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平凡な青年から悪魔の兵士に


 二月某日、午後一時。東京にある谷手線は平日の昼間でも関係なく、沢山の人がいる。駅構内にいる人は皆、電車を待っている。当たり前とは言え、毎日の繰り返しだ。

 平日、休日、祭日、年末年始——どんなに日が過ぎようと、一年中、駅は、電車は止まる事も無い——何か遭ったら止まるだろう。しかし、そう言った出来事は無い方が良い——駅で働く車掌たちはそう願っている。

 また、そんな事を、車掌達の考えを他人である彼等は、身内でもなければ関係ない事だろう……。


「…………」


 そんな中、学校の制服を着た一人の青年が駅構内で、線路近くのホームの黄色い線の内側で立っている。

 電車を待っていた——彼の他にも人はいる中、青年も例外ではない。青年は肩まで伸びた黒い長髪に、黒い瞳が特徴的だった。

 着ている制服はブレザーであり、紺色を基調としている。右手には学生用の黒い手提げ鞄を肩に掛けるように持っている。

 何処にでもいる普通の学生——他人から見ればそう思い、気にもしない。青年は自分がいるホームの向かい側を眺めていた。

 「ん?」不意にブレザーの懐から振動がし、反応する。青年は何も持ってない方の左手を懐に入れ、ある物を取り出した。

 黒いスマホ——青年の持ち物であり、画面には『叔母さん』と白い文字が映し出され、受話器のマークや、バツ印のマークも映し出されている。

 青年は躊躇無く、受話器をタップし、右に滑るように指を動かし、スマホを耳に当てる。


「どうしたの叔母さん?」

『ああ。愛翔あいち、今帰りかしら?』

「うん。駅で電車を待ってる——後三十分くらいで帰れるから」

『バイトは無いの?』

「ううん、大丈夫。バイトは今日休みだから」

『そう——雄一ゆういちは?』

「兄さんは部活でお別れ会をするって」


 スマホ越しから、中年の女性の質問に青年は、愛翔は答える。彼の名は東郷愛翔、十八歳。何処にでもいる高校三年の男子生徒であり、双子の兄を持つ弟でもある。

 愛翔は叔母さんと話をする中、叔母さんは彼にある事を話す。


『愛翔にお願いがあるの』

「どうしたの?」

『スーパーに寄って、卵を買ってほしいの』

「卵? それだけで良いの?」

『ええ、今日はオムライスにしようかと思ってね。愛翔、大好物でしょ?』


 愛翔は頬を紅くする。


「お、叔母さん——そんなことを言わないでよ……」

『うふふ。そう恥ずかしがらなくたって良いのよ?』


 『それに……』叔母さんの声が少し寂しそうだった。その声に愛翔は気にする。


「叔母さん?」

『……貴方と雄一が私とあの人に引き取られて、随分と経ったわね……』


 「あっ……」その言葉に愛翔は不意に寂しそうに笑う。「そうだったね……」愛翔はそう呟く。彼は自分の出生を知っていた。

 あれは十八年前——自分と双子の兄は本当の両親から育てられた記憶は殆ど無い——父は自分達が産まれた時に事故に遭い、帰らぬ人となった。

 母は、産まれて直ぐに乳がんを患い、抗がん剤治療も受けるも亡くなった。二人は赤子の時から両親を亡くしている。

 そんな彼等を引き取ったのが、母方の妹、今の叔母さんと彼女の夫である人に。二人は子供に恵まれず、自分達を養育してくれた。

 血は姉の方だけを受け継ぎながらも優しく接し、厳しくも人の為に自分に出来る事を教えてくれた叔父の二人に育てられた。

 幼稚園、小学生、中学生——そして、今は高校生——生活費だけでなく、学費も大変なのかもしれない。叔母さんは弱音を吐く事も、愚痴を零す事も無かった。

 愛翔は叔母と、叔父に感謝している。雄一もそうであり、自分達は返しきれない程の恩を受けている。それを返す為にバイトもしている。

 少しでも、学費を返そうと頑張っている。愛翔はそう考えている中、叔母は言った。


