澱んだ河、澱んだ空
空は曇り。
河は澱んで光も通さないほど暗く不透明。
橋の欄干に腕をつき、覗いてみるが顔も影も映らない。
私は唇をふっと緩ませ、まだ火を点けたばかりのタバコを落とす。
「あ~ダメなんだ。ポイ捨て、ましてや河に直接捨てるなんて」
橋の高さは大した高さではないので落ちたタバコがぽつんと浮かんでいるのがわかる。
私は視線だけを声のした方へと向ける。
よっ、と 右手を軽く挙げ、微笑みかけている男。
私は眉間に皴を寄せ、あからさまな嫌悪を表す。
男の笑みはやや引きつったものへと変わったがこちらに歩み寄るスピードは変わらなかった。
「河にタバコ 捨てちゃダメじゃん。ニコチンとかタールとか染み出して水質汚染、それだけでなく海に流れてクジラとかイルカとかが食べちゃってその他もろもろのゴミが溜まって死んじゃったり......」
「この河、全然流れてないし、タバコよりも有害なモノ流れてるの知ってる」
私は自分が落としたタバコに視線を戻した。タバコは数十秒前と変わらない位置に浮かんでいた。
「でもそれがポイ捨てしていい理由にはならないんじゃないかな?」
違うかな?と 男は私の同じように欄干に腕をついてタバコを見つめている。
「じゃあ、お兄さんが務めてる工場から流してるモノはいいんだ」
男はポケットからタバコを取り出し、火をつけた。一呼吸し、煙を吐く。
「ここ最近ずっとこの橋の上にいるけど、なにかあるの?」
「待ってるの、このギターの持ち主」
私は軽く跳ねて、ズってきたギターバックを背負いなおす。
ふぅん、と淡泊な反応だった。
「暗くなる前には帰りなよ、女の子一人で夜道を歩くのは危険だからね」
そういって男はタバコを河に落として、来た方向へと戻っていった。
タバコが二本、澱んだ河に浮かんでいる。
少し顔を上げてみる。
空は薄黒い雲に覆われ、光はない。