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モノクロームと花束  作者: indi子
7 虹色の奇跡
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7 虹色の奇跡 ①

 ついにセンセイが治療を受けてくれると知って、一番喜んだのは私でも小雪さん達でもなく、主治医の長谷川先生だった。すぐさま関係各所に連絡を取り、センセイが臨床研究を受けられるように準備を整えていく。その姿はまるで、水を得た魚みたいに生き生きしている。




 センセイの治療にはいろいろと下準備が必要らしく、できる事ならば早く治療を始めて欲しいけれど、それが整うまでしばらく時間がかかるらしい。それに伴い、センセイは治療が開始するまで入院し続けることになった。センセイの病室に、どんどんセンセイの物が増えていく。洗い替えのパジャマや羽織るためのパーカー。お見舞いの人が来たときのためのティーカップ。




 私が彼に渡したお守りは小雪さんが長い紐を括りつけてくれて、今はセンセイが首からぶら下げている。シャワーを浴びる時と寝る時以外はずっと身に着けているらしい。時折、大事そうにお守りを握りしめていると小雪さんが教えてくれた。




「まったく、見せつけてくれちゃって」




 小雪さんは首をすくめながらそう言っていた。




 私も時間があるときはお見舞いに行っていた。しかし、ドアを開けた瞬間センセイにこう言われるのだ。




「こんなところに来てないで勉強しろ、受験生」




 私のことなんて見えていないはずなのに、センセイはすぐに私が来たことに気づく。他の人――例えば長谷川先生とか川畑さんとか小雪さんとか――が訪れた時はそれぞれが名乗らないと、センセイは誰が来たかなんて気づかないのに……私が来ると、センセイはすぐにわかるみたいだ。




「どうしてセンセイは、私が来たらそうやってすぐ当てちゃうんですか?」




 一度だけ気になって聞いた時、センセイはこう答えた。




「……足音で分かるんだよ。お前、何回も美術室に来てただろ? その時に覚えたんだ」




 とてもぶっきらぼうな言い方だけど、私はそれがとても嬉しかった。他の人の足音には気づかないけれど、私の音には気づいてくれる。センセイの中で、私が特別な存在になっている。そのことが嬉しくて仕方がなかった。思わず静かに笑みを浮かべると、見えていないはずなのに……センセイも同じように笑っていた。




 センセイは勉強勉強受験受験とうるさいので、私は彼の病室にいる間はベッドのテーブルを間借りして黙々と勉強をしていた。この前の模試でちゃんとA判定取れたことをセンセイに報告したら「よくやったな」と手を伸ばす。なので、私はセンセイの手を掴んで自分の頭に乗せた。センセイはそのまま、私の頭を撫でてくれる。でも「調子に乗って気を抜くなよ」という小言を付け加えるのを決して忘れない。




「そうだ、手術の日、決まった」




 秋が深まり、冬の訪れを感じていたある日。センセイが思い出したようにそう言ったので、私はバッと勢いよく頭をあげた。そんな大事なこと、どうしてもっと先に言ってくれないだろう。




「え?! いつですか?」


「年が明けたくらい。何回かに分けてやるって」




 年が明けるころというと、私の受験日が近づいているころだ。




 季節は進み、外はもうすっかり寒くなっている。私はマフラーをぐるぐる巻きにして風邪を引かないように学校に行っていた。世間はクリスマスムードだけど、受験生にはあまり関係ないよねとクラスメイトはみんな無我夢中に受験勉強をしている。




「そうなんですね……。いつやるんですか? 教えてください、私もその日……」


「三原は来なくていいからな」




 センセイは私の言葉に被さるようにそう言い切った。




「へ?」




 私が思わず変な声を出すと、センセイは深くため息をついた。




「お前、自分が受験生ってこと忘れてるんじゃないだろうな? 本番近いんだろ、そっちに集中しろ」



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