way of 春風
空は快晴。
しかし、河は変わらず澱んで不透明。
私はポケットに手を入れ、タバコを探るが指先にはもろもろとした感覚だけが伝わる。
欄干に肘をつき、溜息をひとつ。
淡い青色の空には所々に小さな雲が浮かんでいる。
こんなに空が澄んでいるのはいつ振りだろうか。
澱み始めた日は、はっきりとわかっている。はっきりと。
「今日は タバコ 吸ってないんだ」
昨日と同じく私の右手側から にへら と表情を作ってやってくる男。
私は彼の表情が嫌いだ。
彼が作る表情には感情が感じられない。
その場に合わせてただ笑うだけ。
いつから彼はこんな顔をするようになったのか。
多分、それもわかってる。
私だけじゃなく彼自身も、この街に住む人々みんな。
「吸うかい?」
男は左手をスナップさせ、潰れたレッド・アップルの箱から一本のタバコを器用に差し出してきた。
男も私もお互いを見ていない。ただ流れない河の流れる先を見つめている。
いらない。 と私は一言呟く。
男の左手は私の視界から消え、私の右手側から紫煙が流れてくる。
彼の吐く紫煙はゆったりと私の左手の方へと、曖昧なシルエットを溶かしながら穏やかに流れ、やがて周りの空気と同化していく。
「今日は工場休みなんですね」
私は向こうを見つめたまま、隣の男に呟いてみた。
多分、男は少し驚いたのか びくっ と身体が動いたのを感じた。
「生産ラインの一斉メンテナンスなんだとよ。製造業のくせにラインを全部止めるなんてこのご時世になぁにを考えているのやら...」
まぁ俺はありがたいんだけどね 紫煙とともに流れてきた男の言葉は春の柔らかな風よりも緩く、私の耳に届くとすぐに消えてしまった。
もっと遠くに行けたらな。
空は快晴。
空に浮かんだ雲はやや東へと流れている。
しかし、河は変わらず澱んで不透明。