『貴方や雄一ももうすぐ卒業——あっという間だけど、嬉しいわ』

「叔母さん……」

『ふふっ、少ししんみりさせてしまったわね、ごめんなさい』

「ううん、大丈夫——叔母さんのお陰で少しは時間を潰せたよ」

『ふふっ、ありがと——後、気をつけて帰るのよ?』

「うんありがとう——帰りに卵買って行くからね」


 愛翔は通話を終えるように、スマホの画面を指でタップする。スマホをブレザーの懐へと戻すようにしまう。

 不意に、上を見る——電光掲示板を見る為であった。一番上を見る——更には、視線を隣にあるアナログの時計を見ると、ほぼ同じ時間帯になっていた。

 もう少ししたら来る——愛翔はそう気づくと、前を見ようとした瞬間。


「子供が落ちたぞ!」


 その声に愛翔は、近くにいた人達が一斉に見やる。悲鳴が聴こえた——鼓膜が破れる程ではないが、痛々しい悲鳴だった。

 離れた場所の線路には、子供がいた——小学生くらいで、落ちた衝撃で身体を打ったのか苦痛で顔を歪めている。近くに携帯がある——歩きスマホが原因で落っこちたのだ。

 更に悲鳴が上がる。電車が来た——周りは騒がしくなる、非常用の警報が鳴り響く。電車の中にいる車掌は急ブレーキを掛ける。そんな中、愛翔は。


「っ!」


 愛用は手提げ鞄を落とし、駅構内を走り、線路に降りる。同時に、ある男性が線路に降りる。周りが騒がしくなる中、愛翔と男性は子供を抱える——一瞬、愛翔は男性のある場所を見る中、気にもせずに、ホームの人達に差し出す。

 二人の男性が子供を抱える。その後、愛翔と男性がホームをよじ登ろうとした——しかし、直ぐ近くまで電車が迫る中、愛翔は男性を突き飛ばした。

 男性は線路の外まで歩くように進む——刹那、大きな衝突音がした。悲鳴が飛び交う。電車が少し進む——一瞬の出来事であるが目撃した者達は皆、トラウマとなるだろう。

 同時に、一人の青年が自らの命と引き替えに子供と男性を助けたのだ——目撃した人達は皆、愛翔を立派や、中には、極僅かに愚かと言う者達もいるだろう。

 駅構内は騒然とする中、電車は停まる中、線路内、特に電車の真下の線路内は悲惨な事になっている——それを物語るように、電車の真下には、線路内には紅い血が広がりつつあったからだ……。



 東郷愛翔——享年十八歳。哀しくも、叔母との会話が、彼の生前最期であり、双子の兄・雄一がそれを知るのは、一時間も経たない頃だった……。
























「う、ううん……」


 意識が戻りつつある中、周りから騒音が耳を通し、鼓膜にまで響く。騒音と言っても、激しい怒号が飛び交い、何かを打ち合う音も聴こえる。

 彼は、ゆっくりと目を開ける——視界に入ったのは、沢山の男達が剣を、槍を、盾を、混紡を、斧を手にしながら戦っていた。

 「!?」彼は起き上がると、辺りを見渡す。男達は戦っている——白い鎧を着た男達と、黒色の鎧を着た男達がだ。

 表情は怒りに満ちている——しかし、それ以上に驚いたのが、男達の頭や背中には、ある物が生えていたからだ。

 白い鎧を着た男達は、背中には白い翼が生えていた。一方、黒い鎧を着た男達も違う中、彼等の頭には羊の角に良く似た物が、背中にはコウモリの羽に良く似た禍々しい翼を生やしている。

 どちらも、どう見ても天使と悪魔としか思えない——種族が違う男達が武器を手にして戦っている。彼は、青年は周りの行動に愕然としていた。

 そんな中、一人の白い鎧を纏う天使の男が青年に迫る。刹那、天使の男が吹っ飛ばされる。

 「えっ!?」青年は後ろを見るのと同時に、天使の男は顔を横に向けながら仰向けに倒れる。こめかみには、矢が刺さっていた。

 青年は突然の事で驚く中、彼は目撃してしまった。死体を、だ。息もせず、瞳孔も開き、動く気配もない。それだけでも、男が死んでいるのを、青年は吐き気がし、口元を抑える。

