7 虹色の奇跡 ③
「……わかりました、我慢します」
「よし。頑張れよ、受験」
「はい。センセイも、頑張ってください」
「次会うときは、俺は治ったとき、お前は合格した時だな」
センセイはえくぼを浮かべて笑った、その表情にはセンセイの覚悟がにじみ出ていた。もし万が一の事があっても、それらをすべて受け止める覚悟がそこにあった。
センセイに言われた通り、クリスマスもお正月も返上して勉強に打ち込んだ。今まで見せることのなかったその姿勢に、お母さんがとても心配していた。これ以上勉強続けたら私がパンクしてしまうんじゃないかと、時々息抜きのお菓子を用意してくれた。
ちゃんと結果を出したらセンセイに喜んでもらえる……そう思うと勉強も苦ではなかった。
センセイが最後の手術を受ける日が、私が本命としている私立大学の受験日だという事を教えてくれたのは小雪さんだった。
『直人も頑張ってるから、彩香ちゃんも頑張って』
小雪さんから届いたメッセージには、センセイの写真も添付されていた。目のあたりに包帯をぐるぐる巻かれたセンセイの姿は、ミイラみたいで少しだけ面白かった。私はその写真をすぐさま保存して、勉強に疲れた時に見るようにしていた。
センセイは頑張ってる、センセイも頑張ってる。
だから、私だって頑張らないと。
センセイが幾度も手術を受けている間、私もいくつか滑り止めの大学を受けてきたけれど……本命としている大学の試験が一番会心の出来だったと思う。だから、結果には自信があった。すべてを終えて晴れ晴れとした気持ちで受験会場を出たとき、張り詰めていた緊張の糸がぷつんと切れた。その瞬間、私は『ある不安』に襲われるようになった。家に帰ってゆっくり眠ろうと思っても、その不安が一気に押し寄せて眠れなくなってしまう。
受験が終わった後なのに、私の目の下には濃い隈が出来てしまった。ごしごしとこすっても、紺色のそれが消えることはなかった。
本命の試験が終わった数日後、私は小雪さんと出かける待ち合わせをした。久しぶりに繁華街に行って、小雪さんが働いているというデザイン事務所に向かった。小雪さんの元に、女性向けファッションブランド社販会のチケットが届いたらしい。
「大学生になったら、服だってたくさん必要になるでしょ? 合格祝に私たちからプレゼントさせてよ!」
というお言葉に甘えて、私は小雪さんにされるがままになっていた。
小雪さんは色んな服を持ってきては、鏡の前に立った私の体に当てて似合っているかどうか確認していく。床に置かれたかごの中にドンドン服が放り込まれていくのをみていると、そろそろ値段が心配になってきた。私が恐る恐るそれを聞くと、小雪さんは口を開けて大きく笑った。
「子どもがそんな心配しなくたっていいの! 私だってそれなりに稼いでるんだし、祐樹からもお金貰ってきてるから。大丈夫!」
小雪さんはそう言うけれど、こんなにたくさん買ってもらう訳にはいかない。かごの中から気に入った数着を選んで小雪さんに渡した。小雪さんはちょっぴり不服そうだったけれど、私が「こんなにたくさんあったら、着ていく服迷っちゃうし」と言うと、納得したように頷いていた。
「彩香ちゃんも大学生になるかぁ。懐かしい、私にもそんなときがあったなぁ」
買い物を終えた後、私たちは近くにあったカフェで一休みをする。私は紅茶に砂糖を入れるのに対して、小雪さんはブラックコーヒー。こういうのを見た時、やっぱり小雪さんもセンセイも大人なんだと実感する。
「まだ実感もないですけどね。……合格発表だってまだだし」
「心配ないわよ、彩香ちゃんなら問題ないって」
小雪さんはコーヒーを一口飲んでから「そうだ」と何かを思い出したように口を開いた。
「私最近タイミング合わなくて直人のところに行けてないんだけど、アイツどうしてる? 元気にやってんの?」




