴的な少女。
服装は白いフリルのブラウスに、膝まである紫色のスカート。黒いロングブーツを履いている。彼女は女性に、ではなく、自分よりも年下の少女に微笑んでいる。
三人目は十代、否、十歳くらいの女の子。幼い顔立ちでありながら可愛らしい娘。
ピンク色のロングショートに琥珀色の瞳。白いフリルのブラウスにピンク色のジャンパースカート、小麦色の紐付きのブーツを履いている。
無邪気に笑っている。その光景は微笑ましく、周りは家族連れだと認識する。しかし、違う。女性と少女達は血の繋がった家族ではない。
全くの他人であるが関係はある。少女達は、とある事を営む家の娘達であり、女性は、その家でお世話になっている。
そして、彼女達も悪魔なのか、頭の両側には小さな角が二つあり、背中には小さな禍々しい羽が生えている。
「お母さん、エリン、エミリちゃん」
エリカはその三人に気づき、呼ぶ。その声に彼女等はエリカを、更には愛翔とキニゴスを見やると女性は微笑む。
「ただいまエリカ、それとキニゴス君も……」
「エリカお姉ちゃんとキニゴス! ……あれ?」
「おはようエリカ……キニゴスに、あら?」
エリカの母親である女性、エリンと呼ばれた十代後半の少女、エミリと呼ばれた十歳の女の子は愛翔に気づく。
愛翔は辛そうに目を逸らしている中、エミリは。
「お兄ちゃん、誰?」
エミリは愛翔に近づく。愛翔は答えられない。エミリの平凡な質問に答えられないのではなく、そんな気分では無いからだ。
「お兄ちゃん、誰なの? どこから……」
「エミリ止めなさい」
そんなエミリにエリンが呆れながら、エミリに近づく。
「いきなり人に訊ねるのは失礼よ? その人が困っているかもしれないでしょ?」
「あっ……ご、ごめんなさい」
エミリは困惑しながら、愛翔に謝る。愛翔はその事に気づき、困惑しながら慰める。
「だ、大丈夫だよ? 俺は気にしないよ?」
「……本当?」
「そ、そうだよ!? あっ、俺の名前は愛翔、東郷愛翔っていうんだ!」
彼の自己紹介に三人は不思議に思う。しかし、その前にやる事があるため、彼女達は自己紹介したのだった。
「私はニア、ニア・ミクロス。エリカの母で、夫や娘と共にこの食堂を営んでいるわ」
「エリン——エリン・ルピナ。エミリの姉で両親と共に農場を営んでいるわ」
「私はエミリ! エミリ・ルピナ! お父さんやお母さんの為に、お姉ちゃんのお手伝いをしているよ!」