 

 周りの騒音がする中、青年の後ろから突然、ある物が当たり、青年は後ろを見る。ある人物が青年の背中に自分の背中を当てて来た——否、背中には数本の矢が入ってる矢筒を背負っていた。青年は驚き、後ろを見る。驚いた事に、その人は青年とは同い年くらいの青年だった。

 黒のショートに——後ろを向いている為に瞳の色は判らない。黒い鎧を纏っているが素早さを特攻としているのか軽装であり、深緑色の弓を片手に持っている。


「何をボケっとしている……! 眼前の天使共に集中しろ……!」


 青年はそう言いながら空いた方の手を、背負っている矢筒へと伸ばし、一本の矢を取り出し、矢を弓の弦に番え、狙いを定めると、矢を放った。

 矢は悪魔を追い込んだ兵士のこめかみに刺さり、天使は倒れる。その間、青年は矢筒から矢を取り出し、弦に番え、狙いを定め、放つ等の行動を三回繰り返していた。他の天使にも矢を浴びせていた。

 天使のこめかみ、もしくは眉間にだ。ずれようが関係なく、致命傷であり、即死である脳の部分を狙っている。

 計算ではなく、当たり前の事をしているのだ。

 青年は、弓矢を使って天使を倒している青年を見続ける中、天使の一人が叫んだ。


「ば、バエルだぁぁ————っ!」


 誰かがが叫ぶと、天使の殆どが視線を逸らし、声がした方を見る。


「今のうちだぁぁっ!」


 悪魔らしき男の兵士達が一斉に天使達を殺し始める。天使達の殆どは隙が出来たように殺されていく中、大半は応戦し続けた為に返り討ちか、殺されて行く。

 悪魔らしき男の兵士達も殺すか、返り討ちに遭う中、獣の咆哮が三つ聴こえた。青年と、弓矢を持つ青年は咆哮がした方を見ると、何かが此方へと迫ってくる。

 刹那、天使の頸や胴体が噛み千切られたように宙を舞う。一人ではない、二人、三人、と——白い鎧は飴玉のように噛み砕かれており、使い物にならない。

 しかし、それ以上に驚いたのが、犬の頭が三つもある紫色の獣がいた。その上には、壮年の厳つい顔の男性が跨がっている。

 禍々しい漆黒の鎧に、両肩にはそっぽを向いたような、下あごの無い髑髏に似た大きな肩当てがあり、頭には王冠に良く似た禍々しい兜を冠っている。手には、禍々しくも、鋭い太刀を振り回している。

 青年は戦慄する中、天使達は壮年の男性を見て、逃げ始める。しかし、悪魔達はそれを許す筈も無く、剣で斬り捨てる。槍で刺す。斧で斬り殺す。混紡で叩くなど其々、持つ武器の使い方を熟知しているように扱っている。

 そんな中、弓を持つ青年は青年の腕を掴み——「離れろ!」弓を持つ青年がそう言いながら横へと移動する。

 青年は足がもたつきながらも、弓を持つ青年に移動された。その間、天使達は逃げ、悪魔達が追撃するように攻撃する。少ししたら、犬の頭が三つもある獣は青年達の横を通り過ぎた。


「っ!?」


 弓を持つ青年に腕を引かれた青年は、壮年の男性を見て、三つの犬の顔を持つ獣を見て戦慄する。

 青年が見ているのをよそに、壮年の男性は獣に跨がったまま、敵に背を向けるように逃げる——敗走する天使達に追撃を掛ける為に、他の悪魔達と共に奥へと行ってしまったのだった。

