7 虹色の奇跡 ②
「でも、センセイのこと、やっぱりちょっと心配ですし……」
「お前に心配されるほど腑抜けてねーよ。俺の親だって来るんだし、何か困ったことがあれば川畑と小雪に頼む。それに」
センセイはそこで言葉を区切り、私がいるあたりに顔を向けた。まるで季節外れの花が咲いたような、優しい笑顔がそこにある。
「三原も頑張ってるんだなって思って、俺も頑張るから」
「……はい」
そんな事を言われたら、頷くほかない。小雪さんに頼ると言われた時はムッと小さな怒りが湧いたのに、それも彼の言葉がすべて消し去ってしまう。
私はセンセイの病室で勉強しながら、時折、学校で起きた出来事を話していた(センセイは「余計な話をしてないで、勉強しろ」と必ず言う)。私の目が治ってから、変わったことがたくさんあったか。その筆頭が、美術の授業だった。渡辺先生に目が治った話をすると、初めは少し疑っていて……長谷川先生がやっていた色をあてるテストみたいなことをしたら、ようやっと彼女は信じてくれた。
「良かったね、三原さん」
その言葉はまるで渡辺先生自身に言い聞かせているみたいに聞こえた。これで、もう私にだけ特別な措置なんてしなくて済むって。私はそんな事を考えているなんて渡辺先生にばれないように頷いて、それからは皆と同じように美術の授業を受けるようになった。絵を描くのは得意ではないけれど、センセイが言っていた通り、今抱いている気持ちをそのままキャンバスに描くことを心掛けている。センセイの目が治ったとき、私の描いた絵をちゃんと見てもらいたいなと思いながら。
冬になると日が暮れるのも早い。さっきまで夕方だと思っていたら、気づいたら外は真っ暗になっていた。私が帰る支度を始めると、センセイは重々しく口を開いた。
「三原、あのさ」
「ん? 何ですか?」
「……お前、もう、しばらく来るな」
「え?」
頭の上にいくつものハテナマークが浮かぶ。
「私、やっぱり邪魔でした? ずっとおしゃべりしてて、うるさかったですか?! もしかして私に嫌気がさしたとか……」
「いや、そういう訳じゃないから安心しろ」
センセイの言葉に少し焦りの色が混じっていることに気づき、私は少しだけ胸を撫でおろす。でもセンセイの真意が分からないままだった、私は彼が言葉を紡ぐのを待つ。センセイは、一呼吸おいてから口を開いた・
「お前の事、心配して言ってるんだよ。受験生なんだから、いい加減人の事放っておいて自分の事に集中してろ。……何度も病院にきて、たちの悪い風邪なんか貰ったら一大事だろ」
「でも……」
「大丈夫。俺は三原の事、少し離れたくらいで忘れたりなんてしないから」
センセイの言葉は、まるで私を溶かすみたいに優しい。センセイが口を開くたびに胸が熱くて仕方ない。その熱に浮かされるように私は「はい」と応えていた。
そしてすぐ、受験よりも目の前に迫ってきているあることを思い出した。
「……あ! もしかして、クリスマスも……だめですか?」
「受験生にクリスマスも正月もあると思うなよ。そんな浮ついたことなんて考えずに、わき目も振らず勉強しろ」
「……こっそり病院に来ちゃおうかな? センセイに気づかれないように」
「長谷川先生に言って、三原は出入り禁止にしてもらうから。それに……」
「それに?」
さらに厳しい事を言うのかと身構えると、センセイはそっぽを向いて口を開いた。
「来年も、再来年もあるだろ。クリスマスぐらい」
これ以上、私の事を喜ばせようとするのはやめてほしい。心臓の高鳴りはどんどん大きくなっていって、センセイに聞こえそうなくらいドキドキしている。センセイも言っていて恥ずかしかったのか、耳だけではなく首まで赤くなっていた。