 悪魔と天使達がいなくなった後、そこには、ある光景が広がっていた。


「あ、ああ……!」


 青年は驚く中、不意に辺りを見渡す。「う、うっぷ!?」青年は突然、口元を抑える。吐き気が催してくるのだ——理由は、辺り一面にある物が沢山転がっているからだ。

 天使と、悪魔の死体が転がっているからだ。一人ではない、数十、数百二まで及び、血の海が辺り一面に広がっている。

 顔を抉られ、頭を抉られ、腕を抉られ、内蔵を抉られ——死因は様々であるが戦慄する光景であり、地獄絵図でもあった。

 青年は、この光景を見てそう感じている中、弓を持った青年が背中にある矢筒から一本の矢を取り出し、それを弓の弦に番える。何時でも、備えられるようにだ。


「大丈夫か?」


 弓を持つ青年は吐き気がする青年を見ずに、辺りを警戒しながら問いかける。


「え、ええ……うっぷ」


 青年は青ざめながら辛そうに俯く——ある事に気づく。


「えっ? ええっ!?」


 青年は自分の身体を見た——そして、気づかなかった。目の前に、辺り一面に広がる光景に驚いており、天使と悪魔が戦っている最中でも気づかなかった。

 自分は悪魔らしき男達と同じ鎧を纏っていた。更には、頭を抑えようと思い、頭を触ろうとすると、ある物が両側にあった。

 それは、羊の角を模した物が生えていたからだ。感触では角かと思っている中、思考が追いつかないでいた——自分はあの時、子供を助けようと、更には、自分と同じように子供を助けようとしたある男性の、ある部分を見て、男性を助けようと突っ放して、電車に轢かれ……青年はその事を思い出す。

 そうだ——自分はあの時——そう、彼は東郷愛翔だった。子供を助け、ある男性を助け、電車に轢かれてその生涯を閉じた筈の彼が、この異様な世界にいたのだ。

 どうして自分がここにいるのか? この世界は何なのかと考えてしまう中、弓を持つ青年はある事を口にする。


「辛いのか? ならば吐けば良い」

「あ、あっ……」

「無理は身体に良くない——吐いて楽になれ。誰かにチクろうとか考えていない」

「お、俺は……っ」


 青年はそれ以上は言わなかった。さっきの人達、と言えば良いのか判らないが行かないのかと。合流するとかを考えないのかと。

 自分ひとりの為にこんな場所にいて良いのか? と。青年はそのことを指摘しようと思った中、彼の気持ちも考えなければと一瞬思っていた。

 本当ならば、自分の事を考えたかったが人の事を考えてしまった——あの時もそうだった。子供を助ける為に、自分の身を顧みず——更には、男性を助けようと突き放した。

 理由は、男性の右手の薬指に指輪が填められていたのだ。とても輝き、美しかった——どれほど高いかと思ったのかまでは考えていなかった。

 愛翔はそれを見て、彼は既婚者——そう判断し、自らを犠牲に男性を助けたのだ。十八歳という短い生涯を閉じながらも、最期の時まで他人を選んだのだ。

 愛翔はその事を考えつつも、弓を持っている青年は辺りを警戒しながら、口を開く。


「どうした? 吐き気が無くなったのか?」

「あっ……う、ううん、どうすれば良いのかなって……」

「何がだ? 此処で吐くのが嫌だからか?」

「ち、違う。俺は一人になりたいから……」


 弓を持つ青年は溜め息を吐く。


「お前は馬鹿か? こんな場所で一人になると、死んだと思った天使の兵の奇襲に遭うぞ」

「そ、それは——」

「俺はお前一人を置いて行けないからな」

「……えっ?」


 青年は振り返り、弓を持つ青年を見る。横を向いているのか右側しか判断出来ない——彼の容貌は良い方だった。整った顔立ちに、翡翠色の瞳をしていた。


「お前は見た所、新兵だからな——その鎧も、綺麗なままだからな?」

「そ、そんなのは……」

「さっきも言ったように、二人で行動するしかない。一人で行動すると囲まれるし、負傷している天使でも危険な相手だったらどうする?」

「…………」

「黙秘か——まあ、そうなるな」


 愛翔は反論出来なかった。無理もない、彼の言い分は正しいのだ。この場所は死体の山でありながら、負傷しているであろう天使がいる事もある。

 もしも襲われたらひとたまりも無い——天使が自分を攻撃していたのも、自分が悪魔だと認識し、敵だとも認識しているからだろう。

 それ以前に、自分は何故、ここにいるのか、と。自分は兵士なのかも判らないのだ。気づいた時には既にこの鎧を纏っている——それだけだった。愛翔は戸惑う中、青年は言った。


「それに、俺は兵卒になったばかりとは言え、さっきのバエル将軍の所に言っても足手まといになるだけだ」

「バ、バエル、将軍? ……それってさっきの、あの……獣みたいなのに」

「あのケルベロスのことか? それがどうした?」

「ケ、ケルベロス!?」


 愛翔は驚く。ケルベロス? それは地獄を守る門番であり、獰猛な生き物と調べた。理由としては、見た目で判断……刹那、弓矢を持つ青年はある音がした為に、構える。

 天使か、味方かを判断——否、それは杞憂に終わった。奥から、悪魔達が天使達を追撃した向かい側から、数人の悪魔が馬に跨がって、此方へと来たからだ。

 

「ブエル様!」


 弓矢を持つ青年は弓を下ろし、叫んだ。愛翔は弓矢を持つ青年の声に反応し、青年が見ている方向に目を向けると、数人の悪魔が馬に跨がり、此方へと近づいてくる。中には、二つの大きな馬車もあった。馬に跨がっている者達は死体の山近くまで来ると、馬に装備させている手綱で馬を止める。

 馬達は嘶きながら後ろ足だけで立つように前足を上げ、そして前足を地面に下ろす。そこからは早かった——悪魔達は馬から降りる。よく見たら、悪魔達は皆男性でありながら、白衣を身に纏い、右胸には紫色のバツ印がある。

 医者か? 愛翔はそのマークを見てそう思っていた——本当かどうかは判らないが、中央には、整った顔立ちをした青年がいた。

 長い白銀色の髪に紺碧色の瞳。黒い鎧の上に白衣と言うおかしな格好をしている。腰元には、細剣を携えている。

 見た目は、歳はそれほど離れていないようにも思えるくらいであり、同世代とさえも思える。愛翔は彼を見続ける中、その者は兵士達に対し、指揮を執り始める。


「皆は負傷しているであろう悪魔の兵士達を捜し、見つけてください」

「はっ!」


 兵士達は一斉に、散る。悪魔達を一人一人、診て回る。中には声を上げ、生きているかどうかを確認する兵士もいた。

 愛翔は彼等の行動に、更には迅速な行動に驚く中、男性が近づき、弓矢を持った男性は矢を矢筒に戻し、片膝を突き、俯く。


「ブエル様」


 弓を持った青年は男性をブエルと呼ぶ。ブエルは青年を見て、更には愛翔を見て微笑む。


「無事で何よりです——君は確か……バルバトスさんの所の……」


 ブエルは弓を持つ青年に尋ねる。青年は俯きながら小さく頷く。


「キニゴスと申します。今回の戦は訳あって、バエル将軍の指揮の下、今回の戦に参加致しました」

「そうですか——バルバトスさんも粋な事をしますね」

「……俺は、バルバトス様には日頃からお世話になり、何の恩も返していません——今回の戦も、バルバトス様のお考えあっての事かもしれません」

「まあ、バルバトス様も……あっ、そちらの子を忘れてしまいました」


 ブエルは愛翔に気づく。愛翔は少し戸惑う中、ブエルは困惑しながら謝る。


「申し訳ありません。キニゴスくんとの話で、貴方の事を忘れてしまいました」

「あっ、だ、大丈夫です……俺は気にしていません」


 愛翔は困惑しながら否定する。


「そうですか……申し遅れました、私はブエル——悪魔軍の衛生兵の部隊を率いる役目を務めています」


 ブエルはニッコリと微笑む——軽い自己紹介にも関わらず、初めて会ったにも関わらず、彼は丁寧に挨拶する。

 彼の性格上、否、愛翔は会ったばかりであるのと、彼の性格を良く知らない。愛翔はブエルが自己紹介する中、未だ戸惑っていた。

 「どうしましたか?」ブエルは心配そうに訊ねる。愛翔は自己紹介が出来なかった。否、出来る筈も無かった。

 自分は、人間だった存在——子供を助け、男性を助ける為に電車に轢かれた。惨い死に方であり、目撃した人たち全員、心に大きな傷を残す。

 それ以上に遺された家族は哀しみに明け暮れる。愛翔は叔母、叔父——そして、双子の兄も……愛翔は彼等を思い出し、泣く。


「大丈夫ですか!?」


 ブエウは更に心配そうに訊ねる、愛翔の肩に手を置く。愛翔は青ざめていた。どう答えれば良いのかも判らなかった。


「ブエル様、その男は俺に任せてください」


 そんな中、キニゴスが口を開く。ブエルはキニゴスの方を見ると、彼は少し険しそうに、申し訳ように彼等の所へと向かうと、愛翔の肩に手を置く。


「彼は初めて戦に出たから、不慣れなだけです——馬車に乗せます」

「そうですか……ですか、ここは死体の臭いがきついかもしれません——出来る限り、離れされましょう」


 ブエルは愛翔の背中を摩り、そのまま馬車の方まで促す。愛翔は戸惑う中、ブエルは微笑む。


「大丈夫ですよ——私が誘導します」

「ですが……」

「いえ、衛生兵としての役目です。困っている仲間を見捨てる事は出来ません」

「…………」


 愛翔は何も言わなくなる。ブエルの指示に従い、歩き出す。キニゴスは後ろを従いて行く中、愛翔は辺りを見渡す。

 悪魔達と天使達の死体と、悪魔の衛生兵達が遺体を確認している。気づかない内に、少し増えていた——否、負傷した兵士達がいたのだろう。

 愛翔は辺りを見て、青ざめる中、彼はいつの間にか、馬車の近くまで来ていた。


「お乗りください——その中で鎧を脱いで、仰向けになって、安静してください」


 ブエルが促す——愛翔は戸惑う中、ブエルは促し続けていた。


「は、はい……」

「それでいいのです。キニゴス、君は彼の護衛を頼みます」

「判りました」


 キニゴスは頷き、愛翔も頷くと、二人は馬車の中に乗る。馬車の中は狭いが、キニゴスは。


「鎧を脱げ、そんなんだと、痛くなるぞ?」


 キニゴスは愛翔に鎧を脱ぐよう命じた。しかし、愛翔は鎧の脱ぎ方を知らない——理由は簡単、愛翔は鎧など初めて纏うのだ。

 どう脱ぐのかを、彼は知らない——それ以前に、この場所は知らないのと、未だに整理出来ないでいた。彼等は何の為に戦っているのか? 何処から来たのかを、知りたいのだ。

 愛翔はその事を考える中、キニゴスは訝しげに訊ねる。


「どうした? 鎧の脱ぎ方を知らないのか?」

「あっ……その、えっと」

「……お前、何処から来た?」


 困惑する愛翔に、キニゴスは彼の事を訊ねる。愛翔は目を見開きながら青ざめた。答えられないのだ。自分の産まれは知っていても、この場所ではないのだ。

 愛翔は彼の問いに戸惑う中、キニゴスは更に問いかける。


「産まれは何処だ? 何処の所属だ? 階級は?」

「あっ……あ、あっ」

「どうした? 普通に答えられる筈だ」

「お、俺は……その」

「……まさか……貴様!」


 キニゴスは矢筒から一本の矢を取り出し、弓の弦に番え、矢の鏃を愛翔に向ける。「っ!?」愛翔は驚く中、キニゴスは険しい表情で言った。


「裏切り者か!? それとも、元天使の堕天使なのか!?」

「えっ……堕天使って……何?」

「答えろ! 答えなければ、お前の脳天を射抜くぞ……!」


 キニゴスは険しい表情で愛翔に質問した。その目は殺意があるのと、警戒しているからだった。愛翔は天使の為に働く裏切り者の悪魔ではないか? と疑っていた。

 もしも本当ならば、この場で殺さなければならない——悪魔軍に何か遭ったら、滅ぶ危険もある。キニゴスは愛翔を警戒する中、愛翔はどう答えれば良いのかが判らなかった。

 間違った質問をすれば殺される——自分は知らないと言っても、彼は納得出来ないだろう——愛翔はこの世界に来て何も判らない中、鏃を見て、青ざめるのだった……。

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